第八話「衝突と祝福」
室内に入ると、冒険者達の視線が一斉に注がれた。俺の装備を舐める様に見た後、ヴィルヘルムさんを見てあざ笑った。
「これはこれは、氷の壁作りで小銭を稼いでるヴィルヘルムさんじゃないか」
「あいつ、ろくにクエストも受けないのに町で遊んで暮らしてるんだってな」
「何しに来たんだよ。町で壁でも作って暮らしてりゃいいじゃねぇか」
冒険者達は明らかにヴィルヘルムさんを敵視している。これが同じギルドに所属する仲間の発言なのだろうか。ヴィルヘルムさんはそんな声を無視してカウンターに進み、受付の女性にギルドカードを提示した。
「ヴィルヘルム・カーフェンさんですね。お久しぶりです。今日はどういったご用件でしょうか?」
「実は、私の仲間がブラックウルフの討伐に成功しまして、素材と魔石を買い取って頂きたいのです」
「ブラックウルフですか? カーフェンさんの紹介なら素材を買い取る可能ですが、ギルドに加入して貰ってはいかがでしょうか。簡単な試験を受けて頂く事になりますが」
「確かアーセナルは、試験の得点によって加入祝いが出るんでしたよね。優秀な冒険者をギルドに留めておくために」
「はい。大抵どこのギルドでも即戦力の人材を求めていますから、試験合格後に正式に登録して頂けるのでしたら、加入祝いとして一万ゴールドをお支払します」
「そうですか。それからもう一つ相談があるのですが」
「なんでしょうか」
加入試験で高得点を取る事が出来れば一万ゴールドも頂けるのか。これは本気で試験に挑むしかない。
「実は、彼は闇属性を持っています。火と闇の魔力を秘める剣士、いや、剣鬼なのです」
「闇属性ですか? 基本的に闇属性を持つ方の登録はお断りしています。犯罪者である場合が多いですから」
「そうですか。これ程優れた剣士は王都アドリオンにだって居ませんよ。彼は弱冠十五歳。森で暮らしながら、たった一人でブラックウルフの群れを狩り続けました。彼は天性の才能を持つ剣鬼です。彼の首飾りを見て下さい、あれは全て彼が討伐したブラックウルフの牙を使って作った物なのです」
「まさか、ギルドに登録すらしていない方がブラックウルフの群れを討伐しただなんて! そんな話、どうやって信じられますか? レベル二十の冒険者が討伐隊を組んでもブラックウルフの群れを狩り続ける事は難しい筈です」
「クラウス。魔石を出してくれるかな」
俺は意味も分からず、鞄からブラックウルフの魔石を出してカウンターに積むと、職員の女性は愕然とした表情を浮かべた。魔石の数は七十個。一ヶ月間コツコツと貯め続けた物だ。
「これは……! 間違いなくブラックウルフの魔石ですね。ギルドマスターと相談させて下さい……!」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
ヴィルヘルムさんは優しく微笑むと、俺に片目を瞑ってみせた。やはり彼は話術で人を動かす力がある。しかし、闇属性を持っている人間はギルドに加入する事すら厳しいのか。なんと忌々しい体質だろうか。
暫く待つと、白銀の鎧を着た男性が現れた。黒髪を長く伸ばし、腰にはブロードソードを差している。年齢は四十代程だろうか。彼が現れた瞬間、ギルドの雰囲気が一瞬で変わった。聖属性の使い手だろうか、体からは神聖な魔力を感じる。
「ヴィルヘルム、町でお前の噂を聞いたぞ。氷の壁を作って挑戦者を集め、小銭を稼いでいるんだってな。俺のギルドに所属しながらせこい金の稼ぎ方をするとは。なんと小者なのだろうか。久しぶりに顔を見せたと思ったら、闇属性を秘める者をギルドに加入させたいだって?」
「はい。お久しぶりです、バラックさん」
「お前は一体何を考えているんだ? 闇属性を持つ者をギルドに招くとは。しかし、ブラックウルフの群れをたった一人で殲滅する力を持つ十五歳か。興味深い事は確かだ」
「闇属性を持つ者をどうしてそこまで邪険にするんですか? そもそも、彼が人間を殺める悪質な存在なら、門番が町に入る事を許可していません。確かに彼は闇属性を持っていますが、彼の魔力は非常に澄んだものです」
「確かにな。犯罪などとは無縁な、穏やかな力を感じるが、同時に強烈な火の魔力を感じる。私が直接実力を調べてみよう」
ギルドマスターがブロードソードを抜くと、冒険者達は大いに盛り上がった。彼等は俺が闇属性を秘めていようが関係ないといった様子だ。冒険者は魔物を討伐する力のない者を守れればそれで良いんだ。圧倒的な強さがあれば冒険者として優れている存在だという事だ。
「全力で打ってこい。俺に一撃でも喰らわせる事が出来たら、加入試験を満点で合格とする」
「ありがとうございます」
「ありがとう? 若造が……既に勝ったつもりか?」
瞬間、バラックさんは剣に魔力を注いだ。美しい金色の魔力が剣に流れ、辺りに幻想的な光を放った。この魔力は闇属性を持つ俺には苦痛でしかない。俺はロングソードを右手で持つと、左手に火の魔力を灯した。久しぶりにファイアボールを使おうか。
「外に出ましょう。ギルドを崩壊させてしまうかもしれません」
「そうだな」
俺はバラックさんと共に外に出ると、瞬く間に市民達が集まってきた。やはりヴィルヘルムさんは知名度があるのか、市民達はまた催し物が始まるのかと、楽しそうに彼を見つめている。
「お集まりの皆さん。彼は冒険者登録を賭けて今からギルドマスターと剣を交えます! ギルドマスターのグレゴール・バラック氏は、成人を迎えたばかりの十五歳の少年に対し、攻撃を一度でも当てる事が出来たら加入を認めると条件を出しました! 私は若き友人の勝利に五千ゴールド賭けます!」
やはり話術で人を動かす事が得意なのか、市民達はギルドマスター自身が相手をするという異例の対応に不満を言いながらも、楽しそうに賭けを始めた。当然の事だが、ギルドマスターの勝利に賭ける人が多かった。
賭け事が好きな市民がヴィルヘルムさんの提案に乗り、五千ゴールドを賭けると、ヴィルヘルムさんは俺の肩に手を置いた。
「さぁ、実力を見せてやれ」
「はい!」
「馬鹿共が……」
バラックさんは呆れた表情を浮かべてヴィルヘルムさんを見たが、次の瞬間、剣を振り上げた。俺は瞬時に後退してバラックさんの攻撃に備えた。バラックさんは鋭い垂直斬りを放ち、俺は彼の剣を反射的に受け止めた。ブラックウルフの爪の攻撃よりも遥かに早く、非常に力強い。
それでもバラックさんは本気を出していないのだろう、涼しい表情を浮かべながら次の攻撃の動作に移った。俺も随分舐められているのだな。幻獣の討伐を目標としているのだ、ギルドマスター程度の人間に勝てなくてどうする。俺はいかなる勝負でも負けないと心に誓っているんだ。何が何でもバラックさんを倒してみせる。
彼は隙きの無い高速の突きを放ってきたが、俺はロングソードで彼の剣を受け流し、左手を彼の顔面に向けた。小さな炎の球を最高速度で発射すると、彼は恐怖のあまり顔をひきつらせ、瞬時に後退して炎の球を叩き切った。
瞬間、バラックさんは防御のために一瞬の隙きが出来た。俺は下半身に力を込めて上空に跳躍すると、バラックさんの頭上から無数の炎の球を落とした。バラックさんはファイアボールを次々と叩き切ると、市民達は歓喜の声を上げた。
「なんなんだ、この戦いは! これが十五歳の魔法? 剣士じゃなかったのか?」
「皆さん! これが剣鬼、クラウス・ベルンシュタインの戦い方です! 彼は闇属性を秘めていますが、戦闘時には火属性を使用します!」
「ギルドマスターが本気で攻撃を受けてるぞ! これはどっちが勝つかわからんな!」
バラックさんの体力と集中力を削るために、全力で炎の球を放ち続けた。流石に冒険者ギルドのマスターだからか、魔法の防御に失敗する事も無く、華麗な剣さばきで炎の球を切り裂いている。
俺は地面に着地すると、ロングソードを両手で握り締め、全力で垂直斬りを放った。バラックさんは回避が間に合わないと悟ったのか、瞬時に俺の攻撃を受けると、俺は全力で彼の剣を押した。バラックさんのブロードソードが俺の力に耐えきれずに折れると、俺は右手を握り締めて彼の腹部を全力で殴った。
白銀の鎧は大きく変形し、バラックさんの体が宙を舞うと、熱狂的な拍手が上がった。俺の勝利だ。相手の剣をへし折り、バラックさんの体に攻撃を当てる事が出来たのだから。バラックさんは遥か彼方まで吹き飛び、民家に激突すると、力なく立ち上がり、敗北を認めた。
「すげぇ! 剣鬼がギルドマスターを圧倒したぞ!」
「クラウス・ベルンシュタインか……我々の町で剣鬼が生まれた……!」
「冒険者ですらない十五歳に負けるギルドマスターってどうなの? 弱すぎじゃないか?」
「いいや、バラック氏が弱い訳じゃない。剣鬼が強すぎるんだ。昼間もヴィルヘルムの壁を木っ端微塵に砕いたからな!」
市民達は俺を称賛したが、完敗したバラックさんを責める者も居た。ヴィルヘルムさんは賭けで儲けたお金を俺に差し出すと、これで新しい装備を買うようにと言ってくれた。ありがたく頂戴しよう。
「彼の実力は見ての通り! 十五歳の少年はデーモンに村を襲撃され、妹はデーモンの呪いによって昏睡状態に陥っています! 彼はデーモンに復讐を誓い、ブラックウルフが湧く森で一ヶ月間の修行をし、バラック氏をも圧倒する力を身に着けました! 復讐の剣鬼、クラウス・ベルンシュタインに盛大な拍手を!」
ヴィルヘルムさんが大げさに叫ぶと、周囲から拍手が沸き起こった。俺の目標はギルドマスターではなく、忌々しい幻獣のデーモンだ。デーモンを倒すにはまだ力も魔力も足りない。冒険者ギルドで活動をしながら己を鍛え、ヴィルヘルムさんと共に強くなろう。
「ギルドに加入を認める。若き剣鬼よ」
「ありがとうございます。バラックさん」
それから俺は市民に祝福されながらギルドに戻った……。