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第六十話「ディースでの攻防」

 ギルド協会に向かう途中で顔なじみの冒険者が果実を絞ったジュースをくれたので、俺は一気に飲み干してから礼を言って道を走り出した。ギルド協会で飲んだ葡萄酒はすっかり抜けている。流石に一杯飲んだだけでは酔う事はないが、気分は若干高揚している。肉体は火照っており、精神の状態は非常に安定している。


 魔物との戦闘は精神力が重要だ。圧倒的に不利な状況でも、必ず生き延びるという決意と忍耐力によって何度も死の危機を脱してきた。肉体の強靭さも重要だが、生き延びる事に貪欲になり、魔物の集団に囲まれても最後まで諦めない気持ちが大切だと常々思う。


 ギルド協会に入ると、グラーフェ会長が魔法陣を書いてくれた。ディースまでは会長の魔法で移動出来るが、帰りは徒歩になるのだとか。といっても、一般市民の足で移動してアドリオンから七日程の距離なので、俺が全速で森を駆ければ一日でアドリオンに戻る事が出来るだろう。木々を飛び越えて移動すれば更に高速で森を進む事が出来る。


「それでは頼んだぞ。クラウス」

「はい、グラーフェ会長。何か問題があればフェアリーを飛ばして連絡します」


 金色の光を放つ美しい魔法陣に飛び乗ると、次の瞬間、俺は森の中に居た。目の前には石の壁に囲まれた村があるが、門を守っている冒険者も居なければ、武装した村人も見当たらない。


 森から魔物が現れたら、門を守る者が居なければたちまち村を侵略されてしまうだろう。何と防衛意識の低い村だろうか。それとも単に魔物と戦える者が居ないのだろうか。


 門を抜けて村に入ると、剣を持って戦闘訓練を行っている村人達が居た。悪魔の魔装とデーモンイーターという物々しい装備を纏った俺を警戒しているのだろうか。村人達は震えながら武器を俺に向けた。


「安心してください。俺はアドリオンのギルド協会から派遣されてきた冒険者です」

「冒険者? ディースに冒険者は必要ない!」

「ギルド協会だと? 私達の村に協会がなぜ冒険者を寄越すんだ? 直ちに帰れ!」


 男達は武器を握りしめながら警戒して俺を見つめている。無礼な村人達の言葉を無視して村を見渡すと、俺は違和感を覚えた。村には女の姿が一切見当たらないのだ。もしかすると室内に居るのかもしれないが、それでも女が少なすぎる。


「帰れ! お前一人ではこの状況を覆す事は出来ない……!」


 二十代程の村人が涙を流しながら俺を見つめると、言葉は強がっていても助けを求める様な視線だったので、俺はますます村人達の言動に違和感を覚えた。


 まさか、村の女達が誘拐されたのだろうか? 俺一人ではこの状況を変える事が出来ない、という事は、複数人の冒険者が居れば事態を覆す事が出来ると考えているのだろう。


「言葉に出さないで答えて下さい。動揺もしないで下さい。質問に対する返事が肯定の場合は俺に剣を向ける、否定の場合は俺の体を殴る。いいですね? それでは質問します。俺はアドリオンの冒険者ギルド・ラサラスのギルドマスター。レベル九十二、国家魔術師のレベッカ・フォン・ローゼンベルグの弟子です。あなた達は今、事件に巻き込まれていますか……?」


 若い男が涙を流しながら剣を俺に向けた。きっと男達は何者かに言動を監視されている。本来なら危機的な状況で冒険者が一人でも村を訪れてくれたのなら、歓迎するのが当たり前だが、そう出来ない事情がある。兎に角、何らかの事件に巻き込まれている事は確かだ。


「村の女を誘拐された?」


 小声で問うと、髭を伸ばした三十代程の男性が涙を堪えて俺に剣を向けた。


「犯人は魔物」


 男が俺の顔面を殴った。かなりの衝撃を感じたが然程痛くは無い。犯人は人間ではないとすると魔族だろうか、それとも人間だろうか。魔物に女を誘拐されたならまだやりやすいが、相手が人間という事は、この村に盗賊の様な存在が潜んでおり、現在も何処かから俺達を監視しているという事になる。それから男は泣きながら俺の耳元で囁いた。


「村の西に盗賊の砦がある。村の女は全て誘拐された……助けてくれ……」

「どうやら俺はこの村に歓迎されていない様ですね! 旅の途中だったので立ち寄ったのですが、すぐに村を出ますから剣を収めて下さい」



 周囲に聞こえる様に声を張り上げると、俺は男達に背を向けて村を出た。これは大変な事になった。一度アドリオンに戻って仲間を呼ぶとなると、最低でも片道に一日は掛かる。


 盗賊に村の女を誘拐されている現状で、仲間に助けを求めるために村を離れるべきではない。すぐに盗賊の砦を落としに向かうべきだ。幸い俺は召喚魔法が使用出来る。剣聖の力を借りよう。


 森の茂みに身を隠し、召喚のための魔法陣を書き上げて剣聖を呼び出す。魔法陣が美しく輝くと、ミスリル製の魔装を纏った剣聖、クラウディウス・シュタインが姿を現した。俺が突然彼を召喚する時は緊急事態と決まっているので、彼は瞬時にバスタードソードを抜いて俺を見つめた。


「私の力が必要なのだろう? クラウス……」

「はい、クラウディウスさん。緊急の召喚で申し訳ありませんが、俺一人では厳しい状況なんです」

「私はクラウスの召喚獣。剣鬼、クラウディウス・シュタインが力を貸そう。状況を教えてくれないか」

「実は……」


 俺はクラウディウスさんに状況を説明すると、彼は静かに怒りながらバスタードソードを握りしめた。


「盗賊か……存分に暴れられそうだな。人間を襲う輩はこの剣で切り裂くまでだ。まずは村に潜んでいる者を仕留めよう」

「そうですね。男達の様子を見た限りでは、村に数人の盗賊が潜んでいるのだと思います。きっと、『部外者を村に居れたら女を殺す』とでも言っているのでしょう」

「そうに違いないだろうな。壁を飛び越えて村に入ろう。盗賊は男達を自由にしている。首元に剣を当てている訳でもないのだから、俺達の襲撃に気が付いても人質にする事も出来ない。敵が反撃する前に全て仕留めるぞ」


 俺はデーモンイーターを引き抜くと、自然と怒りがこみ上げてきた。やはりグラーフェ会長の疑念は正しかった。この村では人間が魔物に殺害された様に見せかけて、盗賊が男を殺していたのだろう。


 いかなる者も立ち入りを禁じていたから、村の状況が外に漏れる事はなかった。地方の都市は定期的に魔物との戦闘による被害者数を王都アドリオンに報告する義務があると聞いた事があるが、グラーフェ会長は被害者数だけで異変を察知したのだ。


 クラウディウスさんと共に気配を消して村に近づく。それから背の高い石の壁に飛び越え、住宅の影に身を隠した。村人達は村の中央で立ち尽くし、涙を流しながら剣を握っている。盗賊が村人に武器の携帯を許可しているという事は、余程戦闘技術に自信があるのだろう。油断は出来ないな……。


 暫く身を隠していると、一軒の民家から黒い鎧に身を包んだ集団が出てきた。左手には葡萄酒の瓶を持っており、葡萄酒を一気に飲んでから瓶を地面に叩きつけて割った。それから腰に差した剣を引き抜くと、村人を挑発した。


 涙を流して俺に助けを求めた村人が武器を握りしめて盗賊に切りかかった瞬間、盗賊は村人の剣を軽々と回避して剣を振り上げた。俺とクラウディウスさんは同時に飛び出し、敵の心臓に剣を深々と突き刺した。村人達は歓喜の声を上げたが、次の瞬間、すぐに武器を構えて一箇所に集まった。


 盗賊から剣を引き抜くと、村長の屋敷だろうか、大きな屋敷からは盗賊の集団が出てきた。敵の数は三十人程だろうか、全員防具を身に着けており、剣や槍を構えて俺達を見つめている。それから既に事切れた仲間を見つめると、怒り狂って襲いかかってきた。


「皆さんは俺達の背後に隠れて下さい!」


 村人達が盗賊相手に戦闘を始めそうだったので、俺は大声で静止した。敵の実力すら分からない状況で、統率の取れていない素人の集団をたった二人で守る事は困難だ。せめて一箇所に集まり、動かずに戦闘を傍観してくれた方が遥かに戦いやすい。勝手に勝負を挑み、命を落とされても困るのだ。


 俺は村人をクラウディウスさんに任せ、デーモンイーターを両手で握りしめて敵の群れに切り込んだ。巨大な両刃の剣で敵を二人まとめて切り裂き、仲間を殺されて激昂した盗賊の心臓を貫いて命を奪った。それから剣に炎を纏わせたまま盗賊を切って敵を燃やし、無数の炎の矢を放って敵の体に無数の風穴を開けた。


 クラウディウスさんは遠距離から雷撃を放って俺を援護してくれ、俺は襲いかかる全ての敵をデーモンイーターで切り裂いて命を奪った。悪魔の魔装が俺の性格を更に獰猛にしているのか、魔力強奪の効果も上昇しており、肉体には魔力が満ち溢れている。少しの恐怖すらも感じず、敵の攻撃を一撃も喰らわずに仕留めると、村人達は涙を流して俺達を抱きしめた。


「ありがとう……俺達を開放してくれて……!」

「アドリオンの剣鬼が来てくれるとは……! もう二週間も村を支配されていたが、これで安心だ……」

「たった二人で盗賊の集団を仕留めるとは。これが剣鬼と剣聖の力か!」

「皆さんはこのまま村で待機していて下さい。俺達が誘拐された皆さんの家族を救出します!」


 俺は村人達に絶対に村から出ない様にと告げると、クラウディウスさんと西の森に入った。あんなに弱い盗賊が何人もの村人の命を奪い、女を誘拐したと思うと無性に怒りがこみ上げてくる。


 村人では倒す事が出来ない魔物によって命を奪われる事は仕方がない。この大陸には魔物が生息しているのだから、生存競争で負けたのだと納得出来るが、人間が人間の命を奪い、誘拐するとは……。


「女を誘拐するとは許せないですね……絶対に砦を落としてやりますよ」

「うむ。冒険者は民を守る力。私とクラウスで村の女達を救おう。クラウス、盗賊の命を奪う事を躊躇するな。魔物だと思って敵を仕留めろ。さっきのクラウスは迷いがあった。初めて人の命を奪ったのだろう?」

「はい。本当に殺して良いのか、一瞬迷いましたが体が反応して敵の命を奪いました」

「迷う必要はない。既に人間としての心を失った者達だ。容姿は人間に近いが精神は極めて魔物に近い。戦いでは一瞬の迷いが命取りになる。消して油断せず、躊躇せずに相手を切れ」


 魔物相手なら何も考えずに命を奪う事が出来るが、相手が人間だと妙に戦いづらい。しかし、民を守るために奪わなければならない命もある。相手は犯罪者なのだから迷う必要はない。


 国家魔術師になれば、都市を防衛するためにより多くの犯罪者を殺める事になるだろう。エルザは国家魔術師になりたいと言っていたが、心優しい彼女が果たして犯罪者の命を奪えるのだろうか。


 エルザには平和に暮らして欲しいと思うが、エルザは一度決めた目標を変える様な子ではない。早くエルザと話がしたい、彼女の笑顔が見たい。国家魔術師試験を一位合格してフェニックスを召喚しなければならないのだ。こんな場所で盗賊相手に苦戦する訳にはいかない。


「砦が見えてきたな! 一気に攻めるぞ!」

「はい! クラウディウスさん!」


 背の高い木の壁に囲まれた砦を発見すると、俺とクラウディウスさんは壁を飛び越えて着地した。石造りの砦が中央に建っており、巨大な金属製の檻の中では何百人もの女達が俺達を静かに見つめている。


 片方は首が無い幻獣のデュラハン。もう片方は悪魔の魔装を纏い、巨大なクレイモアに火炎を纏わせた持った男。はたから見れば俺達の方が遥かに盗賊の様に見えるだろう。


 異変に気がついた盗賊達が何十人も砦から出てくると、最後に見慣れない風貌をした人間が出てきた。デーモンの様に黒い肌にサファイア色の瞳、頭部からは黒い角が生えており、爪は非常に鋭利だ。


 身長は二メートルを超えており、一目見ただけで俺は敵の存在を理解した。魔族だ。魔族がファステンバーグ王国内の土地の侵略をしているのだ。魔王かどうかは分からないが、魔族が盗賊に人間の女を集める様にと命令している事は間違いない。


「魔族がなぜ人間の土地に居るんだ!」

「人間の土地! いつからこの大陸は人間の物になったんだ? 人間の方が数が多いからと言って、勘違いしているのではないか? 我々魔族の王が大陸の支配を始めたのだ! お前達は人間ではないな! 片方は幻獣、片方は悪魔。どうだ? 我々の仲間にならないか? 人間を殺して大陸を支配しようではないか!」

「黙れ! 俺は悪魔だが人間と共に暮らす冒険者だ!」

「人間が悪魔であるお前の存在を受け入れているとでも? 何かお前は勘違いをしていないか? 人間は他種族と共存出来ない下等生物! 我々魔族は魔物と心を通わせる事が出来る高等生物なのだ! お前も人間ではないという理由で迫害された経験があるのではないか?」

「確かにあるが、俺は人間を恨んでいない! 俺は人間と共に暮らすと決めている」

「そうか、体は悪魔でも心は人間なのだな。折角良い仲間になれると思ったのだが。お前達……こいつらを殺せ!」


 魔族は目にも留まらぬ速度で森に逃げると、俺は瞬時に後を追おうとした。しかし盗賊達が立ちはだかったので、まずは魔族の言いなりになっている盗賊を仕留める事にした……。

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