第六十九話「修練の生活」
それから俺達はゴブリンやスケルトン、ガーゴイルやスライム、ブラックウルフやファイアゴブリン等を徹底的に狩った。なるべく短時間で大量の魔物を狩るためには、複数体の魔物を剣一振りで倒し、魔物の巣を見つけ出して殲滅する必要がある。集団で行動する魔物のパーティーを見つければ、ファイアボールを落として吹き飛ばし、ティファニーはグラディウスを持ちながら森を駆け、足を止める事もなく敵を切り続けた。
永遠と魔物を切り続けているからか、魔力強奪の効果で魔力が体に満ち溢れており、全力のアローシャワーを何度も放ち、次々と魔物を狩り続けた。何百本もの炎の矢を敵の群れに浴びせると、一発の魔法で数十体もの魔物をまとめて狩る事が出来るのだ。
ティファニーは魔力を敵から強奪する事が出来ないから、魔力をなるべく消耗しない様に立ち回っているが、それでも一時間で二百体もの魔物を仕留めなければならないからか、普段よりもかなり多めに魔力を使い、徹底的に魔物を狩り続けている。
遠距離の敵はウィンドショットやウィンドブローなどの魔法を使用して仕留め。近距離の敵はグラディウスで切り裂き、敵の物理防御力が高い場合には、風の魔力から槍を作り上げ、頭上から落とすゲイルランスの魔法を使用して命を奪う。ティファニーの圧倒的な戦闘技術は生まれ持ったものではなく、元々彼女は剣を使わずに杖だけで戦っていた。以前の彼女は魔物を恐れていたが、ヴェルナーのダンジョンでの一件があってからは、人が変わった様に、躊躇なく魔物を仕留められる様になった。
見た目は可憐な少女に見えるが、戦い方は非常に攻撃的で、圧倒的な速さで敵の群れを混乱させ、次々とグラディウスで敵を切る。クラウディウスさんからは力づくで敵を封じ込める剣聖としての戦い方を教わり、フェリックスさんからは巧みな剣の攻撃で敵を仕留める高速の剣技を学んだ。レベッカさんからは魔術師としての立ち回り方も教わっているので、最高の師匠達の技術を吸収し、尚且つ、風のエンチャントを極めているから、ティファニー独自の高速の剣技を身に着けているのだ。
圧倒的なティファニーの討伐速度に驚きながらも、俺は徹底的にデーモンイーターで敵を切り、ファイアボールで魔物の群れを吹き飛ばし、ファイアストームで敵の群れを燃やし尽くした。
丁度一時間が経過すると、俺達は目標の討伐数を達成する事が出来たので、急いで素材を回収して町に戻った……。
大量の素材を大きな鞄に入れて背負い、ティファニーと共にレベッカさんの元に戻ると、師匠は満足気に微笑んで、俺とティファニーを抱き締めてくれた。
「本当に二人は一流の冒険者になったのね。たった一時間で五百体もの魔物を討伐するなんて。正直、ティファニーは百体程度しか狩れないんじゃないかって思ってたけど、あなたも随分強くなったのね」
「ありがとうございます。それでも私の方が百体も討伐数が少ないですが……」
「クラウスは規格外だから気にしなくて良いのよ。一時間で二百体も魔物を討伐出来る人間は国家魔術師以外に居ないの。二人は既に国家魔術師級の実力を持っている。クラウスに関しては熟練の国家魔術師をも上回る力を持っている。だけど、更に強さを求めて頂戴。魔族の長である魔王の実力が分からないのだから、少しでも強く、信頼出来る冒険者が必要なの」
「レベッカさん、どんな魔物がアドリオンを襲っても、俺達がレベッカさんを支えます。俺は更に鍛えて、国家魔術師試験当日までにレベル百を超える事にします」
俺はあえて高い目標を設定し、自分自身を徹底的に追い込む事にした。レベル百を超える冒険者はアドリオンには居ない。国家魔術師を除けば、既に俺がアドリオンで最高レベルの冒険者なのだ。しかし、俺の目標は冒険者の頂点に立つ事ではない。エルザを救う事だ。国家魔術師試験を一位で合格し、聖獣のフェニックスを召喚した際に、神聖な聖属性の魔物が俺を認めてくれるだけの人物にならなければならない。だから俺は強さを求め、魔物を狩り続けてフェニックスが認める人物になろうと思う。
「さぁ、訓練を始めましょうか」
「はい! レベッカ師匠!」
「よろしくお願いします。レベッカさん」
こうしてレベッカさんの地獄の訓練が始まった。俺は忍耐強い方だと思っていたが、今回の訓練ほど逃げ出したいと思った事は無かった。毎日の睡眠時間は二時間と極めて短いが、魔力が上昇し、悪魔の力が強まるにつれ、少ない睡眠時間でも活発に動く事が出来る。それでも毎日の疲労が完璧に抜ける事は無かった。
深夜に起きてレベッカさんと剣の稽古を行い、それから肉体が言う事を聞かなくなるまで徹底的に筋肉を酷使する。レベッカさんが作り上げた石の重りを何度も持ち上げて全身の筋肉を鍛え、栄養が枯渇すればすぐに大量の食事を摂る。高タンパク質、高カロリーの食事を摂取しているから、肉体が疲れ切ってもすぐに回復する。悪魔の力である自己再生の効果により、筋肉の回復速度も人間とは異なるから、筋肉の増え方も人間より遥かに早いのだ。
クレイモアの形をした巨大な石の剣を何度も振り、全身の筋肉を刺激し続ける。以前では程よい重量を感じていたデーモンイーターも、今では羽根の様に軽く感じる。数百キロの重りを担いだまま何度もスクワットをしているから、下半身の筋肉は丸太の様に太くなり、魔獣クラスの魔物な蹴りだけで仕留められる様になった。
こうして午前中は永遠と肉体を鍛え、剣の技術を学び、午後からは魔法を使った実戦形式の訓練を行う。レベッカさん相手に何度も魔法を撃ち、戦いの技術を学ぶのだ。俺の攻撃魔法がレベッカさんに直撃する事はないが、魔法を使い続けているから魔力は徐々に増え、魔法の速度、破壊力も上昇した。
国家魔術師試験までの間に新たな魔法の練習はせず、ファイアボール、ファイアストーム、アローシャワーだけを永遠と使い込み、魔法の完成度上げるために励んだ。ある時はトロルの群れをファイアボールだけで仕留めろと命令され、敵の巣に放り投げられた。また、ある時はレッサーデーモンが救う森に入り、ファイアストームだけで敵の群れを狩り続けた。
訓練と狩りを同時に行う事により、地域の貢献しながら強さを求める事が出来るので、俺は魔物との戦闘は積極的に行った。毎日何百体も魔物を狩っているからか、アドリオンから徒歩で一時間圏内には既に魔物の姿は無い。
ミスリルガーゴイルのクリステルは新米冒険者のボリスとブリュンヒルデの保護者の様な立場になり、二人がクエストを遂行する時は必ず同行する。二人はお礼として毎日クリステルの体を丁寧に磨き、武器の手入れをする。俺はクリステルが二人を守ってくれて居るから、レベッカさんの訓練に集中出来てとても助かっている。
本来ならギルドマスター自身が時間を掛けて教育しなければならないのだが、今の俺には時間に余裕が無いのだ。俺はクリステルに感謝の気持ちを込めて、かつて使っていた闇の魔装を贈った。勿論、闇属性を秘める魔装ではクリステルの強さを引き出す事は出来ないので、ロタールさんに依頼して火属性の魔装に作り直して貰ったのだ。
黒い金属から出来た火の魔装を身に付けたクリステルは、驚異的なまでに防御力が上昇した。ミスリルの体の上から魔装を纏っているのだから、どんな冒険者よりも防御力が高い事は間違いない。それから俺はクリステルに新たな武器をハルバードを贈った。ミノタウロスの角とミスリルから作られたハルバードは、クリステルの強さを極限までに引き出した。敵を切る事も突く事もでき、尚且つ鉤爪で敵を叩く、敵を引っ掛ける事も出来る。
クリステルはすぐにハルバードの使い方を習得た。動きの早い敵は鋭い突きを放って倒し、体格の大きな敵には鉤爪で足を引っ掛けて倒し、口から火を吐いて燃やすという暴力的な戦い方を習得したのだ。体長二メートル程のクリステルが魔装を纏い、三百五十センチを超える巨大なハルバードを巧みに操り、敵を駆逐する姿は感動すら覚える。
ヴィルヘルムさんとリーゼロッテさんはレベッカさんの指導を受けながら二人で訓練を行っている。ヴィルヘルムさんの氷の魔法は既に一流。五メートルをも超える巨大な氷の壁を一瞬で作り出せる様になったのだ。ギルドで彼の壁を破壊出来るのは俺とレベッカさん、クラウディウスさんしか居ない。アイスシールドの魔法で空中に盾を作り出し、相手の攻撃を器用に防御しながら適度に距離を取り、遠距離からアイスショットやアイスジャベリンで攻撃を仕掛けるのがヴィルヘルムさんの戦い方だ。
レッサーデーモンの魔石から習得したアイシクルレインの魔法は既に最高の完成度になり、レベッカさんが称賛する程の破壊力がある。防御魔法と攻撃魔法を極限まで鍛え込んでいるからか、ヴィルヘルムさんは攻防バランスの良い魔術師へと成長を遂げた。
クラウディウスさんは俺と毎日剣の稽古をし、剣の技術を磨いている。彼は既に人間の体を失い、デュラハンと化しているから肉体を鍛える必要はないので、剣と魔法の稽古だけを永遠と続けているのだ。バスタードソードに雷のエンチャントを掛けた状態での攻撃は最高の破壊力があり、ヴィルヘルムさんが作り上げた巨大な壁を一撃で粉砕する事が出来る。
リーゼロッテさんは回復魔法とレイピアを使った戦い方を学んでいる。やはりリーゼロッテさんとヴィルヘルムさんは相性が良いのか、ヴィルヘルムさんが防御魔法を作り出し、リーゼロッテさんが回復魔法を掛け、お互いを支え合いながら訓練をしている。
レベッカさんはリーゼロッテさんに対して、聖属性で最も破壊力が高い攻撃魔法、グランドクロスを教えているが、魔法はなかなか成功しない。元々回復魔法に特化しているリーゼロッテさんが破壊魔法を習得する事は難しい様だ。それでもリーゼロッテさんは国家魔術師試験合格を目指し、レベッカさんの指導の元、何度もグランドクロスの魔法に挑戦し続けている。一日に数回成功する事はあるが、攻撃魔法としての威力は低い。それでも闇属性の敵には攻撃の効果が非常に高いので、近くで魔法を使用されると気分が悪くなる。
ダークフェアリーのララはギルドの受付をしながら攻撃魔法の練習をしている。対象の体力を吸収して自分の魔力に変換するドレインや、魔力の壁を作り出して魔法攻撃を防ぐマナシールド、魔力から刃を作り出して敵を裂くダークエッジなどの魔法を使い続け、魔力の向上を図っている。
二月一日。遂にレベッカさんの地獄の訓練を乗り越え、国家魔術師試験、受験日を迎えた……。
〈冒険者ギルド・ラサラス 二月一日時点でのレベル〉
・LV.100 剣鬼 クラウス・ベルンシュタイン
・LV.85 魔術師 ヴィルヘルム・カーフェン
・LV.87 魔法剣士 ティファニー・ブライトナー
・LV.77 魔術師 リーゼロッテ・ベーレント
・LV.90 剣聖 クラウディウス・シュタイン
・LV.135 国家魔術師 レベッカ・フォン・ローゼンベルグ
・LV.92 国家魔術師 フェリックス・ブラウン
・LV.52 魔術師 ララ
・LV.15 剣士 ボリス・カナリス
・LV.17 魔術師 ブリュンヒルデ・ルッツ
・LV.70 ガーディアン クリステル
・LV.30 発明家 フランツ・フォン・キルステン
・LV.77 鍛冶職人 コンスタンティン・ロタール
・LV.60 戦士 グレゴリウス・ロイス
・LV.45 管理人 アドルフィーネ




