報告と計画の変更
報告会の続き。
メッツェンを見つめていたスタンツェが、目を泳がせながら口を開く。
「・・・君が寝ている間に確定したことだけを伝える」
「はい」
「ここ最近、『ラスパトリウム嬢はこの家の夫人に相応しくない』という様な手紙が届いている。それから『ラスパトリウム嬢の実家から被った害の賠償を求める』手紙もある」
「ふむ」
――――ただの八つ当たりだな。
「だが、この件は実家を処分すればいい話だ。それは娘であるラスパトリウム嬢本人も納得している」
「ラス様」
「・・・良いんです。私がこの家の夫人に相応しくないのなんて、・・・私自身が一番よく分かっています。実家であんな扱いをされてきたのに、家族だからって・・・こちらの家にまで迷惑を掛ける人達なんて・・・要りません」
「そうですか」
「でも、メッツェンはダメです。・・・メッツェンがいなくなっちゃうのは・・・嫌です。でも私のせいで・・・メッツェンが危ない目に遭うのなら、私は私が許せません!」
一度目は我慢したけれど、二度目は涙が溢れてきてしまったようだ。
ハラハラと落ちる涙と真っ赤になった目元に、ハンカチを差しだそうとするが、ずっと腰元にスタンツェ様の手が添えられていて、立ち上がれない。
――――何事ですかっ?
困惑している間にエレバー様が、ハンカチを目元に当ててくださった。
ラスパトリウム様には笑っていて欲しいのに、今日は泣かせてばかりだ。
日が落ちているけれど、きっとまだお夕食も召し上がっていないのだろう、早めに話を切り上げたい。
ラスパトリウム様に全力で笑顔を向ける。
「・・・ずっとお側にいますよ。今回だって無事ですから!」
「いや、無事では無かったんだ。君は三日間眠り続けていたんだよ」
「え?」
「三日間ずっと魘されていた。生きているとは分かるけれど、相当な苦痛を味わっているだろうと、皆心配していたんだ」
「・・・そうだったのですね。もしかして、ラス様は三日間あそこにっ?」
四六時中側にいたのではないと補足を受けて安心する。
それでも侍女三人が交代でずっと側にいたと聞き、申し訳なくなった。
そして、襲撃の犯人は追跡中ではあるが、今回の事件はメッツェンとラスパトリウムのどちらを傷つけようとしたのかで、処罰が大きく変わると言う。
平民と貴族の身分の差は加害者の処罰にも大きな影響を及ぼす。
犯人の身分が貴族で、平民を傷つけた場合、無罪になる可能性もある。
「・・・という訳で、君はそのままラスでいて、メーには貴族と結婚してもらうことになった。侍女は本来貴族が担う役職であるとい・・・」
「ラス様に二回結婚しろと言うのですか?」
「いや、違う。落ち着いてくれ。君がラスになるんだ」
――――顔が近い。考え事が一瞬吹き飛んでしまうご尊顔を離して頂きたい・・・
俯いて考える。
平民と貴族の身分の差は法律的にとても大きい。
襲撃犯の身分が分からない以上、被害者が平民であると分かれば、大きな事件にはならない。
今回の被害者は公爵家に存在する貴族令嬢でないとならず、被害を受けた女性は貴族だと押し通さないとならない。
夫人であるかどうかではなく、あの場にいた者が貴族でないといけないと言うことだ。
だから、メッツェンも貴族でないとならないのだと理解出来た。
相変わらず至近距離にいるスタンツェ様に向かい直し、確認する。
「・・・えっと、失礼な発言だと自覚してお伝えしますが、その場合、旦那様の妻は元平民だということですよね。大丈夫ですか?」
「うん。公爵家だから大丈夫」
――言い切られてしまった。
「・・・それ、色々とダメですよね・・・それに、ラス様だって急に結婚相手が変わるだなんて、受け入れがたいのではないですか?」
「ううん」
「良いんかい。・・・失礼しました」
雇い主であるスタンツェ様もラスパトリウム様もご納得されているのであれば、私に否はない。
元々恋愛感情などなく書類上の夫婦であるのだから、立場が変わるだけなのだろう。
ただ、無理をされていないか心配ではある。
ラス様と目が合うと、穏やかな表情で微笑まれる。
「一回目の結婚は私の意思はなかったけれど、結果として実家からも離れられたし、大切な人達を見つけることが出来たし、ずっと側にいられる条件の一つが二回目の結婚だから、怖くないよ」
「・・・その二回目の結婚はラス様とお相手の方の双方が望まれたものですか?」
「うん!」
「ん"ん"っ」
「ふははっ」
元気に返事をしたラス様、急に咳き込んだスティーブン様と、笑い出したアドソン様を思わず交互に見つめてしまう。
そっと顔を近づけてきたスタンツェ様に、一瞬警戒するが、小声で説明を受ける。
「ラスパトリウム嬢は祖父母を尊敬していたそうで、もし結婚するのであれば祖父のような包容力がある男性が良いと言い張って、今スティーブンに結婚してほしいと頼んでいるところなんだ」
――――ラス様、おじ専でしたか。確かにナイスミドル。
「もちろん、彼は長年公爵家に勤めて、結婚もしていないから、うちの親戚で抱えている爵位の一つを下賜されている貴族だ。その妻であれば貴族として扱われる。ねぇ、ちょっと何を言っているか分からないんだけれど・・・」
「気にせずに。・・・ラス様が幸せであるならば、私は私の役目を全う致します」
――――ラス様の側にこれからもいられて、安定した高収入が確定した。それならば問題はない。
女性からのアプローチははしたないと言われるこの世界でも、ラス様がスティーブンを慕っている姿は微笑ましく。
邪険に出来ないが、受け入れては行けないと抵抗しているスティーブンは果たして何日目に諦めるのだろうと、ちょっとだけ楽しくなってしまった。
「・・・うん。君はそういう人だよね・・・」
顔を背けて小さく嘆かれた言葉は、ラス様の笑顔にかき消された。
某侍女『貴族の家で夫人の職に就くという感覚なのでしょうか』
某侍女長『高収入の役職というところでしょうね。それはそれで正しいあり方です』
某侍女『我々が支えていけば良いとしても・・・少しだけ不憫に思います』
某従者『不憫だと思われているんだろうなぁ。まぁ、これから頑張れ!』
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