第七十七話「国家魔術師の誕生」
「二回戦、魔法剣士、ティファニー・ブライトナー対、魔術師、ディートリヒ・ハイネン。試合開始!」
司会が試合開始の合図をした瞬間、ティファニーは杖を頭上高く掲げて全身に風を纏わせた。対戦相手の魔術師は三十代前半程の、いかにも熟練の魔術師といった風貌で、白銀の鎧に真紅色のマントを纏い、手には長い木製を持っている。これは魔術師ギルド・エリュシオンの魔術師の基本装備なのだろう。盾を持っている者も居れば、杖だけの者も居る。恐らく盾を装備している魔術師は防御魔法が使えないのだろう。
「ロックストライク!」
魔術師の男が叫ぶと、リングの上空には無数の大岩が発生した。大岩が一斉に落下を始めたが、ティファニーは微動だにせず、杖を掲げたまま相手の攻撃を受けた。大岩がティファニーの体に触れた瞬間、ティファニーが作り上げた風の魔力が大岩を吹き飛ばした。無数の大岩は爆発的な風を受けてリングの外に飛び、粉々に砕け散った。恐らく、体から発生させている魔力が防御魔法と化しているのだ。
魔術師の男は攻撃魔法を軽々と防がれたからか露骨に狼狽した表情を浮かべた。瞬間、ティファニーは一気に上空に飛び上がると、風の魔力を槍に変えて魔術師の男を狙って落とした。直撃すれば一撃で命を落とすであろう、巨大な風の槍が落下を始めると、魔術師は石の盾を作り上げてティファニーの攻撃を防いだ。
瞬間、風の槍が石の盾を軽々と貫き、盾を持つ手を直撃した。男が痛みに顔を歪めた瞬間、ティファニーは一気に降下を始め、拳をリングに叩きつけた。立っている事もままなわない程の突風が発生すると、魔術師の男は石の壁を作り上げてティファニーの魔法を凌いだ。
ティファニーの攻撃力に会場全体が盛り上がり、国王陛下までも立ち上がって試合を見物している。司会の男性はティファニーの圧倒的な力の前に言葉を失ったのか、呆然と試合を眺めている。もうヴェルナーに居た頃のティファニーは居ないのだな。今では空を飛ぶ事も出来れば、魔力だけで岩を破壊する事も出来る。なんと力強い戦い方だろうか。
ティファニーは魔術師が作り上げた石の壁を殴って破壊すると、男は目に涙を浮かべてティファニーを見つめた。明らかに自分の力では勝てない相手だと悟ったのだろう。それでも降参を宣言しなければ試合が終わる事はない。男は咄嗟に杖を突き出し、石から作り出した無数の剣を飛ばすと、ティファニーは杖を構え、ウィンドショットの魔法で正確に相手の攻撃を撃ち落とした。
それから二人は距離を取り、遠距離から石と風の攻撃を飛ばしあって相手の実力を測り続けた。遂に魔術師の魔力が枯渇したのか、男は地面に膝をつきながら敗北を宣言した。ティファニーは一度も相手の魔法を受けていないが、魔術師は何度も全身にウィンドショットの魔法を受けた。もはや立っている事もままならないのだろう。リーゼロッテさんが魔術師に回復魔法を唱えると、ヴィルヘルムさんがリーゼロッテさんの頭を撫でた。
「ここに新たな国家魔術師が誕生しました! アドリオンの英雄、国家魔術師、ベル・ブライトナーの娘である、冒険者ギルド・ラサラスの魔法剣士、レベル八十七、ティファニー・ブライトナー! 私はこれ程の強さと美貌を兼ね備えた国家魔術師はレベッカ・フォン・ローゼンベルグ様以外に知りません! 戦場を舞う剣姫とでも表現しましょうか。若干十五歳、偉大なる国家魔術師の誕生に盛大な拍手をお願いします!」
司会の言葉と共に会場が一気に拍手で包まれると、ティファニーは静かにすすり泣きながらリングを後にした。それからゆっくりと俺達の元に近付いてくると、俺はティファニーを抱きしめた。暫く抱き締めているとティファニーは嬉しそうに笑いだし、俺の頬に口づけをした。
「私、本当に国家魔術師になれるんだ。クラウス、私が国家魔術師になるんだよ!」
「おめでとう、ティファニー! 俺も必ず合格するからね」
「ええ。応援しているわ。お祝いは後にしましょう。一人だけ喜ぶのもいけない気がするから……」
ヴィルヘルムさんは国家魔術師試験に合格したにもかかわらず、然程喜んでいる様子はない。試験終了後に行う結婚式の事を考えているのだろうか、ラサラスから二人も合格者が出た。国家魔術師が四人も所属する冒険者ギルドという訳か。ラサラスは間違いなく大陸で最強の冒険者ギルドだろう。王国の最高戦力が四人も所属しているのだ。俺とクラウディウスさんが合格出来れば六人もの国家魔術師が所属するギルドという事になる。
「続きまして、無所属、魔法剣士、アダム・バスラー対、魔術師ギルド・エリュシオン所属、魔術師、エリアス・キール! 現在、ラサラスから合格者を二名も出しているが、魔術師ギルド・エリュシオンは合格者を出す事が出来るでしょうか! 注目の戦いが今、始まります!」
無所属の魔法剣士は、双剣使いなのか、二本の木剣を手に取ると、美しい金色の魔力を剣に纏わせた。二十代前半程、美しい金色の髪を靡かせた聖属性の使い手は、二本の剣を構えて魔術師を見つめた。なんだかアーセナルのバラックさんを思い出すな。
遂にラスト四名に残ってしまった。クラウディウスさんと当たる確率が非常に高い。せめてバラックさんの息子である、エリュシオンのギルドマスターと対決出来れば良いと思う。
双剣の魔法剣士とエリュシオンの魔術師の試合はすぐに終わった。試合開始から二十秒もかからずに、魔法剣士が高速の剣技で魔術師を圧倒したのだ。魔術師は雷属性の使い手だったが、双剣の魔法剣士が一瞬で間合いに入ると、次々と木剣で全身を殴り、魔術師にダメージを与え続けた。エリュシオンの魔術師は全身の白銀の鎧を着ているから、防御力はかなり高かったが、それでも双剣の連撃を喰らい続け、遂に敗北を認めた。
彼は控室の隅に座り、不必要な発言は一切せず、武器の手入ればかりしていたので印象が薄かったが、決闘での戦い方は非常に豪快で、エンチャント以外の魔法を一切使わずに魔術師を打ちのめしたのだ。
「勝者は無所属、レベル七十七、双剣の魔法剣士、アダム・バスラーです! レマルク出身の二十二歳。幼い頃からレマルクの英雄、クラディウス・シュタインに憧れ、剣技と聖属性の魔法の訓練を続けていた彼は、国家魔術師を目指してアドリオンでの生活を始めました。いつの日か剣聖と手合わせするのが夢だそうです。偉大なる国家魔術師の誕生に盛大な拍手をお願いします!」
魔法剣士がリングから降りると、クラディウスさんは彼の肩に手を置き、戦いぶりを称賛した。バスラーさんは青い瞳を輝かせながらクラディウスさんを見つめると、深々と頭を下げて感謝の言葉を述べた。レマルク出身、クラディウスさんに憧れて剣と魔法の訓練を始めたのだとか。いつかバスラーさんと共に魔物討伐なんかをしてみたい。国家魔術師試験に合格する事が出来れば、同期になるのだから、共に仕事をする機会もあるだろう。
「続きまして、冒険者ギルド・ラサラス所属、レマルクの英雄、剣聖、クラディウス・シュタイン対、魔術師ギルド・エリュシオン所属、召喚師、サラ・フィンクです!」
クラウディウスさんはバスタードソードを地面に置くと、木製のロングロードを持った。クラウディウスさんが木剣を持つ事は珍しいが、召喚師相手にどの様に戦うのだろうか。召喚師のサラ・フィンクは、二次試験では召喚獣と共に魔物を狩り続け、効率良くポイントを稼いでいたので、良く覚えている。
二十五歳程、赤髪を腰まで伸ばしており、手には木製の杖と盾を持っている。エリュシオンの標準装備という訳だ。彼女は魔力を具現化させた召喚獣である、エレメンタルに指示を与えて戦う。実物の魔物ではなく、エレメンタルは彼女の魔力から作り出した召喚獣なので、倒されても際限なく作り出す事が出来る。
二次試験では炎の体をした戦士を十体作り上げ、アラクネやレッサーデーモンを狩り続けていた。複数体の召喚獣を自在に操る事ができ、尚且つ本人も攻撃魔法で魔物を仕留める事が出来る。一人でパーティーを一つ操っている様なものだ。反則的な彼女の討伐速度に心底驚いたが、エレメンタルは一体ずつでは戦闘力が低いので、何度も魔物にエレメンタルを破壊されていた事はよく覚えている。
魔術師とクラウディウスさんがリングに上がると、クラウディウスさんはロングソードを構えて対戦相手を見た。前回の国家魔術師試験でも最終試験まで残る事が出来たが、対戦相手が女性だったので本気を出す事が出来ずに敗退したのだ。今回は相手が誰であろうと打ちのめすと言っていたから、クラウディウスさんが本気を出す事は確定している。
司会が試合の開始を宣言した瞬間、赤髪の魔術師は杖をリングに振り下ろし、リング上に十体のエレメンタルを作り上げた。火の魔力から出来た人型の戦士で、手にはクレイモアの形状をした炎の剣を持っている。十体ものエレメンタルを同時に制御出来る能力は称賛に値するが、剣聖であるクラウディウスさんを倒すには個々の力が圧倒的に足りない。
エレメンタルの出現に観客席が盛り上がったが、既に合格している双剣の魔法剣士、アダム・バスラーはクラウディウスさんを見つめて笑みを浮かべた。彼にはエレメンタルの実力が分かっているのだろう。レベル百を超える俺でさえ、全身の魔力と筋力を総動員して挑まなければクラウディウスさんと対等にやり合う事すら出来ないというのに、十体に魔力を注ぎ続け、クラウディウスさんを倒す事は不可能。
俺の予想通り、クラウディウスさんは雷のエンチャントを掛けたロングソードでエメレンタルをいとも簡単に叩き切った。十体のエレメンタルを仕留めるのに僅か二秒程しか掛からなかった。目視する事も難しい高速の剣でエメレンタルを切り裂くと、赤髪の魔術師は狼狽しながらもクラウディウスさんの炎の魔法を放った。
アローシャワーだろうか、既にかなりの魔力を消費しているからか、僅か二十本程の炎の矢がクラウディウスさんに襲いかかると、クラウディウスさんは軽々と矢を叩き切り、一瞬で間合いを詰めて魔術師の腹部に剣を突き立てた。
「参りました……」
魔力の限界とクラウディウスさんの剣技に勝利は不可能だと感じたのか、魔術師が敗北を認めた瞬間、闘技場は拍手で包まれた。
「四人目の合格者は、冒険者ギルド・ラサラス所属、レベル九十、剣聖、クラウディウス・シュタインです! 冒険者時代は無報酬で二十五年間もレマルクを防衛し続けた英雄! 愛する家族をゲイザーに殺され、自身もゲイザーの手にかかって命を落としたが、幻獣のデュラハンとして蘇った! 剣鬼、クラウス・ベルンシュタインとの衝突を経て人間の心を取り戻し、再び冒険者として生活を始めた剣聖が、遂に国家魔術師試験に合格したのです!」
司会の男性がクラウディウスさんの過去を簡単に説明すると、クラウディウスさんを祝福する拍手が上がった。しかし、一時期は人間の心を失い、墓地に侵入する人達を殺めていたからか、全ての観客がクラウディウスさんを称賛している訳ではない。
人間時代に二十五年間もレマルクを守り続けたが、それでもデュラハンと化してから、多くの人間を殺めた。彼の行為は許せるものではないが、それでもクラウディウスさんが守り抜いた人も方が殺害した人数よりも遥かに多い事も事実だ。
彼はそんな過去を悔いて、モーセルで冒険者の教育を始めた。国家魔術師試験合格後は、ヴェルナーで冒険者を育成するために機関を設立したいと言っている。自分が奪った命に対する償いなのだろうか。他人がクラウディウスさんを批判しても、俺は彼の人生を応援したいと思う。
遂に最後の試合が始まる。俺はデーモンイーターを抜いて地面に突き刺すと、仲間達を熱い抱擁を交わしてからリングに上った……。




