温かい手
若奥様に仕える回、伝える回。
「失礼致します」
一礼して入った若奥様の主室は、貴族の屋敷で言えば来賓室に当たる。
そもそもこの屋敷は、公爵家の離れの一つに位置しており、スタンツェ様の自宅になる。
当主夫妻もスタンツェ様のご兄弟が生まれるまでは、こちらの屋敷を使われていたと聞いている。
若い夫妻の為の屋敷の、それでも来賓室なのだ。
スタンツェ様がこの結婚を納得されていないのは部屋の割り当てからも、今日ここにいないことからも、明確に意思表示されている。
結婚そのものよりも、プライベートで人が近づくのが面倒なんだろうな。
公爵家本邸でメイドとして働いていたときは、スタンツェ様を見たことはなかったれど、婚礼に伴い侍女としてこちらに配置替えとなった時は、お目通りが叶っている。
安定した高収入の雇用主として、誠心誠意勤めようと誓った。
入室を許可したラスパトリウム様自身が、立っている。
うん、立っているのだ。
「・・・若奥様、こちらはご自身のお部屋ですので、ソファに座っていただいて良いのです」
「あっ・・・そうですね・・・」
そっと、極限まで浅くソファに腰を下ろすラスパトリウム様の、酷く緊張した様子に近づくのも躊躇われるが、伝えて置かなければならないと気合いを入れ直す。
「若奥様、近づいても宜しいでしょうか?」
「はっ、はい!」
「目の前を失礼いたします。手をお借りしても宜しいですか?」
「はい・・・?」
ソファに座る若奥様より目線が下がるように跪き、彼女の左手にそっと両手を添える。
作品の中でも極度に怯えていた女性だ、何かしらの心の傷を抱えているのだと思う。
できる限り柔らかな笑顔になるように努めて、言葉を紡ぐ。
「私は本来メイドの身分でしたので、若奥様に触れることなど許されません」
「そんな・・・」
「ですが、侍女となりましたからには、こうやって手を触れて、貴方様を直接支えることが出来ます。この屋敷では、どうぞ気兼ねなく自由にお過ごしください。貴方様が安心して過ごせるよう精一杯努めます。どうぞ宜しくお願いします」
「・・・ごめんなさい」
重ねた手の甲に滴が落ちて、彼女は慌てて右手で目を擦る。
「ごめんなさい。濡れちゃう・・・ごめ」
無礼を承知で、握っていた両手を離してラスパトリウム様を抱きしめる。
急に抱きしめられてもぞもぞする彼女を逃さないように、ちょっとだけ頭を撫でて、動きを止める。
謝らなくて良いと、安心して良いと伝わるように、そっと抱きしめて背中をゆっくり擦るのも忘れない。
小さく漏れる嗚咽が落ち着くまで側にいても良いと、そっと入ってきたスティーブンさんが目配せしてくれる。
ティーポットに入った紅茶のワゴンを置いて、ウィンクをしてくれるスティーブンさんは、マジでナイスミドルですね!
空気が読める男は違うわー!
身分はメッツェン<ラスパトリウム
年齢はメッツェン>ラスパトリウム
メッツェンはどちらかと言えば姉御肌、ラスパトリウムは姉がいる妹属性です。