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3話:身分上は奴隷、ただし主人は不在



 身分上は奴隷、ただし主人は不在。

 そんな微妙な立場になるらしいと、看守だったという戦士風の男に連れていかれた小部屋にて、奴隷商人だとかいう壮年の紳士から説明を受けた。とはいえ別に犯罪者が奴隷に落ちるみたいな話ではなく、なんなら若い看守からの同情的な視線がむしろ辛いくらいの理不尽故に。


 どうしてそんなことになったのかといえば、それはアノがみみにしていたという『借金』がキーワードになる。


 借金。


 まず前提として、俺はどうやらほぼほぼ死にかけたらしい。

 森の中で。

 クマに襲われて。

 発見されたときは―――正しくクマに酷いことをされていたところを発見したらしいが―――俺の下半身はぺしゃんこになっていたらしい。気絶するときは直前の記憶を忘れるというがそれとは別であまりのショックに記憶が閉ざされたのかもしれない、その事実を聞いてもいまいちピンとこなかったのだが、なんなら未だに半信半疑ですらあるのだが、それもまあ仕方がないことだと思う。

 なにせ現に今俺の下半身はぺしゃんこどころか傷のひとつもなく、こうして一切不自由なく立っていられるのだから。


 そしてその事実が、借金という身に覚えのない言葉に繋がる。


 自然治癒など望むべくもない怪我をした。

 しかしながらそれは治っている。


 とすればその間にはなんらかの手段による治療というプロセスが介入していると考えるのが普通のことで、そして普通に俺は治療を受けたのだという。

 ただし普通の外科やら内科やらそんな次元の治療ではなく、魔法……いや、この世界では魔術と呼ぶらしい埒外の力による治療を。

 つまり俺は、気絶している間に治癒魔術というザ・ファンタジーを体験したということだ。なんと惜しいことだろう、この目でそれを見られるというのなら、下半身の一つや二つぺしゃんこにされても文句のひとつも言わないというのに。


 それはさておき治癒魔術あるいは魔法というのも、例えば肉体の自然回復を早めるタイプだとか、問答無用で健常時に回帰させるタイプだとか色々あるもので、魔術がどこまでの万能性を有するのかという尺度にもってこいとも言えるファンタジーの醍醐味だ。

 ちなみに今回は挙げたうちの後者にあたると思われ、少なくとも話を聞く限りでは、ちょっと腕が切り落とされようと普通に回復できるらしい。便利すぎる。世の中には草をむしゃむしゃしただけで致命傷から復帰できる超人がひしめいている訳だが、感覚的にはそれに近いものがある。


 ただ問題がひとつ。なんて勿体ぶる必要もなく、ここまでくればもはやある程度分かることだろうが、治癒魔術というやつはめちゃくちゃ高い。

 それは価値的な意味でも、希少性的な意味でも。

 レアだから高いと考えるかレアだから高くできると考えるか、恐らくこの世界では後者なのだろうが、まあそこに救われたというのは間違いないので文句は言うまい。治癒魔術の八割を独占するらしい『教会』というやつが、だから俺のような人知れぬ行き倒れにも救いの手を差しのべているのだとしても責められる道理などある訳がない。


 そう、正しく。


 気絶している俺に無断で治療魔術を使用、その利用料金として莫大な金銭を要求することを、しかし俺には責めることなどできる訳がない。

 命あっての物種と、それでも思えてしまう俺が文句を言うのは筋違いというものだ。

 たとえ腹の底で様々な感情がぐらぐら煮え立っていようとも、そう、俺はなにも言わない。言う訳がない。不敬罪とかあるらしいし。


 ともあれ。


 まあざっくり言うとアメリカとか医療保険の効かない国で事故に遭ったようなもので、問題はその治療費を払える訳がないということで、その結果どうなったかといえば、ここでようやく冒頭に戻る訳だ。


 身分上は奴隷、ただし主人は不在。


 一応国家公認の奴隷商館の所属、強いて言うなら国の所有物のようなものだろうか、だからといってお国のために血税を払わさられるということもなく、自分が所属している奴隷商館に治療費分の借金を返済すれば晴れて清廉潔白となれる。


 そして俺の抱える借金の残りは、この国において二番目に価値の高いという金貨換算で17枚。


 なんでも俺の衣服がその不思議な布質故に金貨3枚の値段で差し押さえられたようで、元々は20枚だったとか。気絶している人間から衣服を剥ぐとか人権はないのだろうかという話だが、それは身分の証明が一切ない場合の特別措置らしい。身分が不明であるということは、それが実は犯罪者であるかもしれないという危険があること、あとは支払い能力が不明ということで、その後の処遇が正式に確定するまではひとまず身の回りの全てを差し押さえられるらしい。その後身分が判明してある程度の支払い能力が認められる、あるいはその場で完済した場合は即座に返ってくるそうだが、まあ俺の場合はどちらにも当てはまらないので、いっそそのまま借金返済にあててくれとむしろこちらから願い出た。俺のような場合でもしばらくは返還猶予が設けられてはいるらしいが、少なくとも代わりの衣服が支給されるというのだから、聞けば悲惨なことになっているらしい上にそうでなくとも目立つことこの上ない元の世界のものとはおさらばしておきたい。


 そしてお決まりのように、というには微妙だが少なくとも言うまでもないこととして、金貨3枚というのは着古しボロボロになった服に対しては破格も破格だ。流石現代技術、あの布の入手元を教えれば奴隷からの解放どころか更に報奨金を出すとまで言われたが、それは適当に誤魔化しておいた。誤魔化せたかどうかは微妙なところだったが、追求されなかったということは多分大丈夫なのだろう。その点に関しては俺にそういうありがち展開はないと信じたい。そういう面倒ごとは是非とも主人公に差し向けてくれ……あ、やばい泣きそう……。


 さておけ。


 そんな訳で俺は、奴隷になるというちょっとした事件はあれど、概ね無事に釈放される運びとなった。そうなるとさよならも言えなかったアノのことが非常に気になるところではあるが、まあ囚人に人権がないみたいな世界ではないようだし、いつかまた会える日も来るだろう。余裕があれば、いやなくとも多少無理をして面会に行ってもいいかもしれない。金がかかるというその点だけを突破すれば、不可能なことではないだろう。


 しかしながらそれよりも、まず自分のことを考えなければいけない。


 金貨にして17枚、物価はよく分からないが少なくとも庶民がそう簡単に稼げる金額でないことは看守の口振りからして間違いなく、かといってさすがにいつまでも奴隷身分に甘んじている訳にもいかないとくれば、働く以外の選択肢などありえない。奴隷のようにとはいかなくとも、馬車馬の如くくらいの心構えは必要だろう。

 ではこの世界において働くといえばどこを連想するか。

 元の世界であればハローワークみたいな職業斡旋所だろうが、やはり異世界といえば冒険者やらハンターやら、この世に蔓延る魔物達を倒すファンタジーの醍醐味的職業だろう。ちなみに仕事的でない戦闘の役職的な意味でなら俺はやはり剣士、なのでできれば『どうのつるぎ』でもいいので振り回したいところだが……ああいや、元の世界ではありえなかった魔法の才能が爆発して云々というのも憧れるな。

 ともあれなんにせよ所属しなくては始まらない、なんとかかんとか冒険者ギルド的なものの存在を看守から聞き出していた俺は、道行く人々に『ああこいつ借金で……』みたいな哀れみの視線を向けられながらも、そしてその場所へとやってきた。


 四方に門戸を開く、要塞と言われてもすんなり納得できそうな石造りの塔。

 そしてそれを中心へと据えた正方形のその角にあたる部分に、門戸からまっすぐと伸びる街道をそれぞれ挟むように一回り小さな塔が四つ、二本ずつの街道に接して佇んでいる。


 計五つ、サイコロの“5”の目のように並ぶそれら全てをひっくるめてこの世界における冒険者組合的組織、その名も国際総合依頼斡旋所、そのレテオ支部だ。


 穏やかに流れる川を挟むように栄えたファンタジックに中世的でありながらも随所に魔法的技術の片鱗が伺える在り来りな―――もちろん、文章では―――この街はレテオという名であるらしいが、まあそんなことはどうでもいい。


 国際総合依頼斡旋所。


 つまりは、国際的に、総合的な、依頼を、斡旋する、所。

 それでも十分にそのままだが、一般的には酷く身も蓋もなくこう呼ばれている。


 通称、なんでも屋。


 これ程国際総合依頼斡旋所という概念の全てを表現する言葉もないだろうと、俺も納得せざるを得ない程にはこのなんでも屋というやつはなんでもするらしい。なんでも『子守りから竜殺しまで』をキャッチフレーズとしているらしいが、さすがに冗談だろうというそれが冗談ではないほどに斡旋される依頼の幅は広いとか。というか実際にかつてどこぞの国では、国からの依頼で全世界の斡旋所所属の精鋭達に招集をかけて竜殺しを成したこともあるらしい。子守などは言うに及ばず。そうでなくともそもそもそのあまりの広さに国という括りを超えたからこそ国際などという名前になってしまうくらいなのだから、とうぜんそれは改めて言うまでもないことだろう。


 などと、御託は置いといて。


 つまりなんでも屋はなんでもするということで、その中にはもちろん憧れの冒険者稼業も含まれているという事実だけあれば。あとは、そこに所属するのになんらかの資格が必要という訳でもないとくれば、それで他になにが必要となるだろう。


 出だしから監禁からの借金奴隷という主人公にあるまじきスタートをした訳だが、まあここからだここから。主人公になれないにしてもやはり憧れは憧れ、なんだかんだ都合よく言葉が通じる状態で異世界にやってきたのだ、主人公程ではなくともなんらかの運命の渦中にいるかもしれないと考えてみても、きっとバチは当たるまい。


 であれば。


 であれば、だ。


 であれば冒険者として秘められた実力が開花するというご都合主義的展開に胸踊らせるこの期待が、空振りするなど微塵も考えたりするものか―――!



ネタバレ:空振ります

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