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第六話「剣鬼と魔術師」

〈ヴィルヘルム視点〉


 防御魔法を極めるために氷の魔法を学び、自分の実力を試すために定期的に町で賭けを行っている。俺が作り出した氷の壁を破壊出来たら千ゴールド。参加料は百ゴールドだ。手頃な値段で挑戦出来るからと、剣や魔法に心得がある市民が気軽に参加してくれる。


 今日も俺は日銭を稼ぐために、自分自身の魔法の効果を確認するために町で賭けを始めた。全力で氷の壁を作り、見物客の闘争心を煽って挑戦させる。参加者も百ゴールドという値段で挑戦出来るからか、遊び半分で攻撃を仕掛ける。


 五十人以上集まった見物客の中に、一際強烈な魔力を持つ男を見つけた。黒い毛皮のベストを着ており、首には牙から作った首飾りを何重にも下げている。服装も随分奇抜だが、彼の体から感じる魔力はどこか人間離れした雰囲気がある。この男は只者ではない。俺はこんな男を待っていた。


 年齢は十五歳程だろうか。銀髪にエメラルド色の瞳。物腰は穏やかだが、瞳はギラギラと輝いている。日常的に命のやり取りをしているのだろう。よく見てみると体には無数の古傷があり、筋肉は大きく盛り上がっている。剣一本で人生を切り開く。きっとそんな男なのだろう。


 体が震えてきた。こんなに興奮する相手は初めてかもしれない。いや、以前にもあった。あの忌々しい幻獣のゴブリンロード。そうだ。彼から感じる爆発的な力は幻獣のゴブリンロードに良く似ている。


「さぁ次の挑戦者は剣士だ! 随分変わった服装をしているが、腕に覚えがあるのでしょう! 皆様、勇敢な挑戦者に拍手を!」


 俺は強がって叫んだが、彼は俺の言葉を聞いても表情一つ変えなかった。攻め方を考えているのだろうか、暫く壁を見つめたあと、ロングソードを握り締めて跳躍した。何が起こっているんだ……? 軽く飛んだ筈が、民家を遥かに超える高さまで飛び上がり、一気に落下を始めた。


 攻撃の瞬間、彼の表情が獣に変わった。筋肉が一瞬大きく肥大し、超速度で垂直斬りを放つと、氷の壁が木っ端微塵に砕けた。馬鹿な。自分よりも年下の男にこうも簡単に壁を破壊されるとは。


 見物客は彼を称賛したが、彼は圧倒的な力を自慢する訳でもなく、小さく頭を下げると、俺は彼に千ゴールドを支払った。完敗だった。悔しさはあるが、彼の強さに心が震えた。俺が求めていたのはこの強さなんだ。忌まわしきゴブリンロードに復讐を果たすためには、彼の力が必要だ……。



〈クラウス視点〉


 俺の肩には魔術師の手が置かれている。冷気の様な魔力が体に流れてくると、何だが心地が良くなった。防御魔法を学ぶ魔術師か。丁度俺も彼の事が気になっていた。一体どんな訓練を積めば、強い防御魔法を使用出来るのか。


「ちょっと待ってくれ!」

「どうかしましたか?」

「少し話がしたいんだ。時間はあるか?」

「はい。俺もあなたの事が気になっていましたから」

「本当か……? そいつはありがたい。近くに旨い肉料理を提供している店があるんだ。俺が奢るから一緒に食べに行こう」

「食事をご馳走して頂けるんですか? それは光栄です。しかし、俺は森で暮らしていたのでこんな服装ですし。一度宿で体を洗いたいんですが」

「森だって? そうか。それなら宿に案内しよう。俺が借りている宿だ。一泊三百ゴールド。朝食付き、室内に浴室まである」

「それでは宜しくお願いします」


 親切な魔術師さんは俺の服装を見つめた後、宿の近くにある服屋に案内してくれた。まずは着替えの服を買わなければならないな。服屋の店主は俺の格好を見て馬鹿にする様に笑ったが、俺はブラックウルフの毛皮から作ったベストも、牙の首飾りも気に入っている。それから俺は二百ゴールドで安い服を買うと、魔術師と共に宿に入った。


 受付で宿泊代金を払い、鍵を受け取ると、俺は一旦魔術師と別れた。一時間後に宿のロビーで待ち合わせする事にしたのだ。階段を上がって部屋を探し、鍵を差し込む。扉を開けると、雰囲気の良い空間が広がっていた。


 部屋自体は狭いが、それでも家具があるから、洞窟で暮らしていた頃と比較すれば随分快適だ。魔物の襲撃に怯える事もなく夜を過ごせるのだから……。それから服を脱いで浴室に入り、念入りに体を洗った。ゆっくりと浴槽で体を温め、洞窟生活で消耗した体を休ませる。改めて明るい場所で自分の肉体を確認してみると、やはり爆発的に筋肉が増えている事が分かった。


 通常の人間の成長速度ではない。どう考えても俺はデーモンの力を授かっている。一介の村人が、たとえ死ぬ気で一ヶ月間鍛え込んだとしても、ここまで筋肉が成長する筈がない。それに、敵の攻撃を受けた直後、一瞬で傷が癒えるのだ。きっとデーモンは驚異的な回復力を持っているのだろう。敵を攻撃した瞬間に魔力が回復する理由も分からない。時間が出来たら図書館でデーモンについて調べてみようか。


 浴室を出て新しい服を着た。それから牙の首飾りを首にかけ、鞄を背負った。最後にロングソードを持つと、出発の支度が完了した。魔術師と食事をしてからすぐにギルドに向かうつもりだから、予め荷物を持っておく事にしたのだ。毛皮のベストはおいておこう。綺麗に洗ってから予備の服として取っておくつもりだ。


 一階のロビーに降りると、金色の髪を撫で付けながら、考え事をしている魔術師を見つけた。彼は非常に容姿が整っており、若い宿泊客の中には彼に色目を使う女性も居る。それでも魔術師は女性客を見もせずに、俺の姿を見るや否や、楽しそうに駆けつけてきた。随分雰囲気の良い人だから、是非友達になりたいと思う。


「それじゃ行こうか」

「本当にご馳走して頂いても良いんですか? 俺、久しぶりにまともな料理を食べるので、かなり沢山食べる事になると思いますが」

「若いのに遠慮なんてしなくてもいいぞ! 好きなだけ食べてくれ。俺が誘ったんだからな。しかし、まともな料理が久しぶりってのはどういう事だ? 森での生活が関係しているのか?」

「はい。一ヶ月程森で暮らしていましたから、その間はブラックウルフの肉を主食にしていたので、町で料理を食べるのが楽しみだったんです」

「ブラックウルフ……? 嘘だろう? 森でブラックウルフと遭遇したのか?」

「はい。毎日ブラックウルフを狩って食料にしていました。それから牙の首飾りを作りましたよ」

「その首飾りはブラックウルフの物だったのか。驚異的な討伐数だな。まだ若いのにブラックウルフを仕留める力を持つとは……」


 魔術師の男性は驚きながらも口元に笑みを浮かべている。彼が俺を食事に誘う理由は分からないが、何だか彼の事がもっと知りたくなった。魔術師は涼し気な表情を浮かべ、俺の肩に手を置くと、一軒の店を指差した。


 冒険者達が集う酒場なのだろうか。室内に入ってみると、香ばしい肉の匂いが充満していた。ブラックウルフ以外の肉を食べられるのか。感動のあまり目には涙が浮かんだが、俺は誰にもバレない様にこっそりと涙を拭いた。


 魔術師と向かい合う様に席に着くと、彼は店員を呼び、メニューを見ながら適当に料理を注文した。俺が沢山食べたいと言ったからか、大量の料理を注文してくれたのだ。店員は困惑しているが、今の飢えた俺ならいくらでも料理が食べられそうだ。


「葡萄酒でいいか? それともエール?」

「まだお酒を飲んだ事がないのですが……」

「成人はしているんだろう?」

「はい。十五歳です。あなたは……?」

「俺は十八歳だ。それじゃ店員さん。エールを二つ頼む」


 それからテーブルには次々と料理が運ばれてきた。中でも一番目立つのが巨大なゴブレットに入ったエールだ。俺も成人を迎えているのだから、お酒を飲んでみるのも良いだろう。くれぐれも泥酔しない様に気をつけよう。


「俺達の出会いに乾杯!」


 魔術師は満面の笑みを浮かべてゴブレットを掲げ、豪快にエールを飲み始めると、俺もエールに口を付けた。思ったよりもアルコールは強くなく、喉越しも良い。久しぶりに水以外の水分を口にしたからか、俺はエールを大量に飲んだ。ゆっくりと体が温まり、気分は次第に高まり始めた。これが酔うという事なのか。


「俺は水と氷の魔術師、ヴィルヘルム・カーフェン。レベルは三十五。防御魔法の習得のために訓練を積んでいる」

「俺はクラウス・ベルンシュタインです。レベルは測った事が無いので分かりませんが、デーモンを仕留めるために、妹に掛けられた呪いを解くために修行しています」

「デーモンだって? 確か幻獣クラスの魔物だよな」

「はい。デーモンに村を襲われ、妹はデーモンの呪いを受けて昏睡状態に陥っています。俺は自分の手でデーモンを仕留めるために訓練を積んでいるんです」

「幻獣に復讐ね……どうやら俺達は似た境遇に居る様だな」

「どういう事ですか?」


 俺はステーキを大きく切って口に放り込み、エールで流し込んだ。それからサラダを食べると、久しぶりの新鮮な野菜に、またしても涙が出そうになった。


「二年前。俺はヴェルナーから程近いダンジョンを探索していた。パーティーは俺と剣士のアレクサンダー、それから俺の恋人のローゼの三人。ダンジョンはゴブリンをはじめとする魔獣クラスの魔物の生息が確認されていた。比較的難易度の低い狩場だった。俺達パーティーはその頃はまだ駆け出しだったから、日銭を稼ぐためにダンジョンで狩りをしていたんだ」

「三人のパーティーですか。ヴィルヘルムさんはその頃から防御魔法を?」

「ああ。俺が氷の魔法で敵の攻撃を受け、剣士のアレクサンダーが反撃をする。それから雷の魔法を操る魔術師のローゼが遠距離から攻撃魔法を繰り出す。なかなか理想的なパーティーだった」


 ヴィルヘルムさんはエールを一気に飲み干すと、店員を呼んでエールのお代わりを頼んだ。俺も彼に合わせてエールを飲み干すと、テーブルには新たなエールが置かれた。三人でダンジョン攻略をしていた話をこのタイミングでするのは何か理由があるのだろうか。俺はヴィルヘルムさんの意図を探るために、質問をする事にした……。

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