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第五十三話「妖精と契約」

 告白の翌日から、俺とティファニーは普段よりも一緒に居る時間が長くなり、視線が合う回数も増えたが、俺達の関係は現状維持のままだ。お互いの気持を確認出来た事が俺達の気持ちをより近づけるきっかけになったが、交際は始めない。今は国家魔術師試験合格のために奮闘しなければならない重要な時期だからだ。


 冒険者ギルド・ラサラスを設立した翌日から大勢の冒険者達が加入を希望したが、やはりレベッカさん目当ての魔術師が多く、俺達は加入希望者を精選する事にした。既にギルドに所属した経験があり、所属していたギルドの仕事を投げ出してラサラスに加入希望を出す者は、全て基準に満たないとして加入を断る事にした。


 そういった冒険者は、より知名度が高いギルドマスターがギルドを設立した時、ラサラスを脱退して移籍する可能性が高いからだ。基本的に加入者のレベルは制限しない。低レベルの冒険者でも大歓迎だ。


 理想はギルド加入経験がない、もしくは現時点ではギルドに所属していないフリーの冒険者だ。自分を育ててくれたギルドを捨て、ラサラスに加入しようとする冒険者は全て加入を拒否している。


 毎日大勢の冒険者が加入申請のためにラサラスを訪れるので、俺達五人は一日中訪問者の対応をし、訓練すら出来ない状況に陥ってしまった。このままでは自分達の時間すら確保出来ないので、俺は直ちに職員を雇うためにギルドを出た。


 やはり冒険者の活動を熟知するフェアリー達が良いと思う。仕事があればいつでも受けると言ってくれた、妖精の館を訪ねてみよう。人通りが多い商業区の大通りから路地に入った場所に、何とも可愛らしい木造の屋敷を見つけた。人間が暮らす家ではないから、通常の住宅とは雰囲気が違う。まるで大木を切り抜いて作ったかの様な独特な造形に、無数の窓が付いており、広々とした庭まである。


 庭は几帳面に整えられており、背の高い木が屋敷を囲う様に植えられている。フェアリーの子供達だろうか、小さな体をした美しいフェアリーが俺を取り囲み、無邪気に俺の体に触れて微笑んでいる。


 人間の来客者を想定した大きめの玄関に入り、大広間に通されると、大広間には大人のフェアリー達が次々と入ってきた。年齢順に一列に整列すると、屋敷の管理人らしきフェアリーが駆け寄ってきた。


「これはこれは! あなたは以前、酒場の掃除を依頼して下さった冒険者さんですね。確か冒険者ギルドを設立されたのだとか」

「はい、三日前に掃除の仕事を依頼しました。現在では冒険者ギルド・ラサラスとして活動をしています」

「そうでしたか。本日は私達の館を尋ねて下さってありがとうございます。何か私達フェアリー族にお手伝い出来る事はありませんか?」

「実は、ラサラスの受付を兼ねた雑用係を雇いたいんです。給料の相場は分かりませんが、人間を雇用する場合と同等、それ以上でも構いません。それから、住み込みで仕事をして頂きたいので、精神的に自立している方。家賃は無料で、人間のために作られた宿の一室を提供します。どなたか俺達の活動に理解がある方で、勤務を希望する方が居れば是非雇用させて下さい」

「住み込みで冒険者ギルドの受付と雑用ですね。月給二万ゴールド程でしょうか。やはり成人を迎えたフェアリーが良いでしょう。知能も高く、人間を相手にしてもはっきりと意見を言える性格の方がいいですね」

「はい。かなり強引な冒険者も居るので、性格は多少強めの方が助かるかもしれません」

「そうですか……私が直々に仕事を受けたいところですが、長期間の案件は管理人を務める私では務まりませんので、代わりのフェアリーを紹介しますね」


 管理人さん大広間に成人を迎えたフェアリーを残し、子供のフェアリーを外に出した。それから今回の案件を受けられるだけの能力を持つフェアリーを残すと、五人のフェアリーが残った。


 大半のフェアリーは羽根の色が虹色なのだが、一人だけ黒い羽根を持つフェアリーが居る。髪は明るい赤色で、瞳の色もルビーに近い。身長は五十センチ程。手には木製の杖を持っており、静かに俺を見つめている。


 他の四人のフェアリーよりも近寄りがたい雰囲気をしているが、俺自身と良く似た魔力の波長を感じる。フェアリーは基本的に聖属性を持つが、この者はフェアリーの亜種なのだろう。


「アドルフィーネさん、どうして私達がダークフェアリーと同等に扱われなければならないんですか?」

「フェアリーの亜種だとしても彼女も私達の仲間です。それに、あなた達の中で最も高レベルであり、魔物との戦闘経験も豊富で、受付や雑用程度の仕事なら十分にこなせる力を持っていると思っています」

「ですが、冒険者さんがララを選ぶとは思えません! 闇属性を秘めるフェアリーなんて必要ないんです!」


 性格の悪そうな背の高いフェアリーが黒い羽根をしたフェアリーを睨みつけると、ララと呼ばれたフェアリーは杖がフェアリーの頭を叩いた。全く容赦ない一撃にフェアリーが動揺した瞬間、フェアリーの頬を強く叩いた。随分攻撃的な性格なのだろう。だが、無理矢理にでもギルドに加入しようとする冒険者達を拒否するには、彼女の様な強気なフェアリーが良いのかもしれない。


「お客さんの前で何を争っているんですか! これだからあなた達は仕事も貰えないんですよ!」

「まぁまぁ、管理人さん……」

「ベルンシュタインさん。お好きなフェアリーを選んで下さい。彼女達はすぐにでも住み込みで働ける準備が整っている者達です。性格に難がある者も居ますが、能力は非常に高く、向上心もあります」

「そうですか……それでは、そちらの黒い羽根の方でお願いします」

「それはまたどうしてですか……?」

「俺も人間ではないからと拒絶された経験があるので、きっと彼女の気持ちが理解出来ると思うんです。俺は悪魔ですから、人間ですらないんです」

「ベルンシュタインさんが悪魔の力を持つ事はアドリオンで噂になっていますが、それでも人間を守るために戦い続けていると知っています。この町にはベルンシュタインさんを拒絶する者はいませんよ」

「ありがとうございます」


 俺は管理人さんの小さな手を握って握手を交わすと、彼女の優しい言葉に思わず涙が出そうになった。それからダークフェアリーが館を出る支度を始め、俺は管理人のアドルフィーネさんと紅茶を飲みながら彼女を待った。名前はララ、年齢は十五歳なのだとか。フェアリーの世界でも成人は十五歳らしい。


 それから、更に驚いた事がある。ララさんは魔物討伐の経験が豊富で、レベルは四十を超えているのだとか。ギルドには所属せず、魔物討伐をして素材を集めて暮らしていたところ、アドルフィーネさんに誘われて妖精の館で暮らし始めたらしい。


 話を聞けば聞く程俺と似た境遇なので、俺は勝手にララさんに対して親近感を頂いてしまった。ララさんが大きなトランクを持ってくると、俺はその場で雇用するための書類にサインをした。月給は二万ゴールド。契約期間は特に決めず、最低でも二年は働いて貰う事にした。


「ベルンシュタインさん。うちのララをよろしくお願いします」

「かしこまりました。それでは失礼します」

「ララ、たまに様子を見に行くからね」

「はい、アドルフィーネさん。お世話になりました……」


 アドルフィーネさんが大粒の涙を流しながらララさんの手を握ると、彼女は恥ずかしそうに微笑み、トランクを持ち上げて俺の隣に立った。それから俺を見上げると、俺達はゆっくりと妖精の館を後にした。


「ララさん。俺は冒険者ギルド・ラサラスのギルドマスター、クラウス・ベルンシュタインです。よろしくお願いします」

「ララでいいです……マスター」

「マスター?」

「ギルドマスターなのでしょう?」

「はい……そうですが、なんだか新鮮なので」

「それではご主人様とでもお呼びしましょうか? 私、人間に媚びるのは嫌いなんですが」

「いいえ、マスターでお願いします……」

「はい、マスター。それから敬語も使わないで下さい。マスターが雇用主なのですから」

「それじゃ、ララも敬語なんて使わなくていいよ。雇用主というか、俺はララと友達になりたいと思っているから」

「私と友達……? そんな事を言ったのはマスターが初めて……」


 さっきまでのそっけない態度とは一変して、恥ずかしそうに顔を隠すと、俺は彼女の可愛さに自然と心が暖かくなった。きっと自分の心を開かずに、フェアリー達からも仲間扱いされずに生きてきたのだろう。


「実は、私はマスターの事が以前から気になっていたの。闇属性を持つ者が人間社会でどう暮らすのか。生き方の手本になるんじゃないかって思ってた」

「今まで生きづらい思いをした事もあったけど、仲間が居るからなんとか乗り越えられたよ。ララも一人で生きていたんだね。多分、俺よりもずっと長い間」

「ええ。私は森で生まれてからすぐに捨てられた。両親はフェアリーだったのだけど、どういう訳か、私はダークフェアリーとしてこの世に生を受けた。きっと私の母が秘めていた闇属性の力が私の体内に流れたのではないかと思うのだけど」

「それからは森で暮らしていたのかい?」

「ええ。十三歳まではアドリオンの付近の森で暮らし、それからアドルフィーネさんと出会ったの。だけど、彼女の館で生活を始めても、私の人生は変わらなかった。私一人だけがダークフェアリーだから、フェアリー達は私と会話すらしてくれなかった。ただ唯一、アドルフィーネさんだけが私を愛してくれた……」

「素敵な管理人さんだと思う。いつかまた仕事を依頼したいよ」

「ええ。アドルフィーネさんは最高の妖精よ」


 ララが笑顔を見せてくれたので、俺はなんだか嬉しくなって、彼女のトランクを代わりに持った。他人に荷物を持たれた事が初めてなのか、彼女は涙を流して喜んだ。それから黒い美しい羽根を開くと、飛び上がって俺の肩に着地した。ララの体は非常に軽いが、体内に秘めている魔力は非常に強く、俺自身と同属性だから、仲間と触れ合っているよりも随分心地良い。クラウディウスさんとレベッカさんも闇属性を秘めているから、触れ合った時にはなんとも言えない心地良さを感じる。


「ララはこの町で唯一のダークフェアリー。俺はこの町で唯一の悪魔。お互い誰とも違う種族だけど、これからは俺達の仲間として楽しく暮らしていこうよ。皆ララを歓迎してくれると思うよ」

「それなら嬉しいけど……ありがとう……マスター」

「どういたしまして。そろそろギルドだよ」


 俺はララを肩に乗せたままギルドに入ると、受付には見覚えのある男性が立っていた……。

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