2話 ヘタレですわ
マラストーリス国王セドリックと王妃ユークリースの間に双子の妹と弟が生まれたのは3才の時だった。妹セシリアはさらさらの金髪に鮮やかな濃い緑目、弟アルカディは金色のゆるふわ巻き髪に明るい青目。並んですやすや眠る二人を幸せいっぱいの気持ちで見つめていると、叔父のダッシュも同じように見つめ、
「カノが生まれた時を思い出すねぇ。君もこんなに小さかったんだよ」
私は交互に見比べて思い返した。この叔父、そう呼ぶとこの世の終わりのごとく悲しむ。「お兄さまと呼んで」と懇願したが上の叔父メドヴィルと父が即時却下して、もめにもめてダッシュで落ちたのだ。もちろん「他のやつには呼ばせないよ!」とも宣言していたが。で、もの心ついてからの記憶のダッシュはいつも笑顔だった。当社比率でいえば8割増しですか。私がそうさせてしまったと言えますが、この子達にはダッシュがいればいいでしょう。起こさないよう退室しようとすると、
「カノ、行っちゃうの?」
「私がいたらまた・・・」
「カノは悪くない!」
部屋の外まで追ってきて抱き上げる。11才になり背もどんどん伸び、軽々と持ち上げられた視界はずいぶん高くなった。少しくせのある硬質の金の髪が顔に押し付けられちくちくするけど、なれってすごいもので。頭をぽんぽんされたダッシュはようやく顔を上げ、悲しげな足りない2割の表情に問われる。彼のせいではないのだけれど。彼は私が笑えない事を誰より心配している。それはセシーとアルカが生まれたことでさらに割り増した。
「「ふにゃぁぁぁ~」」
「あらあら、おねえちゃんですよ、こわくないのよ~」
双子に初対面した日に母がうっかり漏らした事実。ダッシュがそばにいるとますます・・・これはもう少しづつならすしかないでしょう。母様はまだ産後のお疲れが顔に残っているものの、おだやかに微笑まれているその目は若草の色。しっとり艶やかなオレンジ色の髪をひとつに編んで前に流してます。私はベッドによじ登りそっとお母様に抱きつきます。鼻がツンとしてきたのを隠すために。
「まぁ、困ったわ。カノちゃん余り甘えてくれないからうれしくなっちゃう」
「となりにいるのに父様には来てくれないのかい!?」
そこはそれ。硬い胸板よりふくよかなぬくもりがいいに決まっているのです。父様の嘆きなぞ華麗にスルーです。その日はそのまま母様のお胸で寝てしまいました。そのとき母様は言ったそうです。
「この子には甘やかされることより、甘やかす相手が必要なのかもしれませんね」
カノの日常は3才の頃より勉学が始まり、多くが一人の人物で事足りた。彼女の父セドリックは当時まだ即位前の王子で彼の友人が教師役を頼まれた。名はフレムベール・イーデン。イーデン家といえば代々優秀な魔導師を輩出している家系で、この国にある本家の次期当主である。王立学院で教鞭を取る合間のこととはいえ贅沢な先生だ。カノはすでに読み書きは絵本が読めるレベルになっているので、自国の歴史を習う段階にきている。先生としては題材に有名な大樹の神子とわが国の王子の話を選んだのだが、すでに失敗した気分だった。この国の女の子なら喜ぶ定番物なのだが
「先生、なぜ王子は神子さまに告白しなかったのでしょう。ヘタレですわ」
「・・・(それをわからないように盛ったやつなのに)カノ様、それ当人にしかわからない事情というのがございまして」
「父様は母様に求婚なさるとき、温室いっぱいのマンゴーを送られたそうです。逃がしたくないなら旅立つ前に告白すればよかったんですのに」
その話なら知っている。というか巻き込まれた。獣人族の国があるレオングラディ大陸原産の美しいオレンジ色の果実。ユークリース嬢の髪色に似たそれを手に入れるために一緒に行かされた。思い出したくもない。未開のジャングルにこもっただなんて。さらに好みの味になるまで品種改良し、量産できた温室にて盛大に求婚した。マラストーリス国の長き歴史で今後もこんな派手なのは出ないだろう。それと比べられた会った事のない王子が気の毒に思う。
「カノ様もそのような恋愛が好みですか?」
「父様と母様の仲がよろしいのはけっこうですが、自分に向けられるとちょっと・・・」
随分とクールなお答えだがダーシュハルト様に進言しないといけない案件だ。このままだとカノ様の恋愛感に不都合がでる。暗に彼の行動を示唆している。カノ様は気まずそうに目をそらしたのだ。フレムベールはその時はまだ改善できると思っていたが、すでに手遅れだった。カノアリィは7才の時に出会った自分の運命すら変えた人物でさえ甘い感情はもたなかったから。後に当人R氏は語った。
「彼女は妹のようなものだからね」
*ユークリース マラストーリス国 王妃 29才
*フレムベール・イーデン 正魔導師 30才 カノアリィの教師
なぜか「君に決めた!」とはりきって見つけた主人公に恋愛要素が見当たらない。
周囲にはありそうだからいいか。