‥‥筆記
後々矛盾する箇所がございましたので、少し修正しました。
八尋と桜花がレビウムに来てから数日。
ついに『エレメンタルガーデン高等部』に入学する日がやってきた。
「これでいいんだよな?」
部屋で一人制服に身を包んだ八尋は、おかしなところがないか自分の身体を見下ろした。
とはいえ日本の制服とは大きく異なり、インナーに黒のジャケット、ズボンが指定品というだけだ。これらは魔石を用いて作られたものらしく、そのままモンスターとの戦闘に使用できる。
そのため改造も何ら問題なく、生徒は自分の戦闘スタイルに合ったものに作り変えるのが当たり前らしい。
八尋はこれまでの人生、学校に通った経験がない。五歳の頃に姫咲家に拾ってもらった時から、善十郎や菫は何度も学校に通わせようとしたが、彼は頑として全ての時間を鍛錬に当ていた。
大体山奥の姫咲家から通える学校は、八尋を鬼への生贄として差し出した村の連中も少数だがいる。そういった要因もあって、善十郎たちも無理に通わせることが出来なかったのだ。
なので、八尋からすると初めての学校だ。
柄にもなくドキドキしているのが分かる。
「八尋さん、準備は出来ましたか?」
「あ、ああ。行くか」
部屋の外から掛けられた声に扉を開けると、そこには八尋と同じようにエレメンタルガーデンの制服に身を包んだ桜花がいる。
黒のジャケットに、同色のショートパンツ、レギンスが脚線美を際立たせている。
てっきり長ズボンかと思いきや、動き易さを優先したんだろうか。
八尋がそんなことを思いながら桜花の脚を見つめていると、桜花が視線から逃れるように脚をよじる。
「あ、わりい」
「‥‥いえ、問題ありません。行きましょうか」
「ああ」
朝っぱらから変態チックなことをしてしまったと反省しながら、八尋は桜花に続いて家を出る。
そうして二人はエレメンタルガーデンに向けて歩き始めた。
数日過ごしてみて思ったことは、レビウムは契約者しか立ち入れない場所にも関わらず、多くの人で賑わっているということだ。
世界中の契約者が集まってきているのだから、当然といえば当然かもしれない。
そして、見えてきたエレメンタルガーデンは、これまで見てきたどんな場所よりもたくさんの人が集まっていた。
「これは凄いな、これだけの人数ってはじめて見たぞ」
「どうやら新入生以外にも、その関係者の方が多く集まっているみたいですね」
「成程な」
桜花の言葉通り、エレメンタルガーデンの高等部校舎の前には、八尋たちと同じ制服を着た生徒たちの他に、明らかに生徒ではなさそうな人が沢山いる。
「なんかいいな、こういうの」
皆が皆、新入生たちの入学を祝福している。それは八尋が求めた家族像の一つであったのかもしれない。
すると、八尋の袖が引かれた。
見れば、いつもと変わらない無表情の桜花がこちらを見ている。
「‥‥八尋さん、入学おめでとうございます」
「‥‥」
一瞬フリーズした八尋は、その後小さく笑った。
「なんだ、そりゃ」
桜花はキョトン、と首を小さく傾げる。
「何かおかしかったでしょうか」
「いや、おかしいといえばおかしいんだろうけど、ありがと。‥‥それと桜花も入学おめでとう」
「はい、ありがとうございます」
二人はそんな会話をしながら案内に従って入学式が行われる講堂へと向かった。
このレビウムでは精霊神の加護によって、あらゆる言語が全ての人間に通じるようになっている。
そのため世界各国の多種多様な人たちが、自分にも分かる言葉で喋っている状況というのが、妙な感覚だ。
どんどん席を埋めていく新入生たちの姿をキョロキョロ目で追いながら、八尋は落ち着かない様子で座っている。これ程多くの人が周りにいるという状況がはじめてで、どうしても気になってしまうのだ。
「桜花は動じないな」
落ち着かない八尋と違って、桜花の方は泰然自若と座っている。
「そうですか?」
「周り、気になったりしないんだろ?」
「‥‥はい、確かに周りは気になりません」
凄いもんだなー、と感心する八尋だが、実際は桜花の感情は大きく波打っていた。
隣に座っているせいで、八尋との距離が近い。一つ屋根の下とはいえ、こうして隣同士で座ることは少ない。
しかも、忙しなく周囲を見る八尋が、桜花には可愛く見えて仕方なかった。
それから暫くして、徐々にざわめきは静かになり、厳かな空気の中で入学式が始まった。
壇上に立つのは、スーツを着た壮年の男性。エレメンタルガーデンの学長だ。
八尋と桜花には、彼が一戦を退いた戦士の風格を醸し出していることに気付いていた。彼もまた、天理の塔に挑んだ勇士なのだろう。
男が、ゆっくりと口を開いた。
「――諸君、私がエレメンタルガーデン学長、ロデスト・ウィッケルンだ。」
よく通る、それでいて重みのある声。
「まずは言わせてほしい。ようこそ、レビウムへ。そしてこのエレメンタルガーデンへ。君たちは皆、契約者としての自覚と誇りを胸に我が校へと来てくれたものと思う。私が保障しよう、ここには夢があることを。約束しよう、ここでは己が生を賭けるに値するものがあることを。だが、同時に忘れないで欲しい。我ら契約者の誇りには、常に責任が伴うということを。君たちの行く末に、栄光の輝かんことを祈っている」
学長からの言葉はそれだけだった。
しかし、響く。多くの新入生は耳の奥から腹の底にまで、誇りと責任という言葉が重く響き渡っていたのだ。
そうならないのは、白髪の少年のように重々承知の者か、あるいは端から人の言葉など耳に入らない人間だけだった。
エレメンタルガーテンは高等部といえど、日本の高校のようにクラスごとに授業を受けるようなスタイルではない。必修科目と、自ら必要だと思う科目の授業を選んで受けるのだ。
故に、クラスというものもなく、八尋たち新入生は大雑把に教室に振り分けられ、学校での諸々を説明された。
要は必修科目は落とさないこと、そして試験に落ちないようにすることである。どうにも天理の塔にばかりかまけ、筆記が疎かになる生徒が多いらしい。
「‥‥筆記」
「大丈夫です、八尋さんの勉強は私が見ますので」
「‥‥すまん」
これまでまともに勉強をしてこなかった八尋からすれば、凄まじい難題である。桜花の世話になることは間違いないだろう。