あってはいけない出会い方
目の前に居る人物にさすがの私も緊張した。
この学園の者、というよりこの国の者なら知らぬ者はいない。
王太子にしてこの学園の生徒会長、第一王子マリウス殿下。
慌てて席を立ちあがって挨拶をする。
「失礼致しました、殿下。フリーダ・フォン・ディーツェと申します」
「初めまして、ディーツェ嬢。その健啖ぶりをみると体の調子は良さそうだね」
既に私についての表面上の情報は知っている様な口ぶりだった。
フーゴから人前で婚約破棄を宣言された事や、妹経由の悪意に満ちた数々の醜聞についての事なども。
ほぼ初対面の人間の事をよく知っているなとは思わない。
必要とあらばすぐに情報は手に入るのが王族だ。
そしてこの学園では生徒に関する事は生徒会が全て仕切っている。
食堂で貴族の品位を落としている者が居るとでも、どこかから生徒会に密告があったに違いない。
しかしこれは寧ろ望む所だ。
影響力のある誰かの目に付けばいいと思っていたけど一番の人が来た。
まさか取り巻きを引き連れて王太子殿下が直接来るとは思わなかった。
無視して食事を続ける訳にもいかないので手を休めて言葉を待つ。
「最近、君は色々あって休みがちだったそうだね。
学園に出て来るようになったら今度は連日、食堂でのこの状況。
結構学園内で話題になっていてね。何かあったのかな?」
「いえ。特にそういう訳では。
敢えて言いますと家では中々食事できませんので」
「食事出来ない?」
「ええ。お恥ずかしながら私、長年家で徹底した虐待を受けておりまして。
満足に食事させてもらえないのです」
「……嘘だろう?」
「私の姿を見ればわかると思いますが」
「拒食症という訳では無いのかな?」
「この世で一番私に縁のない言葉です」
「そうか。しかしあまりそういう事は言わない方がいいのではないかな?
君の言う事を周りがそのまま正直に信じてくれるとは限らない」
「不遜な物言いになりますがこの場で私が殿下に嘘をつく理由はありません」
「……それは、確かにな。貴族社会で身内の恥をさらす事ほど命とりな事は無い。
寧ろ隠す。侯爵令嬢の君がそれを知らない訳は無いだろうしね。
得にもならない事を自分から話す事自体が嘘ではないと言いたいのかな」
「しかし……なぜ?」
信じがたい話だと思ったのだろう。
殿下の側近である公爵令息のヴォルフ様が口を挟んできた。
「決まっています。入り婿の父が私の母と結婚した時の愛人が今の義母です。
父にとって私は愛していない女の娘。義母にとっては憎い女の娘。
義母の娘である妹はそんな私を見下しております。
要するに私はあの家では邪魔者なのです」
「「……」」
「付け加えますと、いつか家族に殺される危険性があるとも思っております。
私が何処までも邪魔でしょうから」
実際、酷い扱いをされている以上父と義母は私の生死など興味はないはずだ。
だがその反面、そんな事は中々出来ないとも思っている。
一応、貴族の娘は婚約関係を利用するという使い道があるからだ。
父は元々下級とはいえ貴族だったからこの国の法律で正式に爵位を継ぐ事が出来た。
だが先祖代々の血を引くという意味では私が現ディーツェ侯爵家では唯一の存在だ。
仮に不仲なまま私が亡くなったら、私以外の家族は結果的に侯爵位を簒奪したと陰口を叩かれる事もありえるだろう。
そういう噂は後々社交場だけでなく様々な所で足を引っ張る事になりかねない。
私が家の恥をわざわざ殿下に話したのは、現状を正確に伝えておく事で私にとっての後ろ盾に利用できないかと考えての事である。
「随分淡々と云うのだな」
「貴族にとってはありふれた話でしょうから」
「確かに。しかし何というか君の物言いは随分はっきりしているな」
「どんな言い方をしようと事実は変わりませんし。
私は金銭面でも制約を受けておりますのでここでこうするより仕方がないのです
それに、今更これ以上私の評判は下がり様もありません。
妹経由で伝わっている酷い噂はご存じでしょう?」
何も答えない所を見るとやはり大体は聞いている様だった。
「……では、ここの所の君の急な変わり様は何なのかな?
まるで人が違った様だと評判だが」
「その通り……あ、いえ、単純に虐められるのが心底嫌になっただけです」
「嫌になった、か」
「はい。差し当たって今は元の体形に戻ろうと思いまして」
「成程。それでこの食事か。しかし栄養が大分足りない気もするが」
「何も食べられないよりはましです。
今はいつ死んでも悔いの無い様せいぜい肥え太ろうと開き直っております」
「ぷっ! そ、そうか、なるほど」
死ぬ気など毛頭もないが私の本音は殿下の笑いのツボをヒットした様だった。
「殿下、そろそろ」
「くくく……そろそろ行かなくてはな。楽しい会話だった。
では邪魔して悪かったね。ゆっくり食事を楽しんでくれ」
(そんな笑う要素あったかしら。この程度で笑うなんて王族にはユーモア成分が欠けているわね)
しかし、令嬢が学校の食堂で大食いしている所を王太子が声掛けって……。
あってはいけない出会い方じゃない、これ?




