第五十四話「力の衝突」
ギルドでは大勢の冒険者が申請を行っており、仲間達が忙しく申請の書類を確認している。大半の者はレベッカさんと同じギルドに所属したいという理由で来ているのか、ヴィルヘルムさんが面倒くさそうに追い払った。自分の意思を尊重して貰えないと思った冒険者が剣を抜いて暴れたが、長身の男性が胸ぐらを掴んで冒険者を外に投げ飛ばした。
俺とララの直ぐ側を冒険者の体が飛び、通りの反対側にある建物に激突すると、ギルドにたむろしていた冒険者達が一斉に外に出た。
「全く、国家魔術師も舐められたものだな。雑魚と一緒に働いてやれる程、レベッカは暇じゃないんでね」
「フェリックスさん! お久しぶりです」
「クラウス! ギルドの設立、おめでとう」
「ありがとうございます。今日はどういったご用件ですか?」
「実は、武器を新調したので、もう一度勝負したいと思ってね。クラウスの剣が俺の冒険者としての魂を蘇らせてくれたんだ」
俺はララのトランクを床に置くと、彼女は俺の肩から飛び降りてトランクに飛び乗った。それから予備の武器として馬車に積んでいたロングソードを持つと、あまりの軽さに驚きを感じた。
上半身の筋肉が増えたからだろう。以前父から貰ったこの剣で、今の自分の力を全て出せるかは分からないが、せっかくフェリックスさんが戦いたいと言ってくれているのだ。経験を積むためにも、もう一度剣を交えよう。
「悲しい事だが、俺はもう賭けられるものはない。この命くらいかな。クラウス! 俺が勝負に負けたら、俺の命を差し出す。好きにしてくれて構わない。だからもう一度本気で勝負してくれ! ただし、俺が勝負に勝ったらクラウスを俺の従者にする」
「面白いですね。やりましょう! 俺も命を賭けて勝負しますよ! 勝負に負けたら、一生フェリックスさんの従者として暮らします」
「それでこそ剣鬼! 今回は時間なんて計らずにとことんやり合おう! どちらかが負けを認めた時点で勝負は終わり!」
フェリックスさんがかなり無茶な提案をすると、俺はなんだか興奮して彼の提案の了承してしまった。三日前はお酒に酔っていたが、今日は少しもお酒が入っておらず、肉体の調子もかなり良さそうだ。表情も爽やかで、エメラルド色の様に澄んだ瞳で俺を見つめている。堕落しきった生活を送っていた時のフェリックスさんではない。全く別人の様に感じる。これが本当のフェリックスさんの姿なのだろう。
「クラウス、勝負を受ける気か?」
「はい、ヴィルヘルムさん。フェリックスさんが本気で勝負を挑んでくれるのですから、剣鬼の二つ名を持つ俺が逃げ出す訳にはいきません。それに、フェリックスさん以外の方が勝負を挑んでも、俺は全ての勝負を受けます。ギルドマスターたる者、逃げ出して良い勝負はありませんから」
「そうだったな。それじゃ頼むぞ、マスター。圧倒的な力でねじ伏せてくれ」
「お任せ下さい、ヴィルヘルムさん」
ティファニーは楽しげに俺を見つめ、リーゼロッテさんは不安そうな表情を浮かべている。レベッカさんは冒険者の集団から開放されて安堵の笑みを浮かべ、俺に片目を瞑ってみせると、俺はレベッカさんに対して微笑んだ。ヴィルヘルムさんは俺の肩に手を置いて必ず勝てと言うと、俺は頷いてから剣を抜いた。
ロングソードの懐かしい感覚を確かめながら、ゆっくりと相手との距離を取る。フェリックスさんは銀色に輝く二本のダガーを構え、徐々に距離を詰めて来ている。武器の長さの関係上、ロングソードを使用する俺の方が有利に戦えるに違いないが、相手は現役の国家魔術師だ。レベルは俺より十五も高く、経験も豊富。
お酒が入っていないフェリックスさんの動きは非常に滑らかで、目の前に居るにもかかわらず、まるで気配すら感じない。フェリックスさんがダガーを強く握り締めると、瞬時に踏み込んで俺の間合いに入ってきた。
全身の筋肉を総動員し、ロングソードで水平切りを放つと、フェリックスさんは瞬時に左手のダガーで俺の剣を受け、右手に持ったダガーで突きを放ってきた。俺は攻撃を受けず、後退してダガーの間合いから逃れようと足を後ろに踏み込んだ瞬間、俺の背後には石の壁が出現した。
いつの間に壁を作ったのだろう、攻撃と同時に俺の退路を断ったのだ。なんという戦闘技術だろうか。後退を拒まれた俺の腹部には彼のダガーが深々と突き刺さり、激痛を感じたが、次の瞬間には傷が癒えた。これは命を賭けた戦いなのだ。小さな怪我で動揺している場合ではない。俺は左手で彼のダガーを掴むと、力ずくで捻り取ってから、彼の腹部に蹴りを放った。
フェリックスさんの体がギルドの壁に激突すると、俺はダガーを投げ捨ててロングソードを両手で構え、一瞬で間合いを詰めてから全力で突きを放った。フェリックスさんは俺の本気の突きを避けられずに頬に喰らうと、彼の頬は綺麗に割れて血が吹き出した。それからフェリックスさんは右手に石の盾を作り出し、俺の顔面を殴ると、彼の強烈な一撃に俺の意識は飛びかけた。
攻撃を受けても瞬時に状況を判断して反撃する戦闘技術。やはり国家魔術師とは冒険者を極めた者。顔面に猛烈な痛みを感じながらも、ロングソードで垂直斬りを放って攻撃を仕掛けた。フェリックスさんは石の盾で攻撃を防いだが、盾は俺の剣に耐えられる程の強度が無かったのか、石が砕け、彼の前腕を切り裂いた。腕からは大量の血が滴り落ちているが、フェリックスさんは腕に出来た傷すら見ずに、ダガーでの攻撃を放ってきた。
ティファニーのナイフ捌きが素人の攻撃に思える程、彼のダガーの一撃は驚異的な威力があり、ロングソードを両手で握りしめて彼のダガーを受けても、両手にとてつもない衝撃を感じる。まるで幻獣クラスの魔物の一撃のようだ。
フェリックスさんが後退して床に左手を付けると、俺の足元からは無数の石の槍が伸びた。見た事もない攻撃魔法に狼狽して瞬時に飛び上がった瞬間、フェリックスさんは俺よりも遥かに高い位置まで飛び上がり、俺の頭部を殴りつけて地面に落とした。このまま落下をすれば無数の石の槍に突き刺さってしまう……。
落下の直前に槍を叩き切って床に立つと、七本の槍が生き物の様に伸びて俺の下半身を貫いた。猛烈な痛みに意識が飛びそうになりながらも、頭上から急降下をするフェリックスさんに対して剣を振ると、俺の剣が彼の胸部を大きく切り裂いた。
地面に落下したフェリックスさんは瞬時に立ち上がり、笑みを浮かべながらダガーを鞘に仕舞った。素手で戦いたいという事なのだろうか。俺はロングソードを鞘に戻すと、一気にフェリックスの間合いに入り、全力でフェリックスさんの腹部を殴った。彼の体は一瞬宙に浮いたが、それでも彼は倒れずに何度も攻撃を仕掛けてきた。お互い何発も攻撃を受け、徹底的に殴り合うと、遂にフェリックスさんが倒れた。
「俺の負けだ……」
フェリックスさんが負けを認めた瞬間、レベッカさんが杖をフェリックスさんに向けて回復魔法を唱えた。まさか、本気のフェリックスさんがこんなに強かったとは思わなかった。俺が悪魔じゃなかったら、到底敵わない相手だった。しかし、本気の国家魔術師を正々堂々と倒せた事は喜ぶべき事だ。
それからフェリックスさんは力なく立ち上がると、満足気に笑みを浮かべて俺を抱きしめてくれた。彼の清々しさに感動を覚え、俺はしばらくフェリックスさんと強く抱き合っていた。
「クラウス、俺の負けだ。正々堂々と戦って負けた! 今の俺ではクラウスに勝つ事は出来ない。だが、いつか必ず勝ってみせる! 約束だ、俺の命を好きにしてくれ」
「それでは……俺達のギルドの受付になってくれませんか。それから、ギルドにも加入して頂けると助かります」
「受付……? 国家魔術師の俺が何でもすると言っているのだぞ? 幻獣討伐を命令して大金を稼いでも良いし、気に入らない相手を殺しても良い。盗賊の一団を皆殺しにして荒稼ぎしても良い。何でもするんだぞ? 受付なんかでいいのか?」
「そんな事はしないで下さい。ただ、フェリックスさんの様な経験豊富な方が受付に居て下さったら、俺達も安心して魔物討伐や訓練に集中出来ます。ラサラスの受付として、ギルドメンバーとして、俺達と一緒に居てくれませんか」
「全く欲の無い奴だな……! よし、良いだろう。ラサラスに加入し、受付として働かせて貰う。給料も要らない。金が必要ならクエストを受けて稼ぐからな」
「ありがとうございます。ララ、フェリックスさんと共にラサラスの受付を頼むよ」
「任せて頂戴。マスター」
新たな仲間の加入にギルド内は大いに盛り上がり、俺達の戦闘を入り口から眺めていた冒険者達は目を輝かせて熱狂的な拍手を送ってくれた。フェリックスさん程の実力者がギルドに居れくれたら、俺達は外で稽古をする事も出来るし、狩りをする際にも最高の戦力になってくれる。それに、剣の稽古の相手もして貰えるだろう。国家魔術師が二人も所属するギルドか。徐々に仲間も増え、戦力も高くなってきたな……。
「それで、俺は受付をしたらいいんだな。そこのダークフェアリーと共に」
「そうですね、ララと共に受付をお願いします。まだギルドの運営方法も良く分からないので勝手が分かりませんが」
「加入者は俺とララが勝手に選んで良いんだな?」
「はい。お二人の基準に満たない者は加入を拒否して下さって結構です。明らかにレベッカさんやフェリックスさん目当てに登録をしようとする人は、基本的に加入を認めないとい方針でお願いします。それから、ギルドを脱退したばかりの人も注意して下さい。仲間として長く付き合えそうな人を見極めて下さい」
「承知した」
それから俺は仲間にララを紹介すると、仲間達はララを歓迎した。フェリックスさんとララはカウンターに入り、二人で加入者の基準について熱心に話し合っている。カウンターの上にはギルド協会から頂いた石版がある。この石版はギルド設立の翌朝に届いた物だ。石版に魔力を込めると、レベルや属性等を計る事ができ、尚且つギルドカードも発行出来る。
仲間達は既にギルドカードを持っているので、フェリックスさんも石版に魔力を注いでギルドカードを発行した、それからララもギルドに加入したそうに俺を見つめていたので、俺はララもギルドに加入して貰う事にした。レベル四十で魔物の討伐経験も豊富なのだから、受付と雑用を行うだけではなく、クエストを依頼するのも良いかもしれない。
それから暫くしてギルド協会から手紙が届くと、最初のクエストの依頼が来た。羊皮紙に仕事内容が書かれており、詳しく読んでみると、アドリオンの周辺の森でゴブリンとスライム、スケルトンの討伐を行って欲しいとの事だった。こういった駆け出しの冒険者向けのクエストは非常にありがたい。新規加入者が比較的安全に仕事をこなせるからだ。
カウンターのすぐ隣の壁をクエストボートとして作り変え、羊皮紙に討伐の対象の魔物の名前と報酬を書き込むと、遂にクエストを受けて貰う環境が整った。冒険者がクエストを受けるには、羊皮紙を取ってギルドカードと共にカウンターに提示し、受付がクエストを達成出来るか、危険がないかどうかを判断してクエストの受注を認める。
クエストを受けた冒険者は依頼を達成した後にギルドで報告し、受付が報酬を払う。それからギルド協会に依頼の達成を報告して報酬を頂く。
冒険者に支払う報酬を一時的にギルドが負担する事になるが、それでも多少の手数料を得る事が出来るので、クエストを斡旋し続けるだけでお金を稼ぐ事が出来る。勿論、冒険者が一切クエストを受けなければ、俺達がクエストをこなさなければならない。仕事を紹介して得たお金は全てギルドを運営するために使う。
ゴブリンやスライムの様な低レベルの魔物の討伐は、そもそも報酬が少ないのでその中から手数料を取れば、冒険者が受け取る報酬が少なくなってしまうので、レベル十以下の冒険者でも討伐出来る魔物のクエストは、手数料を取らずに無料で斡旋する事にした。
その方が駆け出しの冒険者はより多くの報酬を受け取る事ができ、装備を充実させる事も出来るからだ。勿論、俺達がタダ働きをする事になるが、多少の損は問題ではない。
新人を効率良く育成し、居心地の良いギルドを作る事が目的なのだから。簡単な討伐クエスををこなし続ければ、次第に討伐難易度の高いクエストをギルド協会から回して貰えるだろう。
今日は受付を十九時までで終えて、ララに部屋を紹介した。フェリックスさんも住む家がないといって、二階の部屋で暮らす事が決まった。それから二人が荷物の整理をすると、俺達は一階に集まり、細やかな宴を開いてララとフェリックスさんの加入を祝福した……。




