方針
「そうか。まぁ、当然だよね。一位になったんだし」
男子寮の自分の部屋に入りと影兎がタイミング良く現れ、今回の代表者の話をすると特別驚きもせずに笑っている。
「奴等に協調性があるとは思えんがな」
「それでもクラス間戦争なんかがあるから仲間と協力するのは大事だよね。
E組は個人の技量は高いけど協調性の無い人が多いから集団戦闘となると分が悪いんじゃないかなぁ」
「あぁ、だからこそお前を呼んだんだ」
「そう言えば、『今後の試験やクラス間戦争について』って言われて来たんだったね。
それで、どうするんだい?」
「詳しい作戦なんかはその時になってから、決めるが、それまでの方針について話しておきたい」
腹痛で胃に穴が開きそうだが、代表者になってしまったからには最低限の仕事はするつもりだ。
その上で俺に責任が少なく胃にも優しい方針を固める必要があったために、ここに来るまで必死に頭を回した。
というか、影兎を呼ぶそれらしい理由を適当に言っただけだったが、本当にその話をする事になったな。
「先ず、豚どもに協調性なんか期待していない。命令に背く頭の悪い連中ばかりだからな。
しかし影兎の言った通り個々の技量には目を見張るものがある。特にカミツレと神白は飛び抜けた実力者だろう」
「確かに、ウチのクラスの中じゃあの二人は別格だね」
やっぱりな。入学初日で狼人間に変身して襲って来るとか常人じゃない。腕を振る姿には躊躇の欠片も無かったしな。マジでチートだわ、反省しろ。
神白も刀を持つ姿に唯ならぬ気配は感じたため強いのだろう。
「故に個々の実力を活かした作戦を固める」
「ふむ、つまり1対1の戦闘をするってことかな」
「あぁ、だがそれには相手の情報が必要になる。相性が重要になってくるからな」
「確かに、幾ら僕達の仲間が強くても相性の悪い相手と当たったら負ける可能性は大いにある。
つまり、戦闘前の情報収集が戦況を左右する大きな鍵になる」
「そういう事だな」
「だったらその仕事は僕の役目だね。任せてくれ」
「当たり前だ。そのためにお前を呼んだのだからな」
個人戦になれば個々の実力が重要視されるため俺への責任は下がるはずだ。それに一々クラスメイト全員を取り纏める必要が無くなるため胃へのダメージも少ない。
情報収集ならば適任が目の前にいるため問題無し。
俺は集められる情報を見ながら実技試験時に敵に対して相性のいいクラスメイトをぶつけるだけだ。もちろんそんな簡単に成功するわけがないのだが、幾らか心の平穏は保たれる。
「今考えられるとしたら、この程度だな。
まだ実技試験の内容もクラス間戦争の申し出も無い。細かな作戦はそれ以降に考えるとしよう」
少し早急過ぎたかな?
まぁでも今のうちに先の事を考えておくのも悪いことじゃないだろう。
それから俺は小手毬に夕食をご馳走して帰らせる。
明日は影兎に弁当を作ってあげよう。毎日コンニャクとか拷問でしかない。
それに初めての友達になれるかもしれないのだ。
俺は『イガヨクナールX』を飲んでから眠りに着く。
今日はぐっすり眠れそうだ。
▼▼▼
夢に見るのは何時もの過去。
神白家に女として産まれ、それでも家を背負って戦うべく、剣を習った。
女だからと揶揄されながら死に物狂いで努力し、私は神白家での居場所を、価値を得た。
しかし、突然現れた鬼才に打ち砕かれる。
一刀流、夾竹桃炎将。
夾竹桃家に産まれた天才。私と同い年で、鬼のような破壊力を持ち鉄すら両断する実力者。
両親が夾竹桃家と懇意にしていたため、彼には何度も会っている。そして、私は何度も彼と戦った。
竹刀を打ち交わした数は数十回、その全てで私は敗北している。
私は確信する。
彼には決して勝てないのだと。
スマートフォンから流れる木管楽器を叩いたような音色が聞こえてくる。私はすぐにムクリと起きてスマートフォンの音楽を止めて大きく伸びをする。
昨日の残り物を使って軽く和食を作り、食べてから制服に着替え木刀を持ち、転移魔法陣を使って学園の校舎の近く、学生訓練施設に転移する。
そこは生徒が自主練習に使う施設だ。
駅の改札のような機械に学生証を通して中に入ると、そこは入学式試験の時のような森が広がっていた。
そこでただただ刀を振り続ける。
赤百合嶺二。
言葉遣いが悪い男だが、確かな実力を持つ男。また一人、勝てない相手と出会ってしまった。
(神白家に生まれながら、情けないわね)
神白家にとって弱い存在は必要ない。
夾竹桃炎将に負け続ける私は、もはや両親から期待されていないのだろう。
思えば、両親が私を褒めたことが一度でもあっただろうか。
決して追いつくことが出来ない兄、神白菊理。全てを叩き伏せる夾竹桃炎将。そして近づく事も許されない赤百合嶺二。
私は負けてばかりだ。
「ほう、やっとるのぅ!!」
今一番聞きたくない声が聞こえる。
木々の中から現れたの夾竹桃炎将だ。
「何をしに来たのですか」
私は炎将を睨みつけるが彼は気にした様子はない。
「これを渡しに来たんじゃ!」
そう言って炎将は私に羊皮紙を渡す。
「·····これってッ!」
「あぁ、クラス間戦争の申し出じゃ!」
そう言って炎将はニヤリと獰猛に笑う。
▼▼▼
「はーい!そういう事で赤百合嶺二くんがE組の代表者となりましたァ!みんな拍手ですよー!」
パラパラも適当な拍手が送られる。
まぁ、みんな納得してないわな。リーゼントのヤンキーくんなんて舌打ちしてるし。カミツレは興味が無いのか寝ようとしていた。
唯一ニコニコで拍手をしたのは衝羽根朝日さんだけだった。朝日さん可愛いね。なんでこの学園に来たの?
俺は直ぐに自分の机に戻る。
あーヤダヤダ、コミュ障なのにみんなの注目の的にされてさ。そろそろ胃が爆発するんじゃないだろうか。
「さて、代表者が決まってホームルームは終わり、と言いたいところですが、どうやらそうはいかなくなりました」
ん?どうしたのだろうか。
天使先生が朗らかな笑顔を消して真剣な表情をする。
「今朝、D組の代表者、夾竹桃炎将くんからクラス間戦争の申し出がありました」
え?
「しかし、今回は入学したばかりという事もあり、クラス全員での集団戦闘ではなく、代表者五人立てて戦い合う形式となります。
選出は嶺二くん、お願いしますね」
え?
「早速戦いを仕掛けてくるとは、考え知らずの馬鹿か自分の実力を過信する馬鹿か。
この学園には豚しかいないらしい」
頭は混乱してても口は回るようだ。
しかし夾竹桃炎将か。明らかに俺が煽ったせいだな。今から土下座しにいけば許してもらえるかなぁ。いや、絶対したくないけど、恥ずかしいし。
「クラス間戦争は明後日。ルールの詳細についての交渉は今日の放課後、5階の空き教室で行われるから代表者の嶺二くんは忘れないでねー」
そう言って悪魔先生は手を振りながら教室を出ていく。
まだ情報も何も無いのだから勘弁して欲しい。完璧に予定が崩れたな。
俺はキリキリと痛み出した腹痛を我慢しながら死ぬ気で頭を回す。
もしこの戦いで負けるようなことになれば磔火炙り、金属バットでボコボコにされてから学校の屋上に晒させるのだ。
チラリと周りを見れば殺意の視線が俺に降り注いでいる。
流石は猛獣フレンドパーク。血気盛んな若者が多いね。
頼むから今すぐ代表者変わってくれない?
「影兎、クラスメイトの情報はあるか?」
「基本的な情報しかないけど、一応あるよ。ただ、相手方の情報はサッパリだけどね」
「構わん、後で俺の部屋に来い」
「了解」
俺は影兎に指示を飛ばしてから、背後へと視線を向ける。
正直話すの怖いけど、相手は夾竹桃炎将だし、聞いておかなきゃ駄目だよねぇ。
「神白、お前も俺の部屋に来い。男子寮の管理人には話を通しておく」
「·····わかったわ」
てか女性を男子寮に招くのはどうなんだ?
いや、管理人の許可があれば問題無いというのは聞いてるけど、それでも駄目だろう、普通。
俺は呼んでしまった事を後悔しつつ、次の授業の準備を始める。