特訓?
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影兎の情報収集能力には驚いた。本来、学園内に外の情報は持ち込まれない。政治の動きや事件などは自室のテレビで確認できるが、それ以外の若者の流行が取り上げられたニュースやアニメ、ドラマなどは娯楽としてポイントを支払わなければ見ることができない。もちろん、他のものと比べると安いものではあるが、ポイントが貰えずギリギリの生活をしている生徒達にとっては苦しい出費だろう。
とにかく、外の情報というのは入りづらく、神白個人の過去の試合記録など、何処を探せばいいのかもわからない情報を翌日に見つけ出した影兎の情報収集能力は驚くべきものだろう。
俺は早速影兎から送られてきた情報をスマホで確認してみる。彼女の戦いを一言で表すのならば舞だろう。振られた剣は止まることなく空間を滑り、神白自身も止まることはない。予見しやすい動きにも見えるが、相手は神白の動きに翻弄され、手出しができないようだった。
「うわー、すげー」
俺はその動きに目を奪われるしかない。彼女は殆どの試合で完勝だった。しかし、最後の試合、夾竹桃との戦いではボロボロだった。流れるような舞は硬く、鈍い。素早く動こうにも夾竹桃の剛力に阻まれる。
なるほど、これなら彼女が夾竹桃に勝てないと判断したのも道理だ。今からでも変更してみるか。
「うーん、でもなぁ」
俺は夾竹桃に完敗している映像を見ながら首を傾げる。
どうにも実力を出し切った敗北だとは思えないのだ。実力差による敗北ではなく不調故の敗北に見える。
「苦手意識か…」
あるとすればそれだろうか。一度負けた記憶が蘇り、思うような戦いができない。
「妄想かもしれないけど、神白の夾竹桃に対する態度はそんな感じだしなぁ」
夾竹桃の圧倒的自信に負けているのだろうか。
「問題がメンタル面にあるなら解決できなくはないけど…」
俺は窓に映る自分の顔を見ながら眉を顰める。メンタル面の強化はできるだろう。けれど、それをすれば俺は友達になれるかもしれない人を一人失うかもしれない。
「…今更か」
そもそもなれるかもしれないというだけで友達ではないのだ。それは今までと変わらない。重要なのは俺が今後も平穏に暮らしていけるかどうかだ。そのためには必ず勝たなければいけない。そのためならば友達の有無は二の次三の次だ。
俺は直ぐにスマホを取って神白に電話を掛ける。
「神白か、話しがある」
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授業が終わった後、俺は学園の中庭で神白が来るのを待つ。椅子を用意して座って待っていると不機嫌そうな神白が現れる。
「ここで何をするつもり?」
「貴様を戦えるようにする」
「…貴方が協力してくれるとは思っていなかったわ」
「勝つために必要なことだ」
「…そう。それで、私は何をすればいいのかしら?」
「刀は持ってきたな。素振りだ。いつもやっているだろう」
「…そうね。毎朝日課として素振りは行っているけれど、回数を増やしても夾竹桃には勝てないわよ」
「いいからやれ。話しはそれからだ」
神白は不服そうに眉を顰めているが、これに関しては直接感じてみないことにはわからないことだ。
神白は刀を握り、体制を整えてから素振りを始める。刀が同じ空間をなぞるように何度も振られる。それは美しくも感じるほどの姿だ。
俺はそれをいつもより少しだけ目に力を入れて神白を見る。それだけで、途端に美しかった刀の太刀筋が鈍る。何度も同じ空間を切っていた刀がズレ、神白の額からは汗が流れる。
(神白でもダメだったか)
俺は落胆と共に神白の目を見続ける。
俺の目は人を威圧する。見るだけで女性が逃げ帰って行くのだ。その目で相手の目を見ると威圧感は更に増す。一度ヤクザに絡まれた時、絡んできたヤクザの目を見た瞬間、額を地面に擦り付けながら謝られた事がある。泣きたくなった。
とにかくだ。夾竹桃の迫力に神白が負けているのならば、それ以上の威圧感を与えて慣れさせてしまえばいいのだ。嫌な自信だが、俺の眼の威圧感はかなりのものだと思っている。夾竹桃ですら怯んだのだ。
「おい、太刀筋がブレてるぞ、修正しろ」
「え、えぇ」
神白は震えながらも、なんとか声を発する。正直罪悪感で心臓が締め付けられているが仕方がない。これも俺が平穏に暮らしていくためだ。
(さてさて、どれくらいで慣れるかな。いや、慣れるんだろうか、これ)
結局、この後、神白の太刀筋が直ることはなかった。
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「カッカッカァ!!」
授業が終わった教室、本来であれば帰宅していくはずの生徒達は、席を立つこともなく教壇の上に座る男を睨む。夾竹桃炎将、Dクラスの代表者である彼はぐるりと教室を見回して鋭い犬歯を見せて笑う。
「そう睨むな!Eクラスとのクラス間戦争はお遊びじゃ!負けたとしてポイントにはそれほど影響せん!こっちも全てを見せるつもりはないからのう!」
「たとえお遊びだとしてクラス間戦争じゃん。それなら負けられなくね?だって負けたら三ヶ月間の宣戦布告できないんだし」
夾竹桃炎将の迫力に負けることなく話すのは髪を金髪に染め、制服や鞄にじゃらじゃらとアクセサリーをつけている生徒だ。彼女は一目でギャルとわかる風貌で夾竹桃炎将に対しても怯む様子を見せない。
「負けたとしても構わん!確かに三ヶ月間こちらから宣戦布告できないのはデメリットじゃが、それだけじゃ!」
「いや、負けたらクラスポイント減るじゃん」
夾竹桃炎将は手元のタブレットを操作して、現在のDクラスのポイントを確認する。
「クラスポイントは250ポイント、一月2500円。まぁ、心許ないポイントじゃ。じゃが、入学した時の試験でそれなりに個人ポイントが貰えた生徒もおる」
「確かに個人ポイントもあるけどさぁ、貰えなかった奴もいるじゃん?」
「クラスポイントは他クラスとの戦いによって変動するポイントじゃ、そのポイント数によって、わしらの今後の将来が関わってくる。後の勝ちを拾うために敢えて負ける戦略を取ることもある。金に関してクラスポイントを当てにするな。
金が欲しいなら個人間で勝負を挑み勝てばいい」
「ふーん、クラスポイントと個人ポイントを完全に分けるということね」
「そうじゃ、逆に、勝利のために貴様らの個人ポイントを利用することはせん。個人ポイントはあくまで個人のものだからじゃ」
「へー、まぁ私は賛成かな。その方がわかりやすいし、勝つためだとか言って個人ポイント取られるのは嫌だしね」
最終的なクラスポイントの総数が卒業後の就職先に影響するだろうと炎将は推測している。
数ある就職先の中でも四季高を卒業し、その中でも特に成績が優秀である者だけが入ることのできる組織。異世界派遣団への入団こそが炎将の目的だが、全員がそれを望んでいるわけではない。中には四季高を卒業できればいいと考えている生徒もいるだろう。そういう生徒達にとって、この学園で金になる個人ポイントまでクラスのために使われるのは不満でしかないだろう。
故に夾竹桃炎将はクラスポイントと個人ポイントを完全に分けて運用することでクラスポイントの使い道を明確化し、生徒達の不満を抑えたのだ。
勝つために生徒の個人ポイントが使えないのはデメリットだが、その辺りは心配していない。勝ちが見えて、あと少し個人ポイントを出せば勝てるかもしれない。そういう状況になれば、自主的に出そうというやつは現れる。
「さて、今のところ反対はおらんか!
まぁ、今回はただの遊びじゃ。気になるやつは見にくるぐらいでいい」
そう言って夾竹桃炎将は教壇から降りて教室を出て行く。
「あぁ、そうじゃった!クラス間戦争に出すメンバーはまだ考え中じゃが、心技胡桃、貴様は確定じゃ!」
教室出る直前、夾竹桃炎将はこの教室で唯一自分に意見したギャル、心技胡桃にそう伝えて教室を出る。
「マジ最悪なんだけど…」
心技胡桃は心底嫌そうな顔で鞄を掴んで立ち上がり、ショッピングに向かうため教室を出る。