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第五十七話「幻獣と冒険者達」

 デーモンに復讐を果たしてからティファニーを抱き上げると、彼女は弱々しく微笑んでから意識を失った。すぐに手当しなければならない。腕から大量の血が流れている。彼女の血を止めるために腕をきつく縛ってからヴィルヘルムさんを探し始めると、翼を片方切り落とされたレッドドラゴンが口に炎を溜めて仲間達を見下ろしていた。


 ヴィルヘルムさんとフェリックスさんが瞬時に氷と石の壁を作り上げたが、既に魔力が低下しているのか、レッドドラゴンの火炎が壁を木っ端微塵に砕いた。防御魔法を破壊されて死を悟ったのか、二人はレッドドラゴンを見上げて呆然と立ち尽くしている。


 俺は木陰にティファニーを降ろしてから瞬時に二人の前に立ち、両手を広げて全身にレッドドラゴンの火炎を浴びた。意識は朦朧とし、全身の猛烈な痛みを感じて地面に倒れた。


 瞬間、背後から只ならぬ魔力の動きを感じた。後方には杖を構えたレベッカさんが居る。危機的状況を覆せるのは師匠しか居ない。レベッカさんが杖をレッドドラゴンに向けて強烈な光を放つと、光が十字架状に変わった。


「グランドクロス!」


 聖属性の攻撃魔法の中でも最も難易度が高い魔法、グランドクロスを放つと、周囲の木々をなぎ倒し、レッドドラゴンの体を捉えた。十字架状の巨大な光の塊がレッドドラゴンに直撃した瞬間、敵の体は遥か彼方まで吹き飛び、背中に乗っていた召喚師は地面に落下を始めた。


 クラウディウスさんは召喚師を受け止めてから拘束し、レベッカさんはレッドドラゴンの頭上から無数の炎の矢を降らせた。何千もの炎の矢がレッドドラゴンの分厚い鱗を突き破り、全身に風穴を開けた。


 遂に二体の幻獣を討伐したのだと実感した瞬間、俺は意識を失った……。



 頬に小さな手が触れる感覚で目を覚ました。魔物との死闘で出来ていた全身の傷は全て塞がっており、ララが俺の顔を覗き込んで笑みを浮かべている。


「やっと目が覚めたのね。マスター」

「ララ。俺に魔力を注いでくれたんだね」

「ええ。自己再生の力を高めるためにね。ティファニーの傷も既に完治しているわ」


 ゆっくり起き上がると、そこはアーセナルの中だった。冒険者達とバラックさん、それからガイザーさん。ラサラスの仲間達とギルド協会のグラーフェ会長が室内に居る。そうそうたるメンバーに驚きながらも全身の具合を確認すると、傷一つ無く、頭は冴え渡り、気分も良い。遂にデーモンを仕留める事が出来たのだ……。


 ティファニーがゆっくりと近づいてくると、大粒の涙を流しながら俺を抱き締めてくれた。彼女の柔らかい唇が俺の頬に触れ、心地良い体温を感じる。ティファニーの体を強く抱きしめると、彼女は暫く涙を流し続けた。


「またクラウスに守られたね……本当にクラウスは凄いな……デーモンを倒してしまうのだから」

「ティファニーが攻撃のきっかけを作ってくれたから勝てたんだよ。二人で倒したんじゃないか。俺の無謀な挑戦に付き合ってくれてありがとう。討伐の要請を受けたのは俺自身だったのに、全員駆け付けてくれたんだね」

「当たり前でしょう? クラウスが幻獣と戦っているのに、私だけアドリオンで待っているなんて出来ない。それに、私達は仲間なんだから、クラウスが魔物と戦うなら私達も戦う……」

「ありがとう。みんなが来てくれたから今回の戦いに勝利を収める事が出来た」


 グラーフェ会長が俺の肩に手を置くと、満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう……流石剣鬼だ。国家魔術師でもないのに幻獣討伐の依頼を受けてくれ、見事ヴェルナーを守り抜くとは! お陰でヴェルナーには怪我人一人居ない。冒険者ギルド・ラサラスがヴェルナーを守り抜いたのだ!」

「お役に立てて光栄です、グラーフェ会長」

「うむ。これからもラサラスの戦力を頼りにしているからな。それから、今回の事件の犯人、ギラ・アイスナーから今回の事件の真相を聞いた。やはりクラウスの読みが当たっていた。レマルクのトロル・ラミア召喚事件、それからレーヴェのデーモン襲撃事件、この二つの事件は同一犯によるものだった。犯人を先程アドリオンの衛兵に引き渡した。これから尋問が行われる筈だ」

「やはりそうでしたか。しかし、あの女はどうやってデーモンやレッドドラゴンを従えていたのでしょうか? 契約召喚が出来る程の実力者だとは到底思えませんでしたが」

「ギラ・アイスナーは魔王から頂いた召喚書を使用して無数の魔物を召喚し、地域を襲い続けていたのだ」

「魔王ですか……? デーモンも魔王が再びこの大陸を支配すると言っていましたが」

「うむ。魔王なる者の正体は分からないが、ギラ・アイスナーは魔王の手下でしかない。一連の事件は魔王の指示によって行ったもの。大陸を支配しようとする者が再びこの世界に現れたのだ……」


 現在から五百年ほど前にゼクレス大陸を支配していた魔王、アマンデウス・フロイデンベルグ。大陸の支配から一年も経たない内にファステンバーグ王国とハイデン王国の国家魔術師から編成された討伐隊によって殺害された。


 無数の幻獣や聖獣を従えて村や町を襲い、何十万人もの人間をごく僅かな期間で殺めた大罪人。聖獣のエンシェントドラゴンや幻獣のゲイザー、ミノタウロス、サイクロプス、デーモンの様な大型の魔物を配下に入れ、大陸に住む民を殺して回ったが、勇敢な国家魔術師達が魔王を殺害し、魔王の支配から大陸を開放した。


 魔王は魔族の王であり、魔族とは人間と魔物の間に生まれた生物である。俺自身、一度も魔族を見た事が無いが、肌は黒く、目は明るいサファイア色。頭部から黒い角が生えているのですぐに分かると両親から話を聞いた事がある。ファステンバーグ王国はかつて魔族の王である魔王から襲撃を受けた事があるので、魔族の立ち入りを禁じている。王国内で暮らしている限り、魔族に出くわす確率は非常に少ない。


 魔族は人間が近づく事も無い、大陸北部の大森林に隠れ住んでいると聞いた事があるが、人間もわざわざ大森林に立ち入らないので、魔族の正確な生息数は分からない。ファステンバーグ王国とハイデン王国の国家魔術師達は、魔王討伐後すぐに大森林に入り、魔族を殺めて回ったが、それ以来魔族の生息は確認されていなかった。


 魔族がどうして生まれたのかは謎に包まれているが、グラーフェ会長の考えでは、人間の男が魔物と交尾をした事によって、人間とは異なる存在が生まれた。それが魔族ではないかと考えているらしい。人間が暮らす世界での生活を捨てて大森林に入り、人間に近い体を持つラミアやアラクネ、ハーピーなどと交尾をして子を生み、その子供が更に魔物と交わって出来た魔族は、通常の人間よりも遥かに高い魔力と強靭な肉体を持つ生物として生まれる。


 人間の知能と魔物の力を持つ魔族は、魔物と心を通わせる事ができ、魔王、アマンデウス・フロイデンベルグは大陸中を回って魔物を配下に入れ、人間が暮らす地域を襲撃した。ゼクレス大陸は人間が支配する土地。人間が暮らす地域に魔物が近づけば、冒険者や衛兵が魔物を駆除する、魔物にとっては生きづらい世界だ。きっと魔王は世界から人間を排除し、魔族と魔物だけが平和に暮らせる環境を作ろうとしていたのだろう。


 魔物と共存出来る魔族、魔物を排除しなければ平和に暮らす事が出来ない人間。この世界にとってはどちらが悪なのだろうか。一介の冒険者である俺には判断出来ないが、俺は人間として生まれ、悪魔の力を授かり、人間と共存している。人間の生活を脅かす魔物、魔族が現れたとしても、俺のこの剣で叩き潰すまでだ……。


「魔王が本当に現れたのはか分からない。デーモンとアイスナーの戯言の可能性もある。しかし、私は一連の事件を国王陛下に報告しなければならない。これからすぐにアドリオンに戻ろう」

「はい、途中でクラウディウスさんをモーセルまで送って貰ってもいいですか?」

「勿論だ。これから魔法陣を書くから、アドリオンに戻る者は魔法陣に入ってくれ。それではガイザー町長、バラックさん、私達はこれで失礼します」


 レッドドラゴンの死骸とデーモンの死骸は既にグラーフェ会長がアドリオンに転移させており、素材はラサラスの物になると説明を受けた。二体の幻獣の素材を売り捌けば、一体どれだけの金額になるかは分からないが、それ以外にも、緊急のクエストを達成した事に対する多額の報酬を頂けるらしい。


「クラウス! ヴェルナーを守り抜いてくれてありがとう! やはりクラウスは偉大な冒険者になった。まさかデーモンとレッドドラゴンを同時に討伐してしまうとは!」

「ありがとうございます、バラックさん。ですが、俺達が今回の戦いに勝利を収める事が出来たのは、仲間を信頼して各々が役目を果たしたからです。これからもアドリオンで活動を続けますので、いつでも遊びに来て下さいね」

「うむ。今度冒険者達を連れて見学に行かせて貰うよ」


 俺はバラックさんと固い握手を交わすと、ギルド内に集まった市民や冒険者達が熱狂的な拍手を送ってくれた。自分達の力で地域を守り抜いたのだ。何と清々しい気分だろうか。レーヴェを襲ったデーモンを遂に仕留めたのだ。これで俺自身がデーモンを召喚した訳ではないと証明出来るのだから、胸を張ってレーヴェに戻る事が出来る。


 冒険者や市民達に賞賛されながら、俺達は魔法陣に乗り、途中のモーセルでクラウディウスさんと別れてから、アドリオンのギルド会館に転移した。建物を出るとレッドドラゴンとデーモンの死骸が置かれており、冒険者達が幻獣の死骸を珍しそうに眺めている。


 町に魔物の死骸を放置する訳にはいかないので、俺は仲間達に先にギルドに戻ってもらい、ララを連れて妖精の館に向かい、魔物の解体を依頼した。館の管理人であるアドルフィーネさんは依頼を快く受けてくれ、大勢のフェアリー達と共に一斉に魔物の解体を始めた。


 冒険者ギルド・ラサラスが二体同時に幻獣を討伐したと、町では瞬く間に話題になり、大勢の市民や冒険者が駆け付けてきた。幻獣を一目見ようとする者や、素材を買い取ろうと申し出る者も居るが、一般の冒険者に幻獣の素材を提供するつもりはない。俺はロタールさんの店に行き、デーモンとレッドドラゴンの素材から武具を作って欲しいと依頼した。


 フェアリー達が解体を終えた頃、食べられる肉はラサラスに運び込まれ、レッドドラゴンの肉で料理を作って貰う事にした。今日は幻獣を仕留めた、復讐を果たした記念すべき日だ。久しぶりに宴を開いて盛大に祝おう。


 レッドドラゴンとデーモンの爪や角、鱗や体毛、眼球や舌などの部位に、ロタールさんは驚異的な買取価格を提示してくれた。デーモンの素材から新たな魔装を作って頂く約束をしたが、魔装の制作費用を買取価格から差し引いても、七十万ゴールドものお金を頂く事が出来る。どうやらデーモンは生息数が非常に少ないので、素材はレッドドラゴンよりも遥かに高値で取引されているのだとか。


 通常は魔物を討伐しても、転移の魔法が使えなければ魔物自体を持ち帰る事は非常に難しいが、グラーフェさんが転移してくれたので、ほぼ全ての部位を買い取って貰える事になったのだ。


 市民達がレッドドラゴンの肉を食べてみたいと言ったので、俺はラサラスに来て貰えれば、無料で料理を提供すると伝えた。どう頑張ってもレッドドラゴンの肉は一日では食べきれないし、あまりにも巨大過ぎるから保管する場所もない。


 それならフェアリー達に料理をして貰い、レッドドラゴンの肉を食べたい人には無料で提供した方が良いだろう。ラサラスは新設ギルドなのだから、より多くの市民達に認知して貰い、幻獣討伐をする力があると理解して貰った方が、加入希望者も増え、アドリオンが安全だと証明する事も出来る。


 デーモンの肉に関しては乾燥肉にして保管する事にした。俺の人生を変えた憎き魔物の肉は、長い時間を掛けてゆっくりと頂きたい。それに、闇属性を秘める肉は俺の体内の魔力を大幅に高めてくれる。


 俺はせっかくの宴なのだからお酒が必要だと思い出し、大量の葡萄酒とエールを購入してラサラスに運び入れた。フェアリー達はレッドドラゴンの肉から手際良く料理を作り、入り口に市民達を並ばせて料理を配っている。体長六メートルを超えるレッドドラゴン巨大な肉はいくら料理しても殆ど減らず、ラサラスが幻獣の肉から作った料理を振る舞っていると話題になっているのか、何百人もの市民が押し寄せた。


 せっかくの宴なので、俺は市民達にもエールや葡萄酒を振舞い、盛大に宴をする事にした。ギルド内には大勢の冒険者や市民が溢れており、フェアリー達は忙しそうに料理をして訪問者を振舞い、俺はなぜか市民達にお酒を注いで回っている。つい数時間前まで、幻獣との死闘を繰り広げていたのに、少しも休む暇がない。仲間達はギルドの隅で楽しそうにお酒を飲み、レッドドラゴンの肉を食べている。


 途切れる事のない訪問客にエールや葡萄酒を提供し続けると、ついに体力が限界を迎えたので、俺は仲間達の元に戻り、冷えたエールを一気に飲み干した。


「クラウス、ちょっと働きすぎじゃない? 体は大丈夫?」

「はい。大丈夫ですよ、リーゼロッテさん! 今日、遂にデーモンに復讐する事が出来た、この喜びをアドリオンの人達と分かち合いたいので、お酒と料理を提供していました」

「しかし、クラウスには驚かされるよ。俺やレベッカの到着を待たず、バラックさんと剣聖と共に森に入り、ヴェルナーに近づく魔物の群れを駆逐していたのだから」

「本当ね。私の弟子は偉大な冒険者だわ。どれだけ多くの魔物を前にしても、敵の群れに切り込み、状況を覆す力があるのだから。限りなく聖獣に近い実力を持つデーモンを、ティファニーとたった二人で討伐してしまうのだし」

「フェリックスさんとヴィルヘルムさんがレッドドラゴンの注意を引いて下さったので、俺とティファニーはデーモンと集中して戦う事が出来ました。皆さん。俺に復讐の機会を与えて下さってありがとうございました……! 今日より嬉しい日はないかもしれません。十五年も暮らした村を、デーモンを召喚したと疑われ、半ば追放される形で村を出ました。俺の人生をどん底に突き落としたデーモンとアイスナーに復讐出来たのですから! これも皆さんが俺を支えて下さっているお陰です。これからも無茶をすると思いますが、こんな俺を支えて下さい……よろしくお願いします!」


 仲間達に深々と頭を下げると、ヴィルヘルムさんとティファニーが俺を強く抱き締めてくれた。


「お前は俺達のマスターだ! お前がどれだけ無茶をしても俺が守ってやる! 俺はお前の盾なんだからな! 冒険者ギルド・ラサラスにお集まりの皆様! ヴェルナーを見事幻獣の襲撃から守り抜いた最強の冒険者! 剣鬼、クラウス・ベルンシュタインに盛大な拍手をお願いします!」


 ヴィルヘルムさんが大げさに叫ぶと、ギルドに集まった市民達は熱狂的な拍手を送ってくれた……。

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