第五十六話「復讐の剣鬼」
バラックさんとクラウディウスさんと共に森に入ると、ブラックウルフの群れが襲いかかってきた。既にブラックウルフの程度の魔物は俺の敵ではない、敵の一軍を率いているであろう召喚師を探しながら森を駆け、無数のブラックウルフをクレイモアで切り払って進む。
クラウディウスさんはブラックウルフの群れを一箇所におびき寄せて、強烈な雷撃を落として敵の群れを蹴散らした。バラックさんは光の球を作り上げて上空で炸裂させた。瞬間的に魔物の視界を奪い、目にも留まらぬ速度でブラックウルフの群れを切り裂いている。アーセナルのギルドマスターと剣聖であるデュラハンが力を貸してくれるのだ、仲間の到着までヴェルナーを死守する事は出来るだろう。
「クラウス! 私はブラックウルフを狩り続ける! 先に行くんだ!」
「ありがとうございます! バラックさん!」
俺とクラウディウスさんの狩りの速度に付いて来られないと悟ったのか、彼はブラックウルフ討伐を引き受けてくれた。しかし、グラーフェ会長は、ヴェルナーの西の森にはレッドドラゴン、レッサーデーモン、トロル、ラミアが進行していると言っていた。
果たして仲間が到着するまで、たった三人で森にひしめく魔物を狩り、進行を止める事が出来るのだろうか。敵のリーダーを叩く事が出来れば良いのだが、どう考えても召喚師は最も安全なレッドドラゴンの背中に乗っているだろう。
俺の全身を焼き、両腕の骨を折り、ティファニーを泣かせたレッドドラゴンは俺がこの手で仕留める。デーモンイーターを握りしめて森を走りると、巨体のトロルの群れを見つけた。まずは移動速度が早いブラックウルフを放ってヴェルナーを襲い、トロルで町を破壊しようと企んでいるのだろう。だが、俺達が居る限りヴェルナーを襲わせない。
「クラウス! どちらが多くトロルを狩れるか勝負しよう!」
「いいですよ! クラウディウスさん!」
クラウディウスさんはトロルの群れの中心に飛び込むと、上空に作り上げた雷雲から次々と雷を落とし、いとも簡単にトロルの群れを蹴散らした。あんな討伐速度に敵うわけがない。クラウディウスさんは俺達と別れた当時よりも遥かに強い魔力を身に付けている。
俺は背の高い木々を飛び越えてトロル達の頭上から無数の炎の矢を降らせ、トロルの肉体の風穴を開けて仕留めた。レベッカ師匠直伝のアローシャワーは非常に使い勝手が良く、トロルの攻撃範囲外である空から矢を降らせれば、反撃を喰らう事もない。
四十体以上のトロルを狩ると、クラウディウスさんと合流してレッドドラゴンを探すために走り出した。ちなみにクラウディウスさんはトロルを七十体討伐したのだとか。レマルクを防衛するために二十五年間も魔物を狩り続けた剣聖はやはり魔物討伐の達人なのだな……。
森の奥がざわめき、禍々しい魔力が流れてくると、俺達は一斉にラミアの群れに取り囲まれた。体長は三メートル以上、上半身は成人の女性の様な見た目をしており、両刃の斧を構えている。口から火を吐いて俺達を襲うと、俺はデーモンイーターに魔力を込めてラミアの炎を打ち消し、左手をラミアの顔面に向けて炎の球を作り上げた。
「ファイアボール!」
全力で魔法を放つと、巨大な炎の球がラミアの顔面を捉え、周囲のラミアを巻き込んで燃え始めた。しかし、ラミアは火属性の魔物だから、並大抵の炎では即死させる事は出来ない様だ。ラミアの巨大な斧が俺の背中を捉えると、俺は激痛の余り地面に倒れ込んでしまった。
クラウディウスさんがラミアを引き離そうと雷撃を放ったが、敵の数があまりにも多すぎて全てのラミアを蹴散らす事が出来ない。俺の体にラミアの攻撃が次々と放たれ、立ち上がる事も出来ずにラミアの斧を受け続けると、俺は自分の死を悟った。
きっと俺はここで死ぬのだろう。自然と瞳からは涙がこぼれ、エルザやティファニーの顔が脳裏に浮かんだ瞬間、周囲に強烈な氷の魔力を感じた。
「アイシクルレイン!」
ヴィルヘルムさんの声が森に響くと、ラミアの頭上には巨大な氷柱が降り注ぎ、無数のラミアの群れを串刺しにして命を奪った。驚異的な魔法の攻撃力だな……。
「クラウス! 無事か!」
「ヴィルヘルムさん! 俺は大丈夫です! 仲間は何処ですか?」
「リーゼロッテとララはバラックさんと共にブラックウルフを狩っている! レベッカさんはヴェルナーの防衛の指揮を執り、フェリックスさんとティファニーはこの先でレッサーデーモンと交戦している! すぐに援護に行くぞ!」
「はい!」
俺達がラミアの群れに苦戦していた間に、ティファニーとフェリックスさんは既にレッサーデーモンの群れを見つけ出して戦闘を始めていたのだ。ヴィルヘルムさんは森に俺の姿が無い事に気が付き、ティファニーとフェリックスさんと別れてから俺を探しに来てくれたのだとか。彼が駆けつけれくれなかったら、今頃俺はラミアの斧によって首を切り落とされていただろう。
普段討伐する機会が少ない大型の魔物を一気に狩ったからか、筋力は低下し、全身に気だるさを感じる。ヴィルヘルムさんは俺のために狂戦士の秘薬を用意してくれていたのか、俺は彼から小瓶を受け取って秘薬を一気に飲み干した。瞬間、低下していた体力は一気に回復し、魔力も限界まで満ちて、気分が高揚を始めた。心臓の鼓動は早まり、頭が冴え渡って魔物気配が手に取るように分かる。
ヴィルヘルムさんを背負って森を全力で走ると、五十体程の魔物の群れが旋回しながら、氷の魔法をティファニーとフェリックスさんに放っている場面に出くわした。レッサーデーモンの群れがアイシクルレインを放ち、地上に居る二人を襲っているのだ。フェリックスさんが石の壁を作り出して氷柱を防ぎ、ティファニーが風の刃を飛ばして敵を切り裂いているが、レッサーデーモンの数があまりにも多すぎる。
クラウディウスさんは二人の前に立ち、上空から降り注ぐ氷柱に対して雷撃を放ち、次々と氷柱を破壊し始めた。ティファニーは俺の姿に気が付いたのか、急いで駆け寄ってくると、俺を強く抱きしめた。
「私をレッサーデーモンの頭上まで連れて行って!」
「どうする気だ!」
「敵の背中に飛び乗る!」
「わかった! ヴィルヘルムさん、地上を頼みます!」
「任せておけ!」
俺はティファニーを抱きかかえると、彼女は緊張した面持ちでグラディウスを握りしめて敵を見上げた。全力で地面を蹴ると当時に、地上に爆風を発生させて体を加速させる。森の上空を旋回するレッサーデーモンよりも遥かに高い位置まで飛び上がると、ティファニーは笑みを浮かべて俺の頬に口づけをし、俺の体を離してレッサーデーモンの背中に飛び乗った。それから彼女は全身に風を纏わせ、次々とレッサーデーモンの体を切り裂きながら敵の背中を飛び渡って魔物を狩り続けた。
俺は落下までの間にティファニーに攻撃を仕掛けるレッサーデーモンに対してアローシャワーを放ち、レッサーデーモンの巨大な翼に無数の風穴を開けた。ティファニーの大活躍により、敵の群れは混乱し、ヴィルヘルムさんが地上から氷の槍を飛ばして敵の心臓を貫き、クラウディウスさんは剣の先端から雷撃を放ってレッサーデーモンを吹き飛ばした。フェリックスさんも上空に飛び上がると、二本のダガーを抜いてレッサーデーモンを切り裂き、敵の頭上から巨大な岩を落としてレッサーデーモンの群れを蹴散らした。
流石に地属性に特化した国家魔術師だから、攻撃魔法の威力が尋常ではない。二階建ての民家よりも遥かに大きな岩を次々と作り出して降らせ、レッサーデーモンを地上に叩き落としているのだ。
レッサーデーモンを狩り終えた時、上空から巨体の魔物が二体、姿を現した。忘れもしない、俺の平穏な生活を奪った忌々しい魔物。デーモンだ。それから隣を飛んでいるのはレッドドラゴン。レッドドラゴンの背中にはかつて俺達を襲った召喚師の女が乗っている。
何故デーモンと召喚師が行動を共にしているのだ? まさか、デーモンは召喚師が召喚師た魔物だったのか? 頭が混乱しそうになったが、レッドドラゴンが強烈な火炎を吐いた瞬間、俺の体は咄嗟に反応した。仲間達を守る様に火炎の前に立ち、全力でデーモンイーターを振り下ろして敵の炎を切り裂く。
デーモンは俺の存在に気が付いたのか、悍ましい笑みを浮かべて俺を見つめた。ヴィルヘルムさん達にレッドドラゴンを任せて、俺はデーモンと決着を付けさせて貰おう。
「ヴィルヘルムさん! レッドドラゴンを任せます! デーモンは俺が仕留めます!」
「わかった! こちらにはフェリックスさんも居るから大丈夫だろう!」
「クラウス! あなた一人では無理よ! 私も戦う!」
「それじゃ、ティファニー。俺の命を預けるよ!」
「ええ! 私がクラウスを守るわ! もう弱い私じゃない! 私は国家魔術師になるのだから!」
フェリックスさんは高速で森を駆けてレッドドラゴンを誘導して俺達から引き離してくれたので、俺とティファニーはデーモンとの戦闘に集中出来る環境が整った。
「久しぶりだな! レーヴェの弱き人間!」
「デーモン! お前は俺が仕留める! 俺は復讐の剣鬼、クラウス・ベルンシュタイン! お前に人生を、村を壊された冒険者だ!」
「人間風情が幻獣に敵うとでも? いいだろう……! あの時からどれだけ強くなったのか試してやる!」
体長三メートル程の巨大なデーモンが黒い翼を広げて俺達を威嚇し、口から黒い炎を吐いた。闇属性と火属性が融合した魔法だろうか。瞬時にデーモンの炎を切り裂くと、俺の背後にデーモンが回り、デーモンが俺の背中を深々と切り裂いた。まるでナイフの様な爪がいとも簡単に魔装を砕き、皮膚を深く裂いたのだ。背中に激痛を感じながらも、振り返りざまに水平切りを放った。
デーモンは瞬時に後退して俺の攻撃を避けると、黒い炎から剣を作り出して強烈な突きを放った。レーヴェを襲った時は本気を出していなかったんだ。火属性と闇属性を融合した魔力から一瞬で武器を作り出すとは。なんという圧倒的な魔法技術だろうか。筋肉も以前より大きく発達しており、デーモンの剣を受けるだけでも全ての力を出しきらなければならない。
限りなく聖獣に近い強さを持つ幻獣のデーモン。こいつを殺さない限り、俺は前に進めないんだ。俺の生活を奪い、エルザに死の呪いを掛けた忌々しい悪魔を……!
敵の剣を受け止めた瞬間、俺は瞬時にデーモンの頭上に飛び上がって炎の矢を放った。デーモンが剣で俺の矢を切り裂くと、ティファニーが目にも留まらぬ速度でデーモンの懐に飛び込み、グラディウスで敵の腹部を切り裂いた。
不意に攻撃を受けたデーモンは爆発的な咆哮を上げ、血走った目でティファニーを見下ろすと、鋭い爪でティファニーの上腕を切り裂いた。それからティファニーの体を蹴り飛ばすと、ティファニーは木に激突して意識を失った。俺はティファニーが攻撃を受けたからか、激昂しながらも冷静に敵の肩に垂直斬りを放った。全力で剣を振り下ろしてデーモンの左肩を切り落とすと、デーモンの体からは大量の血が吹き出した。
デーモンは激痛に身を歪めながらも、ゆっくりと距離を縮め、右手に持った魔法の剣で高速の突きを放ってきた。間一髪のところでデーモンの剣を受けると、俺はクレイモアを地面に捨てて敵の懐に飛び込み、ティファニーが切り裂いた腹部の傷口に目掛けて拳を叩き込んだ。
骨が砕ける音が森に響くと、デーモンは痛みに悶えて膝を付いた。俺はデーモンの頭部から生える二本の黒い角を掴んで顔面に膝蹴りを入れ、全力で角をへし折った。それから無我夢中で敵の顔面を全力で殴り続けた。
デーモンが涙を流しながら命乞いをした瞬間、殺されたレーヴェの村人達の顔が脳裏に浮かんだ。地面に捨てたデーモンイーターを拾い上げ、深々とデーモンの心臓に突き立てる。
「お前に村を襲われてから、俺はお前を殺す方法ばかり考えてきた。お前の命を奪わせて貰う……」
「馬鹿な人間が……もう手遅れだ……魔王がお前を殺してくれるのだからな……この大陸は再び魔王が支配する……準備は整った……」
「どんな敵が現れても俺が仕留めるまでだ」
クレイモアを心臓から引き抜くと、両手で剣を握り締め、全力でデーモンの首に水平切りを放った。デーモンイーターが軽々とデーモンの首を胴体から切り離し、敵の血が俺の体に掛かった。不思議と心地良さを感じるのは俺自身が悪魔の血によってここまで強くなれたからだろうか……。




