8話:無能の分際で依頼についていった挙句贔屓の依頼主の機嫌を損ねて台無しにしたクズ野郎がいるらしい。
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無能の分際で依頼についていった挙句贔屓の依頼主の機嫌を損ねて台無しにしたクズ野郎がいるらしい。
なんでもそいつはなんでも屋に登録してるくせに魔力を持たないポンコツで、普段は場末の居酒屋で安酒を運んでいるんだとか。
なるほど。
「そいつは酷い話ですね。そのとんでもないアホはいったいどこぞのクソぽんこつ野郎なんでしょうね。こんな女神なコロナさんに迷惑かけるやつとか顔が見てみたいもんですよ」
言えば、す、と場末の居酒屋にお似合いの安酒をくそ質の悪い土っぽいジョッキごと差し出してくる女神。
なんだろうかと覗き込んでみれば、ふむ、今日も今日とてまったく覇気のひとつもない顔が写ってやがる。
「中々イカした面してるようですね」
「……落ち込んでいたりは、しないようだな」
……は?
なんだ、え。
天使か……?
女神だった。
「まさかコロナさん、え、勘違いかもしれませんけどまさか、え、心配してるとかそんな……?」
「わ、悪いか!」
「ああなんということだ……そこまでのショックを……?」
「私が心配するのはおかしなことか!?」
「いや、まあ、はい」
「なぜだっ!?」
なぜだっ、て。
そりゃあ、決まってる。
「だってコロナさん。俺はコロナさんに一方的に不利益を与えたんですよ?理解出来ていますか?それともあれですか、優しくしといて油断させて後で辱めるやつですか?そんな手には乗りませんよ……!」
「なんだお前人生辛いのか?」
「いや、まあ……」
余計なお世話と言いたいところだったが、辛いか辛くないかで言えば辛すぎるので自然と微妙な表情にもなる。特にここ最近は、コロナさんの言う噂を真に受けてか―――まあ、事実に基づくそれを疑う方が難しいというものだが―――結構なんでも屋連中からの視線が痛いし。あとコロナ教の狂信者であるスーラさんが、敬虔な信者であるところの俺を背信者扱いして隙あらば殺意を向けてくるから気の収まるタイミングがないというものある。お盆に刃物仕込むとか、どうやって対応すればいいというのか。
そんな日々の疲れが滲んでしまったのだろうか、ふっ、と遠い目になる俺を見て、なぜかコロナさんがバツの悪そうな表情となる。
「すまないな……私のせいで」
「……はい?」
なにを言っているのかと耳を疑ってみるが、どうものその表情を見ても冗談とか聞き間違いの類いではないように思える。純情女神コロナさんに、そんな表情をしながら罵倒をするなどという高度なテクニックは使えまい。
つまりこの人は、本気で申し訳なく思っているということか……?
そんな馬鹿な、と眉を顰めると、コロナさんは続ける。
「あの噂はな、まったくの間違いなのだ」
「間違い?」
当事者たる俺ですら間違っていないと思う内容なんだが。
なにせあの後、本当はまだ続けるはずだった行商を中断して戻ったくらいだしな。
具体的には分からないが、信用で成り立っているだろう商人がその予定を崩すというのは大損害も大損害、名誉という金では買えないものに傷をつける大罪を犯した俺は、なんなら噂以上のゴミ虫野郎だと思うんだが。
それが間違いとはいったいどういうことなのか。
「そもそもオーダン殿は、機嫌を損ねてなどいない。なんなら、むしろお前のことを結構評価しているくらいだぞ?」
「……どこのオーダンさんの話で?」
「商人のオーダン殿だ」
「娘さんが人質に取られたショックで……?」
「お前はどれだけ私たちを錯乱させたいんだ」
そんなことを言われても、心当たりがなさすぎる。
帰りの馬車でめちゃくちゃ視線を感じたとはいえ顔を見るのが怖すぎて確認してなかったんだが、もし好意的に捉えてるなら声のひとつくらいかけてくれてもいいだろうに。そりゃあ別れるときはなんかにこにこしてたが、行商人の必須アビリティである好意的な作り笑顔の存在を忘れてはいけない。
そうでなくとも、行商打ち切り&愛娘を危険な目に遭わせるという二重の罪を背負う俺を気に入るとか、罪深い者に慈悲を与える金持ちの道楽のようなものなのか……?
そう思っていると、コロナさんが多分に呆れの含まれた視線を向けてくる。
「なにを考えているのかは知らんが、恐らくそれは違うぞ」
「はあ……それなら、どういうことなんですか?」
「うむ。どうやら、力がないながらも策を弄しコリーニ嬢を助けてみせたのを評価しているらしい」
「……控え目に言ってバカなのでは……?」
「なんということを言うんだお前は!」
べしっ、と小突かれる。
いやうん、まあ、迷惑をかけたと思っている相手への評価ではないとは自覚しているが、その上で思わざるを得ない。
オーダンさんは、もしかしてバカなんじゃなかろうか。
あの状況で不用意に行動して無駄にコリーニちゃんを危険に晒した俺を褒めるなど、それはちょっとどころでなく的が外れていると思うんだが。
胡乱な視線を向けてしまう俺に、コロナさんはため息を吐く。
「……結果論ではあるが、お前のおかげでコリーニ嬢は救われている」
「いや、本当にそれは結果論ですよ。今思ってみれば、あれはどう考えても愚策だった」
あのときはなんとも都合よく相手が逆上してくれたが、そうなるように言葉を運んだつもりだが、それも絶対ではない。どうせあんな行き当たりばったりのずさんなやり方でどうにかなるはずもなく、俺があんなことをするまでもなく救うタイミングは幾らでも待っていただろう。
まったく確かに結果論、主人公ならざる俺がやったのに上手くいったのなぞ、コリーニちゃんのヒロイン属性によるものとしか思えない。
それを否定するように、コロナさんは「いや」と首を振り。
そして、真っ直ぐに俺を見据える。
「確かに危険はあった。だがお前があそこで動いたからこそ、事態が早期に終息したのも確かなことだ」
「だから、それは結果論ですよね?」
「仮定を軽んじるのは愚か者の行いだが、結果を否定するのもまた然りだぞヒビキよ。あそこで早期解決に至ったからこそ、コリーニ嬢の心は間違いなく救われたのだからな」
「心が?」
なにを大層なことを言っているのやらと眉を顰めれば、コロナさんはニヤリと笑う。
「まあ詳しくは本人に聞いた方が早いな。そろそろ来るはずだろう」
「は」
来る?
文法的に考えればその主語などあっさり分かるが、文脈というかストーリー的にはどう考えてもおかしくないか?
いやだって、どうしてコリーニちゃんがここに―――
「失礼します」
凛、と。
喧騒を切り裂くように響く声。
ただ大きいというだけでなく遠くに射出するようなその声は、どこか商売をしているときのオーダンさんを思わせるもので。
視線を向ける。
「こちらにヒビキという……ああ、いましたね」
そこにいた少女は、周囲から集まる視線をものともせず、俺を見つけるなりすたすたと近寄ってくる。
そこに、ほんの数日前のような人見知り―――と、勝手に俺が思い込んでいただけかもしれないが―――の片鱗はなく。
彼女は俺の目前までやってくると、つん、と口を尖らせて睨みつけてくる。
「どうして来なかったのですか」
「は?」
「お礼を言うタイミングも無くて困っていたのですよ」
「はあ、えっと、ごめんなさい?」
訳も分からず謝辞を述べてみると、いっそう視線が鋭くなる。
しばらく睨まれていると、やがてひとつため息を吐いて、それから……は?なん、頭を下げた……?
「先日は助けて頂き、ありがとうございました」
す、と頭を上げたその表情は、まるで作り物みたいに整った微笑みに彩られて。
綺麗だ、と素直に思う俺へと、告げる。
「あなたに、心からの感謝を」
……なるほど。
「人質に取られたショックで……」
「それはもういい」
「ぐはっ」
どすっ、と、結構洒落じゃない威力ではたかれる。
危うく倒れそうになりながらもなんとか耐えると、クスクスと笑う声。
視線を向ければ、今までで見たこともない―――とはいえ、そう長いつきあいでもないが―――楽しそうに笑う愛らしい少女の姿。
ぽかんとしていると、そんな俺に気がついて、むすっと膨れる。
「私だって笑うんですよ」
それは意外だったなと、軽口を叩くほどの余裕もなく。
これはつまり、どういうことなんだ……?
■
そもそもコリーニちゃんを連れての行商というのは、勉強も兼ねているのでかなり余裕をもって行われていたらしい。だから一回途中で戻る程度のことは―――あのような事件はさておき―――織り込み済みで、あれも結局は人質になったコリーニちゃんの精神的な疲労を鑑みてのこと、むしろコリーニちゃんにも随分と長旅の疲労も溜まってきた頃で、タイミング的にはちょうどよかったとか。
まあ疲労に関しては実際のところは定かではないが、ともかくそんな訳で、ここ数日コロナさんが酒場に来なかったのは、コリーニちゃんと共に行商のやり直しをしていたからだという。
前回不覚をとった償いということもあってそれは無報酬だったらしいが、オーダンさんの心情的にはそこまで気にしてもいないらしく、専属の任も継続するとかどうとか。
これに関してはコリーニちゃんも保証するところで、曰く「盗賊団などならともかく、村の中でそれも同業者となれば、仕方のないことでしょう」とのこと。この世界における何でも屋というやつの信用の高さがうかがえるような、甘すぎやしないかと思えるような。
どちらにせよ紛れもなく被害者だった本人とは思えないが、それもまたヒロイン気質というやつだろうか。
つまりまあ、どうやらコロナさんは俺のせいでオーダンさんという贔屓の客を失った訳でもなく。
ついでに、どうやら俺はオーダンさんの機嫌を損ねていたりもしないらしい。
つまり、だ。
「やれやれ、誤情報に踊らされるとは。所詮モブ、コロナさんと同じなんでも屋に勤めているというのになんとまあ低俗な奴らですねまったく」
「お前には人格が二つあるのか……」
「さっきまで辛うじてあった罪悪感があっという間になくなっていますね」
コロナさんとコリーニちゃんから呆れた視線が向けられるが、知ったこっちゃない。
少なくとも噂に関しては俺が無罪だと俺が知った、であれば噂を以て俺を蔑むあらゆる存在は嘘に踊らされる衆愚ということが確定した訳だ。そりゃあもう見下す以外の選択肢はなかろうに。
とはいえ。
「まあ、それはさておき。コリーニちゃんがどうして礼を言うのかはやはり分からないんですよね。それはどういうことなんですか?」
「どうしてもなにも、助けて頂いたのですから当然のことですよ?」
首を傾げるコリーニちゃんだが、いやいや、そんなことはないだろう。
少なくともコリーニちゃんには、権利がある。
「いや、無駄に危険に晒してんじゃねえって怒ってもいいと思うんですけど」
「……ヒビキさんは、私がそんな恥知らずだと思っているんですね?」
「え」
あー、そうくるか。
いや、まあ、うん、確かに結果的に助ける形になったのは間違いない……いや、それも正直微妙だが。倒したのはコロナさんだしな。
それでも助けるきっかけになったのは確かで、それに関しては感謝する余地もあるかもしれないが……。
どうしたものかと困る俺に、コリーニちゃんは一転して呆れた視線を向けてくる。
「あのですね、ヒビキさん。あなたのやったのは、間違いなく私を助ける行為でした。あなたは私を助けた、その事実をあなたが認めてくれないと、私は謝罪すら受け取ってもらえないではないですか」
「そうは言われても、実際あれは相当に分が悪い賭けでしたし、無駄に危険に晒したことになりますよね?」
「それを言うなら私が捕まった時点で無駄な危険です」
「ぐふっ……!」
身も蓋もない流れ弾に撃ち抜かれたコロナさんが突っ伏す。
哀れと思うが、コリーニちゃんは気にした様子もなくひたすらに俺を見て続ける。
「あの状況で、あなたが動いたことで、私は恐らく最速で助かりました。それが全てです」
「それは結果論でしょう。運良く上手くいっただけでしかない」
「終わったことを、結果以外のなにで語ると?」
「む」
「どんな理想を語ったところで、結果は結果です。最善手でなかったとしても、最前の結果ではあった。そうではないですか?」
コリーニちゃんに真っ直ぐと見据えられ、言葉に詰まる。
明らかな年下にあっさり論破されているという事実が結構しんどい。
というか、なんだ、そもそも俺はどうしてここまで感謝を拒絶しようとする?
こんなヒロイン属性の美少女が俺ごときに頭を下げているのだから、素直に喜んでおけばいいものを。別に俺が後悔したところで得するやつなんざいる訳もなく、そして仮に前向きに失敗を検討してみたところでそんなものが役立つはずもないのだから、そう、コリーニちゃんが言う通りに、結果だけ見てドヤ顔しとけばいいだろうに。
俺は、なにが気に入らない?
……。
ひとつ、ため息。
「はぁ。やれやれ。まあ、確かにそうだな」
「え?」
唐突に口調を崩した俺に戸惑うコリーニちゃんへ、にやりと笑う。
「そこまで言われたら、この俺がコリーニちゃんの命の恩人であると認めるのもやぶさかじゃあない」
「あの……?」
「おい、ヒビキ?」
「おやおや?しかしとすると、危うくクライアントに被害を出しかけてそれを未然に防いだ俺はコロナさんの恩人でもあるのか?」
「む?」
にたにたと。
舐めるような視線を向ければ、コロナさんは困惑した様子で首を傾げる。
「やあれなんということか、これは一大事だ。もちろん優秀ななんでも屋や商人の娘が恩を仇で返すだなんていう恥知らずである訳がないだろうからなあ。とすると俺は、二人からそれに見合った恩返しをしてもらえるのでは……?」
「おまっ」
「お、恩返し……」
恩返し、のところを強調して大仰に言えば、コロナさんもコリーニちゃんも揃って顔を引き攣らせる。
どこぞで「コロナ様にふしだらな視線を向けやがってぶっ殺してやるっ!」という声が聞こえる気がするが、まあ気のせいだろう。
「ふっ、ふっ、ふっ。いやあ、楽しみだ。どんな恩返しをしてくれるのか、期待してるぞ?ええ、お二人さん?」
「おいヒビキ、待て、お前おかしいぞ?」
「お、おん、おんが、おん、」
「コリーニ嬢!?」
どうやら恩返しというワードでいやらしい想像でもしているらしい、顔を真っ青にして泣きそうなコリーニちゃんに、コロナさんが悲鳴じみた声を上げる。
それから涙目で抗議の視線を向けてくるその姿は子を守る親のようで、さすがに罪悪感に胸を締め付けられた。
「な、なんちゃって、はっはっは、冗談ですよもちろん」
若干やりすぎたかもしれないと思いつつ、朗らか目指して笑う。
引きつってる気がするが、だ、大丈夫だ、いける、頑張れ俺!
「護衛の報酬はちゃんともらってますからね!コリーニちゃんの命を守るもの当然護衛の範疇ですから!もちろんそんな別で恩返しとか要求しませんともええ!」
「……おいヒビキ」
「ひっ、ちょっ、まっ、ほんの冗談ですよ!?」
その無表情はマジのやつなんじゃ……?
死んだかもしれないなこれ……来世は主人公になれますように……。
今世を諦めて来世に思いを馳せていると、コロナさんはひとつため息を吐く。
「……たくっ、冗談が過ぎるぞお前は」
「へえ、すみませんで」
「じょ、冗談なんですか……」
ほっと一息をつくコリーニちゃんを、じっと見る。
見る。
見て。
「……もちろんです!」
「その間はなんなんですか!?」
「ヒビキ?」
「はい悪乗りしましたです大変申し訳ありませんでした!」
いやつい出来心で。
反省反省。
「まあさておき、なんだ、あー、そういう訳で、報酬はきちんと貰ってますからね。その上でお礼をしたいということでしたら、まあ、受け取っておきます。ついでに、どさくさに紛れて色々と酷いこと言ったことへの謝罪を受け取って貰えるとありがたいんですが」
「え?あ、ああ、それはもちろんです」
「それはよかった。では。すみませんでした」
「はい。こちらこそ、ありがとうございました」
頭を下げあって、この話はこれで手打ちだ。
ちょっとばかり強引だったかコロナさんが若干じっとりとした視線を向けてきているが、まあ気にしない。
「では、僕はそろそろ戻りますね。まあ適当に金落としてってください」
「なんだ、せっかくだからもう少し付き合えばいいだろう」
「店長にどやされちゃいますからね」
「私たちは客だぞ?」
「そういう店じゃないんで」
すげなく言えば、コロナさんはくつくつと笑う。
やれやれ。くっそ可愛いなこのやろう。
さておき。
「コリーニちゃんも、よかったら飲み食いしていってください。コロナさんが払ってくれると思うから、遠慮しないで高いの注文していいですよ」
「おいおい、そこはお前が男気を見せるところだろうに」
「俺の懐事情を知っても同じことが言えますか?」
「お、おう……?」
「ふふっ」
俺とコロナさんとのやり取りを見て、コリーニちゃんは笑う。
「こう見えて私お金持ちなんですよ?少なくとも、ヒビキさんよりは」
「……さいですか」
金持ちめ。
俺はコリーニちゃんが少女と呼ぶべき年齢だろうと気にせず僻むぞおら。
そんな俺の僻み根性に、コリーニちゃんは苦笑する。
「それに私も商人の端くれですからね。美味しいものには、この手でちゃんとそれに相応しいだけの価値をお返ししたいです」
「だそうですよ、コロナさん?」
「いや、なぜお前が私を窘めるんだ」
はて、なにかおかしいことがあるだろうか。
全然まったく心当たりがないなあ。
■
「相応しいだけの価値、ですか」
「コリーニ嬢?」
視線を向けてくるコロナになにかを返すでもなく。
ほう、と吐いた息が消える先を、見えないけれど、追うように。
巡らせた視線の先には、忙しなく働く青年がいる。
自分が視線を向けていることに気がつくことないその姿を見ていると、自然、頬が緩むのを感じる。
しばらく見つめていると、気づいた訳ではなく、きっとただこちらを気にするつもりで彼は視線を向けてきて。目のあったコリーニがそっと手を振れば、彼は苦笑して手を振り返す。
コリーニはふいと視線を外して、テーブルのスープを啜った。
色々な野菜の溶け込んだ、その澄んだ色とは裏腹にガツンと染みる旨み。
目を閉じて、それを己の舌で可能な限り味わい尽くして。
「……銅貨三十枚」
「む?」
「原価と採算を考えると、良心的な値段と言えるでしょう」
「……そうだな。おかげで、新人の頃から世話になっている」
「ですが」
ですが、と。
コリーニは目を開き、苦笑する。
「この味を生み出す技術は、それこそ一杯で銀十数枚は下らないような高級店にも劣らない素晴らしいものだと思います」
「それは言い過ぎではないか?材料の質が違いすぎるだろう」
「はい。ですがその上で私は、お支払いするのに躊躇いはないです」
きっぱりと言い切るコリーニに、コロナは目を見張る。
それから、くつくつと笑う。
「あのオヤジに聞かせてやりたいものだ。コリーニ嬢のような美人に言われれば、きっと顔を真っ赤にしてしどろもどろになるぞ?」
「からかわないでください。もう」
頬を赤らめてぷりぷり怒るコリーニだったが、ふと、表情が翳る。
「それでもやはり、このスープは銅貨三十枚なのです。それ以上を払うことは、敬意でもなんでもない」
「……そこまで、ヒビキを買っているのか」
「はい。こんなことなら恩返しも、検討すべきだっかもしれません」
続く言葉は冗談じみていたが、その肯定には、一切の淀みがなかった。
さすがにそこまでのものだろうかと首を傾げるコロナだったが、コリーニはそっと頬を染め目を細め、どこかうっとりとした様子で続ける。
「誰がなんと言おうとも、あのときのヒビキさんは私の中の理想そのものでした。本気で、私をいらないと言ったんです。私が死んだって構わないと、私を助けるために。演技が上手だとか、心がないとか、そういうことではなくて。それが一番だと確信して、だからそのために、当然のように私を切った。凄いことです。とても。普通は、きっとできない」
そこでふと、コリーニはコロナの視線に気がつく。
なんとも生暖かい、居ずらくなるような視線。
こほん、とひとつ咳払い。
「言っておきますけど、そういうのではないですからね?」
「ははっ、分かっているとも。オーダン殿も心配する訳だ」
「なっ、まさかお父さんがヒビキさんを睨んでたのって……!」
「一人娘だからなあ、特別可愛いのだろうよ」
「もうっ」
ぷくっと頬を膨らませて「お父さんにもちゃんと言っておかなくてはいけませんねっ」と意気込むコリーニにくつくつと笑いながら、コロナは思う。
イチャイチャしやがって、と。
言うまでもなく、僻みだった。
イチャイチャどころかコリーニに言わせればまずそういうそれですらないのだが、コロナからすれば知ったこっちゃない。
男と女が仲良くしていればそれだけで気に食わない。
なんならそういういけ好かないやつらがあまり来ないというのもあってこの酒場を頻繁に利用している彼女からすれば、コリーニがヒビキの話をするだけで飲酒量が増えそうなものだった。
まったくもって、気に食わない。
年齢を比べれば半分ほどしか生きていない相手すら、僻む。
「あ……ふふ」
視線の先で、性懲りもなくヒビキを追っていたコリーニがまたそっと手を振る。
反吐がでそうになって、コロナはエールを煽った。
勢いよくグラスをテーブルに叩きつけ、そして振り向きながら吠える。
「……おいヒビキ!酒だ酒を持ってこーい!」
「こ、コロナさん?」
コリーニの戸惑いなど知ったことではない。
飲んで、呑む。
ただそれだけのマシーンへと、コロナは成り果てたのだった。