侍女と侍女長
侍女長ケリーの登場回。
公爵家の使用人の身分の違いなどもちょっと触れます。予備知識的に。
若奥様が泣き疲れて眠られたため、濡らしたタオルで目を冷やしながら退室した。
晩餐も召し上がることは無いだろうと判断され、スタンツェ様はアドソン様と執務室で食事を取ることにしたようだ。
スティーブン様や他の使用人たちも食事を取っている時間だろう。
涙でぐしゃぐしゃになってしまった制服を着替え、新しい侍女服で三階の侍女長室に伺う。
若奥様がいらっしゃったことで本邸から侍女が二名派遣され、他にメイドから侍女に格上げとなった私がいる。
侍女長はケリー様が務めていらっしゃるが、スタンツェ様が当主となれば侍女の数が増えることが予想され、派遣の侍女ではなく侍女を育てることも必要になるらしい。
まぁ、私は侍女長にはなれないし、作品通りに行けば若奥様は一年後にこの屋敷から存在がなくなるから、きっと関係ない。
という訳で、急ピッチで仕事を進めているケリー様に、衝撃の情報をぶん投げないとならないのだ。
公爵家の使用人はその階級と修めた知識・技術によって服装と装飾品が決まっている。
ピンクブロンドの髪をお団子にきっちりと縛り、モノクルを付けて書類仕事をしているケリー様は、本邸の侍女を表す水色の侍女服に、長を表す懐中時計を身に付けている。
ちなみに私は次期当主の館を表す紺色の侍女服で、メイド時代はベージュのワンピースに茶色の帽子を付けていた。
そして私もケリー様も知識・技術の習得を示す襟飾りを付けている。
「今日は一日ご苦労様でした。スティーブンからも報告を受けています」
「ケリー様にすぐにご報告が出来ず、申し訳ございません」
「いいえ、問題はありません。それで、他にも報告があるのですか?」
「二点、ご報告いたします」
スタンツェ様からオプションの仕事を指示されたことと、言葉を濁しながらもラスパトリウム様がメイドの仕事をしたいと希望されたことを伝える。
前者はケリー様も流して聞いていたが、後者は眉間に皺が寄っている。
公爵家の夫人にメイドの仕事をさせるなどあってはならないことだが、令嬢がそんなことを言い出すには裏があると感じたのだろう。
私は作品を知っているので、なんとなく察しているが、恐らくケリー様は今回の急な婚姻の話を含めて知っているだろうから、何か思うところがあるのかも知れない。
眉間の皺が一層厳しくなったあと、長いため息をついたケリー様は口を開く。
「表立ってメイドとする訳には参りません。ですが、ご自身のお部屋の中でお好きな服装でお好きなことをされるのであれば問題はないでしょう」
「お部屋の中だけですね」
「公爵夫人になられるまでの間に、学んで頂くことは多いので、良い息抜きとなるのであれば、私たちに止める権利はありません。スティーブンにも伝えます」
「畏まりました」
「・・・幸いなことに、貴方ならメイドの仕事も出来るのだから、共にいる時間のことは任せて良いかしら?その代わり、若奥様が教育を受ける場には同席して、貴族の振る舞いについて学んでください。侍女としては女主人に相当する知識がなければ、役に立ちませんからね」
「はい。学ぶ機会を与えてくださり、ありがとうございます」
この世界では学ぶ機会を与えられるのはお金持ちの平民か、貴族だ。
実家では文字を習うことは出来たし、必要な短文の読み書きは出来た。
公爵家で働いたからこそ、今ではお金持ちの平民が得られるくらいの知識を得られた。
夢で見た世界の知識ももっとあれば、きっとこの世界でも生きて行きやすくなるだろう。
思いの外長くなった一日を終えて、ベッドに入るけれどなんだか色々な事が起こりすぎて、中々寝付けなかった。
貴族令嬢のケリー、ラスパトリウムは働きに出たとしてもメイドの仕事はしない世界です。
ただ、自らメイドの仕事を求めた若奥様というのは、かなり特殊なので、貴族の人間からは訳ありなんだろうと関わりを避ける程度です。
平民のメッツェンであれば、メイドの仕事の先輩としてフォローも出来るし、その辺りの忌避感もないので、適任という訳ですね。