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7話:どうしてこうなったのか

 どうしてこうなったのか。


 そんなことを考えたところでどうなるということでもないが、一応軽く状況をまとめてみることとする。

 といっても、本当になんということもない。

 昼食を終え、さてそろそろこの村を発とうかと思っていた頃。変なフェティシズムに目覚めそうな程度には可愛らしい表情で厠に行ったコリーニちゃんを待ちがてら、やはり別れが惜しいらしい村人達となんのかんのお喋りをしているとき、悲鳴が聞こえた。そして慌てて外に出てみれば、このざまだ。

 完全なる油断、とはいえ所詮俺が気を張っていたところで意味はない訳で、だからこそコロナさんがここまで自分を責めているんだが、まあ、それでもやるせないような不甲斐ないような、そんな思いがないといえば嘘だった。気を張ることはなくとも、気を回すくらいは―――着いて行くのはハードル高そうだが―――できたかもしれないからな。


 そう思いつつ、頭の悪いくそ犯罪者野郎の悲痛ともとれる主張に耳を傾けてみたところ、どうやらあいつは金が欲しいらしい。よくよく見ればその身に纏う革鎧も、コリーニちゃんの首に添えられている短剣も随分と古めかしいというか、なんというか、てめえこのファンタジー世界でやってく気あんのかってくらいの貧相なものだ。俺が言うんだから間違いない。

 つまり恐らく、なんでも屋になってはみたものの戦闘能力低すぎでやってくのが辛くなってた所に身形裕福そうな商人とか優秀ななんでも屋であるコロナさんとかそんな優秀なやつとつるんでる俺ごときなんぞと遭遇してしまったせいで闇堕ちしてしまったとかそんな感じのくっだらない理由での凶行なのだろう。まったくそんなことにヒロイン属性なコロナさんを巻き込むなよと言いたいところだが……うむ?


 いや、いやいや、待てよ。


 どうだろう、思えばコリーニちゃんは随分と整った容姿をしていることだし、例えばこの事件を切っ掛けになんでも屋にいい思いを抱かなくなってツンツンキャラになったところでなんでも屋な主人公に出会って命とか救われちゃったりなんかしてツンデレてゆくみたいな展開もありといえばありかもしれない。あるいは、男性恐怖症的なことになってしまい護衛に女性のなんでも屋しか選びたくないからと、自立して初めての行商で主人公を雇ってころっといくというのもそれはそれで……。

 ふむ。

 未だ少女と呼ぶべき年齢でありながらもツンデレキャラの必修アビリティとも言える刺さる視線を有するクールキャラ、その上異世界に来たての主人公には都合のいいことに異世界知識沢山持ってそうな商人の娘という立場、それらを鑑みると結構ヒロイン力は高そうだな。

 まさかこの場に二人もヒロイン属性持ちが揃っているとは。

 それもこうして繋がりがあるということはまさかハーレムルートか……?

 おいおい、コロナさん行きつけのあの酒場で女性を侍らす主人公とか見たくもないんだが……フィクションならともかく、あんなものをリアルで晒されたら相手が男だろうが女だろうが関係なくムカつく自信があるぞ……って、おい待てよ、それはつまりコロナさんの熱狂的なファン(婉曲表現)なスーラさんが嫉妬で絡んで行った挙句主人公の毒牙にかかるとかいうコンボの可能性すらあるということか……?いやだがスーラさんはそこまで劇的な造形してな……いやだがキャラの濃さだけなら……うーむ。


「―――っぞ!」

「ひっ」


 おっと、全く関係のない思考で完全に意識が飛んでいた。

 それで今はどういう……ああ、落ち着いて話し合おうとか無駄に阿ってみるけど逆上してる犯罪者が唾を撒き散らしながら拒絶するやつか。

 まあ俺にできることなど……なくはなくともこのまま傍観でいいか。

 どうせあの屑に人を殺そうなどという気概はないだろう。勢い余って、という可能性を捨てきれない以上はあまり刺激せず一旦大人しく金を払ってやればいいものを、どうせ逃げきれないというのにそれを両者ともに理解してないとはまったく、毎度思うんだがもう少しどうにかならないものか。


 などと余裕ぶっこいていられるのも結局は当事者じゃないからで、例えばあれが俺の恋人かなんかだったとしたら情けなくも取り乱して目も当てられないんだろうが。

 別にコリーニちゃんに対してなんとも思っていない訳では断じてないが、まさかあんなヒロイン属性持ちがあの程度のゴミにどうにかされるなどと―――


「っ」


 ―――目が、合う。


 男に捕まったコリーニちゃんの視線が、ふと、俺へと向けられていた。


 ……どうして俺を見ているんだお前は。

 この場で縋るのは俺じゃないはずだろう。

 隣にはコロナさんがいる、もう少し近くにはお前の父親がいる、周りには畑仕事に慣れた屈強な男たちがいるし、初対面のコリーニちゃんを娘のように慈しんでいたおばさん連中だって揃っている、なによりすぐ傍には命乞いすべき悪漢がいるというのに、どうしてよりによって俺を見ているんだ。


 そう、思ってみたが。

 それは、別に俺を見ようとして見ただけではなく、助けを求める視線を巡らせる中で、俺が目に留まってしまっただけというそれ以上のことではなく。

 すぐにその視線は、別のどこかへと。


 当然だ。

 俺の実力のなさはコリーニちゃんもよく知っているし、だから俺に縋る意味などない。


 ……ないはずなのに。

 それでも、今コリーニちゃんは、きっと藁にもすがる思いで、俺たちを見ている。

 俺ごときにすらも縋るほどに、切迫しているということで。


 ―――思考が、行動に追い抜かれる。


「はぁ」


 と、ため息を吐きながら。

 俺はコロナさんの腰から長剣を引き抜き、歩む。


 どうやら俺は、コリーニちゃんを助けようとしているらしい。


 そんなことを他人事みたいに思いながら、歩む。


「な、なんだお前!来るな!こいつがどうなってもいいのか!」


 ひっくり返った声で喚く男が滑稽で、自然、笑いが零れる。


 男がたじろぎ、威嚇するようにさらに叫ぶ。

 コリーニちゃんの首に添えられた刃が震え、ほんのわずか、肉を押し込む。

 ……いや、あれで切れないのはさすがになまくらすぎるだろうと。


 そんなことを思えば、さらに笑いは深まった。


 同時に、呆れる。

 この期に及んで、誰も俺を止めようとはしない。

 コロナさんですら長剣を抜かれたことに今更気づいたくらいで、だからきっと、邪魔だては一切ないということで、それはありがたいんだが、それはどうなんだ普通。


 さておき。


 そろそろ限界っぽいと、判断したところで足を止める。


「なあおい」


 威嚇も警告も、なにもかも無視した呼び掛けに、男は絶句した。


 くだらなさすぎて怒りが湧く。


 一歩、近づく。


「っ、く、来るな!こいつがどうなってもいいのか!?」

「ああ、構わないが」


 さらりと告げれば、また絶句。

 やはり所詮モブ、ヒロインに触れようというにはあまりにも質が低い。


 そんなんじゃ、俺レベルだぞ?


「そもそも、だ」


 一歩。


「そいつが死んだからどうなる?」


 また一歩。


「人質を失い、攻撃の理由だけが残ったお前はどうなるんだ?」


 まだ行けるな、一歩。


「人質は命という名の盾だ。壊れれば使い物にならないのは言うまでもなく……」


 ここら辺か……あと二、三歩分は余裕ありそうだし……よし。

 切っ先を向ける。


「そして、誰にでも通用する訳じゃない」


 まあ、どちらかで言えば俺にはモロに通用するほうではあるが。


 だが、あいにくお前はそれを知らない。


 だから、ここまで来てもお前は硬直するばかりだ。


「なあおい、見てみろ。今お前に刃を向けているのは誰だ?」


 くいっ、と切っ先を傾ければ、男ははっと目を見開く。


 しかし、よく分からんが凄い業物感あるな……てかさっきから片手で持ってるからクソ重いなこれ……頑張れ俺の左手。


「そこの非力な娘か?その娘のために手を出せない村人たちか?」


 いいや違う、と首を振る。


 ここで凄惨に笑……いたい。

 いや、まあ、そんな演技力はないので―――というかなんだ凄惨な笑みって―――普通に馬鹿にする感じの笑いでいくが。


「なあおい、その盾は俺の切っ先からお前を守ってくれるのか?」


 一歩。


「その娘を殺す一手間の間にさて、俺の切っ先はお前に届くのか……」


 一歩……結構ギリな気がするなこれ。


「試してみるか?俺は構わんぞ?」


 決まったなと。

 確信する程に分かりやすく男は狼狽えていて。


「あああああああああああ―――――――――!!!???」

「きゃっ!?」 


 思惑通り……いやちょっと乱暴に過ぎるが、コリーニちゃんを突き飛ばして、短剣を構えた男が飛び掛ってくる。


 しかしながら、コリーニちゃんを突き飛ばしたところで既に俺は踵を返していた。

 それはもう、脱兎のごとき逃げの姿勢だ。

 さすがに発狂した男もそれには驚愕したようでなんか声が面白いことになっているが、特に気にせず叫ぶ。


「コロナさん!」


 言うまでもなく。

 コロナさんは動いていた。

 さすがは優秀ななんでも屋、恐らく身体強化魔法を使ったのだろう、凄まじい速度で飛び出すと、振り向きざまに俺が放った剣をキャッチ、一迅の風となって俺の横を通り過ぎて。


「がっ、あ……!」


 面白味のない声上げやがる。

 そういう所がモブいんだぞと、足を止めて振り向い拳が目前にあ―――


 ■


 ……一瞬意識飛んでたな。

 気がついたら空を……いや、拳を振り切った体勢のコロナさんを見上げていた。どうやら顔面をぶん殴られたらしい、頭蓋骨に響く鈍痛に若干視界が歪んでやがる。これは鼻血も出てるな……血の味ってのは結構好きなんだが、さすがに鼻血となるとなんとなく拒否感があるものだ。


 俺が意識を取り戻したのを見て、コロナさんは手を伸ばしてくる。

 鼻血を拭いつつその手を取って起き上がれば、コロナさんはキッと俺を睨みつけた。


「……少し頭を冷やせ。人質救出のためとはいえ、お前のやったことはあまりにも危うすぎる。それになんだあの発言は、心にもないこととはいえ、非道がすぎるぞ……!」


 わざわざそんな大声を上げるあたり優しいなあとか思いつつ、視線だけを巡らせると……あー、まあ、そりゃあそうだろうなあという感じだが、結構針のむしろだなこれ。今ので若干『ああ、助けるためにやったことなんだな、まあ、そうだね、うん』みたいな雰囲気にはなっているが、それ実質『こいつやべえやつだな』と合同だからな分かってんのかおい。


 まあ、いい。


 コリーニちゃん辺りの嫌悪感増し増しな視線とか結構しんどいが、まあ仕方のないことだろう。主人公ならざる俺にできることといえば道を踏み外す程度のことで、だからこの結果も俺にしては上出来だと、そう思うことにする。


 きっと今後、こんな機会はなくなるんだろうなと。


 それだけは、惜しいと思った。


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