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お嫁さんを探しに行こうと思ってます

 九月、日本であれば葉が赤く色づくこの季節に、仙道八尋(せんどうやひろ)は大きく深呼吸をしていた。

 黒い瞳に身長は小柄で、身体つきも細めだ。そんな中何よりも際立つのは、その完全に色の抜けた白髪だ。八尋は老人のように真っ白な頭を掻きながら言う。


「んー、空気が違う‥‥ってこともないのか? 分からん」


 ここは、これまで八尋が過ごしきてた日本ではない。太平洋のとある場所に浮かぶ島、『レビウム』である。


 どの国にも属さぬ、完全に独立した場所、それがこのレビウムだ。


 八尋は身軽なバッグ一つで、空港を背にこれからのことを考えた。


 ちなみに正確な座標を観測出来ないこのレビウムであるが、資格あるものが行くという意思を持っていれば、自然と到着するようになっているため、飛行機での乗り入れも可能だ。


 八尋の目的はただ一つ。より近くから見ることでその大きさがよく分かる白亜の塔。


 このレビウムの中心にそびえ立つ『天理の塔』で力を示し、家族――ハーレムを作るのである。


 そのために一番手っ取り早い方法として、まずはこのレビウムにある教育機関、『エレメンタルガーデン』への入学が決まっていた。


 別に八尋としては学校に通う気などさらさらなかったのだが、日本に居た頃お世話になっていた姫咲家の人に説得され、入学することにしたのだ。


 また住居や当面の生活費も姫咲家の方で用意しておいてくれるらしく、何からなにまで至れり尽くせりの状態だ。


 そんなわけで、まずはその住居に行くわけなのだが、


「‥‥八尋さん、こんなところにおられたのですね」


 うおっ。


 突然後ろからかけられた声に、八尋は驚いて振り返った。


 そこに立っているのは、一人の少女だ。


 背にかかる程の黒髪は艶やかに日の光を浴びて煌めき、黒曜石のような瞳は冷たくも美しく八尋を見つめている。その顔立ち、スタイルはまさしく整っているという他ないだろう。スッと通った鼻梁に薄桃色の薄い唇。背は高く、すらりと伸びた脚線美がパンツ姿によってよく分かる。唯一胸だけは大きいとは言えないが、スリムでバランスのいいスタイルだ。


 名を姫咲桜花(きさきおうか)


 八尋が居候していた姫咲の家の三女で、今年十六歳になる八尋と同い年の少女である。


「えっと、悪い桜花」


 八尋がバツが悪そうに謝ると、桜花は一切表情を変えずに言った。


「謝る必要などありません」


 そこで桜花は何かを躊躇うような素振りを見せ、結局続けて言う。


「私は‥‥あなたの婚約者なのですから」

「‥‥そう、だな」


 その言葉に八尋は何とも言えない表情で、視線を迷わせた。そんなことをしても目の前の少女が居なくなるわけもない。


 ハーレムを作るためにこのレビウムに来た八尋。そんな彼に、何故既に婚約者がいるのかと言えば、話は一月前程までさかのぼった。



    ◇ ◆ ◇



「天理の塔に行く?」


 八尋がこれからのことを相談した時、姫咲家の大黒柱、姫咲善十郎(きさきぜんじゅうろう)は素っ頓狂な声を出した。


「はい。俺の夢のためには、そこに行くのが一番いいと思いまして」

「そうか‥‥うーん、ちなみに夢ってのはどんな夢だ?」


 善十郎は無精ひげを撫でながら聞く。


 八尋を家に置いてからかれこれ十年程が経つが、そんな夢があるとは聞いたことがなかった。


 姫咲家は、元々鬼裂の一族。この地域に根城を持ち、人間を食い殺し続けた鬼と戦うことを生業とする血族だった。その歴史は千年近く前にまで遡る。そんな姫咲の家に八尋が居候になったのは、彼が孤児であり、鬼に生贄として差し出された少年だったからだ。


 哀れと思って引き取った八尋が、今では姫咲家の宿願であった鬼神を討伐する程までに成長し、そしてそんなこと関係なく善十郎は彼を家族として見ていた。


 手を離れてしまうのは寂しいが、夢があるというのなら応援してやるのが親の務め。そう善十郎は思っていたのだが、




「お嫁さんを探しに行こうと思ってます」




 八尋の言葉に噴き出した。


「は? お嫁さん? お嫁さんって、お嫁さんだよな?」

「はい、そのお嫁さんで間違ってないと思います」


 八尋が頷くと、善十郎はなんとか落ち着きを取り戻した。


「嫁さんねえ。まさかお前にそんな夢があったとはなあ」


 善十郎は八尋が鬼を殺すためだけに生きていることを知っていた。実の息子のように思ってはいても、その考えを変えさせることは出来ないし、他に生きる目的もないように思っていた。


(八尋に限ってそんな俗物的な夢をね。嬉しいやら驚きやら)


 分かっていたつもりでも、案外見えていないものだと善十郎は己を恥じる。


 そして、夢の内容はどうあれ息子が初めて口にした戦い以外の願いごとだ。全力で応援してやらねば男が廃る。


「よっしゃ、じゃあレビウムに行けるよう俺の方で手配してやるよ」

「いいんですか?」

「当然だろ?」


 そう言って笑う善十郎を見て、八尋はこの先の見通しが持てたことに安心するのだった。


 そして、事が起こったのはそれから数日後のことだった。


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