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目覚め-ラスパトリウム視点-

ラスパトリウムと言う人のこと。

「誰もいない・・・」

 自分の部屋として用意された豪華絢爛な場所は、どれだけ見渡しても安心することは出来なくて、居心地が悪かった。


 人に触れられるなんて、いつぶりだっただろう。

私の侍女だと言ってくれたメッツェンさんが、手を握ってくれて、側にいてくれると言ってくれて、抱きしめてくれて、思わず泣いてしまった。

泣き疲れて眠るなんて、幼い子どものようなことをしてしまったけれど、ふかふかのベッドに寝かせてもらえていた。

少しだけ体が重いけれど、寒くないし、痛くない目覚めは久しぶりだと思う。


 実家ではメイドとして働かされていて、母と侍女と姉は貴族らしい生活をしていた。

王城で全ての貴族が出席する夜会が開かれ、そこで起きた問題が、なぜか私の結婚の話になっていた。

夜会から十日で、結婚相手の家に追い出されることになったけれど、今日まで旦那様になる方にはお会い出来ていない。


 どんな方であっても精一杯尽くさなければ追い出されてしまうだろうし、私に女主人の仕事なんて出来ないのでメイドの仕事をさせてもらえるか相談出来れば良いなと思う。

「メッツェンさんは元々メイドだったと言っていたから、もしそのお仕事が空いているなら雇ってもらえるかな」


 ベッドの上で取り留めないことを考えていると、静かなノックの音が響く。

「お休みのところ失礼いたします。メッツェンですが、お水を取り替えに参りました」

「どうぞ」

「・・・起きていらしたのですね。お水を飲まれますか?」

「お願いします」

「そこは『貰うわ』と言って頂いて良いのですよ」

「はい・・・あ・・・貰うわ」

 言い直したら、メッツェンさんはにっこり笑って、カップを渡してくれた。

紺色の髪をお団子にしてまとめ、空色の瞳は凪いでいる。

温かい人だなと思いながらも、『若奥様』だから笑顔を見せてくれるのだろうなとも思う。

私は勉強も出来ないし、貴族らしい振る舞いも出来なくて、美人でもないから、『若奥様』だなんて務まらない。

メッツェンさんもきっとすぐ笑顔ではいられなくなると思う。

私はここにいちゃいけない人間なんだろうな。

そんな当たり前のことを思い出すと、顔が上げられない。


「若奥様、お水はもう飲みませんか?」

「あっ、はい」

「お預かりいたします。あら・・・手を失礼しますね」

 カップから離した私の手を、メッツェンさんは両手で包み込んでくれる。

温かい手に触れて、いつの間にか冷たくなっていた手がじんわりと温まる。


「手の先が冷たいときは、緊張しているときが多いのです。私が側にいるのは怖いですか?」

 メッツェンさんは穏やかな笑顔で聞いてくる。

「いえ、そんなことはないです。でも、私なんかにこんなに良くして・・・」

最後まで言う前に、メッツェンさんがまた抱きしめてくれた。


「先ほどもお伝えしましたが、私は貴方様の侍女です。ですので、こうやって貴方様を直接支えることが出来ます。この屋敷では、どうぞ気兼ねなく自由にお過ごしください。貴方様が安心して過ごせるよう精一杯努めます」

 ポンポンと頭を撫でてくれて、背中をさすってくれて、どうしようもなくまた涙が出てきた。

「貴方様がどんな人であろうと、今ここでは勝手なことを言う人はいません。誰も貴方を傷つけません。やりたいことは言ってください。食べたいものも言ってください。それで良いのです」

 涙が止まらなくて、でも、嬉しくて、言いたいことを言っても良いんだと分かったから、勇気を出してみることにした。


「あの・・・わだじを・・・メイドとして・・・雇っでぐだ・・・ざい」

「えっと・・・分かりました。・・・なんとかしましょう」

「本当に?」

 怒られなかったことに驚いて、思わず顔を上げると、さっきまでと同じ笑顔でメッツェンさんは頷いてくれた。

「なんとかしてみるので、少しだけお待ちいただけますか?」

胸いっぱいに温かさが広がって、また泣いてしまった。


作品の中で虐めに耐えていたのは、実家での生活で身も心も疲弊していたラスパトリウムだったからです。

メッツェンは意図的に関わっていますが、根っこの部分の闇が深い。

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