別の事を考えよう
「……いい所じゃない」
馬車から降りて私は独り言をつぶやいた。
小高い丘の上から広大なディーツェ侯爵領の領都を見降ろす。
国王陛下から次期侯爵位のお墨付きを頂いた次の日、私は学園に休学を申請した。
なぜなら今後の私の人生が大まかに決定したと同時に家族を全て失ったからである。
あんな人達でも一応身内は身内だ。
気持ちの整理をする為の時間が必要だった。
お父様もサンドラもドロテアも今は居ない。
彼らは私の存在を望んでいなかったのだろうが結果的には真逆になった。
だがやってやったぞなんていう達成感などは特に無い。
ただひたすら空しいだけである。
私があの家を出ていくつもりだったのに勝手に自滅して向こうから消えて行った。
愚か者の愚かさには限界が無い。
しかしいずれにしろ家族の事はこれで一区切りついた。
フリーダの死と入れ違いにこの世界に来た私が彼女の為に出来る事なんて限られている。
せいぜい名誉回復と社会的名声を勝ち取る事くらいだろう。
彼女の姿をした存在が社会的に成功して世間に広く認められる事。
それは彼女の御霊を少しでも慰める手段になるかもしれない。
ここに来たのは結局そんな自己満足と今後の自分自身の為でもある。
そして……。
『これからどんな顔で殿下と顔を合わせればいいか分からないしね』
『どうって、普通に会えばいいだろ』
『そういう訳にはいかないわよ。相手は王太子殿下よ?』
『人間は面倒くさいな』
『妖精ほど単純じゃないのよ』
『ふーん、まあいいや。ここ、何かうまいもんあるかな』
限りなくマイペースな妖精を見ていると色々考えている事が小さい事に思える。
ここに来た事をきっかけにして前を向いて生きなければ。
『……よし、やめやめ。なるようになるわ。
別の事を考えよう。せっかく陛下と殿下が後見人になって下さったんだから』
王太子殿下の秀麗な顔を思い浮かべたものの脳裏から追い出す。
『それって現実逃避しているだけじゃねえのか』
『そういう説もあるわね。ま、でもこの領に自分の居場所を作るのも今後の為よ。
卒業後に爵位と領地を継ぐのなら出来る範囲で準備を進めておかないとね』
いずれディーツェ侯爵となる私にとって重要な事である。
立派な社会的肩書と立場が得られる事が分かっているのだからそれにふさわしくなる努力が必要だ。
降って湧いた話だし侯爵だって決して楽じゃないだろうけど専門外の医療院よりやりがいがある。
領地を見渡した後で私達は領都の中心にある領主館に向かった。
大きい領主館はそのままディーツェ領を治める都庁の様な場所になっている。
私は国王陛下が一足先に手配して下さっていた領主代行官と面会した。
誠実そうな見かけの中年の男性だった。
「貴女が卒業後に遅滞なく領運営に移れる様、管理を徹底する事を陛下に申し付かっております。万事お任せください」
「ありがとうございます。何卒よろしくお願い致します」
「報告は逐一、王宮政務官経由でさせて頂きます。
学業に加えて大変だとは思いますがお目通しください」
「はい。後、出来る限り私も余暇を使って領都に顔を出すように致します。
その時はご指導頂けますでしょうか?」
「勿論です」
彼は私が侯爵を継いだ後もしばらくはブレーンとして残ってくれるらしい。
その他、彼と共に派遣された官僚チームも皆やり手ぞろいといった感じだ。
非常に頼もしく私としては国王陛下に感謝の念しかない。
この日から私は領主館に寝泊まりして重要人物達との顔つなぎと領主の大まかな仕事の勉強を始めた。
そしてあっという間にひと月の休学期間が過ぎた。
全然学び足りないがこれ以上学業から離れる訳にもいかない。
将来の侯爵領領主が王立学園中退という不名誉は避けたいからだ。
向こうに戻っても勉強漬けの日が待っている。
最後の滞在日の夜、領主館の庭のベンチで夕涼みをしていて物思いにふける。
結局、この期間の間に今後の殿下との事に対する答えは出なかった。
考える暇も無かったけど。
(殿下に対しては変に意識するのだけはやめよう)
殿下は私より1学年上だから来年には学園を去っている。
逆に言えば殿下と学園で接点があるのは今年限りだ。
表面上穏やかにさらっと流して今年さえ乗り切ればどうにかなりそうだ。
そう思っていると庭園の明かりが消えた。
偶に魔石を使った発光石の調子が悪くなると起こる事で、珍しくはない。
館の管理人に交換してもらおうと思っていると突然横にいたリオが体を光らせた。
「っ!」
『何だ?』
「リオ、あなた……それって」
『んー? 暗いだろ?」
「そういう事を言っているんじゃないわ!」
あまりにも意外な事に驚いて念話ではなく声でしゃべっていた。
屋敷の部屋では無いので慌てて切り替える。
『な、何だよ、一体』
『一体も二体も三体も無いわ! 貴方、今まで私が何で悩んでいたか知っているでしょうに!』
『? あの王太子の事か?』
『貴方がそんな器用なマネが出来るなら初めに言ってよ、もう!
一気に問題解決したじゃない!』
『はぁ? どういう事だよ』
そう云ってリオは考えるそぶりを見せた。
そして私と同じ考えに至ったらしい。
『……おい、もしかして』
『そう! みんな貴方が起こした奇跡という事にすればいいのよ!』
そもそもなぜ王太子殿下が私を聖女と断言したのか。
それは狩猟祭の時の大きな回復光が私を起点に発せられたことが大きい。
だとすれば光の発生源は別にあったとでもすればいいのではないか。
殿下はリオの存在を知っている。滅多に見る事のない摩訶不思議な妖精として。
私の側に居る事も。
『……いやいや無理だろ。大体俺、体を光らす事は出来ても人を治す事なんて出来ねーぞ』
『そんな事はどうとでも説明できるわ』
『どうやって?』
「実演しろなんて言わないだろうしね。
もし言われても貴方が周りの人達の回復魔力を増幅したとか言えばいいわ。
あそこには私以外の回復魔法の使い手が沢山いたんだから。
要はアレを起こしたのが私と断言させなければいいのよ』
『そう簡単に行くかぁ?』
『行くわ! そうよ、私の輝かしい未来が今完全に見えたわ』
『儚い幻の間違いじゃ無きゃいいけどな』
リオの突っ込みを無視して私は理想の将来を想像した。
細かい打ち合わせは必要だろうけど最大の難問に対する大まかな解決策が出た。
後はぼろが出ない様に辻褄合わせをするだけである。
王太子妃になりたがる令嬢は山程いるだろうから謹んでその座を提供しよう。
私は王太子の求愛を華麗にスルーしてやり手の女侯爵・領主として辣腕を振るう。
自領でなら十分に色々な事が出来るだろうし、正直に言えば制約の多い未来の王妃よりも余程魅力的だ。
なぜなら私は好みの男より自分の好む生き方を選ぶ性格だからである。
いよいよここからが異世界チートの始まりだ。
アレをやってコレもやって全知識を使って幸せになろう。
フリーダの御霊の為。私自身の為に。
期待と同時に不安の大きかった将来は今や待ち遠しいだけとなっていた。
そう、卒業までは。




