代表者
ようやく午前の授業が終わった。
今日はどの科目も初日ということで授業の説明をするだけで終わったため、戦闘技能系の科目も教室内で、今後の予定を聞くだけだった。
とは言え、終始カミツレと神白のカミ神コンビがコチラを睨んできていたため、精神的には疲労困憊である。
「一緒に食べませんか?」
カミツレと神白が教室を出て、ようやく肩の力を抜くことができた俺は溜息を吐きながら弁当を食べているとイケメンから声を掛けられた。
「好きにしろ」
まさかのお食事同伴の誘いにテンションが爆上がりしながらも冷静に言葉を返す。
少しぶっきらぼうだがこのくらいが限界だ。自己紹介の時に群れるのが嫌いと言ってしまったが、このくらいなら言える。
いやぁ、それにしても初めて一緒に昼食を食べる友達ができました。向こうが友達と思っているかはわかりませんが、正直泣きそうです。
俺は暴れ出しそうになる興奮をお肉で食べながら抑えていると、小手毬は四角いコンニャクを取り出して、俺の机に乗せる。
「なんだそれは…」
「無料で貰える食事です。朝発表された成績、僕は0点でしたからね。僕の能力は隠密に適していますから、情報を取り扱うものとして死ぬことは許されません。0点は覚悟していました。
まぁ、そういう事なので今からでも節約しないと必要なものが買えなくなるんですよね。
……それにしてもお弁当ですか、似合いませんね」
「言ってろ。
食事は身体を作る上で重要なものだ。そして心に潤いを持たせる娯楽にもなる」
「そうですが…」
む?なんだなんだ?弁当作っちゃ悪いか?ただご飯と肉と野菜を詰めただけだろう。
確かにミニトマトとかパプリカとか入れて見た目良くしたり、人参で花びらを作って花のよう盛り付けてみたりと工夫は凝らしたがその程度だ。
「ふふ、可愛らしいなと、そう思っただけですよ」
「喧嘩を売ってるなら買ってやるが、まぁいい。
食え、欲しいだろう」
「え?いいのですか?」
そこで初めて笑顔を崩してポカンと驚いたような表情をする。
「目の前で不味そうに食ってたらコッチも不味くなる」
「ありがとうございます」
俺は少しだけ弁当の蓋にご飯と肉を乗っけて渡す。
小手毬は嬉しそうに受け取って食べる。
「ん、美味しいですね」
「当たり前だろう。不味いものは作らん」
あぁ、これこれ。これが友達同士の会話ってやつだ。
神様、初めて学校が楽しい場所だと感じました。ありがとうございます。
「そういえば赤百合さん、陽花先生に呼ばれていましたね。何かあったんですか」
「知らん。大方成績のことだろう」
「赤百合さんに身に覚えがないなら、それくらいしか考えられないですね。
ですが気をつけてください。あの教師只者ではありません」
「只者じゃないのは知ってるが...」
「僕の能力は『アサシン』です。自分の姿を消す能力です。僕は今後の戦いのために昨夜、このクラスの生徒のことについて探っていましたが、あの教師だけは調べられませんでした」
「ふむ、上手く隠してるってことか」
「違います。情報が見えないんじゃないんです。存在してないんです。
この学校で教師をしていることしか出てきませんでした。これは明らかに異常なことです」
「なるほど、それは注意が必要だな」
「・・・やけに冷静ですね」
「考えてもわからんことはわからん。しかし怪しいのは事実。今は少しでも多く情報が必要だ。
お前は引き続き情報を集めてくれ、他のクラスと戦うときに後ろから刺されるのだけは勘弁だ」
「どう言うことですか?」
「これだ」
俺は小手毬に生徒手帳を見せる。
これは俺が生徒手帳を読んでいたときに気づいたことだ。とは言っても、簡単に見つかる情報なので知っているものは多いだろう。
生徒手帳の中の項目、クラス間戦争についての部分だ。
「クラス間戦争、ですか」
「そこに書いてある通り、クラスで他クラスの生徒を襲撃することが可能になってる。つまり今この状況でも他クラスに襲撃をかけることは可能ってことだ。勝者にはポイントが付与される仕組みにもなっている」
「試験以外にもポイントが貰える方法があったんですね。
《勝利したクラスは敗北したクラスのポイントの総数から2割を強奪することができる》
なるほど、たとえ個人で喧嘩を仕掛けたとしてもそれがクラスのポイントに繋がるのであれば、そうそう生徒も問題を起こすことはないですね」
「《個人で戦闘をする場合両者の同意が必要となる》とも書かれている。ルールを破った場合ポイントの8割が削られることになる。馬鹿が暴れまわることはないだろう。開始は両クラスの代表者の同意、もしくは武力行為。
でだ、クラス間戦争があると厄介な問題が出てくる」
「厄介な問題?」
「裏切りだ。つまりポイントの受け渡し」
俺はスマホを取り出し、ポイント画面を下にスクロールさせていくとポイントが受け渡せるボタンが表示される。
「この機能があるってことは、学校側がポイントの受け渡しを許していると言うこと、そして裏切りを許容してるってことだ。だからお前にはクラスの生徒の動向には気を配っていろ」
「このことを話してクラスで一致団結すると言うのは?」
「無理だな。こいつらに一端の人間のような協調性があるとは思えんし、無能な部下など味方に不利益しか与えん。
そもそも浅はかな悪知恵しか働かない猿などいらん」
「ふふ、ってことは情報収集を頼まれた僕は頼りにされているのかな?」
「好きに考えろ。興味もない」
ふー、とりあえず今はこのくらいが 伝えた方がいいな。これ以上は他の生徒に聞かれるかもしれない話だからできれば俺の部屋で話したい。
だが!そう!だが、だ!
そのためには巨大な壁を超える必要がある!
本来ならば、その言葉は大した言葉ではないのだろう。しかし、俺にとってはコンビニでエロ本買うくらい勇気のいることだ!いや、それと比べるのもどうかと思うが…。
いや、やるしかない!それにこれは情報共有のために必要なことだ!今後試験を乗り越えていくために必要な事だ!
そう、これは情報共有、明確な理由があるのだ。
あ、そう考えると余裕でてきた。
そう考えると理由もなく、あの言葉を言える人はなんなんだろう?本当に人間なのだろうか?
よし!言うぞ!言え!
勇気を振り絞るんだぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!
「放課後、俺の部屋に来てくれ、今後の試験やクラス間戦争についてのことについて話しておきたい」
「うん、そうだね。いいよ」
よっしゃぁぁぁぁぁあああ!!!!
言えた!言えたんだ!俺は!!
初めて!初めて人を誘えた!
なんだろう。初めて生きてて良かったと感じる!
よし!この調子で口調も直していこう。
そうだな。やっぱり、ここは友達宣言からだ。友達であることを言葉に出して明確にする!ちょっと恥ずかしいが、今なら行ける気がする!
「お前と手を組むのは今後の試験をクリアしていくためだ。
せいぜい俺の手足として働いてくれ」
「はい、了解しました」
ちくしょーーーーー!!!
いけると思ったのに!
やはり、10年近く纏い続けた虚栄心は俺にべっとりくっついて離れることはないらしい。
人間、変わることなどできない。
俺は心の中で嘆き哀しみながら昼休憩の終わりを告げるチャイムともに慟哭の叫びをあげる。
そして全ての授業が終わり、俺は天使先生に呼ばれているため、小手毬に一言告げてから教室を出る。
この学校には職員室が無く、教師一人一人に個別の部屋が用意されている。そのため、一度校舎を出て舗装された道を歩きながら先生たちのいる建物へと向かう。
扉を開けて中に入り、二階に上る。天使先生の部屋は二階の廊下の一番奥だ。
俺は緊張しながら扉をノックする。
「はーーい、入ってきてくださーい」
心が癒されるような声が扉を通して聞こえてくる。
俺は一度深呼吸をしながら扉を開けて中に入ると、天使先生が笑顔を浮かべて座っていた。書類や本などは綺麗に整頓されており、来客用のソファーには何故か熊のぬいぐるみが置かれている。
整理整頓された綺麗な机と可愛らしいぬいぐるみがある部屋の内装は、如何にも天使先生らしく癒される。
しかしそれを一切表情に出すことなく、俺はふかふかのソファーに座る。
「さて、先ずは赤百合嶺二くん、入学式試験一位、おめでとうございます」
「当然の結果に対して褒められても嬉しくはないな」
「さすが赤百合くんですね、今後も期待してますよ!」
「それで?そんなことのために呼んだわけじゃないだろう?
要件を言えよ、こっちは暇じゃないんだ」
だ、大丈夫かな?殺されない?
正直この先生と相対するのはめっちゃ怖いんだけど…。
「そうですね。
赤百合くん、一年E組の代表者になりませんか?」
・・・・・・・・・・・・・・・・は?
代表者?それって組を取りまとめる人だよなぁ?
へぇーー、ふぅーーん。
無理に決まってんだろうがッ!!
だってクラスメイトは自分から兵士になりたいと志願するような猛獣達だぞ!?!?!
そいつらを取りまとめるとか正気の沙汰じゃない。俺よりカミツレと神白とかの方が適正あるだろッ!!!なんで俺!?!?
はい、入学式試験で一位取ってるからですね。ふざけんなチクショー!!!
「ハッ、もし俺が代表者になったとして、あの豚どもが俺の指示に従うとは思えんな。
カミツレや神白の方が良いと思うが?」
「いえ、カミツレくんは暴力的で適正があるとは思いません。神白さんは能力はありますが、まだ精神が育っていないため難しいでしょう。
となれば、赤百合くんしかいないのです」
いや、俺以外にもいるんじゃね?
「はぁ、仕方がないな。
しかし過度な期待はするなよ。俺は養豚場の主じゃないんだ。豚をまとめ上げるのは専門外だからな」
はい、了承しました。
だってイエスマンなんだもん。無理とか言えないし、怖いし。
「よろしくお願いしますね。明日、生徒たちに発表します」
俺はソファーから立ち上がって部屋を出る。
…今日からE組の代表者です。泣きたい。
俺はキリキリ痛む腹を抑えながら男子寮へと帰る。