命の選択
今か昔かあるところに、とても科学の発達した王国がありました。
その国の王様は一流のお医者様でもあり、多忙な政務の合間を縫って研究に勤しみ、国の医学・薬学の発展にも貢献しているとても偉大なお方なのでした。もちろん、このような王の身で研究者をしていることには理由があります。実は王妃様は昔から重い病気を患っている病弱なお方であり、その病を治そうと王様自らが立ち上がって研究を続けていたのです。しかし、残念ながらその研究の成果が実る前に、王妃様は一人娘を生んですぐに亡くなってしまい、今でもずっと王妃様を救えなかったことを後悔しているのでした。
そうした過去もあって、王妃様の忘れ形見である一人娘の王女様をとても大切に可愛がっており、少々過保護なところもあるようです。王女様は、城下に出るどころか庭に出るにも厳しい近衛兵が必要であり、そんな中では親しいお友達もできません。また王様の政務と研究も次第に忙しくなり、なかなか王女様の相手もしてあげられず、王女様は一人寂しく部屋に籠もることも多くなってしまいました。
それを悲しく思った王様は、ものすごく悩んだのですが、歳の近い召使いの女の子を王女様の話し相手として側に付けることにしたのです。
その女の子と王女様はすぐに打ち解けて意気投合し、二人だけの時にはお互いの身分も忘れて名前で呼び合うほどの仲になりました。例えば、女の子がとても王女様に似ていたことから、二人が衣装を入れ替えて王様を困らせるイタズラをして叱られたりもしたものです。
そうして王女様が明るさを取り戻したことで、王様は女の子に心から感謝するようになり、召使いでありながらも第二の娘のように大切に想い始めてしまいました。
ですが、そうした穏やかな日々も長くは続きません。国に流行り病という災厄が訪れたのです。それは様々な臓器を蝕み、重要な部位ならば人を死に至らしめるという、とてもとても恐ろしい病だったのです。
王様はすぐに王国医師団と共に予防薬と特効薬の開発に取り掛かり、まずは予防薬が完成しました。それを国民に行き渡らせ、それ以上の流行を食い止めることには成功しましたが、完成までの間に王女様と女の子がその病に罹ってしまっていたことが分かりました。すぐさま二人の体内を検査したところ、王女様と女の子はそれぞれ別の重要臓器が感染しており、このままではどちらも助からない状態と分かりました。
それからの王様は執務や寝食も忘れて特効薬の開発に邁進するのですが、二人の病状は日に日に悪くなっていきます。予防薬で感染や転移は防げるものの、すでに感染してしまった臓器の悪化は止められないのです。
そして特効薬の完成まであと僅かというところで、二人が危篤状態になってしまいました。この状態から打てる手段は臓器移植くらいしかありませんが、特に二人が感染した臓器は拒否反応が大きく、助かる望みは非常に薄いです。
そこで王様は大いに悩むことになります。なぜなら、実は王様は誰にも言えない秘密を持っていたからなのです。
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そう、実は召使いの女の子は、王女様の遺伝子から作り出されたクローンだったのです。それは、王妃様を救えなかったことを悔やんだ王様が、王女様に万一があったときのために秘密裏に用意した肉体の予備であり、出自を明らかにせずに召使いとして育てられてきたのでした。
つまり、王女様と完全に同一の体組織を持っているため移植による拒否反応も起きず、幸いにも互いに違う臓器が感染しているため、今すぐならば確実に助けることができるのです。ただし、二人のうちのどちらか片方のみですが。
そのため、王様は二つのことについてとても悩んでいるのでした。一つ目は、作製したものの効果の保証がない特効薬に賭けてどちらも救える可能性を選ぶか、手術で片方のみを確実に助けるかという選択です。
これについては、王様はとてもとても悩んだ末に、手術することを選びました。もし試作段階の特効薬が効かなかった場合は、大切な二人のどちらをも失うことになり、それはとても耐えられないと考えたからです。
そうして危篤状態の二人を手術台に並べた王様は、メスを手にして目を閉じます。もう一つの選択である、どちらを助けるかについて思い悩んでいるのでした。
ここで、本来の女の子の役目を考えるのであれば、王女様の方を助けるべきではあります。でも王様は、本当の娘のように慕ってくれる女の子と共に暮らすうちに、例えクローンであっても紛れもなく同じ人間であると強く実感してしまっていました。それで自分がどれほど残酷なことをしてしまったのかに気付いてしまい、女の子に対して激しい罪の意識をずっと抱いていたのです。
そのため王様は、身勝手な自分の都合で作り出されてしまった女の子の方こそが、本当に助かるべきなのではないかとも考えました。また同時に、こうして王女様を救うためだけに生んでしまったからには、せめてその使命を果たして貰い、その罪を一生背負って生きていくことこそが、本当の贖罪なのではないかとも考えました。
そうして王様は大いに悩んだ末に決断し、無事に手術を成功させました。
それからしばらくして、国は元の賑わいを取り戻しました。特効薬が無事に効果を発揮し、感染した人たちを完治させたのです。
今、王様はとある墓標の前に立ち、その手には手術の日に作製した特効薬が握られています。そして、王様はそれをゆっくりと墓標にかけると、人知れず涙を流したのでした。
おしまい。