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第六十八話「ヴィルヘルムとリーゼロッテ」

 まるで闘技場で戦ったブラックベアの様な巨体の男はリーゼロッテさんを見つめ、手を握って跪いている。リーゼロッテさんは突然の出来事に困惑しながらも、彼の真っ直ぐな瞳、決意を決めた表情に嬉しさを感じているのだろうか、微笑みながら大男と見つめ合っている。リーゼロッテさんはヴィルヘルムさんを待つと言っていたが、それでもいつ自分に告白をしてくれるかも分からない相手を待ち続けるのは難しい。


 リーゼロッテさん程の美しい女性が、ただ一人の男性を待つ事は困難で、彼女に言い寄る男も多いから、恐らくリーゼロッテさんはこのままヴィルヘルムさんの気持ちが変わるまで待ち続けるか、または他に良い男性が居れば交際を始めるか悩んでいるのだろう。俺とティファニーはお互いの気持ちを素直に伝え、国家魔術師試験に合格すれば交際すると決めているから、既に恋人の様な気持ちで愛し合っている。


 しかし、ヴィルヘルムさんはリーゼロッテさんの気持ちを受け入れず、彼女の気持ちを知りながらも、何ヶ月もリーゼロッテさんを待たせ続けている。時々レベッカさんは『そろそろリーゼロッテを開放してあげたら? ヴィルヘルム』と言うのだが、ヴィルヘルムさん自身はリーゼロッテさんの事が好きだ。


 ヴィルヘルムさんの心には、ダンジョンで命を落としたローゼさんがまだ居るというだけの事だ。愛し合いながらも、ダンジョンでゴブリンロードに斬り殺され、強制的に愛が終わったヴィルヘルムさんの心には、未だにローゼさんが居る。それを急いで忘れろという事は残酷だが、リーゼロッテさんを待たせ続けるのもまた残酷だと思う。


「どうなるんだろう……リーゼロッテさんはヴィルヘルムさんを待つって言ってるけど、あの男の人は本当にリーゼロッテさんが好きみたいだし」

「分からないね。二人の問題だから俺達は口出しできないけど、リーゼロッテさんには早く幸せになって欲しいと思う。両親を魔物に殺されて、仕事も捨てて俺達の仲間になってくれたんだ。そろそろ恋人を作って幸せになって欲しいよ」

「私もそう思うわ。ヴィルヘルムさんは待たせすぎなのよ……クラウスみたいにはっきりと期限を決めてくれたら安心して待てるのに……」

「ティファニー……」


 ティファニーは眼鏡越しに俺を見つめて微笑むと、俺は彼女の美しさに胸が高鳴った。紫水晶の様な綺麗な瞳に長く伸びた艶のある黒髪、深紫色のローブは彼女の瞳の色と良く合っており、胸の部分が大きく盛り上がっている。時折抱擁を交わす事があるが、ローブ越しでも分かる彼女の豊かな胸に思わず興奮する事がある。体つきも性格も容姿も全てが俺の好みだ。将来はティファニーと結婚したいとも思っている。彼女以上に好きになれる女性は、きっとこの世界には居ないだろう。それに、ティファニーも俺の事を好きだと言ってくれている。


「俺はティファニーの事が好きだよ」

「どうしたの……急に。だけど嬉しいわ。ありがとう。私もクラウスの事が好きよ」

「ありがとう。ちょっとヴィルヘルムさんを勇気づけようと思ってね」


 ティファニーの柔らかい手を握りながら微笑みかけると、彼女は可愛らしく笑みを浮かべて俺を見つめてくれた。それから俺はヴィルヘルムさんの元に近付き、彼の肩に手を置いた。


「大切な相手を失う前に、自分の気持を伝えた方が良いですよ。ヴィルヘルムさん」

「しかし……俺の中にはまだローゼが……!」

「ヴィルヘルムさんがローゼさんを愛している事は皆知っています。ですが、そろそろリーゼロッテさんと向き合って下さい。いつまで待たせる気ですか」

「クラウス……お前なら俺の気持ちを分かってくれると思ったのだが……」

「分かってます。俺はヴィルヘルムさんの事が好きですし、リーゼロッテさんの事も好きです。だからあえて言っているんです。さぁ、勇気を振り絞って自分の気持ちを伝えて下さい。きっとリーゼロッテさんはヴィルヘルムさんの気持ちに応えてくれます」

「俺が待たせすぎたのがいけなかったのか……? まさか、リーゼロッテに求婚する男が現れるとは」

「ヴィルヘルムさん。以前からリーゼロッテさんには何人もの男性が言い寄っていました。中には貴族も居ましたし、高名な魔術師も居ました。ですが、リーゼロッテさんは好きな人が居ると言って、男達からの交際や求婚を全て断ったんです。さぁ、大切な人を失う前に正しい事をして下さい」

「クラウス……ありがとう。ローゼを失ってから、もしかしたら俺は女性と真剣に向き合っていなかったのかもしれない。もし再び恋人を殺されたらと思うと、このまま一人で生きていた方がマシなのかもしれないと、何度も考えた。リーゼロッテの気持ちも知っていたし、俺自身もリーゼロッテの事が好きだ……」

「ヴィルヘルムさん! あなたは防御魔法に特化した魔術師です。自分自身の盾で愛する女性を守りながら生きれば良いじゃありませんか。今日からはリーゼロッテさんを守る盾になって下さい! 自分の魔法で愛する者を守り続けて下さい。ヴィルヘルムさんにはその力があります」


 ヴィルヘルムさんは震えながら涙を流すと、俺を強く抱き締め、何度もお礼を言ってからギルドを出た。一体何処に行くのだろうか。リーゼロッテさんは突然ヴィルヘルムさんがギルドから出たからか、動揺して花束を落とした。


「私はグレゴリウス・ロイス! あなたを一目見た時から好きでした! 結婚を前提に交際をして下さい! 私が必ずあなたを幸せにします!」


 ブラックベアの様な巨体のロイスさんが大声で告白すると、リーゼロッテさんは動揺しながらも、彼の告白を聞いて笑みを浮かべた。リーゼロッテさんを見つめる真っ直ぐな瞳は、男の俺から見ても格好良く、理想の告白だと思う。リーゼロッテさんを待たせ続けているヴィルヘルムさんよりも遥かに男らしい。このままヴィルヘルムさんがギルドに戻らなかったから、もしかしたらリーゼロッテさんはロイスさんの告白を受けるかもしれない。


 リーゼロッテさんはヴィルヘルムさんが居た席を見つめ、ロイスさんの手を握りながら入り口を見た。ヴィルヘルムさんが戻らないと思ったからか、ついにリーゼロッテさんが告白に返事をしようと決意した様だ。目に涙を浮かべながら視線を落とし、跪いたままのロイスさんと視線を合わせた。遂にヴィルヘルムさんを諦める決意を固めたのだろう……。


「待ってくれ!」


 ヴィルヘルムさんは何度も外で転んだのか、体には雪や泥が付いており、髪は乱れている。肩で息をしながらリーゼロッテさんを見つめると、汚れ切った体のまま近付いた。手には小さな箱を握っており、彼はリーゼロッテさんの前で跪いて箱を開けると、中には美しい白金の指環が入っていた。


 指環にはヴィルヘルムさんの瞳の色に近いブルーサファイアが嵌っており、ヴィルヘルムさんはロイスさんの隣でリーゼロッテさんを見上げると、リーゼロッテさんは大粒の涙を流し、ロイスさんの手を離した。


 ロイスさんは愕然とした表情を浮かべ、肩を落としながらカウンターに近づくと、アドルフィーネさんはロイスさんのためにゴブレットにエールを注いだ。ロイスさんはエールを一気に飲むと、寂しそうにリーゼロッテさんとヴィルヘルムさんを見つめた。アドルフィーネさんはそんなロイスさんの頭を撫で、優しく彼を励ました。


「リーゼロッテ! 今まで君の気持ちを知りながら待たせてしまったね。本当に申し訳ないと思っている。俺達は旅の間、何度も君の優しさに支えられてきた。正直に告白するなら、俺は初めてリーゼロッテを見た時から君に好意を抱いていた。きっとこの女性と付き合う事になると思っていたんだ……」

「ヴィルヘルム……」

「リーゼロッテ。俺と結婚してくれ。必ず幸せにする」

「はい……喜んで」


 リーゼロッテさんが返事をした瞬間、俺は無意識に涙を流し、ティファニーと共に二人を祝福した。遂にヴィルヘルムさんが自分の気持に正直になり、リーゼロッテさんに結婚を申込んだのだ。リーゼロッテさんはヴィルヘルムさんとの結婚を決め、ヴィルヘルムさんはリーゼロッテさんの左手の薬指に指環を嵌めた。それから二人は見つめ合い、ヴィルヘルムさんが強くリーゼロッテさんを抱き寄せると、ゆっくりと唇を重ねた。


 ギルド内は大いに盛り上がり、二人が口づけを終えると、俺は二人を抱きしめた。ティファニーは大粒の涙を流してリーゼロッテさんを抱き締め、ヴィルヘルムさんは何度も俺にお礼を言い、幸せそうに微笑んだ。クラウディウスさんはヴィルヘルムさんの頭を撫で、ララは二人を祝福した。


 それからヴィルヘルムさんは結婚式を二月一日、国家魔術師試験の後に行うと決めると、冒険者達は必ず参加すると言った。ロイスさんは涙を流しながらエールを飲み、いかに自分がリーゼロッテさんの事を好きだったか、アドルフィーネさんに語った。アドルフィーネさんは何度もロイスさんの頭を撫で、きっと他にも良い女性が居るはずだと言った。


 それから俺達は時間を忘れてお酒を飲み続け、朝まで語り合った。早朝にレベッカさんが戻ってくると、レベッカさんが俺をギルドの外に呼び出した。


「クラウス、国王陛下は私に引き続きアドリオンの防衛をする様にと命じたわ。魔族の出現は国民には発表しないけど、噂は瞬く間に大陸中に広がるでしょう。フェリックスはディースの防衛をしながら、国家魔術師達と共に魔族の巣を探す事になっている」

「俺は今まで通りアドリオンで活動を続ければ良いんですね」

「ええ。魔王が大陸の支配を本格的に始めたら、私と共に王国の防衛をして貰う事になると思う。勿論これは強制ではないから、私からのお願いなの。万が一の時は私を支えて頂戴。あなたは既に最高の冒険者だわ」

「お任せ下さい。俺がレベッカさんを支えます」

「ありがとう。いつも頼りにしているわ。マスター」


 それからレベッカさんはギルドに入ると、床で眠る冒険者や市民達を起こして家に返し、杖を振ってギルドの掃除を済ませると、俺に杖を向けた。


「クラウス。魔族は五百年ぶりに人間を襲い始めた。魔王が大陸の支配のために動き始めているのでしょう。そんな時に、民を守る冒険者が弱くてはならないの。今日から二月一日まで、毎日二時間の睡眠で徹底的に鍛えるわ。私の最後の訓練だと思って死ぬ気で耐えなさい!」

「はい! 師匠。俺を強くして下さい。どんな訓練にも耐えてみせます!」

「アドリオンの外周を走り、付近の森に巣食う魔物を三百体討伐して戻ってきなさい。制限時間は二時間。いいえ、一時間でいいかしら。討伐の証明のために魔石か素材を回収してくる事!」

「わかりました!」


 俺は魔装を着てデーモンイーターを背負うと、ティファニーが慌てて自室から出てきた。それから彼女も俺の訓練に同行する事になり、ティファニーは一時間で二百体の魔物を狩る事を命じられた。レベッカさん曰く、国家魔術師ならこれくらい出来て当たり前なのだとか。いつもよりかなり厳しい訓練の内容に動揺しながらも、試験当日までは徹底的に鍛え込むと誓い、ティファニーと共にアドリオンを出た……。

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