5話:魔法と魔術の差とはなにか。
魔法と魔術の差とはなにか。
それを考えるにはまず、それらに共通する概念を理解するところから始めるべきだろう。そもそもなにが同じなのかも分からないのにこれが違うと言われたところで、どうして理解が及ぶというのか。
では、その共通点とはなにか。
これに関しては概ね二つ。
すなわち、根拠と目的。
根拠というのは、つまり魔法と魔術がなに由来の力かということ。
それはもはや言うまでもないだろうが、根拠となるのは魔力と呼ばれる謎エネルギーだ。世界を構成する全ての概念の根源、創世の残渣とも呼ばれているらしいが、まあその真偽は定かではない。定かではないが、そうとでも考えなければむしろ信憑性がないくらいにその存在はぶっ飛んでいるらしい。考えてみればフィクションにおける魔法というやつも、この世界で俺が体感したらしい治癒魔術というやつも、なるほどファンタジーがファンタジー足るだけの絶大な力だ。
さてでは、創世の残渣とすら呼ばれるほどの魔力を一体どんな目的で使用するのか。
一言で言えば、それは事実の改変だ。
そう呼ぶと神の御業的な雰囲気がでるが、というかやべえよそれバベルっちまうぜと戦々恐々としたものだが、聞いてみればこれは古今東西……というか少なくとも日本国内における様々なファンタジーものにおける魔法と比してみると、さして珍しいものでもなかった。
例えば火の玉を出すという魔術がある。
これは、そこになかった火の玉というものをその場に在らしめるという意味で事実の改変であると、この世界では認識されている。
非実在を実在へ。
実在を非実在へ。
それだけではなく、治癒魔術というのもその分かりやすいひとつの例だろう。
健常でない状態を、健常なる状態へ。
もちろんそういった、言わば事実を裏返すようなものだけではなく、例えば身体強化魔法なんかは実際の身体構成による出力を実際よりも水増しするという意味での事実の改変だ。これはなんというか酷くぶっ飛んだもので、イメージとしては物理学の授業で習うような力の計算式、あれそのものに倍率をぶっ掛けるような感じだと解釈している。
馬鹿じゃねえの。
いやまあ、そんなことを言えば質量保存の法則やらなんやら酷いことになる訳だが、そんな分かりやすいのと違って散々悩まされた過去をもつ因縁深き『力』という概念をこうも見事に嘲笑われると、こう、くるものがある。
力、力か……引力斥力抗力慣性力電力……ああ、くそ、トラウマが……!なんだよ力のモーメントって剛体なんぞ回してんじゃねえ運動エネルギーと絡めるのはやめろ質量を変えるな初速度なんて与えんなよ摩擦ぅ!あ待て電気はもっと駄目だろくそがぁあああ……!
まあ、それはさておき。
とりあえず、共通点としてはそんなところだ。
魔力を使って、自分の思うがままに事実を改変する。
うーむ、ファンタジー。
さてそれでは、そんなふたつの相違点とはなにか。
まあそれにしても挙げればキリがないほどに色々とあるが、その根本的な部分はただひとつ、それぞれの改変する対象だ。
一口に事実の改変と言っても事実にも色々あるもので、具体的に言うのならば魔法は法則、魔術は現象を司る。
世界の法則を超越する法則、故に魔なる法。
法則に抗い現象を成す技術、故に魔なる術。
それぞれ異なる国で生まれたという概念がグローバル化の波に後押しされて―――これも斡旋所がきっかけらしい―――遭遇、そして互いに独自性を確立して今に至るとか。
なんにせよその程度の定義だとさすがに分かりにくいので、より詳しく。
まずは魔法。
これは主に、自分の身体やらに干渉するものが多い。多いどころか、身体能力強化を初めとする自己の身を委ねる法則の改変こそが魔法というやつの大半を占めていると言っても過言ではない。
なぜかといえば、自分以外のものに干渉しようとすると途端に難易度が跳ね上がるから、らしい。例えば他人に対して身体強化なんぞ使おうと思えば、エコーさんが全身全霊でやっても数秒維持するのがやっとらしい。それがどの程度かは知らないが、強キャラ感のあるエコーさんですらそうなのだと恐れ慄いておくとする。
ちなみに身体に干渉というと、身体強化、感覚向上、思考加速、速度付与、物理阻害、損害無効、などなど。
わざわざ漢字四文字に拘らなければ他にも挙げられるが、使えないものを列挙する行為に心が耐えられないのでまた出番があったら紹介しよう。
一方の、魔術。
これは主に、火の玉を飛ばしたり竜巻を呼び出したりといった現象を顕現させるものが多い。一般的に思いつきそうな攻撃系の魔法・魔術というやつの、そのほとんどがここに類すると言える。
そしてまた、こちらは他者に対して使用するのが魔法ほどに困難ではない。とはいえそれでも困難であることに変わりはなく、だからこそ治癒魔術の使い手というやつは希少なのだが、まあ魔法と比べれば少なくとも現存はするという時点で圧倒的に難易度は低い。
具体例に関しては、挙げる必要すらないだろう。
以上。概ね魔法と魔術それぞれの担当区分としては、そんなものだ。
魔法はより抜本的で、魔術は表面的。
そう表現するとなんとなく魔法の方が優れているという風にもとれるが、実際は善し悪しだ。そこの使い分けの上手いやつが、つまり優れた魔法使いであり魔術師なんだとか。
「まあキミは使い分けどころか」
「それ言う必要ないですよね?」
さておき。
そんな魔法・魔術論を初めとして色々と教えてもらった(意味深)俺は、それを活かして酒場のウェイターになったのだった。
酒場のウェイターになったのだった!
……いやだって、魔法も魔術も使えないことが十二分に分かったし。つまりそれこそがもっとも大きな学びだったということで一つ。自分の身の程をわきまえるというのは大事だと思うのだ。なにせここは剣と魔法の異世界、どんな危険が待ち受けているのかなど分からないのだから……!
「うおっと」
働き出してはや二週間、慣れ始めて油断……というか我が身を振り返る余裕ができてしまったのをなんとか誤魔化していたせいで、すこし足を引っかけてしまった。
「いやすみ、ひえっ」
いやはや失敬失敬と、振り返ったらクマがいた。
いや違う、こいつは一応人類だ。
たぶん恐らく。
それも凄い典型的な荒くれ冒険者っぽい。
「おうてめえ調子こいてんのか」
あ、死んだ。
そう確信するくらいの顔だった。
人間というやつはほんとにキレると青筋浮かぶのか。
「てめえよお。このワッグ様に蹴り入れといてそんなチンケな謝罪だけか、あ゛ぁ?」
「い、いや、ちよっとつま」
「あ゛あ゛ん?」
「いえなんでもないですごめんなさい」
言い訳はよくないようん……あれでもこれ俺が故意に蹴ったって認めていることにならないか……?
……くっ!こんなとき俺に魔法があればこんなヒゲモジャクマ野郎丸焼きに……あれ、なんだろう、したところで倒せるイメージが湧かない……。
「折角気分良く酔ってたってのに覚めちまったじゃねぇかよおおい」
「す、すみませ」
「どう落とし前つけんだてめえあ゛あ゛!?」
「ひぃ」
自分で言うのもなんだが凄い情けない……というかもうなんか完全に主人公とかかけ離れてるなこれ。
そう思ったら涙出てきた……。
ちくしょう……。
俺が主人公ならお前なんてただの噛ませでしかないってのに……!
「泣きゃあ済むと思ってんじゃねえぞオラア!」
ああ、ついに振るわれるその丸太のような腕……えっ、というかほんとふと、え、これ拳が俺の顔くらいあるんだがこれ死―――
ばしぃっ!
と、凄まじい音を立てて拳が受け止められる。
受け止めた手のひらは拳と比べれば遙かに小さく、にも関わらず微動だにしない。
「その辺でやめときな」
こ、この、結婚可能年齢が14歳という世の中で三十路になるのに未だ浮いた話の一つもなくてちょっと焦ってるのを格好悪いから言い出せなくて私は一匹狼でいいのさとかニヒルに笑ってるけど少しでも女の子らしいところをアピールしたくて爪の手入れとハンドケアを欠かしたことがないという感じの綺麗な手は!
「コロナさうぎっ!?」
「……なんか殴らなきゃいけねえ気がした」
守ってくれたはずの人に殴られる……そうか……この痛みが裏切りというものの痛み……いや普通に痛いなこれ。こぶできてるし。
さておきクマパンチ―――途端にメルヘンになったのはなぜだろう―――から俺を守ってくれたのは、なんなら毎日飲んだくれているのが目撃できるくらいの常連客にして、俺と同じと括るのが無礼になるほど優秀ななんでも屋であるコロナさんだった。
「っ、てめえ」
流石は云十年なんでも屋としてやってきた訳じゃない、さしものクマもコロナさんの登場には怯んだらしい。そりゃあまあ、あんな細い―――といっても筋肉質だしそこそこあるが―――腕であんな重機みたいな拳を受け止められたのだ、ビビるのも無理はないだろう。
そんなクマを、コロナさんはジロリと睨む。
負けじとクマも、怯んだことを誤魔化すように睨み返す。
しばし睨み合って。
「ちっ!興が冷めちまった」
ぶんっ!とコロナさんの手を振り払って、クマは去って行く。
……なんだろう、なにかのフラグが建った気がするんだが……いやそういうのは主人公の特権だろう多分。
さておき。
あわや暴力事件というなんやかんやに集まっていた視線が各々の卓に戻ってゆく中、冒険者スタイルな軽装のコロナさんと向き合う。
「いや助かりました」
「たく。どんくせえやつだなまったく」
「ちょっと心に巣くうモンスターと戦ってまして」
「はあ?なに言ってんだお前」
そんな胡散臭そうな視線を向けられると流石にくるものがある。この常識人め。
「まあそれはさておきお礼になにか奢りますよ。ちょうどそこ空きましたし、どうぞ存分に飲んでってください」
「なんだ、別にそんなつもりじゃあなかったんだが、まあそこまで言うなら奢られてやるよ」
「ええ、とびきりのお冷やを用意します」
「お冷やかよ!?」
なんていうのはもちろん冗談だが。
とりあえずエールと適当なつまみでも持って行こうと厨房に戻れば、
「ヒビキくん!」
途端に詰め寄ってくる同僚の少女、スーラさん。
それともあるいは狂信者。
というかただの気狂い。
「お、おう、どうしたんですか」
「どうしたじゃないよ!」
二本結びの金髪が残像を残すくらいの勢いにたじろぎつつ訊ねれば、胸ぐらを掴まれて強引に顔を寄せられる。
所詮モブなだけあって特別に美形という訳でもないとはいえ、息がかかるほどの間近によっていれば少しは意識すべきなのかもしれないが、ここまでなにも感じないのはどうなんだろうか。……いやまあ、こんな夜叉を背負ってるみたいな表情を向けられてときめくのはそっちの方がおかしいのかもしれないが。
そんなスーラさんは、そして切羽詰まった勢いで続ける。
「なんでコロナお姉様がヒビキ君を助けるの!?おかしいよ!」
「僕に死ねと……?」
なんてことを言うんだこいつは。
「だってずるいよ!私だってコロナお姉様に助けてもらいたいのに!」
「そんなこと言われても」
「どうせコロナお姉様に助けてもらいたくてわざと喧嘩売ったんでしょ!」
「する訳ないでしょうそんなこと……」
やれやれまったく、付き合っていられない。
「じゃあスーラさん、こうしましょう」
「なに?コロナお姉様に助けてもらうために私を襲ってくれるっていうの!?」
「なんつう恐ろしい……そうじゃなくて、コロナさんに持ってくお礼、か」
「のったわ!」
喰い気味どころじゃない。
まあ、とりあえず矛先は逸らせたか。
なんて思いつつ、客はコロナさんだけでもないからと、仕事にもど
「ヒビキ君……」
「うおっ」
後ろから聞こえた、まるで地の底から響くような声に飛び上がる。
何事かと振り向けば、そこには刃よりも鋭利な視線を突き刺してくるスーラさんが。
なんならその手に包丁が握られていないのが不思議すぎて三度見くらいしたが、やはり凶器の類いはない。
どういうことだ?
スーラさんが普通に落ち込んでいる……?
「ど、どうしたんですか?」
「……………………………………………………………コロナお姉様が呼んでる」
「……あー、了解」
「ちっ……」
……クマより怖いんだが。
ま、まあさておき、他のテーブルへの注文を届けがてら、コロナさんの元へ。
……すごい視線を感じるのは、気づかないふりだ。
「どうも。お呼びだそうで」
「おう。……苦労してんだな」
到着次第、哀れみの視線を向けられる。
一体スーラさんはなにをしたのか、とりあえず苦笑を返しておく。
「それで、どうしたんですか?」
「いや、ちょっとお前に頼みがあってな」
「なんですか?」
そんなかしこまって一体何事かと、こっちまで構えてしまう。
そんな俺へと、そしてコロナさんは、どこか恥ずかしそうに、頬を赤らめて、言う。
「付き合ってくれないか?」
―――どこかで人の倒れる音がしたのは、まあ、気づかないふりだ。