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今夜はお祝いですねー

 普段なら鬼を倒すために鍛錬だけに明け暮れていた八尋だったのだが、既に鬼を討ってしまったので、ここ最近は姫咲家の母、姫咲菫(きさきすみれ)に捕まって勉強をさせられていた。


「‥‥こんなもんが世の中生きていくには必要なのか‥‥」

「せめて義務教育レベルの知識くらいは持っておかないとね。学校行くまではみっちり教えてあげるから頑張って」

「うぇ‥‥絶対無理です‥‥」


 一日ぶっ通しで鍛錬をしたかのように、死んだ顔をする八尋を菫が励ます。


 菫は嬉しかった。鬼を討つ以外に生きる目的もなく、一日の全てをそのためだけに費やす八尋は、きっと全てを終えたらどこかに消えてしまうのではないのかと、本気でそう思っていた。


 しかし彼は今自らやりたいことを示し、これまでは考えられなかった勉強もしっかりとやってくれる。


 その夢がお嫁さん探しというのもどうかと思うが、別段悪い夢でもない。


 ただ、最近は夫の善十郎が何やら菫に内緒でなにかをしているのが気がかりではあったのだが。


「ああ、八尋に‥‥菫もいたのか。丁度いい、少し来てくれ」


 さて、これから夕飯の支度でもしようと菫が思っていると、着流しの善十郎が声をかけてきた。


「なんですか?」

「レビウムに関することで伝えておきたいことがあってな。もう勉強も終わったんだろ?」

「あんまり進捗はなかったですけど」


 八尋は自虐的な笑みを浮かべつつ答えた。善十郎は「やるようになっただけ十分だ」と笑いながら背を向けて歩き出す。ついてこいということらしい。


 八尋との菫はなんだと思いながら、その後についていった。


「おう、ここだ」


 そう言って善十郎は客間の前で足を止めた。


「誰かお客さん? そんな話聞いてないけど‥‥」

「まあ似たようなもんだ。どうしても八尋に会わせたくてな」

「俺に?」


 八尋が首を傾げる。


 彼は基本的に鬼の討伐以外で外に出ることはなく、交友関係は驚くほど狭い。そんな彼にわざわざ会いにくるような人がいるとは思えなかった。


 それは菫も同じようで、訝し気な顔をしている。


「一体誰ですか?」

「ま、入れば分かるさ」


 善十郎はそう言うと、襖を開けた。


 畳に、一つの机。品の良い丁度品がある以外は他の和室と変わらない一室。


 だが、その質実とした部屋は今、華やぎに満ちていた。


 それは全て机の前で正座する一人の少女が放っている。


 桜色の鮮やかな着物に身を包み、艶やかな黒髪は綺麗に結い上げられ、飾のついた簪で止められている。


 美しい姿勢に、感情を読み取らせない美貌も相まって、まるで人形が座っているようだった。


「‥‥」

「まあ」


 八尋はその美しさに暫しの間見惚れ、菫は予期せぬ人物の珍しい姿に感嘆の声を漏らした。


「ほれ、入れ入れ」


 呆けていた八尋は善十郎に促され、客間に入ると少女の対面に座らされた。


 ――ん?


 正面で見れば見る程美しい少女だが、その顔をよく見ていると、強烈な既視感が八尋を襲った。


「‥‥なにしてるんだ、桜花」

「‥‥」


 そう、目の前の少女は姫咲家の三女、姫咲桜花(きさきおうか)だった。服装やいつもと違う髪型、それによく見ればうっすらと化粧もしているらしく、一目では気付かなかった。


「これは一体どういうことですか?」


 桜花が黙っているので、桜花の隣に腰かけた善十郎に聞く。ちなみに菫はいつの間にか八尋の隣に座っていた。


 善寿郎は頭を掻きながら言う。


「まあ、なんだ。八尋がレビウムに行く目的ってのは嫁さん探しだよな?」

「ええ、その通りですけど」

「で、わざわざレビウムにまで行くっつーことは、一人だけってわけじゃないんだよな」

「はい」


 そう、結婚相手を探すだけならなにもレビウムまで行かなくても出来る。それをわざわざレビウムにまで行くのは、そこが重婚を認めているからだ。一定の功績と財力を認められた者は、複数の伴侶を持つことが出来る。八尋も折角なので、たくさんの綺麗な人と結婚したかったのだ。


 なにより、家族は多いに越したことはない。


 それについては何となく察していたのか、菫も何も言わなかった。


「たくさんの嫁さんと結婚するっつーのは、大変だとは思うが俺は止めねーよ。そもそもお前さんは神殺し‥‥世界でも有数の英雄だ。ハーレム作ったって誰も文句は言わねーさ」

「‥‥」

「ただな、今回レビウムにお前を送り出すにあたって、一つ頼みたいことがあるんだ」


 その言葉と今の状況を鑑みて、八尋は酷く嫌な予感がしたが、それを飲み込んで聞いた。


「‥‥何ですか?」

「こいつ、桜花を一緒にレビウムに連れてってやってくれ。――お前の婚約者として」


 善十郎の言葉に八尋は目を手で覆い、菫は「まあまあ」と言葉を漏らす。


 そして当の桜花はと言えば、事ここに至っても、一切表情を変えることなく八尋を見つめていた。年頃の女子とは思えない胆力だ。


「‥‥あの、正気ですか?」


 思わず八尋は問いかけた。血は繋がってないとはいえ、桜花とは八尋がこの家にお世話になってからの付き合い。もはや姉弟のようなものだ。同じ十五歳だけども。


 八尋の失礼な物言いに、善十郎は頭を掻く。


「そりゃ突然の話だけどよ。八尋は養子縁組したくねーって前に言ってたろ。けどよ、俺としてはちゃんと支援するにも、情だけじゃねえ、しっかりと対外的にも分かる関係性ってのが重要だと思うんだわ」

「それは‥‥まあ確かにその通りかもしれませんけど」


 確かに八尋は昔養子縁組をするという提案をされ、断ったことがある。それは事故で無くなった両親との微かな繋がりを忘れたくなかったからだ。


「それにしても婚約ってのは」

「あくまでレビウムに居る間、形式的にはってことだ。元々桜花にも外の世界を見せてやりたかったしな、八尋が近くに居てくれるなら安心できる」

「成程、まあそういう話なら」


 というか嫁が増える分には目的通りだからいいはずなのだが、流石に姉弟同然で過ごしてきた桜花と結婚というのは抵抗があった。


 そういえば、張本人であるはずの桜花はどう思っているのか。終始人形のように動じない桜花にも八尋は聞いた。


「桜花はどう思ってるんだ、この話」


 すると、微動だにしなかった薄桃色の唇が小さく動く。


「私は構いません」


 ――え、それだけ?


 八尋は驚きと呆れの混じった目をしつつ、まあ桜花だからなと納得した。昔から感情をほとんど表に出さず、話す言葉も最小限だ。


 とはいえ嘘を言うタイプではないので、彼女が構わないというのならそうなんだろう。


 あくまでレビウムで姫咲家のお世話になっている間だけということだし。


「‥‥それじゃあ、そういうことでお願いします」

「おお、話がまとまってくれて俺も嬉しいぜ!」

「今夜はお祝いですねー」


 本当に嬉しそうな善十郎と菫を見て、八尋は結果オーライかと綺麗に化粧された桜花の顔をなんとなく見続けていた。


 だが、善十郎と菫が「後はお若いお二人でー」とお見合い定番の言葉を残して去った後、お互い会話も無く座っていたら、徐に桜花が口を開いた。


「八尋さん」

「ん、なんだ? というかさん付けは止めてくれよ、昔みたいに八尋でいい」

「いえ、そういうわけにはいきません。あなたは鬼神を討った神殺しなのですから」


 参ったな、と八尋は苦笑いした。


 昔は普通に八尋、八尋と呼んでくれていた桜花だが、八尋が鬼神に抗う実力を持ち始めた頃から態度がよそよそしくなり、鬼神を殺した今では更に距離が開いてしまった。鬼神を倒したとはいっても、最後のとどめを八尋が刺しただけで、そこに至るまでには多くの人間の支援と奮闘があったからに他ならない。


 しかし桜花は頑固なので、態度を改めさせるのは難しいと八尋はとりあえず諦めた。


「で、なんだ?」


 八尋が問うと、桜花は一瞬躊躇うような素振りを見せ、そして唇を震わせながら言った。


「‥‥今回の件、勘違いして欲しくないのですが、私としては不本意な形であるということを、知っていてください」


 ――え。

 ――ええ。

 ――ええええええええええええ。


 八尋は予期せぬ言葉に、暫くの間フリーズするのだった。 



    ◇ ◆ ◇



 とまあ、そんなわけで八尋は桜花を伴ってこのレビウムに来たのである。


 勿論彼女もエレメンタルガーデンに入学することが決まっており、基本的にレビウムでは二人で行動することになるだろう。


 桜花に不本意だと言われ、ショックを受けた八尋ではあるが、考えてみればレビウムに行くために婚約者にされたのだ。そりゃ不本意だろう。


 とはいえ彼女も文句があるというわけではなさそうなので、問題はない。


「それじゃあ、行くか‥‥どうした桜花?」


 タクシー? バス? そもそも両方ともまともに乗ったことないから乗り方もよく分からんな、と八尋が悩んでいると、桜花がぼうっと立ち止まっていた。


 その視線の先にあるのは、八尋も見ていた天理の塔だ。


 八尋の声に、桜花が弾かれたようにこちらを見る。


「っ、すいません」

「いや、いいよ。改めて近くで見ると凄いよな、あれ」


 八尋もそう言って天理の塔を見上げた。


 雲の先にまで伸びる塔は、世界のあらゆるとこから視認することが可能という、明らかに物理法則を超越したものであるが、こうしてレビウムに来ると、やはり大きい。


 桜花もまた天理の塔を感慨深げに見上げ、呟いた。


「はい。‥‥これが、人類救済の希望」


 その言葉に、八尋は何も言わなかった。


 この世界は、既に終わりが確定していた。凡そ二百年前、卓越した科学技術は、予知の領域に踏み込んだ完全予測によって、世界の緩やかな終末を明らかにしたのだ。


 地球の資源を食いつぶし、訪れる緩慢な死。それは急速に発展した文明によって知らず知らずの内に加速していた。


 人類の八割と文明の棄却によって絶滅を免れるか、あるいは更なる科学の発展によって救いの道を求めるか。


 その選択の中で、人類に新たな選択を与えたのは、人ならざるものだった。


 ――精霊神。


 この神の出現によって、二百年前、世の在り様は一変した。


 生まれる子供の中に、『精霊魂』と呼ばれる石を持った子が現れはじめ、彼らは皆それを用いて精霊を行使し、超常の力を振るうことが出来るようになった。


 そんな彼らは精霊と契約する者、『契約者(コントラクター)』と呼ばれた。


 そして契約者が最もその力を発揮するのが、人ならざる者たちの領域だ。八尋が戦った鬼神の霊域もそうであり、世の中にはそういった場所が多数あるが、その中でも最も存在感を放つのが、精霊神によって創られた天理の塔だった。


 天理の塔はモンスター跋扈するダンジョンであり、そのモンスターを倒すことで魔石というエネルギー媒体を手に入れることが出来る。現在は世界中に天理の塔産の魔石が出回っており、資源の枯渇から人類を救っていた。


 だが天理の塔が人類救済の希望と呼ばれるのは、なにも魔石の存在からではない。


 精霊神は伝えたのだ、『天理の塔の頂に人類が到達した時、真の救済が訪れる』と。


 八尋も、そして桜花も契約者として生を受けた。


 そして目の前の天理の塔は、そんな契約者以外に立ち寄ることの出来ない、彼らのための場所。


 本能がうずくのだ。登れ、進め、頂を目指せと。


 そうして天理の塔という世界最大規模のダンジョンに挑む者たちを人は『冒険者』と呼んだ。


 このまま今すぐにでも白亜の塔へと行きたくなるが、まず地盤を固めなければ行動もなにもない。


「それじゃ、行くか」

「はい」


 八尋は桜花を伴って、歩き始めた。


 そしてタクシーの停め方が分からず、桜花に停めてもらった。


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