第七十六話「最終試験」
「それでは最終試験通過者の十名を発表する。まずは一位、二万二千ポイント。冒険者ギルド・ラサラスのギルドマスター、剣鬼、クラウス・ベルンシュタイン! おめでとう! 」
「ありがとうございます! グラーフェ会長!」
俺はグラーフェ会長を握手を交わすと、彼は柔和な笑みを浮かべながら何度も俺を称賛してくれた。ギルドマスターとして、ギルドの運営に悩んでいる時は、いつでも助言をくれ、時には共にお酒を飲む事もあり、時には冒険者として語り合う事もある。まるで家族の様な会長はいつも俺の相談を親身になって聞いてくれる。
遂に一位で最終試験に挑む事が出来るのだ。決闘に勝利すれば、国家魔術師試験を一位で合格、フェニックスの召喚書と賞金の五十万ゴールド、国家魔術師の称号が貰える。何が何でも決闘で負ける訳にはいかないのだ。それからグラーフェ会長は通過者の名前を発表した。
・一位 22000ポイント クラウス・ベルンシュタイン(ラサラス)
・二位 18000ポイント ティファニー・ブライトナー(ラサラス)
・三位 17500ポイント ヴィルヘルム・カーフェン(ラサラス)
・四位 17200ポイント ハロルド・バラック(エリュシオン)
・五位 16000ポイント クラウディウス・シュタイン(ラサラス)
・六位 12020ポイント サラ・フィンク(エリュシオン)
・七位 9100ポイント リーゼロッテ・ベーレント(ラサラス)
・八位 7160ポイント アダム・バスラー(無所属)
・九位 6280ポイント ディートリヒ・ハイネン(エリュシオン)
・十位 5010ポイント エリアス・キール(エリュシオン)
「クラウス! 私達、全員十位以内に入ってるわ!」
「良かったです、リーゼロッテさん。全員で合格しましょう!」
「まさか俺が三位とはな。遂にクラウディウスさんを抜く事が出来たとは!」
「四人とも立派に成長したのだな。しかし、国家魔術師になるのは私だ。決闘で私と当たっても恨むなよ」
ティファニーは自分の得点を知って呆然としながら涙を浮かべている。二次試験で幻獣を一体しか討伐していないのにもかかわらず、高ポイントを獲得出来たティファニーの討伐速度は驚異的だ。魔物の討伐数が最も多いのはヴィルヘルムさんだろう。彼は幻獣を討伐せずに永遠と魔獣を狩り続け、ポイントを着実に稼いだ。
ヴェルナーでパーティーを設立した初期メンバーである三人が一位、二位、三位にランクイン出来た事は誠に嬉しい限りだ。ラサラスがファステンバーグ王国で最も戦力の高いギルドだと証明した様なものだ。最終試験さえ通過出来れば良いのだが、決闘相手はランダムで決まるらしい。
ポイント上位十名に入れなかった受験者達は、嘆きながらも俺達を賞賛し、控室を後にした。勇敢な彼等には、これからアドリオンの各ギルドが加入依頼をする事は間違いないだろう。今回の試験で高成績を残した者の中には、専属契約の依頼を受ける者も居るだろう。
命懸けで魔物と戦い、最強を目指した者達。試験に落ちたとしても彼等の戦いぶりは十分に評価されるに違いない。恐らく、二次試験を生き延びた受験者達とは、また魔王討伐の時に共に戦う事になるだろう。
「それでは最終試験を行う! 受験者は皆闘技場に入る様に!」
グラーフェ会長に指示されると、俺達は再び闘技場に入った。闘技場の中央には美しい円形のリングが置かれている。どうやら決闘はリングの上で行われるらしい。リングの傍には様々な武器が並べられている。全て木製だが、木の武器だとしても、全力で攻撃を放てば相手を殺める事も出来る。ここに居る二次試験通過者の全員が、素手で魔獣を狩れるだけの力がある事は間違いないのだ。木製の武器だとしても、十分に危険はあるから、油断は出来ない。
「これより最終試験を開始します。最初の試合は何と奇妙な組み合わせでしょうか。愛を誓い合った者同士が傷つけ合う事になるとは! 冒険者ギルド・ラサラス所属、魔術師、ヴィルヘルム・カーフェン対、同じくラサラス所属、魔術師、リーゼロッテ・ベーレントです!」
まさか、ヴィルヘルムさんとリーゼロッテさんが決闘? こんな馬鹿な組み合わせはない。どうして二人が戦う事になるのだ。組み合わせはクジで決めているらしく、国王陛下もこの決定に嘆いているが、司会は面白そうに二人を煽った。
「ヴィルヘルム。私、絶対に負けないから。たとえ相手があなただとしても。私は全力で攻撃を仕掛けるわ」
「当たり前だ。全力で来い、リーゼロッテ。どちらが勝ったとしても、俺達の勝利なのだからな」
「ええ。もしヴィルヘルムが国家魔術師になったとしても、私は今まで通りあなたを支えて生きる」
「ありがとう。もしリーゼロッテが国家魔術師になったとしても、俺が君を支えるよ。俺達は今日、家族になるのだからな。さぁ、試合を始めようか!」
ヴィルヘルムさんとリーゼロッテさんは暫く微笑みながら見つめ合うと、俺はヴィルヘルムさんを抱きしめた。
「奇妙な組み合わせですね」
「確かにな。リーゼロッテと本気で打ち合う事になるとは……」
「勝って下さい、ヴィルヘルムさん」
「勿論だ」
それから俺はリーゼロッテさんとも抱き合うと、彼女は満足げな笑みを浮かべながら俺を見つめた。
「クラウス、今までクラウスに追い付こうと思って頑張ってきたからここまで強くなれた。いつも私達を守ってくれてありがとう。誰が国家魔術師になっても、私達ギルドの結束は変わらない。仲間と共に王国を守りながら暮らす。それがラサラスなのだから」
「はい、リーゼロッテさん。存分に暴れて下さい。ヴィルヘルムさんなら全て受け止めてくれます。誰が国家魔術師になっても、俺達がこれからも共に活動する事に変わりません」
「それじゃ行ってくるわ……」
リーゼロッテさんはリングの傍に掛けてあるレイピアと木製のバックラーを持つと、静かにリングに上った。ヴィルヘルムさんは特に武具は必要ないのか、素手でリーゼロッテさんの前に立つと、会場が大いに盛り上がった。
「もはやこの大陸で冒険者ギルド・ラサラスの名を知らない者は居ないだろう! 剣鬼、クラウス・ベルンシュタインと共に最高の冒険者ギルドを設立した二人が、今決闘を始めます! 氷の魔術師、ヴィルヘルム・カーフェン対、魔術師、リーゼロッテ・ベーレント。試合開始!」
司会が叫んだ瞬間、ヴィルヘルムさんは左手に氷の盾を作り出し、右手から冷気を発生させた。これは仲間同士の戦い、お互いの戦い方を熟知しているから、普段と同じ戦い方をしても相手にダメージを与える事は非常に難しい。それに、全力で魔法を使用すればたちまち命を奪って仕舞うので、加減もしなければならない。非常に戦いづらい事は間違いないだろう。
「どうしたの? ヴィルヘルム! あなたから来ないなら私から行くわよ!」
「これが俺の戦い方なんでな。さぁ打ってこい! お前の全てを受け止めてやる!」
ヴィルヘルムさんが美しく輝く青白い巨大の盾を構えた瞬間、リーゼロッテさんは一瞬で距離を詰め、鋭い突きを放った。ヴィルヘルムさんは咄嗟に反応してリーゼロッテさんの攻撃を受け止めると当時に、右手をリーゼロッテさんの腹部に向けて魔力を炸裂させた。
「アイスショット!」
ヴィルヘルムさんが魔法を使用した瞬間、冷気の中から小さな氷の塊が出現し、リーゼロッテさんに襲いかかった。リーゼロッテさんはヴィルヘルムさんの攻撃を盾で軽々と受け止めると、再び鋭い突きを放ってヴィルヘルムさんを襲った。ヴィルヘルムさんは剣術に心得がない魔術師なので、接近戦闘では剣を学び続けているリーゼロッテさんの方が有利だ。
リーゼロッテさんのレイピアがヴィルヘルムさんの氷の盾を砕く事はないが、それでも高速で突きを放ち続けているので、ヴィルヘルムさんは反撃すら出来ずにリーゼロッテさんに押されている。
「そろそろ決めさせて貰うよ」
「そんなに簡単に私が倒せるかしら?」
「勿論」
リーゼロッテさんが突きを放った瞬間、ヴィルヘルムさんは氷の盾を解除し、目の前の空間に巨大な氷の壁を作り上げた。壁はリーゼロッテさんの突きを受け止めた瞬間に作られたからか、彼女の武器が氷の中に埋まっている。ヴィルヘルムさんは瞬時に壁を飛び越えてリーゼロッテさんの間合いに入ると、拳に冷気を纏わせてリーゼロッテさんの腹部に叩き込んだ。
強烈な冷気が炸裂すると同時に、リーゼロッテさんの体がリングの外まで飛び、闘技場に壁に激突した。レベル八十五、氷属性を極めた魔術師の物理攻撃は途方もない威力なのだな。リーゼロッテさんは力なく立ち上がると、自身の敗北を宣言した。
「素晴らしい戦いでした! 我々は新たな国家魔術師の誕生を目撃しているのです! 冒険者ギルド・ラサラス所属、レベル八十五、剣鬼、クラウス・ベルンシュタインの右腕でもある氷の魔術師、ヴィルヘルム・カーフェン! 若干十八歳にして国家魔術師試験に合格! おめでとうございます! 新たな国家魔術師に盛大な拍手を!」
観客達はヴィルヘルムさんを祝福し、国王陛下も満足げに微笑んでいる。ヴィルヘルムさんはリーゼロッテさんの元に駆け寄ると、リーゼロッテさんを抱き上げて口づけをした。
「怪我はないかい?」
「ええ。死ぬかと思ったけど、何とか大丈夫よ。本気で打ってくれてありがとう。もし手を抜いていたら婚約は解消しようと思っていたわ」
「国家魔術師を決める勝負なのだから、本気で攻撃させて貰ったよ。これからは俺がファステンバーグ王国を、リーゼロッテを守る」
「ヴィルヘルム……」
二人は熱い抱擁を交わすと、会場からは二人を祝福する声が聞こえた。それからリーゼロッテさんは、来年の国家魔術師試験に挑戦すると宣言すると、会場は大いに盛り上がった。きっとリーゼロッテさんなら来年は確実に合格するだろう。たまたまヴィルヘルムさんという驚異的な防御力を誇る魔術師と当たったから勝てなかっただけだ。
「二回戦は、冒険者ギルド・ラサラス所属、魔法剣士、ティファニー・ブライトナー対、魔術師ギルド・エリュシオン所属、魔術師ディートリヒ・ハイネンです!」
俺とティファニーが対決する事にならなくて良かった。俺はヴィルヘルムさんの様に愛する人に攻撃を仕掛けられる程、意思が強くないから、ティファニーと当たる事になったら果たして勝つ事が出来るか不安だった。
「クラウス、必ず一緒に合格しましょう。私は絶対にこの戦いに勝つわ」
「ああ。ティファニーなら大丈夫だよ」
「それじゃ行ってくるわね」
ティファニーはグラディウスを俺に預けると、腰に差していた杖を引き抜いた。国家魔術師、ベル・ブライトナーが愛用していた杖を持つと、観客席がざわめいた。誰もティファニーが杖を使って戦うとは思っていなかったからだ。圧倒的な剣技で幻獣のレッドドラゴンをも仕留めた魔法剣士だから、決闘でも木剣を使うと考えていた人が多いのだろう。勿論、俺もティファニーが杖で戦うとは考えもしなかった。
きっと父から頂いた杖で国家魔術師試験に合格したいのだろう。ティファニーなら国家魔術師なれると言い、民を守りながら命を落とした偉大な国家魔術師に近づくためにも……。




