まさか、それは……
『おい、何か騒がしいぞ』
『そうね。ついに聖女が確定したとかかしら?』
そんな呑気な会話をリオと交わして登校してからすぐ、その話を耳にした。
イェレナ様が王都警備隊に逮捕された事である。
なにせ有力な聖女候補と見られていた令嬢が聖女認定どころか逮捕されたのだ。
真逆の急展開に朝から王立学園はその話題一色であった。
何が一体どうしたのか。
(ヴォルフ様が云っていた調査とはもしやこの事だったのかしら)
聖女関係の話そっちのけで私の頭の中はその事で一杯だった。
そんな私にリオが頭の中で呟いた。
『ま、でも聖女とかいうのじゃなかったってのは納得だな』
『どうして?』
『あいつの魔力ってお前よりずっと少なかったからさ』
『そうだったの? 教えてくれても良かったでしょ』
『いや、魔力量なんて聞かなかっただろ』
『あの人は聖女なのかどうかって聞いたじゃない』
『だから分からねえって言ったろ? そんなの見た事も聞いた事も無いんだから』
『……』
『知らないモンをそうだなんて言えるかよ』
『……確かに。そもそも貴方自身が聖獣って何?状態だしね……』
よくよく考えれば歴史上稀な聖女という存在を確定できる者など居る筈がない。
リオが聖獣だとしても親?から代々言い伝えられでもしていなければ知る由も無い。
当たり前の話だ。神様がそう云ってくれない限り。
聖女にしろ聖獣にしろ本人が自覚している訳でないのなら。
(そう考えると結構いい加減なものね)
案外、今までの歴史上の聖女も当時の権威ある人がそれらしい人を勝手に決めつけて聖女って存在にして崇めていただけかもしれない。
それとも手っ取り早く権威付けする為の一つの方便か。
(伝説上の存在なんて所詮そんなものか)
聖女なんて時の権力に都合よく利用されてきたカルト信仰みたいなものなのかもしれない。
段々どうでもいい様な醒めた気分になって来た。
全く関係ないけど、精霊にも親がいるのだろうか。
寧ろどうでもいい疑問の方が気になってきた。
その後、昼食時にイェレナ様に関する質問はしなかった。
先日の食事の時に仲間外れにされた訳ではないと何となく実感したからだ。
教えてくれないのは何か理由があると思える様になった。
すると、私の考えを見透かした様に殿下から下校時に王城に共に来る様に云われた。
放課後になると私は殿下と共に王族専用馬車で王城に向かった。
元のフリーダはお母様がまだ生きていらした頃一度だけ王城に行った事があった。
しかし王族専用馬車に乗るのは初めてである。無論私も。
座り心地は当然緊張してよくわからない。
「君と君の家族にとって重要な話があるのでね。
学園で話す様な事ではないので王城に来てもらうよ」
「どのような話でしょう?」
「詳しくは着いてから話すよ。君のご両親も呼んでいるから」
「え……?」
お父様とお義母様まで呼んでいるって何事?
殿下は心なしか楽しそうだが私は全然楽しくない。
わざわざ城に呼ぶって何なんだろう?
聖女の件? ドロテアの刑罰の件?
「王城からの呼び出しでご両親は今頃もう出頭している筈だ。
君に関しては私が学園で顔を合わせているしそのまま王城へ連れて行く事にした」
(出頭?)
その言葉に何かとてつもなく不穏な響きを感じたのは気のせいか。
「心配しなくていいよ。君自身に悪い事がある訳じゃない」
「はい……」
という事は私以外に悪い事があるという訳か。
私は頭の中はまた色々と考え事で一杯になった。
殿下は一貫して涼しい顔をしているけども。
やがて馬車が城に着くと私はそのままお城の一室に通された。
ただの面会室か会議室か分からないが豪華な装飾の部屋だった。
だが、そこには呼ばれている筈の両親はいない。
高級そうなお茶が出されると緊張している私に殿下は語り始めた。
「さて、何から話したものか……まずは狩猟祭の魔獣の事から始めようか」
いきなり今回の呼び出しに関係なさそうな話から始まった。
私はいささか混乱した頭で頷く。
「あの事の原因、というか犯人が分かったんだよ。話題になっていただろう?」
「もしかしてイェレナ様ですか?」
「そう。魔獣の件は彼女が仕掛けた事だ。実は彼女は帝国の工作員と判明してね。
ちゃんとうちの情報部も確認をとった」
「は!?」
思わず変な声を出してしまった。最近驚いてばかりだな、私。
一体どういう事なのか。
帝国と言えばこの国の隣の覇権主義国家だ。
ただ隣と言えば隣だが二国間には険しい山脈が国境となって互いの国を分けている。
「詳細はこれから説明するけれど、とにかく彼女は我が国に潜入した。
そして優秀な平民として今度は王立学園に潜入した訳だ。
ある目的の為に」
ある目的? 狩猟祭に魔獣を呼びよせて何を……。
「我が国は帝国からの工作には常に気を使っている。
しかし身内に裏切者が居れば穴はいくらでも出来るものだ」
「……」
「かの国の不埒な輩が我が国に潜入しない様、厳重に入国管理はされている。
なのに彼女は比較的容易に潜入してこの国の住民となっていた……。
どこの領地が関係していたと思う?」
「まさか、それは……」
「そのまさかさ。君の実家の領地であるディーツェ領だよ」




