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プロローグ

はじめましての方ははじめまして。

そうじゃない方はお久しぶりです。

これからよろしくお願いいたします。

 突き刺した剣と肉の隙間から、真っ赤な血が溢れ、すぐに臨界点を迎えたそれは柔らかな曲線を伝って零れ落ちていく。


 剣を突き立てる少年、仙道八尋はそれを口元に笑みを浮かべて見つめていた。嘲笑ではない。勝利者の笑みでもない。悪友と戯れる少年のように、無邪気で楽しそうな笑みだった。


「‥‥カハッ」


 そして、胸に剣を刺された少女もまた笑っていた。陽の光を拒絶するような真白の髪は地面に無残に広がり、瞳の色は流れる血と同じ鮮やかな紅だ。


 哄笑しようと開けた口からも、血を吹き出し、それでも少女はいつもと同じ笑い声をあげる。


「ああ、全く‥‥つまらんつまらんと思っていたこの生も、案外悪くない終わり方をするものじゃ」


 少女はそう言って、更に笑った。

 絶えず傷口から流れ続ける血は、まさしく少女の命が消えるまでの時間を示している。にも拘わらず、少女はそれに頓着しない。


 本当に楽しそうに、八尋の目を見つめていた。


「悪くない終わり、か‥‥。お前はこれを望んでいたってことか?」


 八尋はそう問いかけた。お互いに殺し合い続ける関係でありながら、そこに険はなく、かといって優しさに満ちてもいない。


「ハ‥‥、カハハ、妾がこの終わりを望んだかだと? そんなことがあるわけがなかろう。妾は神じゃ。悪鬼、妖魔と罵られようと、この身は確かに天の座位に触れていた。‥‥分かるか? 妾は不変であり、不滅であるはずなのじゃ。人間など、妾を害するはおろか、見ることさえ叶わぬ」


 そこで少女は一度言葉を切った。

 そして、言う。天に届けとばかりに曇天を見据え、その誇りと同じく高らかに。




「だからこそ、面白い!!」




 少女の声と共に吐き出された血が、八尋の頬に飛んだ。


「見ておるか精霊神! これが貴様の撒いた種が芽吹いた結果じゃ! これが貴様の与えた慈悲によって磨かれた牙よ! 妾はここに朽ちようぞ。しかしそれは貴様にではない、人間の執念に散るのじゃ! 知れ! そして悔いるがよい新たな神よ、己の無知と浅薄な選択を!」


 そこまでを一気呵成に叫ぶと、少女は重く粘ついた血の塊を吐き出した。


 八尋はそれをただ黙って聞いていた。少女の白い肌はより血の気が失せ、赤い瞳の焦点も徐々にブレ始める。終わりが、近づいていた。


「‥‥お主は、この後一体何を為す?」


 ポツリ、と少女が呟いた。先ほどの威勢は既に失せ、小さな声だった。


 八尋はその問いに少し考えた。


 ――この後か。


 正直なことを言うと、何も考えていなかった。この人生は目の前の鬼を討つために使うと誓い、実際にそれだけの為に生きてきたのだ。今さら別の生き甲斐も目的もなく、何を為すと問われても答えなんぞない。


 そんな八尋の思考を沈黙から悟ったのか、少女はフッ、と柔らかな笑みを浮かべて言った。


「難しく考えるでない。なんでもよいのじゃ。お主に何かしたいことはないのか」


 したいこと。


 そう聞かれた時、八尋の頭の中に自然と浮かんだことがあった。それは鬼を討つという誓いの下に隠れ、表に出てこなかった思い。


「家族を‥‥家族を作りたい」


 口にすると、ストンと言葉が胸の中に落ちる。


 そうか、俺は家族が欲しかったのかと八尋は他人事のように思った。


「‥‥ッハ‥‥カハハハハハハ!」


 瞬間、呆けた顔をしていた少女が、口を大きく開けて笑った。それは今までのように気勢のある笑いではなく、本当におかしそうな笑い声だった。


「何がおかしい」

「おかしいものなどあるものか! そうか、家族が欲しいか‥‥よい願いではないか。幾人もの女を娶り、大きな家を作ればよい。そうして生は廻るものじゃ」

「それを貴様が言うのか」


 千年間、人を喰い続けたお前が。


 八尋の言葉には、そういう意味が込められていた。そして、それが分からない少女ではない。


「妾だからこそ言うのであろう。人がいなければ妾もまた生きてはゆけぬ。妾は人を喰い、そして喰われる側であったお主に討たれ死んでゆく。それもまた廻りよ」

「そういうもんか」


 頷く八尋に、少女が笑う。


 そうして暫くの間笑っていた少女は、ふと言った。


「‥‥ならば、あのいけ好かぬ精霊神が作った霊域。あそこにいくがよい」

「‥‥」

「あそこであればお主の願いも叶おう。‥‥そして」


 そこで少女は口を閉じる。もはや笑う気力も残らず、瞼はほとんど閉じられていた。長く燃え続けていた命の灯火が、消えかける。


「‥‥そして、知る機会もあるやもしれぬ。この世界の行く先を‥‥」

「世界の‥‥行く先?」


 八尋が問いかけた声に、答えは返ってこなかった。


 空気の抜けた紙風船が萎れるように、少女の全身が小さくなって見えた。


 閉じかけられた瞼の奥に覗く赤い瞳に、光はない。


 ――ああ、死んだのか。


 八尋はそう気づいた。これまで幾度となく見てきた終わりが、この鬼にも訪れたのだと。


 ズッ、と剣を引き抜き、八尋は改めて少女を見る。この身体も暫くもすれば光と散るだろう。


 人にも、精霊にも、そして神にさえ死は訪れる。


 その終わりを迎えるまでに、一体自分には何が出来るのだろうか、八尋は少女の亡骸が光の粒子となって消えるまで、一人考え続けた。



     ◇ ◆ ◇



 太平洋のとある場所に、『レビウム』と呼ばれる島がある。


 そこは決して正しい座標を観測することは出来ず、面積さえ測定することは出来ない。


 最も古くから安直な名として広まっているのは、『精霊島』だ。


 そんなレビウムは、しかし世界で最も見つけいやすい島である。何故ならば、その島の中心からは、雲を貫き点に伸びる一本の塔があるからだ。



 

 『天理の塔』。




 そう呼ばれる白亜の塔は、モンスターに溢れる人ならざる者たちの領域だ。しかしそのモンスターから手に入れられる魔石は既存のあらゆるエネルギーよりも高効率の資源として活用することが出来た。


 ある人は名誉と金を求め、ある人は人類を救う正義感を胸に、ある人は己の力を試すために、天理の塔へと集う。


 そこに、一人の年若き神殺しが降り立った。千年に渡って人を苦しめ、その畏怖と悪行から神にまで上り詰めた鬼神を討った英雄。


 様々な理由をもって天理の塔を目指す人々と同じように、ある目的を胸に秘めて、神殺し仙道八尋はここに来たのだ。


 彼は故郷と同じ空を仰ぎ、天の頂へと伸びる塔を見上げた。


 ――一度目標を失った身だけれど、また一から頑張ろう。




 そう、理想のハーレムを作るために。



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