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第六十七話「ラサラスの宴」

 妖精の館の管理人、アドルフィーネさんとフェアリー達は俺とララの訪問を歓迎してくれた。それからいつもの様に宴の準備の頼み、代金を多めに渡すと、フェアリー達はすぐに食材の買い出しに向かった。俺とララは商業区を見て回り、葡萄酒やエールを大量に買い込んだ。


 ギルドに戻ると、既にフェアリー達は宴の支度を始めており、大きめのフライパンを魔法で浮かせ、次々と食材を投入して器用に料理をしている。アドルフィーネさんが杖を一振りすると、テーブルの上には一斉に食器が並び、出来上がった料理を次々と盛り付けると宴の会場の準備が整った。今日は俺のミノタウロス討伐を祝う宴だったが、クリステル加入祝いも兼ねた宴に変更する事にした。


 二人組の新米冒険者、ボリス・カナリスとブリュンヒルデ・ルッツが狩りを終えてギルドに戻って来た。二人がゴブリンの素材をカウンターに置くと、ララは金庫から報酬を出して二人に渡した。二人がギルドに入ってからすぐに行商人や冒険者、暇を持て余した市民等が次々と室内に入ってきた。俺は全ての訪問者に料理とお酒を振る舞うと伝えると、室内は大いに盛り上がった。


 それからロタールさんが葡萄酒の樽を担いで室内に入ってくると、彼はクリステルを見て愕然とした表情を浮かべた。それからロタールさんはクリステルの体を隅々まで調べると、素材の割にはまだ未熟だと言った。流石に大陸で最高の鍛冶職人だから、既にクリステルが持つ力を感じ取っているのだろう。クリステルは寂しそうに俯くと、俺は彼のツヤツヤとした頭を撫でた。


「クリステル、君はまだまだ強く慣れるよ。俺と共に訓練を積んで、最高の冒険者を目指そう」

「ありがとう……マスター。俺、男爵様のためにも頑張るよ」


 体は俺よりも遥かに大きいが、話し出すと子供みたいで可愛い。クリステルはリーゼロッテさんの隣に座ると、フェアリー達が盛ってくれた料理を器用に食べ始めた。ヴィルヘルムさんはリーゼロッテさんとの二人の時間を邪魔されたと思っているのだろうか、不機嫌そうにクリステルを見つめている。人間ですらない相手に嫉妬するとは、やはりヴィルヘルムさんはリーゼロッテさんの事が好きなのだろう。


「クラウス! 改めて、ミノタウロスの討伐、おめでとう! 今日は朝まで飲もう!」

「ありがとうございます、ロタールさん。今日はとことん付き合います」

「うむ。さぁ何処に座ろうか」


 ロタールさんはギルド内を見渡して席を選ぶと、クラウディウスさんの隣の席を選んだ。俺はクラウディウスさんの向かいの席に座り、ララは俺のゴブレットの隣に腰を降ろした。人間用に作られた椅子はフェアリーには座高が合わないので、ララは食事の時はテーブルに直接座るか、俺の膝の上に座る事にしているのだ。ティファニーは俺の隣に座ると、ミノタウロスとの戦いを詳しく聞きたいと言ったので、俺は昨日の戦いを皆に話して聞かせた。


 ミノタウロスの風貌や筋肉の動き、力強い魔力などを教え、敵の戦い方やその時俺がどう感じて反撃をしたか、時間を掛けて詳しく語ると、ギルド内は大いに盛り上がった。ギルドの隅で俺の話を聞いていた若い二人の冒険者は、恥ずかしそうに近づいてくると、俺に深々と頭を下げた。


「ベルンシュタイン様! 挨拶が遅れて申し訳ありません! 僕は剣士のボリス・カナリスです! レベルは十二です!」

「私は魔術師のブリュンヒルデ・ルッツ。レベルは十です。私達はベルンシュタイン様に憧れて冒険者になりました! ラサラスに加入出来るなんて夢の様です! 今はゴブリンやスライムしか狩れませんが、いつかベルンシュタイン様を追い抜いて見せます!」

「初めまして。こちらこそ挨拶が遅れてごめんね。俺はギルドマスターのクラウス・ベルンシュタイン。俺の事はマスターかクラウスって呼んでくれて構わないからね。リーゼロッテさんから戦い方を学んでいるんだよね」

「はい! リーゼロッテ師匠が僕達を鍛えてくれています!」

「冒険者としての活動で、何か困った事があったらいつでも俺に言うんだよ。俺はギルドマスターだから、二人がより安全に、冒険者として働ける環境を作りたいと思っているんだ。これからも二人の力でラサラスを盛り上げてくれるかな」

「はい! マスター! 私達、マスターの期待に応えられる様に頑張ります!」

「あまり頑張りすぎて無茶な戦闘は行わない様にね。俺が他人に言える事じゃないんだけど、冒険者という職業はいつ怪我をするかも分からないし、不意に高レベルの魔物から襲われる事もある。二人で力を合わせて魔物を狩り、アドリオンの人々が安心して暮らせる環境を作ってくれるかな」


 身長は百六十センチ程だろうか、茶色の長髪に意思の強そうな表情。背中にはロングソードを背負っており、革の鎧を身に着けている。魔術師を守る剣士としては軽装かもしれないが、それでも俺がレーヴェを出てブラックウルフが巣食う真冬の森で生活を始めた時よりは防御力は高いだろう。


「あの……! 一つお願いがあるのですが……」

「どうしたの? ボリス」

「もし良かったら剣を持たせて貰ってもいいですか? 僕、デーモンイーターに憧れているんです!」

「それは良いけど、かなり重いから今のボリスでは持ち上げられないと思うよ」


 俺はギルドの壁際に立てかけておいたデーモンイーターをボリスに差し出すと、彼は何とか鞘から剣を引き抜く事が出来たが、あまりにも武器が重いからか、デーモンイーターを床に落として仕舞った。恐らく、今ギルドに居るメンバーでデーモンイーターを振れるのは俺とロタールさん、クリステル、クラウディウスさんしか居ないだろう。ヴィルヘルムさんもかなり筋肉を鍛えているが、やはり魔術師だから剣士が使う武器の中でも大型のデーモンイーターを振る事は出来ない。


 身の丈ほどの巨大な両刃のクレイモアは、俺の筋肉に合わせてロタールさんが鍛えてくれた物だから、並の冒険者では持ち上げる事すら出来ない。悪魔である俺の力に合わせてあるからか、人間が持つには重すぎるのだ。俺は床に落ちたデーモンイーターを拾い上げて鞘に仕舞うと、ボリスは羨望の眼差しを俺に向けた。


 水属性の魔術師でボリスの幼馴染、両親も現役の魔術師をしている魔術師一家に生まれたブリュンヒルデは、身長は百四十センチと小柄だが、体内に秘める魔力は年齢の割りに高く、両手で長い木製の杖を握りしめ、俺を見つめている。俺がブリュンヒルデの視線に気が付くと、彼女は恥ずかしそうに俯いた。


「私もマスターにお願いがあるのですが……」

「どうしたの? ブリュンヒルデ。俺に出来る事なら何でもするよ」

「魔術師として戦う上で大切な事があったら教えて下さい! 私、今日はゴブリンの討伐をしたんですけど、上手く敵に魔法を当てられないんです」

「魔術師や剣士といった職業に関係なく、魔物との戦闘において大切な事は、仲間を信頼する事。それから仲間の強さを知る事だろうか。仲間に命を預けて戦うのだから、まずは信頼関係を築き、お互いの力を信じて魔物に挑む。それから、魔法が敵に直撃しないのは魔力が低いから、あとは実戦経験が少ないからだよ。魔力が低いから攻撃魔法の速度が遅く、威力も低い。だから魔物を一撃で仕留められない」

「やっぱり実戦経験が大切なんですね」

「そうだよ。俺もギルドに加入する前に千体以上もの魔物を一人で討伐した。あの頃の厳しい訓練が俺の精神と肉体を育て、一介の村人から冒険者へと成長を遂げる事が出来たんだ」


 冒険者として生きると誓った瞬間から、俺は村人としての人生を捨てて新たな生活を始めた。思い出せば決意した瞬間に人生が大きく動き始めたのだ。ティファニーはダンジョンで大怪我をした俺を守り抜くと強く決意した瞬間から、一気に魔力が上昇し、高い戦闘技術を身に付けた。ヴィルヘルムさんはローゼさんの仇を討つと誓い、俺の盾になると心に決めた時、魔法の才能が一気に開花し、魔力が大幅に上昇した。


 ひたすら魔法を使い続け、魔物の討伐を繰り返せば誰でも強くなれるが、それでは時間が掛かりすぎる。より短期間で強くなりたいのなら、睡眠時間を削って徹底的に肉体を酷使し、意識が飛ぶまで魔法を使い続ける。それから、絶体絶命の戦闘を頻繁に繰り返す。そうすれば誰でも高レベルの冒険者になれる。


 短期間といっても、魔物との戦いに身を置き始めてから間もなく一年が経つ。この一年は俺の人生の中で最も濃い時間だった。様々な仲間と出会い、魔物を狩り続けて地域を守り、ひたすら力を求めて奮闘した。あまりにも忙しかったが充実していた。何より、最高の仲間が居るから俺は前向きに生きる事が出来た。それに、自分には到底達成出来ないであろう目標、一介の村人だった俺が幻獣のデーモンに復讐するという大きすぎる目標があったから、目標達成のために努力する事が出来た。


 ボリスとブリュンヒルデは幼馴染同士。既に信頼関係は築けているだろう、お互いの力だって知っているに違いない。きっと二人はこれから強くなる。強さを求めて奮闘する事が出来れば、自分の才能を開花させる事が出来るに違いない。


「クラウスは若いのに冒険者として生き方を熟知している。強さと優しさを持つ最高の冒険者だから、私は専属の契約を結んだのだ」

「ありがとうございます、ロタールさん。これからもロタールさんの武具を使って王国を守り続けます」

「うむ。誠に頼もしい男だ。これからも活躍を期待しているからな。二人三脚で頑張っていこう」


 俺はロタールさんと固い握手を交わすと、ギルド内は大いに盛り上がった。国王陛下のために武具を制作しているゼクレス大陸で最高の鍛冶職人が俺と専属の契約を結んでいるという事は、一般の冒険者や市民には公開していない情報だからか、宴の場は大いに盛り上がった。


 ヴィルヘルムさんはすっかり酔が回ったのか、クリステルにローゼさんとの思い出の話を語っている。クリステルは楽しそうに葡萄酒を飲みながら、時折ヴィルヘルムさんの話に相槌を打っている。ローゼさんがゴブリンロードの剣で殺されたとヴィルヘルムさんが呟いた時、クリステルはヴィルヘルムさんを抱き締めて彼の頭を何度も撫でた。


 リーゼロッテさんはそんな二人の様子を幸せそうに見つめている。リーゼロッテさんがヴィルヘルムさんに好意を抱いている事は、ギルドに居ればすぐに分かる事だ。一緒に居る時間も長ければ、ヴィルヘルムさんを見つめている時間も長い。ヴィルヘルムさんは男の俺が見ても容姿は美しく、町を歩けば女性達はヴィルヘルムさんに熱い眼差しを送る。


 ヴィルヘルムさんは一日の仕事や訓練が終われば、大抵ギルドでお酒を飲み始めるが、ヴィルヘルムさんに好意を抱く女性達も、彼目当てに多く訪れるのだ。露骨にヴィルヘルムさんを口説こうとする女性も多く、ヴィルヘルムさんはそんな女性達に対して、今は誰とも交際出来ないと伝えるのだ。レベッカさんはそんなヴィルヘルムさんの態度を、冷たすぎると言い、フェリックスさんは男らしくて良いと言っている。


 ラサラスには美男美女が揃っているから、冒険者と恋仲になりたい市民も多く訪れる。勿論、一番人気なのはレベッカさんだ。アドリオンで最高の国家魔術師であるレベッカさんの元には、毎日花束を抱えて彼女を口説きに来る男が絶えない。レベッカさんはそんな男達に対し、『私の弟子と木剣で勝負して、叩きのめす事が出来たら結婚してあげる』と言うのだ。


 流石に剣鬼と剣を交えるのはお断りだと、大半の市民達は勝負をせずにギルドを立ち去るが、中には俺に勝負を挑む者も居る。俺はそんな挑戦者達と勝負するのが楽しくて仕方がないのだ。様々な戦い方を知る事が出来るので、最高の稽古になるからだ。


 勿論俺が負けた事がないが、かつて国家魔術師だった熟練の剣士がレベッカさんに求婚した時は敗北を予感した。国家魔術師試験に合格後、五年間も国家魔術師として王国を守り続けた最高の技術を持つ冒険者。試合開始直後、圧倒的な剣の技術に押されたが、相手の木剣をへし折り、どうにか敗北を認めさせる事が出来た。


 やはり国家魔術師だったからか、何度木剣で打っても敗北を認めなかった。左腕の骨を骨折し、全ての魔力を使い果たした時、遂に敗北を認めたのだ。俺と元国家魔術師の過激な試合を目の当たりにした市民達は、それ以降、レベッカさんに求婚する事はなくなった。


 今日も花束を持った大男がギルドに訪れた。身長は百九十センチはあるだろうか。全身の筋肉が大きく発達しており、ロングソードを背負い、全身に鋼鉄の鎧を身に着け、長い黒髪を綺麗に結んでいる。どう見ても低レベルの冒険者ではなく、体から感じる魔力もレベル六十は超えているだろう、屈強な男性はギルド内を見渡すと、リーゼロッテさんの元に大股で進み、跪いてリーゼロッテさんの手を握った……。

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