何だったんだろう
森の方に気を取られている私達の足元が突然揺れた。
手に持つカップから紅茶がこぼれ落ちる。
(地震? この世界にもあるの?)
そんな事を思っていると私達のいる後方待機所の更に後方の地面から何かが出て来た。
「な、何?」
「きゃあっ!」
私を含めた令嬢達全員が慌てて椅子から立ち上がる。
穴から出て来たのは大きい手に巨大な爪を持つ巨大化した土竜の様な魔獣だった。
驚く私達の前の地面に更に穴が二つ出来て合計三匹が顔を出した。
(嘘でしょ!? 魔獣が地面から来るってあり?)
そう思ったが魔獣は人間の都合を守ってくれなかった。
魔獣が出現すべきなのは前方の森であってここが狩猟場になる事は想定していない。
ここは狩猟場である森の手前の安全であるべき待機所なのだ。
前方の森と後方の町の間にある見晴らしのいい広場だから何かが来ても遠目にすぐわかるはずだった。普通なら。
しかし、まずい事に護衛の数が足りなかった。
主に狩猟場側に意識が向いていた事もあるだろう。
いずれにしろここには狩猟場で傷ついた生徒達を癒す回復役の生徒しかいなかった。
自分達にとっての獲物の群れを見つけた大きな魔獣が襲い掛かって来た。
二人の護衛役の冒険者達が駆け寄って相手をするが一匹こちらにすり抜けて来る。
私達は狩猟場である森の方へ逃げるか広場の左右の別の場所に散らばるか。
いきなりの二者択一だ。
「逃げろ! すぐ行く!」
狩猟場側に居た冒険者達もこちらへやって来る。
そんな事を云われる前に私達の大半は後方に散らばっていた。
だが、全員が実行できた訳ではない。
守りの薄い所の動きの遅い一部の貴族令嬢達に狙いを定めて土竜魔獣が襲い掛かる。
そしてその凶悪な手を振るった。
次の瞬間、危険体感マネキンが吹っ飛ぶ様な映像を見てしまった。
少なくとも一人が宙を舞って、モグラ魔獣は倒れたもう一人に噛みついた。
逃げ延びた周りの令嬢達の悲鳴が上がる。
あまりに突然すぎた。五分前と一変した地獄の光景に足がすくむ。
すると姿を現したリオが肩の上から私の頭の中に呼びかけた。
『おい! 放っといていいのか!?』
『そ、そんな事言われても。』
『お前には攻撃手段があんだろ!』
それ云ったらここに居る全員だってあるんじゃないの?
そんなエゴ的考えが頭に浮かんだ。
噛みつかれた令嬢を見ると最早血の気が無い。
お腹が食い破られているのが見えた。
(何て事をっ!)
その光景を見てあくまで現実的に怯えるか、それとも怒りの感情で頭が染まるか。
私は後者だった。
通じるかもしれない攻撃手段があると云われた事も大きい。
頭に血が昇って試した事も無い事をぶっつけ本番でやる事に迷いはなかった。
一歩踏み出すと不思議なもので体が勝手に動く。
この日の靴はいつもと違って高目のヒールではない。
気が付けば私は土竜魔獣にダッシュしていた。
魔獣は姿勢を変えず令嬢を喰らいながら私の方へ無造作に手を振るう。
その打撃を反射的に上半身を倒して右回転で避けるとそのまま振り切った土竜魔獣の腕に右後ろ回し蹴りを放った。
私の蹴りが魔獣の腕に当たる。
「ふっ!(あっちへ行けえっ!)」
私の足が触れた瞬間に魔獣の腕があっさり千切れ飛んだ。
接触した部分が粉々になって塵になる。
「えっ!?」
思わず驚きの言葉が口から洩れた。
全く抵抗感が無かったんだけど。
何が何だかわからない。
しかし今の一撃で勝てると確信した私はそのまま攻撃を続ける事を選択した。
懐に潜りこんで来た私に対して土竜魔獣は口を開いた。
私を喰らうつもりらしい。
しかし口を開いた鼻の位置が丁度いい高さだったので私は正拳突きを放った。
(このおっ! くたばれえっ!)
その感触はまるで豆腐かプリンを殴っている感じだ。
私の拳に押し込まれる様に土竜魔獣の鼻先から一回り大きな穴が抵抗なく空いた。
思わぬ威力に自分で自分にひく。
(ちょっ……、やり過ぎ!)
塵と共に頭の破片を派手にまき散らして土竜魔獣は死んだ。
とにかく脅威が去ったのを確認した私は魔獣に喰らいつかれていた令嬢に駆け寄った。
腹を食い破られた令嬢はどう見ても即死に見える。
しかしそんな事はどうでもいい。
無駄かどうかを考えるまでもなく私は回復を強く祈った。
(治ってっ!)
すると偶然だろうか。
たまたま強く願ったそのタイミングで周囲が一気に光った気がした。
(!?)
私がそう感じたのも束の間だった。
次の瞬間、目の前の令嬢に例の見慣れた逆再生が始まった。
損傷した肉体がそのまま元に戻って行く。
「だ、大丈夫かっ!」
残りの土竜魔獣を倒したらしい冒険者二人が近寄ってきて私の目の前の令嬢の状態を確認する。
丁度全てが修復されて呼吸を始めた時だった。
服はそのままだけれど。
「あんたが治したのか?」
「いえ」
とっさに否定する。
実際私がやったかどうか今一わからなかった。
逆再生は最近よく見てたけど周囲が光るというのは初めてだからだ。
これだけ人が居るんだから別の誰かやったんじゃないかとも思える。
私の目の前の令嬢の状態を確認した冒険者が口を開く。
「大丈夫そうだな。俺はもう一人を見る。」
そう言ってもう一人の令嬢の方に向かった。
あちらは跪いて声をかけている沢山の令嬢達に囲まれている。
全員必死に回復魔法をかけていた。
空を見上げると光のドームは未だに消える事無く広がり続けていた。
そしてついには広大な森全部を完全に覆う。
その後しばらくしてから消滅した。
(……何だったんだろ、今のは)
すると森の方からも歓声があがった。
そちらで何が起こっていたかはわからない。
しかし悪い意味の歓声ではない事は分かった。




