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9話 こつ、こつ、こつ。

久々更新

ファンタジーなのにファンタジーできなさ過ぎてまじファンタジー

 こつ、こつ、こつ。

 地下を響く足音が好きというのは俺だけではないと思うんだが、なぜかなかなか共感は得られない。1/f揺らぎくらい心鎮まるサウンドだと主張して、面と向かって奇特な趣味だと言われたこともあるくらいだ。正直訳が分からない。ぜひとも地下足音の趣深さを全人類に知ってほしいところなんだがなあ。まあ、例えば暗闇で聞いたりなんかすると、楽しむ余裕はない程度に恐怖モノだが。

 そう考えるとここもなかなか暗いんだが、慣れたからだろうか、そこそこ耳を澄ませる余裕がある。所在がはっきりしているというのもあるかもしれない。


もっとも、牢獄で心鎮まるというのも、それはそれでなんだかなあ、だが。


 

というわけで俺は今、牢獄にやってきていた。

目的はもちろん、敢えて言うまでもない。


「おーい!よく来たなヒビキー!」


 檻の隙間から手を出してぶんぶんと存在を主張するというなんとも元気な囚人。

まあいつものことだが、アノだった。


「ようアノ。元気してたか?」

「ありあまって困ってるくらいだな!」


 はっはっはー!と笑うアノと握手を交わし、ぶんぶんとシェイクハンズ。

 恒例の挨拶を経て、椅子もないのでその場に座る。

 立っているとなんというか、動物園で檻を挟んでる感じになってあまり好ましくない。対等な立場での対話なのだから、やはりこうして目線を合わせるのがいいと思うのだ。床は汚いが、なに、土の上のアノよりは多少マシだろう。


 そんな訳で座って向き合うと、途端にアノが首を傾げる。


「ん?ヒビキ、なんかいいことあったのか?昨日より元気だな!」

「あー、まあ色々とな。なんだ、この前仕事で大失敗したって言ってただろう?」

「かっこつけたらかっこ悪かったやつな!」

「そのまとめ方は気に食わんが、まあそうだ」


 実際間違ってない。

 ないが、失敗は格好つけ損なったことじゃなくて危険に晒したことの方なんだよなあ。

 まあいい。

 どちらにせよ、それは俺の勘違いだった……とまではいかないものの、挽回はできたらしいということで結論づいたのだ。


 だから俺は胸を張ってアノにドヤ顔を見せてやる。


「それがな、実は失敗してなかったんだよ」

「なんだそれ!」

「どうやら色々勘違いしてたみたいでな。今日例の、助けたつもりの女の子に礼なんぞ言われてしまったんだ」

「おおー!やったなヒビキ!礼を言われるってことはすごいことだぞ!」

「らしいな」


 アノに言われると、そんな気がしてくるから不思議だ。

 なにより、その淀みなく無垢に輝くきらきらアイが俺を調子に乗らせる。

 あれ?実は俺って凄いやつなんじゃね?と思えてくるのは、主にそのせいだろう。


「つまりヒビキはかっこよかったってことだな!」

「きついことを言うな。格好よくはないだろう」

「まあな!」

「だろう?」


 今更面と向かって肯定されてもなんとも思わない。むしろこれで否定されたら、なんらかの脳疾患を疑うレベルだ。あるいは俺に莫大な借りがあるか。


 借りといえば。


「そういえばアノ、聞いたことなかったと思うんだが、お前はいつまで囚人やってるんだ?」

「さーな!まー、けーけんからすると明日とか明後日とかには出れそーだけどな」

「経験、ってお前常習犯かよ」

「生きてかないとだからなー」


 朗らかに残酷なことを言うものだ。

 一体なにをやったのかは知らないが、やはり相当深い闇を抱えてやがる。アノが、というよりは、国、いやいっそ世界そのものが。色々と薄暗い部分やら汚い部分からは自然と目を逸らしてしまう平和ボケしたこの俺でもそう思う。といってもそんな時間と発展以外に解決の余地がなさそうな問題に、どんな文句を言うでもないが。


「やっぱ金とかか?そういや弟とかいるんだったな」

「そそ。みんなまだ小さいからな。だから俺が食いぶち稼がねーとなんだ。俺が休んでる分蓄えもなくなっちまっただろうし、出たらまた頑張んなきゃだな」

「わざわざ犯罪紛いのことしなくても、なんでも屋じゃだめなのか?」

「ん?いや、なんでも屋だぞ?俺」

「は?」


 なにを言ってるんだと、互いに見つめ合う。


「なんでも屋の業務で捕まるようなことがあるのか?」

「ん?あー、もしかして知らねーの?裏依頼」

「裏依頼……」


 あっさりと告げられたその言葉を噛み砕く。

 までもなく、まあ、だいたい分かるよなそんなもん。


「やばい代わりに報酬が高い、みたいな感じか?」

「そーそー。生きてくだけならいいんだけどさ。金貯めてんだ。弟たちに学校通わせたくてな」

「なるほど」


 一応この世界で生きていくにあたって、なんでも屋はもちろん他にファンタジー世界のセオリー的な場所とか存在はないかというのを、可能な限り調べていたりする。基本は仕事場での雑談とか斡旋所の職員に聞いてみたり、あとちょくちょくエコーさんとお茶するとかそういう程度だが結構侮れないもので、もちろんアノの言う『学校』の存在は知っていた。


 とはいえ、その学校は異世界学園モノにおける魔法学園的なものではない。それもあるにはあるが、恐らくアノの言ってるのはそっちじゃない。そんなもんこの街にないしな。むしろ、現代日本における学習塾的な感じだろうか。いや、存在だけはなんとなく知っている職業訓練所的ななにかか……?

 算数や国語みたいな、一般的に有用なスキルを身につける場所。

 別に必ずしも必要ってものでもないが、そこを卒業すると就職率が上がったり、あとはなんでも屋なんかでも依頼の幅が広がったりするらしい。


 一応庶民向けということもあって費用は少なめだが、それでもそう簡単に通えるものではない。通いながら働きながらと考えると、少なくとも俺はきつい。やりたくない。

 しかも弟たちというと一人じゃないんだろうし、それを一人で賄うとなると……。


「いいお姉ちゃんなんだなアノは」

「へへ、照れるぜ」


 程度は知らないが犯罪に手を出しているらしいという点に目を瞑れば、だが。

 まあこの世界はこの世界、わざわざあっちの倫理観を押し付けて叱責したりなんぞするつもりなどないが、それでも親友が危うい橋を渡っているのは少々心苦しいものがある。


 かといって、ぽんと金を出せるような金銭状況では、俺もないしなあ。

 まあ出せたとしても、アノが受け取るとは思えないが。


 とすると、だ。


「なあアノ、その裏依頼とやら、俺にも紹介してくれたりしないか?」

「べつにいーぞ?」


 軽いなおい。

 そういうのはもう少し警戒とか疑念とか……ああ、だが考えてみればあくまで斡旋所の領分なんだからそこまで秘匿するようなものでもないのか。


 それならまあ、心置きなく紹介されることにしよう。


「そりゃありがたい。知っての通り俺も裕福な懐事情からはかけ離れてるからな。頼むぜ先輩」

「おおっ、センパイとかなんか、なんかいいな!」


 そっかセンパイかー。

 などと呟き、にししと笑うアノ。

まったくどうしてそこまでピュアでいられるのか、ある意味こいつも結構ヒロイン力が高いのかもしれない。さすがに、アノの前に主人公なんぞ現れようものならどうにか堕とされるのを回避してやりたいものだが。


「んじゃ、あー、どうするかな。ここ出たらコンタクト取る方法ないしな」

「別にどっかで待ち合わせればいーだろ?なんならヒビキの職場……たしか酒場だよな?むこーの通りの。あそこで終わるの待っててもいーしよ」

「普段夜に働いてるのか?」

「ひるはふつーので、夜は裏って感じで働いてんだ。昼のやつも、まーふつーにゆーずーは効くぜ」

「なるほど」


 それなら、確かにその方が面倒が少なくていいかもしれない。

 しかしそうするといつ休んでいるのかというのが気にもなるが……まあ訊くだけ野暮というものか。どのみち、今の俺にどうこう出来る話じゃない。


「ならそれでいくか」

「おう。おっけー。じゃー決まりな!」


こうして斡旋所に隠されたあまりにも深い闇にへと足を踏み入れることになるのだと、このときの俺は知らなかった―――


みたいな感じで面白げなことでもあればいいんだが、まあ、望み薄だろうなあ。

どうせあれだろう、裏依頼も裏依頼で規則に引っかかってさしたる実りもないみたいなオチに決まっている。


それでもまあ、いいのだと。

そう思える程度にはアノのことを親友と、どうやら俺は思っているらしかった。


知らないところで捕まっているだなんて、そんなのは少し寂しいじゃあないか。


などという思いを表に出すことなく、それからまた少し下らない雑談に興じて、その日はその場を後にした。


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