第七十四話「剣鬼と幻獣」
それから俺はブラックベアやゴブリンの群れを狩りながら闘技場を走り回り、幻獣を探し続けた。暫く走り続けると、古代都市の様な闘技場の中で朽ち果てた木造の建物を見つけた。石の建造物が多い中で、この建物だけが唯一木造なのだ。周囲には背の高い木々が生えており、建物の近くには無数の墓がある。墓地に囲まれた木造の教会だろうか……。
デーモンイーターを握りながら教会内に入ると、突然背後の扉が仕舞った。まるで建物が闇で包まれているかの様な雰囲気で、昼間だと言うのにもかかわらず、光は一切差し込んでいない。闇を晴らすために左手に炎の球を作り上げると、闇が徐々に晴れた。乱雑とした室内には祭壇があり、祭壇の上には胸部から血を流す少女が居た。ここで殺人事件があったのだろうか? 周囲を見渡しながらゆっくりと祭壇に進むと、祭壇の上には妹のエルザが居た。
「馬鹿な! 何故ここにエルザが居るんだ!」
俺が叫んだ瞬間、エルザはゆっくりと起き上がり、苦痛に顔を歪めながら近付いてきた。死んでいるのではないのか? ローブは血で染まっており、顔は既に人間のものではない。青白くで何とも悍ましい表情をしている。
「痛いよ……お兄ちゃん……助けてよ……」
「エルザ! 大丈夫か!」
「お兄ちゃん、どうして私を見捨てたの……私を守ってくれるんじゃないの……」
エルザにしか見えない死体が俺の体に触れた瞬間、闇を切り裂く巨大な大鎌が司会に入った。大鎌がエルザの体を真っ二つに切り裂くと、俺は瞬時に後退した。死体はまるで水が蒸発する様に消え、大鎌を持つフードを被った人物が現れた。幻影魔法を得意とする幻獣、グリムリーパーだ。
一年ぶりにエルザの姿を見たからだろうか、俺はすっかり動揺してしまい、ゆっくりと後退をしたが、俺の妹の幻影を使って罠に掛けようとする魔物の行為に腹が立ち、グリムリーパーの胸元にデーモンイーターを深々と突き刺した。フードがはだけると、口から血を流すティファニーの姿があった。
「痛い……! どうして私を攻撃するの! クラウスを信じで冒険者になったのに……! 助けて……!」
「ティファニー……?」
ティファニーにしか見えないグリムリーパーは床を這いつくばりながら俺の足を掴むと、一気に吐き気と悲しみがこみ上げてきた。エルザだけではなくティファニーまでも利用するとは。
「姿を見せろ……! グリムリーパー!」
ティファニーの姿をしたグリムリーパーはゆっくりと立ち上がり、大鎌を構えて水平切りを放った。あまりにも早すぎて回避が間に合わず、魔装の胸部が砕け散り、胸が深々と切り裂かれた。激痛を感じながらも攻撃の鋭さに驚愕した。驚異的な攻撃速度と破壊力。人間を惑わす幻影魔法と、禍々しい闇の魔力。何と悍ましい魔物だろうか。
「どうして避けるの……? 私のために死んでよ! 私のクラウスなんでしょう!」
「黙れ! お前はティファニーではない!」
俺はデーモンイーターを握りしめて剣を振り上げた瞬間、胸部に鋭い痛みを感じて倒れた。どんな攻撃を喰らっても自己再生の力で回復する事が出来る悪魔である俺の体が、今回に限って一切回復していないのだ。恐怖には黒い魔力が纏わりついており、傷口には特殊な呪文が掛かっているのか、徐々に傷が開き、痛みが増している。これは何の呪文なんだ?
たった一発の攻撃でここまで窮地に陥るとは。まさか、俺はこの場で命を落とすのだろうか? 俺は自分の強さに慢心していたのか? 自分なら幻獣を倒せると思っていた。いや、俺は慢心などはしていない。エルザを救うために死ぬ気で生きているだけだ。どんな敵が立ちはだかろうが、エルザを救うために仕留めて見せる……。
魔装の内側に入れていた狂戦士の秘薬を慌てて飲み干すと、胸部の傷が瞬く間に塞がった。しかし、黒い魔力は纏わりついたままで、気分は最低だ。完璧に塞がった傷口も徐々に開き始めている。これはもしかすると、俺から一時的に魔力を奪っているのではないだろうか。魔力が枯渇状態に近いから自己再生の力が働いていないのだろう。魔力が尽きた時は、この呪いが俺の体を蝕み、たちまち命を落とす事になるだろう。
デーモンの力持つ俺がこの状況で生き延びる方法は、敵を仕留めて魔力を強奪する事しかない。
グリムリーパーが大鎌を振り上げた瞬間、俺は瞬時に後退して左手を敵に向けた。全力で炎の矢を作り上げると、弱々しい矢がグリムリーパーの頬を切り裂いた。ティファニーにしか見えないグリムリーパーに対し、心臓を貫くのは気が引けるのだ。どうも本気で攻撃を仕掛けられない。これがグリムリーパーの戦い方なのだろうが、相手はティファニーではないのだ。何が何でも仕留めなければ俺自身が殺されてしまう。
グリムリーパーが大鎌を振り下ろすと、俺は瞬時にデーモンイーターで受け止め、左の拳で敵の顔面を殴った。俺の攻撃を直撃したグリムリーパーは幻影の魔法を保てなくなったのか、ティファニーの顔が黒い闇の魔力に変わった。それから俺は剣に炎を纏わせて突きを放つと、グリムリーパーは器用に大鎌で俺の攻撃を払い、俺の傷口を開く様に手を差し込んだ。
グリムリーパーの黒い爪が腹部に刺さると、全身に激痛を感じて意識が朦朧とした。しかし、幻影を得意とするような非力な魔物が俺の間合いに入った事は間違いだ。俺はグリムリーパーの手を捻り上げると、握力を込めて敵を腕を砕いた。
グリムリーパーがこの世のものとは思えない金切り声を上げると、俺は左手で敵の首根っこを掴み、右手に持ったデーモンイーターを心臓に突き刺した。グリムリーパーの命を奪った瞬間、敵の膨大な魔力が一気に体に流れ、気分は無性に高揚し、活力がみなぎった。やはり悪魔の力は便利だな。まさかグリムリーパーの様な残忍な戦い方をする幻獣まで配置されているとは。急いで教会を飛び出すと、司会の男性が声を拡声して叫んだ。
「遂に剣鬼がグリムリーパーを仕留めた! 幻影魔法に惑わされる事もなく、敵の心臓を剣で一突き! 冒険者ギルド・ラサラスのギルドマスター、クラウス・ベルンシュタインの活躍には目を見張るものがありますが、新設の魔術師ギルド・エリュシオンのギルドマスター、ハロルド・バラックが幻獣のゴブリンロードとの戦いに勝利! しかし、驚くべき事に、現在の一位は冒険者ギルド・ラサラス所属、魔法剣士のティファニー・ブライトナーです! 圧倒的な討伐速度で百ポイントの魔獣を次々と狩り、着実にポイントを稼いでいる! 二位は王都が誇るアドリオンの剣鬼、クラウス・ベルンシュタインです!」
司会が解説をした瞬間、俺は焦りを感じた。ティファニーは幻獣すら狩らずに俺を上回る得点を稼いでいた。何が何でも負ける訳にはいかない。一気にポイントを稼ぐために、もう一度魔獣の群れを蹴散らそうか。
俺は闘技場である法則に気がついた。グリムリーパーが潜んでいた木造の教会の様に、石造りの建造物が立ち並ぶ闘技場の中でも、異なる雰囲気を持つ建物には幻獣が潜んでいるのではないだろうか。
液体状のスライムの群れをデーモンイーターで切り裂いて魔力を強奪しながら高速で闘技場を駆ける。途中でリーゼロッテさんとすれ違ったが、彼女は巨体のアラクネ相手にレイピアで攻撃を仕掛け、軽々と討伐していた。
遥か彼方でクラウディウスの雷撃が何度も落ち、上空には巨大な冷気の塊が出来ており、ヴィルヘルムさんのアイシクルレインが魔獣の集団を一気に討伐している。ラサラスのマスターとして、なんとしても仲間達に負ける訳にはいかないのだ。
宝箱にしか見えないミミックが俺の足に齧りついてくると、俺はミミックを殴りつけて破壊した。暫くミミックを狩っていると、地面が大きく揺れた。気がつけば一際大きな石の神殿が建っており、神殿の天井には無数のレッサーデーモンが並んでいた。いつの間にこんなに大きな神殿が出来ていたのだろうか。闘技場の中央に突如現れた神殿からか、一体の巨体の魔物がゆっくりと姿を現した。
幻獣クラスの魔物。ゲイザーだ。体長は七メートルを超えており、巨大な一つ目に無数の触手。ゲイザーが出現した瞬間、クラウディウスさんが一直線にゲイザーを目指して走り出したが、俺は先に攻撃を仕掛けられる前に炎の矢を放ち、ゲイザーに攻撃を仕掛けた。
ゲイザーはファイアボルトを触手で叩き落とすと、無数の触手を器用に操り、次々と攻撃を仕掛けてきた。丸太の様に太く、何百本もある触手が不規則に攻撃を繰り出して来るから、全ての攻撃を防ぎ切る事は難しい。ゲイザーは触手での攻撃を繰り出しながらも、口から炎を吐いて俺の体を燃やした。
一瞬痛みを感じたが、ゲイザーの炎では俺の体を燃やす事は出来ない。恐らく、俺の方が遥かに高レベルなのだろう。むしろゲイザーの炎は心地良く、体内の魔力を大幅に回復させてくれた。敵が消費した魔法を攻撃魔法に変えて、ゲイザーを一撃で頬むる。
デーモンイーターを地面に突き立て、両手をゲイザーに向けた。ここにもゴブリンロードの魔法を使いこなす冒険者が居る事を市民に知らしめよう。火の魔力を掻き集めている間にもゲイザーの触手が俺の魔装を何度も叩いたが、ロタールさんが鍛えた悪魔の魔装はゲイザーの触手では破壊する事も出来ない。魔法の準備が整うと、両手をゲイザーに向けて一気に魔力を放出した。
「ファイアストーム!」
瞬間、爆発的な炎の嵐がゲイザーの体を包むと、ゲイザーは悍ましい呻き声を上げながら炎の中で燃え続け、暫く触手を激しく振りながらもがいていたが、遂に命を落としたのか、ゲイザーの触手が動きを止めた。
俺がゲイザーを仕留めた瞬間、観客席からは熱狂的な歓声が上がった。こうして市民の前で普段の冒険者として活動を見せるのも良い事だと思う。市民達は冒険者達の力を知り、安心してアドリオンで暮らせる様になるだろう。
「ここで遂に剣鬼、クラウス・ベルンシュタインが幻獣のゲイザーを討伐! 本日二体目の幻獣討伐に国王陛下も笑みを浮かべております! また、貴賓席で試験を観戦している貴族達も剣鬼の圧倒的な強さを称賛しております! お集まりの皆さん、彼が王都アドリオンを防衛する最強のギルドマスターです! 私達は偉大な国家魔術師の誕生の目撃者になれるのだろうか! 現在、私が剣鬼の次の注目しているのは、アドリオンの英雄、国家魔術師のベル・ブライトナーの娘である、ティファニー・ブライトナーです! 目視する事すら出来ない超高速の剣技で敵の群れを蹴散らし、圧倒的な速度でポイントを稼いでおります! 現在の順位は二位!」
司会の言葉に観客席は大いに盛り上がり、俺は貴賓席に国王陛下らしき人物を見つけた。ファステンバーグ王国第十二代国王、アウレリウス・フォン・ファステンバーグに違いないだろう。宝石が散りばめられた王冠に、金の装飾が施された白金の鎧。腰にはロタールさんが鍛えたであろうブロードソードを差しており、肩まで伸びた金髪に青い瞳。年齢は四十代後半程だろうか。隣には王妃様と王女様だろうか金髪の美しい女性達が座っている。
残り時間はあと十分程だろうか。グリムリーパーとの戦闘に時間を費やしすぎた。胸部に出来ていた傷はすっかり塞がり、グリムリーパーの死と同時に身体は癒えたが、一年ぶりにエルザの姿を見たからか、俺の精神は高ぶっている。しかし、あれは本物のエルザではない。グリムリーパーが作り出した幻影だったが、俺の心は大きく動いた。本物の妹、デーモンの呪いによって昏睡状態に陥っているエルザを救うために、決して一位合格を逃す訳にはいかないのだ。
デーモンイーターを握りしめて周囲を見渡すと、背後から爆発的な咆哮が轟いた。慌てて振り返ると、そこには体長五メートル程の悍ましい魔物が立っていた……。




