奇妙な友人
おはようございます。
目が覚めて望む景色は自宅の天井。しかし、悲しくも見える景色は見慣れぬ天井だ。
俺はキンキンと頭に響く目覚まし時計の音を叩いて止めると欠伸をしながらリビングに向かう。
そう言えば昨日は夕飯の材料しか買ってなかった。色々ありすぎて忘れていたな。
仕方なく、実家から送ったダンボール箱のひとつを開けて隠していたお菓子を取り出す。普段は朝御飯を無理矢理食べさせられるが今は一人暮らし、朝にお菓子を食べようが自由なのだ。
やめられねぇとまらねぇお菓子をポリポリ食べながら制服に着替える。今日からは通常授業だ。因みに最初は兵士育成機関と聞いて毎日地獄のようなトレーニングが待っていると思っていたが、そこはやはり高校なのか普通の授業も行う。
しかし、中には超能力トレーニングや魔法座学、といったこの学校でしか見られないような科目もある。
冷蔵庫の中を見て昨日の肉の残りがあったのでササッと炒め、弁当箱にご飯や肉、野菜を詰めて完成だ。
後は弁当箱をカバンに突っ込み、今日の時間割表を見ながら教科書を入れて部屋を出る。
これから四季校に向かうと思っただけで胃がキリキリする。また俺はあの猛獣達の集いに足を踏み入れなければならないのか。
今思えば、俺の高圧的な態度は昔からだったが、自己紹介の時はやりすぎだ。もう少し柔らかくしていれば友達もできたかもしれない。
それももう後の祭りだ。
校舎の中に入るが生徒の数が少ない。どうやら早く来すぎてしまったらしい。
俺は一度トイレに入り自分の目付きの悪さにビビりながら気合を入れ直してE組の教室に向かう。
E組の扉の前に来て中に入ろうと手を掛けようとした瞬間、突然扉が開いて俺は誰かとぶつかる。
それほど強い衝撃ではなかったが、ぶつかってきた誰かはバランスを崩したようで倒れそうになる。それを見た俺はすぐに手を腰に回して抱きかかえる。
そこでぶつかった人と目が合い、俺は硬直した。空色の髪と大きな目、身長は小さく折れてしまわないか不安になるほど手足が細い。あまりにも可憐で小さく震えながら涙目になっている姿は小動物のようで庇護欲がそそられる。
あ、やべ。
俺は彼女をすぐさま立たせて少し離れてから小さく腰を折る。
「すまない。前をよく見ていなかったコチラの不手際だ。許してくれ」
「…れい…く、あ、いえ、コチラもすみませんでした」
彼女はそう言って顔を真っ赤にしながら小走りで去っていく。
俺はそれを見ながらクラスに入って自分の席に座る。
「……あんな子いたっけ?」
とても四季校に入学してくるような子ではなさそうだ。あの子も入学式試験を受けていたのだろうか?
そう言えば俺って神白とカミツレ以外にクラスメイトの顔知らねぇーや。今思えば自己紹介の時、かなり慌ててたから他の人の自己紹介って聞いてなかったな。
そうだ、もっと他の人の自己紹介を聞いていれば、そこから平均を分析して無難な自己紹介もできたはずなのに!
はぁ、相変わらず俺って馬鹿だ。
後悔の念がグルグル頭の中で踊っていると気づけば教室もそれなりの生徒が集まっていた。
そしてさっきの女の子も帰ってきていたのか、扉側の前から2つ目の席に座ってチラチラとこちらを見て来る。
ん?…あぁ、もしかして怒らせちゃったと思ったのかな?安心してください。怒ってませんよ。お兄さんこういうの慣れっこなんです。お兄さんこれまでたくさんの女の人を泣かせてきたんですよ。
俺、何もしてないのにね…。
「入学式試験、お見事でした」
窓の外を眺めながら思考に耽っていると前の席から声がする。顔を向けると金髪のイケメンがニコニコこちらを見ていた。
誰だこいつ…。
俺が無言でいるとイケメンは少し困った顔で笑う。
金髪が風でサラサラと靡き、トロンとしたタレ目は優しそうに弧を描いている。
「自己紹介したんですけどね。では、改めて。
僕の名前は小手毬影兎と言います。
覚えているかはわかりませんが、入学試験の時、僕は貴方に敗れてるんですよ?」
え?マジで?
俺が殺した生徒は六人。その中にこんなイケメンいたっけか?
……いや、いるな。一人だけ顔を隠してたやつが。
「ふむ、アサシンか。
素晴らしい隠密技術ではあったが、あと一歩届かなかったな」
「なんだ、ちゃんと覚えててくれたんですね。
まったく、驚きましたよ。完璧に隠れているつもりだったんですけどね。
どうやってわかったんですか?」
「貴様は俺が自分の手の内をペラペラと喋るような愚者に見えるのか?」
適当に発砲したら当たったなんて言えねぇよ。
だいたいコッチはお前がいた事なんて知らなかったんだしな。
「ははは、これはすみませんでした」
ニコニコとしながら飄々と受け答えをする小手毬。
それにしても俺の目を見てニコニコしていられる奴なんて初めて見たな。
それからは少し小手毬と話した。と言っても小手毬がボールを投げて俺が叩き落とすという感じでとても会話のキャッチボールなんて高尚なものじゃない。
完全にこのキャラが俺の中に定着している事を嘆く。
「ん?先生が来ましたね」
ガラガラと扉が開き、陽花先生が教室に入ってくる。
「皆さんおはようございます。そろそろ席に座ってくださいね。
座らないとぶち殺すぞ」
うわー、静かになったよー。
静かって言うか寒気なんだけどねー。
なんでこの人は天使の笑顔で悪魔的な発言をするのだろうか。そのギャップが怖いです。
「皆さん入学式試験お疲れ様でした。
皆さん果敢に試験に取り組んでいて先生感心しちゃいました。
さて、それでは皆さんが気になっているであろう成績を発表したいと思います!」
さて、みんなが待っていた成績発表だ。発表される成績によって貰えるポイントが決まる。この時ばかりは教室にいる生徒全員が眉間に皺を寄せて先生を睨んでいる。
先生は大きな紙を広げて黒板に磁石で貼り付ける。
「え?」
その声は誰の声なのか?しかし、俺も思わずそんな声が出そうになった。
点数は1000点満点、上から下へと成績が下がっていく。その一番上に俺の名が書かれていた。
1位 赤百合嶺二 863点
俺が1位だった。
かなりの高得点だ。しかし、俺の目線は自分の順位ではなくもっと下を見ていた。
「これは、予想外、ですかね」
小手毬からそんな声が漏れる。確かにこれは予想外だ。
紙に書かれた成績表、生徒半数の点数が0点になっているのだ。これは明らかにおかしい。相手を殺せずに負けたのならば理解できるが、この中には明らかに生徒を殺す事ができた生徒もいるだろう。
「おい!ふざけんじゃねぇぞ!!
俺は殺してやったぞ!!テメェが言ったんだ!バトルロイヤルだって!
なら何で殺した俺に点数が入ってねぇんだ!!」
生徒の一人、赤髪で指やら耳にチャラチャラとアクセサリーを付けた如何にもヤンキー楽しんでます、といった感じの男が立ち上がり、吠える。
その声に便乗にして他の生徒も立ち上がり先生に罵倒を飛ばす。
罵倒を飛ばしても平静を崩さない先生に苛立ったのか、先生に近づいて拳を振り上げる。
「なんとか言ったらどうなんだ!?おい!!」
喧嘩慣れしているのだろう。その拳には一切の躊躇がない。それと同時に不良達もそれに混ざろうと足を踏み出す。
そして、先生の顔面へと振り下ろされる。
「は?」
恐らく喧嘩をしたのだって一度や二度のはずでは無い。見た限り筋肉だってしっかりついている。全力でぶん殴れば先生の細い体なら簡単に飛ばされてしまうだろう。
なのに、振り下ろされた拳は先生の顔の前で簡単に受け止められている。
「授業中だぞ、座れよ、おい」
ナイフを首筋にあてがわれた感覚がした。首の後ろがひんやりして、少しでも首を動かせば血が溢れ、首と胴が離れてしまうのではないかと錯覚を起こす。
「何故あなたの成績が0点だったのか。答えは簡単ですよ?」
先生はニッコリと可愛らしい笑顔を浮かべる。先程の殺気は微塵も感じられ無い。
ただ、浮かべる笑顔が不気味でしかない。
「戦場では殺すことや死ぬことなんて誰でもできます。そんなものは前提。
重要なのは行動。この試験は死ぬまでにどのような行動を取れていたかが、とても重要なのです。
例えば、二位の衝羽根朝日さん」
そう言って先生は扉側に座る少女に目線を向ける。
見られた彼女はビクッと驚いた後に視線をあちこちに彷徨わせている。
さっき俺と扉の前でぶつかった子だ。
「彼女はこの試験の模範生と言えるでしょう。
彼女はすぐに渡された武器の『能力』に気づき、目先の命に目もくれず仲間探しを行いました。仲間探しに時間を費やしてしまったため倒した生徒の数は一人でしたが、仲間を作ると言う行いはその後に強い価値を生み出すことになります」
そして先生は笑う。
優しく、まるで聖母のように柔らかな微笑みを持って笑う。
「戦場に立つのならば価値を生み出しなさい。殺し殺され、なんて誰にでもできることです。
あなた達はこれから戦場を走る駒となるのですから、駒なら駒らしく生きながら殺し、生きながら価値を生み出しなさい」
その顔はどこまでも優しく。
その言葉はどこまでも冷酷だった。
「さ、説明はこれで終わりです!
ポイントは今日の授業が終わった頃に貰えますよ。もちろん成績0点の生徒はポイントも0ですので今後の試験、頑張ってください」
先生が手を叩くと空気が軽くなり、生徒達もようやく息を吐き出す。
「皆さん次の授業の準備をして先生が来るのを待つんですよ」
先生はそう言ってニコニコしながら教室を出ていく。
「あ、1位の赤百合嶺二くんは放課後に先生の部屋に来てくださいね」
え?なんで?
さっきの話を聞いた後であの先生に会いに行くの怖すぎるんだが…。大丈夫か?笑顔で解剖されたりとかしない?
俺は余裕そうな顔で腹痛を我慢するのだった。