第七十五話「アドリオンの剣鬼」
体長は五メートルを超えているだろう。人間に近い風貌をした人型の巨人、幻獣のタイタンだ。長い銀髪に青い瞳、手には鋼鉄製のバスタードソードを持っており、黒い金属から出来た鎧を身に纏っている。魔物に関する書物で何度も読んだ事がある。限りなく聖獣に近い魔力と知能を持ち、幻獣クラスの魔物中でも特に肉体が強靭。
これまでにミノタウロスやサイクロプス等の巨人系の魔物と戦った事があったが、ミノタウロスが子供に見える程の体格の大きさに、圧倒的な魔力。周囲で受験者を襲っていたブラックベアはタイタンの出現に狼狽して後ずさりを始めた。タイタンはそんなブラックベアを見下ろし、巨大なバスタードソードで体を真っ二つに切り裂いた。
それから受験者達がタイタンの出現に涙を流して逃げ始めると、タイタンは逃げまとう受験者を優先的に殺めて回った。圧倒的なタイタンの力の前に、デーモンイーターを握りしめたまま呆然と立ち尽くす自分が居る。体が少しも動かないのだ。俺は幻獣程度の魔物ならきっと討伐出来るだろうと思っていたが、目の前に居るタイタンは規格外だ。
筋肉も極限まで鍛えられており、受験者が建物の影に逃げても、建物もろとも受験者を叩き潰す。圧倒的な筋力と知能に、尚且つ巨大な両刃の剣には雷の魔力が発生している。辺りに雷撃が連続して落ちると、観客席に居る市民達は恐怖のあまり顔を背けた。
本来なら人間が立ち向かって良い相手ではないのだろう。しかし、国家魔術師試験でタイタンが召喚されたという事は、グラーフェ会長や国王陛下は、タイタンをも一人で仕留められる冒険者を求めているという事だ。
仲間を率いるギルドマスターとして、王都アドリオンを守る冒険者として、勇敢な姿を見せなければなるまい。俺に命を預けてくれている仲間が誇れるマスターになるんだ。たとえ人間を簡単に叩き潰せる魔物が現れても、マスターなら立ち向かってくれる。仲間達にはそう思って欲しい。デーモンがエルザを襲ってから、俺はいかなる戦いにも負けないと誓ったのだ。俺がタイタンを仕留めてみせる……。
「タイタン! 俺と決闘しろ! 逃げまとう受験者を殺すな!」
「お前が……? 小さき人間が巨人族に敵うとでも思っているのか?」
「そうだ。俺がお前の剣を受けてやる! 全力で打ってこい!」
必要以上に挑発すると、背を向けて逃げまとう受験者を襲う手を止めた。俺の言葉が癇に障ったのだろう。受験者達は俺に深々と頭を下げ、慌てて魔法陣に逃げ込んで試験を辞退した。二次試験になっても魔物から逃げ出す者が随分多い。半端な覚悟で国家魔術師が務まる訳がないのだ。時には圧倒的な力を持つ相手にも勇敢に挑まなければならない。今の俺の様に。それが冒険者として生き方、王国の最高戦力、国家魔術師の生き方なのだ。
幻獣や聖獣が都市を襲えば、自分の命を捨ててでも民を守る。国家魔術師は民のために命を捨てられる人間でなければならないのだ……。
「それで私の気を引いたつもりか……? 良いだろう、私の最高の一撃でお前を葬ってやる」
「当たり前だ、全力で打て! アドリオンの冒険者の力を見せてやる!」
震えながらデーモンイーターを両手で握り、火の魔力を注いで敵の攻撃に備えた。タイタンはバスタードソードを頭上高く掲げると、クラウディウスさんをも上回る雷の魔力を剣に注いだ。巨大な両刃の剣からは爆発的な魔力が発生しており、上空には雷雲が出来ている。
「度胸だけは認めてやる! 私を見て逃げ出さない勇敢な人間よ!」
タイタンがバスタードソードを振り下ろした瞬間、俺は全身の魔力を掻き集めてデーモンイーターに注ぎ、敵の剣を受け止めた。まるで巨大な岩を剣で受け止めた様な衝撃を感じ、全身からは汗が吹き出し、命の終わりを予感した。剣を持つ手は震えだし、全身の筋肉を総動員してもタイタンの圧倒的な力を受け止め続ける事は困難だ。
タイタンの雷がデーモンイーターに流れると、俺の炎が敵の魔力を押しやる様に反発した。お互いの魔力が衝突して辺りに巨大な破裂音を立てると、タイタンのバスタードソードが砕けた。俺は最高の攻撃の機会を得て、敵の懐に飛び上がり、左の拳を握りしめて炎を纏わせ、敵の腹部を殴り上げた。
力づくで鎧を砕き、敵の腹部に拳が触れた瞬間、全ての魔力を使い果たすつもりで拳からタイタンの体に流した。爆発的な炎が俺とタイタンの体を吹き飛ばし、体長五メートルを超えるタイタンの巨体が宙を舞い、腹部には巨大な風穴が開いた。勝利を確信しながら、俺は力なく地面に倒れると、周囲からは熱狂的な歓声が沸き起こった。
「まさか、剣鬼が剣を使わずにタイタンを殴り飛ばし、たった一撃で敵の命を奪った! 体長五メートルを超える巨人族のタイタンも、アドリオン最強の冒険者には敵わなかった! 皆さん、これが剣鬼、クラウス・ベルンシュタインの力だ! なんという破壊力でしょうか! 二次試験まで生き延びた受験者達も逃げ出すタイタン相手に、勇敢に立ち向かいながらも敵の攻撃を受け止め、巨人を殴り飛ばしたのだ! ファステンバーグ王国の市民は、タイタンをも殴り殺す剣鬼に守られている! 国王陛下も立ち上がって拍手を送っています! 間もなく試合は終了。本日三体目の幻獣を討伐した、剣鬼、クラウス・ベルンシュタインは一位通過確定か? いや、剣聖クラウディウス・シュタイン、氷の魔術師、ヴィルヘルム・カーフェンも圧倒的な速度で魔物を狩り続けている! おっと、ここで最後の幻獣が登場! 二次試験のラストに幻獣に挑むのは、冒険者ギルド・ラサラスの魔法剣士、ティファニー・ブライトナーだ!」
司会が指差す先には、幻獣のレッドドラゴンが翼を広げて火炎を吐き、受験者達の命を次々と奪っている。レッドドラゴンの出現に観客席は一気に盛り上がり、観客達は固唾を呑んでティファニーとレッドドラゴンの戦いに注目している。
ティファニーはグラディウスを握りしめたまま、全身に風を纏わせて、目にも留まらぬ速度でレッドドラゴンの足元を駆け回っている。巨体のレッドドラゴンはティファニーを踏み潰そうとしているが、ティファニーの圧倒的な移動速度の前には無意味で、ティファニーは軽々とレッドドラゴンの足を回避して、敵の足をグラディウスで切り裂いた。
移動と同時に敵の足を高速で切り裂き、敵が攻撃を仕掛けた瞬間、ティファニーはレッドドラゴンの顔面まで飛び上がって水平斬りを放った。まさか、ティファニーが垂直に六メートルも跳躍出来るとは知らなかった。恐らく跳躍の瞬間に風の魔力を放出して体を浮かせているのだろう。
もはや跳躍ではなく飛行で、ティファニーは体の回りに風を纏わせ、自由自在に空を飛びながら、超高速で敵の体を切り続けた。捉える事すら出来ないティファニーに対して、レッドドラゴンは目に涙を浮かべながら咆哮を上げたが、ティファニーはレッドドラゴンの攻撃を器用に回避しながら、敵の頭上に着地した。
それから彼女はグラディウスを仕舞い、両手を頭上高く掲げると、上空に風の魔力から出来た巨大な槍が現れた。あれはティファニーが使用出来る攻撃魔法の中でも最も破壊力が高いゲイルランスの魔法だ。レベッカさんも称賛する程の威力を誇る最高の攻撃魔法が上空に現れると、ティファニーはレッドドラゴンの頭部から飛び降りると同時に両手を振り下ろして敵の頭部に巨大な風の槍を落とした。
風の魔力が炸裂した瞬間、骨が砕ける音とレッドドラゴンの最後の咆哮が闘技場に響き、レッドドラゴンは力なく倒れ、命を落とした。ティファニーがレッドドラゴンを倒すのに掛かった時間は僅か一分だろうか。いつの間にこんなに強くなっていたんだ? あまりにも豪快すぎるティファニーのレッドドラゴン討伐に、国王陛下はまたしても立ち上がって拍手をし、観客達も一気に立ち上がってティファニーの活躍を称賛した。
それから俺はブラックベアやレッサーデーモン、アラクネを徹底的に駆逐し、高速でポイントを稼ぎながら、二次試験終了まで戦い続けた。
「これにて二次試験終了! 受験者は直ちに控室に戻って下さい。最終試験通過者のポイントは三十分後に発表します」
二次試験が終了すると、闘技場に放たれていた魔物達は闘技場の職員によって召喚書に封印された。タイタンの一撃を受けるために魔力と体力を大幅に消耗した俺は、力なく控室に戻った。仲間達は全員大きな怪我もなく、疲れきった表情を浮かべているが、五人が合流すると、お互い何も言わずに抱き合った。ティファニーは涙を流しながら俺の頬に口づけをした。俺はティファニーを強く抱き締め、暫く彼女と二次試験での戦いを語り合った。
二次試験を終えた後の控室は妙に広く感じる。大勢の受験者が命を落とし、逃げ出して数が減ったのだろう。二次試験を生き延びる事が出来たのは僅か七十名だった。それでもここに居る受験者達は幻獣を前にしても逃げ出す事もなく、三十分間、魔物を狩り続けられる精神力と強さを持っている。ファステンバーグ王国内でも最高の冒険者達が集まっているに違いない。
控室の雰囲気は非常に良く、面白半分で受験した者は既に落脱しているからか、皆が称賛しあいながら体力を回復させるためにポーションを飲み、空腹を満たすために闘技場の職員が用意してくれた豪華な食事を食べた。俺は職員に頼んでタイタンの肉を持って来て貰うと、仇の肉を焼いて喰らった。やはり魔物の肉は良い。一心不乱に肉を食べ続け、水分を多めに摂ってから横になった。間もなく最終試験通過者の発表が行われるだろう……。
最終試験の決闘に備えて横になっていると、ティファニーが膝枕をしてくれた。
「大丈夫? クラウス?」
「ああ。タイタンの攻撃を受けた時は死ぬかと思ったし、グリムリーパーも手ごわかったけど、なんとか生きてるよ」
「本当に凄いな。三十分で幻獣を三体も仕留めてしまうのだから」
「ありがとう。だけどティファニーも凄かったよ。レッドドラゴンの攻撃を一度も喰らわずに圧倒してしまうのだから。それに、空も飛べる様になっていたんだね」
「ええ。実はクラウスには内緒で練習していたの。体から風の魔力を放出し続ければ飛行出来るんだ」
「俺もティファニーと一緒に空を飛んでみたいよ」
「フェニックスの背中に乗せて貰うのはどう?」
「それはいい考えだね。それじゃ、一緒にフェニックスに乗ってレーヴェに行ってみない? 勿論、一位で合格出来ればの話だけど。家族にティファニーを紹介したいんだ」
「本当? 勿論一緒に行きたいわ。というより、少しでも長く一緒に居たいから……」
ティファニーが微笑むと、俺の心は暖かくなり、幻獣との戦闘で高ぶっていた精神は次第に落ち着きを取り戻した。それからグラーフェ会長が控室に入ってくると、最終試験の通過者の発表が始まった……。




