第七話「復讐者達の宴」
「魔術師が二人に剣士が一人ですか。仲間が多くて羨ましいです」
「確かに、俺も当時は理想的なパーティーだと思っていた。俺は攻撃魔法が苦手だから防御魔法で仲間を守る事に専念していた。恋人のローザは雷属性の攻撃魔法を得意とし、敵を蹴散らしていた。剣士のアレクサンダーはパーティー内で最も戦力が低かったが、それでも俺とローザを支えながら、率先して攻撃を仕掛けていた」
「当時は思っていた……? という事は今は理想的ではないと考えているんですか?」
「本題はここからだ。俺達パーティーは町の安宿に泊まりながら、毎日ダンジョンで狩りを行う様になった。日に日に連携も上手くなり、効率良く狩りを行える様になった。俺は防御魔法を学ぶ魔術師だから、比較的慎重に下層を目指して進みたかった。攻撃魔法が得意ならもっと積極的な思考を持っていただろうが。兎に角、ダンジョンという空間は、下層に進むごとに魔物の強さが上がる。力のある魔物は人間の手が届かない場所まで降り、ダンジョンに侵入した冒険者が弱った頃に罠に嵌める」
「罠ですか……」
柔和な表情を浮かべていたヴィルヘルムさんは思い詰めた様にエールを飲み干すと、三杯目のエールを注文した。それでも彼が酔っている様子はない。俺は唐揚げを食べながらエールを飲み、久しぶりの豪華な食事に感動しながらも、静かに相槌を打っている。
「ダンジョンで狩りを初めてから二ヶ月が経った時、俺達は十階層まで降りる事が出来た。スケルトンやガーゴイル、ゴーストやゴブリンの様な魔獣クラスの中でも弱い魔物を狩り続け、次第に魔物討伐にも慣れてきた頃、アレクサンダーとローザは十一階層まで降りてみようと提案した。俺は保守的な性格だから、新たな階層に降りるよりも、出現する魔物の種類を把握出来ている十階層までで狩りをしようと提案したが、二人はダンジョンの攻略をしたいと言って聞かなかった」
「ダンジョンの最下層に何があるのか、確かめてみたい気はしますね」
「うむ。それで俺達は十一階層まで降りた。そこは広大な迷路になっていたのだ。しかし、俺達が十一階層に降りた瞬間、十階層に続く階段が忽然と消滅した」
「え? 階段が消えたんですか?」
「そうだ。俺は自分の死を悟った。十階層までは悪質な罠も無く、順調に狩りを行う事が出来た。だが、十一階層は明らかに知能が高い魔物が支配する空間だった。巨大迷路に消える階段。上層に戻るための方法を探しながら、俺達は迷路で七日間も彷徨い歩いた。食料は尽き、体力も魔力も限界を迎えた頃、俺達の前に悍ましい魔物が姿を現した」
出口も分からない地下の巨大迷路で七日間も彷徨うとは。俺は自分がかなり忍耐強い方だと思っていたが、七日も迷路を彷徨って平静を保てる自信はない。鬼気迫るヴィルヘルムさんの過去の話に恐怖を覚えながらも、俺は彼の取った行動が知りたくてたまらなかった。彼はまさに冒険者として生きていた。魔物を討伐して生計を立て、仲間達と暮らす。理想的な生活だ。
「黒い鎧に身を包んだ身長二メートル程の大柄なゴブリン。幻獣のゴブリンロード。無数のゴブリンを従えるゴブリン族の支配者だ。敵は巨大な両刃の剣を持ち、既に体力も魔力も限界を迎えている俺達に襲いかかってきた。俺は瞬時に氷の壁を作り上げたが、俺の防御魔法では敵の攻撃を喰い止める事すら出来なかった。ゴブリンロードの剣は氷の壁を砕き、俺の体を切り裂いた。これがその時に出来た傷だ」
ヴィルヘルムさんが服を捲って胸を露わにすると、三十センチ程の大きな切り傷が見えた。本来なら敵の剣は前衛職が受けるべきだと俺は考えているが、ヴィルヘルムさんは仲間を守るために敵の前に立ち、瞬時に氷の壁を作り出したのだろう。
「俺は敵の攻撃を喰らって地面に倒れた。アレクサンダーは震えながら後ずさりし、俺とローゼを残して逃亡したのだ! ゴブリンロードは女を残して逃げ出すアレクサンダーに腹が立ったのか、ローゼには目もくれず、一撃でアレクサンダーを叩き切った」
「……」
「それから俺はローゼを守るために立ち上がると、拳を握り締めて殴りかかった。魔術師の俺が魔法を使う魔力すらなかった。俺の拳で敵を倒せる訳もなかったが、ローゼを守るためなら俺は自分の命を捨てても良いと思った。彼女は俺の初めての恋人だったんだ」
「そうだったんですね……」
「瞬間、ローゼは俺の体を突き飛ばした。それから雷の魔力を放出してゴブリンロードに攻撃を仕掛けたが、ローゼの攻撃魔法は一切通用しなかった。まるで敵の鎧がローゼの魔法を吸収する様だった。きっと雷属性の魔法に耐性のある鎧なのだろう。それからゴブリンロードはローゼの胸に剣を突き立てたのだ! 彼女は涙を流しながら死の際まで俺に微笑みかけていた……」
暫く沈黙が続くと、ヴィルヘルムさんはエールを一気に飲み干した。それから豪快に肉を食べると、涙を流しながら俺を見つめた。
「復讐を手伝ってくれないか……俺の魔法とクラウスの剣があればゴブリンロードを仕留められる! クラウスが俺に協力する義理はないだろうが、俺一人ではゴブリンロードを倒す事は出来ない! 頼む……! 殺されたローゼのためにも、人間を襲う悪質な幻獣をこの世から葬り去るためにも……!」
「分かりました。やりましょう! 幻獣に復讐ですか。上等です。不当に人間を殺める幻獣を放置する訳にはいきませんからね」
「本当か……! 俺に力を貸してくれるのか?」
「はい! ただし、俺がデーモンに勝負を挑む時には、ヴィルヘルムさんも力を貸して下さい。俺にはあなたの防御魔法が必要です。お互い力を合わせて復讐を果たしましょう。俺達は出会うべくして出会いました」
「任せておけ! どんな攻撃だって受け止めてみせる!」
ヴィルヘルムさんと固く握手を交わすと、彼は満面の笑みを浮かべた。一緒に居るだけで気分が良くなる様な真っ直ぐな姿勢に、復讐に燃える強い意思。恋人を殺されても更なる強さを求め、氷の魔法を鍛え続ける向上心。理想的な魔術師だ。俺はこんな仲間が欲しかった。彼のために俺の剣を活かそう。
「俺がヴィルヘルムさんの剣になります。ヴィルヘルムさんは俺を守る盾になって下さい。二人で力を合わせれば幻獣だって倒せる筈です。いいえ……俺は何が何でもデーモンを仕留めなければならないんです!」
「ああ! 俺がクラウスを守る。防御魔法を極めてどんな攻撃だって防げる男になってみせる! もう愛する者を失いたくないからな!」
俺達はすっかり興奮してエールを何杯も飲み、豪華な料理に舌鼓を打ちながら今後の生活について話し合った。まずはゴブリンロードを仕留めるための力を付ける。流石に今のヴィルヘルムさんの防御魔法では幻獣の攻撃を受ける事は難しいだろう。俺自身の剣すら防ぐ事が出来ないのだ。幻獣クラスの魔物の攻撃は俺の剣よりも遥かに強いと考えて良いだろう。
まずは冒険者ギルドで手頃な討伐クエストを受け、訓練を積みながら己を鍛える。十分に力がついたらゴブリンロードを討伐するために十一階層を目指して進む。今後の予定が決まると、ヴィルヘルムさんは会計を済ませ、俺達は酒場を出た。
酔いを覚ますために露店などを見物しながら町を歩き、お互いの故郷の話や、これまでの人生について語り合った。俺はヴィルヘルムさんに村を出た話をしたら、彼は憤慨し、医者の態度に悪態をついた。
「どうしてクラウスが村を出なきゃならないんだ! デーモン相手に攻撃を仕掛けただけでも称賛に値するというのに!」
「村には既に居場所はありません。今度帰る時は死の呪いを解除する時です」
「幻獣クラスの魔物が掛けた呪いを解除する方法か。聖属性の魔法に特化した聖獣クラスの魔物を仲間にする、もしくは召喚し、呪いを解除するための魔法を使用して貰う。呪いを解除出来る程の魔物は思い浮かばないが、きっとこの世界の何処かには居るだろう」
「そう願いたいですよ」
「死の呪いを解除する方法についてはゆっくり考えよう。どのみち、聖獣クラスの魔物を従えられる程の力を身に付けなければならないんだ。奇跡的に目的の聖獣と出会うか、召喚書を得る事が出来ても、聖獣自身が従う価値があると思わなければ、死の呪いを解除するために働いてくれない」
「聖獣が力を貸す価値があると思う人間になる必要がある。という事ですね」
「そうだ。地域を守るために魔物を狩り続け、幻獣を圧倒する力を身に着ける事が出来たら、その時は聖獣も認めてくれるんじゃないか」
聖獣が認める程の人間となると、一体どれだけ強くならなければならないのだろう。だが、俺はエルザを救うために強くなる必要がある。彼女は将来国家魔術師になるんだ。俺はエルザの夢を傍で応援したい。そのためにはまず、俺自身が強くならなければならない……。
「あそこが俺が所属している冒険者ギルド・アーセナルだ」
「ここですか? 普通の民家みたいに見えますけど」
「まぁ、あまり裕福なギルドではないからな。将来は王都アドリオンでギルドを設立したいと思っているんだ」
「王都ですか。ゴブリンロードを討伐したら活動拠点をアドリオンに移すのも良いかもしれませんね」
「ああ。それまではアーセナルで活動しよう」
俺達は木製の扉を開け、ゆっくりと室内に入った……。