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4話:なお、規則として身体強化魔法が使用できない方は危険区分Ⅲ以上の依頼を受注することはできませんのでご了承ください

「―――なお、規則として身体強化魔法が使用できない方は危険区分Ⅲ以上の依頼を受注することはできませんのでご了承ください」


 国際総合依頼斡旋所に所属するにあたって色々と必要な情報を斡旋所職員の若い男性から聴いている最中に、その衝撃の事実は差し込まれた。


 危険区分というやつはさっき―――というかそもそもこの話はその流れだ―――聞いた。依頼の難易度とは別で設定された指標であり、その言葉通りにその依頼にどの程度の危険があるかで区分したものとなる。


 そして区分Ⅲとは、『ランク1相当の魔物との接触及び戦闘の可能性が高いもの、またそれに準ずる脅威が想定されるもの』……ランク1相当とは異世界モノで言うならゴブリン単体くらいだろう、そんな存在は街の外の至る所に存在しているらしく、つまりは街の外でなんやかんやするほとんど全ての依頼がこれ以上の危険区分とされているということで、つまりつまり初心者冒険者的な依頼を受けるためにすらその身体強化魔法とやらが必要ということで―――


「また、」

「あー、すみません」

「はい。なにかご質問でしょうか」

「えっと、身体強化魔法とは、なんなのでしょうか」


 訊けば、なにを言っているんだこいつはとでも言いたげな怪訝な視線を向けられ、かと思えば男はすぐになにか得心がいったような表情になる。

 得心がいったというか、なんかそれを通り越して哀れみすら感じるような……例えばそう、『ああそうか、この人は一般教養も身に付けられないようなところから来たのか……』みたいな。


 いやうん、なんかごめんなさい。


「はい。身体強化魔法とはですね」


 内心で平謝りしつつ説明を聴いてみる。

 それは言葉を咀嚼して飲み込みやすくしてから子供に伝える親というくらいに流動食な説明だったが、まとめるとつまり、身体強化魔法とは身体を強化する魔法らしい。


 身体強化魔法とは身体を強化する魔法らしい。


 お前そんな説明に五分も要らないだろと突っ込みたかったが、善意でやってくれていることなので今回はやめておく。

 そんなことよりも、治癒魔術は魔術なのにそっちが魔法なのはなぜかというのが非常に気になるところだったが、俺が興味を示しているのを見て取ると、そこんところの詳しくは後ほどここで教えて貰ってくださいとなにやら紹介状をもらった。


 紹介状というか、それは依頼書だった。


 なんとまあ言葉どころか文字まで分かるのでこれ幸いと読んでみれば、それは斡旋所から『エコー』という名の所員を指名した依頼書、内容は新人研修とでも言うべきもので、ご丁寧に斡旋所からそのエコーさんとやらの住む場所までの地図まで書き記してある。

 話を聞くに、なんでも、スキルの不足していると判断された、あるいは自分から学びたいと志願した新人は、特別に斡旋所に登録されている教官役の下での指導が受けられるとか。

 エコーさんというのもその教官役の一人、特に魔法と魔術を専任する優秀な所員らしく、ベテランでも時折相談を持ちかけにいくことがあるとかどうとか。


 ……。


 いや、まだ分からない。

 まだ俺はこっちの知識をもってないだけで、魔法も魔術もそれがつまりどういうものなのかを理解できればきっととんでもない魔法使い……魔術師……ええい!ともかくなんかそういうのになれる!はず!


 だといいな!


 ■


「あれ?でもキミ魔力が全く無いし、多分魔法も魔術も使えないよね?」

「おぅふ……」


 斡旋所にて所員さんからあの後も続く説明を聞き終えて、ひとまず地図に従ってエコーさんの住む『エコーのおくすりやさん』とかいうお店へやってきて、さあ俺の魔法ライフの始まりだと喜び勇んで自己紹介から依頼書を見せた直後のこと。


 括弧にして多分四つか五つくらいの短いやり取りで、俺は詰んだ。


 詰んだというか、詰んでいた。


 なんだよ魔力ってこの野郎……こちとら地球人だぞんなもん持ってる訳ないだろ……!


「わ、えと、でもほら、剣術の腕とかによっては特例もあるから!」


 崩れ落ちた俺に、自分が地雷をぶち抜いたことを理解したのだろう。

 ローブ以外に魔法使い感を感じさせない、優しげなお姉さんといった雰囲気を醸し出す黒髪黒目の女性、エコーさんはわたわたと手を振りながらそんなことを言う。

 慌ててフォローをいれてくれる優しさを感じつつも、心が徹底的にささくれだった俺はついつい恨みの篭もった視線を向けてしまう。


「俺、武器なんて触ったこともないんですよ……」

「あ」

「それに昔から運動は苦手で……」

「う」

「おまけに手先も不器用……」

「えぅ」


 そもそも俺の事情など知ったこっちゃないはずで、俺に魔力がないのも戦闘能力がないのも全然関係ないというのに、エコーさんは酷く困ってしまっていた。

 そして困りに困って、それでもなんとか励ますように笑顔を浮かべながら、エコーさんは拳を握る。


「えーと、えと、うん、がんばれ!」


 ……この人慰めるの下手だな。

 なんか申し訳なくなってきた。いやまあ、申し訳などある訳もなく完全に八つ当たりなんだが。


「まあそれはさておき」

「ひぇ!?」

「エコーさん、俺が身体強化魔法を使えないのは仕方ないこととして、でもせっかくなので魔法と魔術について教えていただけないでしょうか」

「た、立ち直り早いね……?」

「まあ正直、若干予想はしてましたから」


 戸惑った様子のエコーさんに、なんでもないように肩を竦めてみせる。

 予想というか、流石にそこまで都合よくはないだろうという、ただそれだけの話な訳だが。

 魔法の才能だとか莫大な魔力だとかそんな、主人公でもあるまいに。


「それでどうでしょう、教えたところで成果がでないとくればやる気も湧かないとは思いますが、お願いできませんか」

「……そうだね」


 じっと見つめてみれば、エコーさんはひとつ咳払い、気を取り直したようにローブを正すと、真面目な表情で頷く。


「確かにキミが魔法を使えようと使えまいと、知るというのはそれだけで意味のあることだ。知らないことを知っているというのは、無知より悲惨なことだからね。それに」


 そこで一旦言葉を区切り、エコーさんは優しく微笑む。


「興味があるということは、好奇心があるということは、いつだって創造の切っ掛けになる。もしかするとこの切っ掛けをものにして、魔力がなくとも魔法や魔術を使う別の方法を生み出すことになるかもしれない」

「魔力なしで?」

「そうだよ」


 それはまた、どうなのだろう、それはもはや魔法でも魔術でもないのではないか。

 そんな思いもあって首を傾げると、エコーさんは大真面目に頷いてみせた。


「実際、そういう理論を構築しようとしてきた学者というのも、一人や二人ではないんだよ」

「本当ですか!?」

「もっとも彼らは魔力を持っていたし、それに彼女らは成功することがなかったけどね」

「そうですか……」


 まあそうだろう。

 そんなことができるのなら、それこそ主人公めいている。


 少なくとも、俺には―――


「だからこそ、キミがやるんだよ。誰かができると思ったということはきっと誰かにならできるはずだと、わたしは思ってるよ。その誰かにキミがふくまれないなんて根拠は、どこにもないんだ」

「はあ」


 学者にできないことを愚者にできるとも思わないので、自然曖昧に頷くだけの俺へと、エコーさんは苦笑する。


「まあ今はピンとこなくてもいいよ。少なくともキミは魔法や魔術に興味があるんだよね?」

「ええ、それはもちろん」


 エコーさんの言葉ではないが、使える使えないに限らず憧れは憧れ、身近にありながら―――間近にある、の方が正しいかもしれないが―――興味を抱かないなんてことはできる訳もなく、それにまだなんらかのきっかけで覚醒するという展開を諦めていない主人公ならざる俺は、だから知っておく必要だってあると思っていたい。


 力強く頷く俺へと、エコーさんは満足気に笑う。


「それならわたしのやることは、キミよりほんの少しだけ長く生きている程度のわたしにできることは、その好奇心を満たすお手伝いだけだね。さあ、話をしよう。ちなみにちなみに、わたしに語らせると長いからそこのところは覚悟しといてね?」

「望むところですよエコーさん」

「よろしい。じゃあ奥の部屋に行こっか。お姉さんが直々にお茶を淹れてあげよう。あ、表のかけ看板裏返しといてくれる?」

「了解です」


 返事をしつつ、はたと思い当たる。


 もしやこれ、とてつもなく美味しい状況なのではないだろうか。

 妙齢のお姉さんと店の奥の部屋で二人きりのティータイム……あれ、俺はいつからリア充に……いやいやいや、別に俺はそういう浮ついたことがなくても全然リアルが充実していたからそもそもリア充なんだが、そうでなくてなんというか、あ、やばい、どうしよう、なんか、なんかそわそわする!二十二にもなって思春期男子みたいになっている!


 い、いや、落ち着け俺、落ち着くんだ俺よ。


 そう、落ち着いて、落ち着いてよく鏡を見るんだ。


 ……。


 言われた通り扉にかかっていた看板をひっくり返して閉店にして、それから奥の部屋、先程まで二人で挟んでいたカウンターの向こうに向かうと、エコーさんが用意していたというお茶の、えも言われず心地よい香りが鼻腔をくすぐった。


「あ、いい香りですね」

「お、いい趣味してるね。わざわざ遠くから取り寄せてるんだよ」

「いいんですか?そんな高そうなもの頂いて」

「もちろん。なにせ代金は斡旋所持ちだから。いやあ、新人教育って素晴らしい制度だよね」

「あ、そういう……」


 満面に笑みを浮かべるエコーさんに深く深く納得しつつ、促されたので椅子に座る。

 テーブルを挟んで向かいに座ったエコーさんがティーカップに口をつけるのを見届けてから、俺も倣って口をつけてみる。


 おお、案外フルーティ。


「どう?」

「美味しいですね。果物のお茶ですか?」

「ふふ、秘密かな」

「はあ、秘密ですか」

「お気に入りのものは誰にも教えたくないタイプなんだ、わたし」


 もっと言うならば、見せびらかすけど教えないタイプか。

 趣味はいいし、いい性格してるな。


「なるほど、ではまた飲みたくなったら遊びに来ます」

「新人研修でならぜひぜひ」


 新人研修を名目に報酬のお茶を楽しむとか、それは流石になんらかの規則に抵触しそうだが。

 まあエコーさんも冗談で言っているのだろう、冗談じみた笑顔とは裏腹にどう見ても冗談の目ではないとしか思えないが、そもそも俺にそんな目付きで相手の思惑を読むみたいなスキルは存在していないのでそういうことにしておく。


 ちなみに全く関係のないことだが、お茶などに含まれるカフェインには依存作用があるらしい。いや全く、これっぽっちも関係のないことなんだが。


「さて、それじゃあまずなにから話そうかな。……ううん、違うね。キミはなにを話して欲しい?」


 きらん、と目を光らせるエコーさんは、どうも俺の返答を見定めようとでもしているらしい、どこか試すようにそう言った。


 なにを話してほしいか。

 もちろんそれは決まっているのだが、さてそれはエコーさんの気に入りそうな回答だろうか。分かりやすい性格をしているようでどことなく食えない感じがする辺り、そう一筋縄ではいかなさそうだが―――


 などと考えてみたところで、結局好奇心には勝てず、もっとも気になっていることを聞いてみた。


「そうですね、ではまず質問なんですけど」

「うん」

「エコーさんはできたんですか?」

「もちろんだよ」


 率直な疑問に、エコーさんは酷く当然みたいに頷く。

 そしてにやりと笑う。


「もちろんもちろん、秘密だけどね」

「率先して新人研修受けます(お茶しに来ます)よ?」

「そういう不正みたいなのは厳しい罰則が課されるんだよ」

「まともに研修をするという選択肢はないんですか」

「成果が見えないとやる気が出ないからね」

「ド畜生じゃないですか……」


 じっとりした視線を向けると、「じょうだんだよ流石に」なんて笑い飛ばされる。


「正直わざわざそんな事しなくても新人研修って割と定期的に来るし」

「そうですか」


 まあ、それは聞いていた通りだ。

 というかそもそもそんな条件で易々と、明らかにとんでもない技術だろうそれを教われる訳などない。それこそエコーさんの奴隷になった程度では全く足りないのだろう。


 それでも残念は残念だったので正直に表情に出していると、エコーさんはくすっと笑う。


「だからキミはそういうのなしでおいでよ」

「え?それはそのつもりでしたけど」

「あれ社交辞令とかじゃないの!?意外と図々しいね!?」

「否定しないのはつまり肯定だと思ってます!」

「そんなはっきり言い切られても!」


 エコーさん、なかなかノリがいい。

 まあもちろんそんなものは冗談で、今許可が出ていなかったらそう気安く遊びに行こうだなどとは思えなかったろうが。


「ふう、やれやれキミはまったくもう、お姉さんで遊んで楽しい?」

「ある意味俺も遊ばれているようなものだと思いますが」


 そう言うと、エコーさんはそっと目を伏せる。


「なんか……ちょっとえっちだね……」

「その発言はもう少し親密度上げてからにしませんかね……」


 いや正直なところ俺も思ったけれども。

 お姉さんで遊ぶとか、なんだその激しく魅力的な言葉。


 思春期かよ、互いに。


 さておき。


「さ、さて、エコーさん。それじゃあ次の質問をしてもいいでしょうか」

「え?あ、うん!もちろん!なんでもいいよ!」

「お付き合いしている人は」

「死ね」

「いないということですか」

「あれそういう反応!?」


 はっはっは、冗談冗談。



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