第七十一話「一次試験の意図」
闘技場に続く扉が開くと、ティファニーは不安げに俺を見つめた。俺はティファニーを強く抱きしめると、彼女は安堵の笑みを浮かべて微笑んだ。
今日、試験に合格したら俺とティファニーは交際を始める事になっている。もう一度自分の気持ちを伝えて交際を始めるのだ。そしてヴィルヘルムさんとリーゼロッテさんは結婚式を上げる。クラウディウスさんは国家魔術師の資格を得たら、将来はヴェルナーで冒険者を育成する学校を設立するつもりなのだ。やはり俺が尊敬する剣聖、クラウディウス・シュタインの考える事はいつも他人を助ける事なんだな。俺もクラウディウスさんの様な冒険者になりたい。
「クラウス。私、何だが自信がないわ……」
「何を言ってるんだい? ティファニーはどんなに劣悪な状況でも他人を助ける事が出来る最高の冒険者だよ。必ず合格出来る。ティファニーは本当に強くなった。もうヴェルナーに居た頃のティファニーじゃないんだ。自信を持って試験に臨もう」
「ありがとう、クラウス」
ティファニーは俺の頬に口づけをすると、グラディウスを抜き、闘技場に続く扉を見つめた。リーゼロッテさんはすっかり緊張しているヴィルヘルムさんの緊張をほぐそうと話しかけているが、珍しく黙ったまま地面を見つめている。俺はヴィルヘルムさんとリーゼロッテさんの肩に手を置くと、二人を抱きしめた。
「ヴィルヘルムさん、リーゼロッテさん。皆で必ず合格しましょう。俺達が国家魔術師としてファステンバーグ王国を、この大陸を守るんです! ヴィルヘルムさんは試験の最中に興奮して物理攻撃を使わない様に気をつけて下さい。いつも頭に血が上ると敵に殴り掛かりますが、今日は俺がヴィルヘルムさんを守る事は出来ないので……」
「そうだったな……ありがとう。気をつけるよ。どうも俺は腹が立つと魔法を忘れてしまうんだ」
「魔法職なのに敵に殴り掛かるヴィルヘルムさんも好きですけどね。今日は控えた方が安全に敵を仕留められると思います」
「クラウス、私はどうしたら合格出来ると思う?」
「リーゼロッテさんは仲間が怪我をしたらすぐに回復魔法を使用し、魔力を使い果たしてしまう癖があるので、魔力の残量に気をつけながら、武器で仕留められる敵には魔法を使わない様に戦えば大丈夫だと思います。何といっても、リーゼロッテさんは対闇属性には絶大な攻撃力があるので、自分が得意な場所で戦えば大丈夫だと思います」
俺は試験が始まるまで、二人の癖や弱点を伝えた。暫く待つと受験者の名前が次々と呼ばれ、名前が呼ばれた人は一次試験を受けるために闘技場に入った。
「王都アドリオンの冒険者ギルド・ラサラス所属、レベル八十五、ヴィルヘルム・カーフェン! 同じく冒険者ギルド・ラサラス所属、レマルクの英雄、レベル九十、剣聖、クラウディウス・シュタイン!」
ヴィルヘルムさんとクラウディウスさんの名前が呼ばれると、二人は熱い抱擁を交わしてから会場に入った。一次試験は複数回に分けて行われるらしく、控室に居る受験者は試験の内容を知る事は出来ない。分厚い金属製の扉の向こうからは、観客の歓声や悲鳴、魔法が炸裂する音や、魔物の咆哮などが聞こえる。一体この先でどんな試験が行われているのだろうか。
それから暫くして一回目の一次試験が終わると、再び闘技場に続く扉が開いた。
「王都アドリオンの冒険者ギルド・ラサラスのギルドマスター、国家魔術師、レベッカ・フォン・ローゼンベルグの弟子。数多の幻獣を仕留め、ヴェルナー、レマルク、モーセル、ディースなどの都市を救い続けた最高の冒険者! この名を知らない人は恐らく会場には居ないだろう! 今、最も注目度が高い十六歳の剣鬼、クラウス・ベルンシュタインの入場です!」
以前キルステン男爵がガーディアンの披露をした時に司会を担当していた男性が叫ぶと、観客席からは爆発的な拍手と歓声が上がった。デーモンイーターを抜いてリーゼロッテさんとティファニーに別れを告げると、俺は遂に闘技場に入場した。
闘技場に入ると、そこには廃村にしか見えない空間が広がっていた。一次試験の設定は、魔物が巣食う廃村に子供が迷い込んだというシンプルなものだった。受験者が廃村に入った子供を探し出し、魔物を討伐しながら出口を見つけ出す事が一次試験合格の条件だ。
子供を死なせる、他の受験者に攻撃を仕掛ける、自分自身が命を落とす。これらが失格の条件。子供はグラーフェ会長が幻影の魔法で作り出したものなので、本物ではないのだとか。最低でも一人以上の子供を救う事が出来れば即合格。
試験で出現する魔物は全て本物で、魔物は受験者と子供を殺すために全力で襲い掛かってくる。廃村の中には至る所に転移の魔法陣が書かれており、試験を棄権するためには魔法陣の中に入れば良いのだとか。
司会が開始の合図をした瞬間、受験者達は一斉に廃村に入った。背の低い朽ち果てた木造の住宅が立ち並ぶ廃村には、無数の魔物が徘徊している。ゴブリンやスライムの様な魔獣クラスの魔物中でも比較的弱い者も居れば、ラミアの様な駆け出しの冒険者の手には負えない強力な魔物の姿もある。
試験合格の条件である、『一人以上の子供を救う事』。俺はこのテーマに疑問を抱いた。冒険者として正しい行動をしなければならないのなら、廃村に迷い込んだ全ての子供を救う必要があるのではないだろうか。これが実際のクエストなら、他にも窮地に陥っている子供が居るののにもかかわらず、見殺しにして出口を探す等という行為は許されるものではない。
受験者達は既に救出対象である子供を見つけ出したのか、幼い子供を抱きかかえながら魔物と戦う者も居れば、子供を廃屋で待たせながら、魔物の群れに攻撃を仕掛ける者も居る。この廃村自体が非常に広いからか、他の受験者の姿は殆ど見えないが、それでも歩いていると既に子供を見つけ出した受験者達と出会う。
廃村には迷い込んだとしたら、普通の子供ならどんな場所に隠れるだろうか。室内に逃げ込む事が出来たのなら、朽ち果てた住宅の中で息を潜めながら脱出の機会を伺うのではないだろうか。俺は片っ端から魔物を狩り、廃屋の中を探す事にした。
背の高い木々が立ち並んでおり、肌寒い廃村は昼間だと言うのにもかかわらず非常に薄暗い。空を見上げてみると闇の魔力が廃村全体を覆っているのか、観客席の様子を見る事は出来ない。しかし、歓声は僅かに廃村まで聞こえてくる。外部からは闘技場の様子を見る事が出来ても、廃村内からは観客席を見る事は出来ない仕組みになっているのだろう。
デーモンイーターを持ちながら急いで廃村を掛けると、俺は赤いドレスを着た少女を見つけた。少女は三体のゴブリンに囲まれており、涙を流しながらしゃがみこんでいる。俺は瞬時にゴブリンの背中にデーモンイーターを突き刺し、少女を抱きかかえてから敵に蹴りを放った。体の小さなゴブリンに対して全力で蹴りを放ったからか、ゴブリンの体が遥か彼方まで吹き飛んだ。
残る一体のゴブリンは俺の姿を見て震え上がり、武器を握りながらゆっくり後退を始めた。ゴブリンが背を向けて逃げ出すと、俺は瞬時に敵の背中にデーモンイーターを突き刺して命を奪った。人間を襲う魔物を逃がす訳にはいかないのだ。
俺が一体でも多くの魔物を狩れば、他の受験者が子供を守りやすくなる事は事実だが、一次試験の趣旨は、廃村に迷い込んだ子供を一人でも多く救うというものだと考えている。受験者達はたった一人の子供を見つけ出し、意気揚々として出口を探し出している者が多い。途中で他の子供を見つけても放置しているのだ。こんな者達が国家魔術師になったとして、本当に命を賭けて王国を守るために魔族や魔王と戦闘を行えるのだろうか?
俺は全ての子供を見つけ出して救う事を決めた。ギルドマスターたる者、窮地に陥っている人間を見捨てる事は出来ないからな。
「怖いよ……お兄ちゃん」
「大丈夫。俺が君を守るよ」
赤いドレスを着た少女が涙を流しながら俺の手を握ると、俺は少女の頭を撫でて励ました。それから俺は少女と共に、他の受験者に見捨てられた子供達を探して回った。受験者に助けを求めても無視された子供達が大声で泣いているからか、周囲には無数の魔物が集まっているのだ。まさに絶体絶命。体長三メートルを超える巨体のラミアと、上空を舞う三体のレッサーデーモンが一人の子供を見下ろしている。冒険者ですら無い人間を仕留めるにはあまりにも十分すぎる魔物の群れが子供に攻撃を仕掛けようとした瞬間、俺はドレスの少女を抱き上げて跳躍し、瞬時に涙を流す子供の隣に着地した。
両刃の斧を持ったラミアが悍ましい表情を浮かべ、両手で巨大な斧を振り下ろした瞬間、俺は左手で敵の斧を受け止めた。それから力ずくで敵の武器をもぎ取ると、全力で斧を投げて上空を旋回するレッサーデーモンを仕留めた。大蛇の下半身をしたラミアが音も立てずに接近し、俺の体を持ち上げると、俺は火の魔力を炸裂させて敵を燃やした。ラミアも火属性の魔物であるが、俺の炎に耐える事が出来ないラミアは、暫くのたうち回ってから命を落とした。
上空を旋回する二体のレッサーデーモンは、仲間を殺されて激昂し、俺達の頭上に強い冷気の塊を作り、無数の氷柱を作り上げた。ヴィルヘルムさんの得意魔法、アイシクルレインだ。俺は二人の子供を抱き締めながら上空に左手を向けた。この魔法を防ぐ方法は至ってシンプルだ。頭上から降り注ぐ氷柱に対して炎を放つだけで良い。ただし、相手の魔力よりも自分が魔力が勝っていなければならない。
左手に精神を集中させ、体内から魔力を集めて放出する。何千回も魔物相手に使用し、既に最高の完成度を誇る攻撃魔法、ファイアボールを放つと、巨大な炎の球が氷柱を溶かし、上空の冷気を吹き飛ばして爆発した。二体のレッサーデーモンは爆発に巻き込まれて命を落とすと、俺は二人を抱き締めて民家に入った。
「お兄ちゃん……本当に強いんだね。私達の事を守ってね……」
「勿論だよ。必ず守り抜くから、俺を信じてくれるかな」
「うん。魔物は怖いけど、お兄ちゃんを信じるね……」
二人の頭を撫でると、室内に三人目の子供を見つけた。左足に怪我をしているのか、痛みに耐えながらゆっくりと近づいてきた。
「他の冒険者さんは私の事を助けてくれない……みんな私を置いて逃げるの。助けて! 冒険者さん!」
「今まで良く耐えたね。だけど、俺が君を守るよ」
「本当? 絶対に守ってくれる?」
「勿論。命に変えても君を守るよ」
足を怪我した十歳程の少女を見ていると、不意にエルザの顔が脳裏に浮かんだ。俺の行動にエルザの未来が掛かっているのだ。国家魔術師を一位で合格しなければ、彼女を救う事は出来ない。一次試験は子供を一人救って出口を見つければ通過出来るが、それでは俺の冒険者としての、冒険者ギルド・ラサラスの理念に反する。
俺は少女を抱きかかえて走り、廃村を回って子供達を探して回った。一次試験が始まってから既に一時間は経過しただろうか。廃村には受験者や子供の死体、魔物の死骸が散乱しており、厳しい悍ましい光景に気分を悪くしながらも、俺は永遠と魔物を狩り、子供達を探し続けた。
廃村で巨体のブラックベアが大暴れしていたが、冒険者達はブラックベアを前にして子供の保護を諦め、子供を盾にしながら魔法陣に入った。子供達はブラックベアの爪で切り裂かれ、涙を流しながら死んでいった。
勿論、この子供は本物ではないが、魔物を前にして子供を見捨てる様な輩が、冒険者として活動している事に強い憤りを感じた。幸い、ラサラスには他人を見捨てる様な冒険者は居ないが、ララやフェリックスさんが加入者を必要以上に厳しく選別している理由が分かった気がする。
グラーフェ会長が試験の前に、民のために命を懸けられない者は去れと言ったが、それでも平気で子供を死なせて助かろうとする者が多いのだ。俺が全ての子供を救わなければならないのだ……。
それから俺はブラックベアを一撃で殴り倒し、魔物を見つけては徹底的に駆逐し、冒険者に見捨てられた子供達を探して歩き回った。子供の数が増えるごとに守り続ける事は難しくなるが、敵が俺達に接近する前に、ファイアボルトやアローシャワーを放って魔物を仕留めれば、敵に接近されずに、安全に子供達を守る事が出来る。
そうして俺は三百人程の子供達を守りながら、ついに廃村の出口を見つけた。くまなく廃村を探しても既に子供達の姿がなかったので、俺は一次試験のゴールを迎える事にした……。




