第五十話「ギルドマスターの誕生」
ギルド協会を出てから、中央区の大通りを見て回り、目的の武具屋に向かう。レベッカさんの提案で、今日はギルドの設立を記念する宴を開く事になった。
バラックさんから頂いたクレイモアが砕けた事は悲しいが、それでも本物の魔物との戦闘時に武器が壊れなくて良かったと思う。以前父から貰ったロングロードは予備の武器として馬車に積んであるが、すっかり使う機会もなくなった。クレイモアの修理を頼んだら、早速宴の準備を始めるとしよう。
「しかし、クラウスはサイクロプスの骨を砕く程の力を身に着けていたとは……私の予想よりも遥かに速い速度で成長しているのね」
「俺は悪魔ですから、人間の成長速度とは違うのだと思います」
「自分の体が嫌い?」
「そうですね。昔は仇の血によって体が変わった事が気持ち悪かったですよ。忌々しい魔物の血が俺の体を流れていて、しかもその力が日に日に強まり、徐々に俺を人間から魔物に変えている様で。ですが、今ではこの力に感謝しています」
「悪魔の力を持つ人間。排他的な思考を持つ人はクラウスの存在を認められないでしょうね。レーヴェの人達の様に」
「そうですね。体内に闇属性を秘めているというだけで、レーヴェやレマルクには入れませんから……」
「確かに闇属性を秘める者が犯罪者の可能性は高いの。犯罪者が秘める属性を調べたら、闇属性を持つ者が多かったという過去の統計に左右されて、闇属性は犯罪者の属性なんて言われているから」
「全く馬鹿馬鹿しい話ですが、拒絶されるのも仕方ないと思います。俺は悪魔の力を手に入れてから、時々自分の思考と行動が一致しない時期がありましたからね。レーヴェを襲撃された日に、俺はデーモンの血を取り込み、暫く意識を失っていたのですが、意識を取り戻してからは、思考は冷静なのに、肉体は暴力を求めている様な感じがしました」
レーヴェの医者からお前がデーモンを召喚したのではないかと問い詰められた時、冷静に相手の言葉に反論しながらも、体は目の前に居る敵を攻撃したくてたまらなかった。それから俺の体は全力で床を叩き、粉砕した。思考と肉体が一致していなかったんだ。
「それはデーモンの血のせいでしょうね。人間を殺めるには十分すぎる程の力を持ちながら、思考は一介の村人のままだった。人間離れした強靭な肉体と、クラウス本来の保守的な思考が一致していなかっただけの事。そんなクラウスが剣を持ち、魔物との戦闘に身を置く様になって、初めて悪魔の体と思考が一致した。それからは自分の意思で肉体を制御出来る様になったでしょう?」
「そうですね、たまに暴力的な考えが頭をよぎる事がありますが、以前の様な肉体と精神が統一されていない感じはありません」
「悪魔の力を自分の物にしたからね」
レーヴェを襲ったデーモンは今頃何をしているのだろうか。まだ人間を襲っているのだろうか。モーセルやヴェルナー、レマルクでの目撃情報が無い事から、既に他国の領地に身を隠している可能性もある。
人間が入り込まない深い森の中やダンジョンの下層などに潜ってしまえば、隠れ続ける事は容易い。もし人間に目撃されても、その場で殺せば目撃者も居なくなるのだから、デーモンはまだ生きていると考えるのが自然だろう。
「この広い世界の何処かに潜むデーモンを見つけるにはどうしたら良いでしょうか」
「私も考え続けているのだけど、デーモンを見つけ出す事はかなり難しいかもしれない。しかし、敵は一度レーヴェを襲っているのだから、ファステンバーグ王国を標的にしている可能性がある。他国の人間が王国転覆を図り、王国内の地域にデーモンを放った可能性もあるわね。勿論、これは全て私の推測に過ぎない。野生のデーモンが無差別的に村や町を襲っている可能性もあるから」
「対象はファステンバーグ王国だけではないと考えても良いんですね」
「そうね。どこに現れても不思議ではないわ。隣国のハイデン王国なんかを襲撃する可能性もあるし。まぁ、気長に剣と魔法の訓練を続ける事ね。今のクラウスではデーモンを仕留める事は到底不可能。デーモンは幻獣クラスの魔物だけど、限りなく聖獣に近い実力を持っている」
「聖獣ですか。フェニックスやワイバーンなんかが聖獣クラスの魔物なんですよね」
「ええ。聖獣は一体で一国を滅ぼす力がある。過去に大陸を支配していた魔王は聖獣を召喚して地域を襲い続けた。魔王の召喚獣であるエンシェントドラゴンは、国家魔術師を一撃で仕留められる力を持っていたの。まぁ、大陸の支配と言っても、魔王の支配は一年も続かなかった。ハイデン王国の国家魔術師とファステンバーグ王国の国家魔術師が協力して魔王討伐に乗り出したから、魔王と召喚獣のエンシェントドラゴンはすぐに命を落としたという訳」
レベッカさんから魔王と国家魔術師との戦いを聞きながら、目的の鍛冶職人の店を探して歩くと、背の高い石造りの店に辿り着いた。武具の制作と販売を行っているらしく、室内には個性的な武具が綺麗に並べられている。
入り口には魔法陣が書かれており、魔法陣が認めた人間以外は室内に入る事は出来ないみたいだ。レベッカさんが魔法陣の上に立つと、魔法陣は強く輝いてレベッカさんを室内に通した。
「一定の魔力を持たない者は、たとえ国家魔術師でも国王陛下でも店に入る事は出来ないの。弱い者には武具は売らないというのがロタールさんの考えみたい」
国家魔術師の紹介状を持つギルドマスターでも、実力が伴っていなければ店内に入る事すら出来ないのだ。なんと厳しい入店審査だろうか。ギルドマスターの資格を得て、国家魔術師から紹介状を頂き、尚且つ魔法陣に認められなければ店内に入る事も出来ないのだ。流石、国家魔術師や国王陛下のために武具を用意する最高の鍛冶職人の店という訳だ。
恐る恐る魔法陣に乗ると、魔法陣が強く光り輝いた。体には何の異変も感じない。これは魔法陣に認められたという事なのだろう。
「もし、一定の魔力を持っていなかったら、魔法陣の足を踏み込んだ時点で外に吹き飛ばされていたからね。これは計測の魔法陣という、五種類の基本魔法陣の中の一つなの」
「基本的な魔法陣でも、使い方によっては侵入を拒む防御手段として使えるんですね」
「使い所は難しいけどね。本当に突破したかったら、魔法陣に足を踏み入れずに、建物の壁を破壊すれば良い訳だし。戦闘ではあまり使い道の内魔法陣だけど、たまにダンジョンに書かれている事があるから、形だけ覚えておいた方が良いかもしれないわ」
「ダンジョンに魔法陣が書かれている事があるんですね」
「ええ。ダンジョン内に人間をおびき寄せてから、入り口に計測の魔法陣を書いて人間を閉じ込める魔物も居るから」
「そういう時はどうやって出れば良いんですか?」
「魔法陣を書いた魔物を殺すのよ。簡単でしょう? さぁ行きましょうか」
魔法陣を抜けてから店内に入ると、四十代程の黒髪の店主が近づいてきた。身長は俺と同じくらいだが、筋肉は俺よりも遥かに大きい。澄んだ青い瞳が特徴的で、満面の笑みを浮かべながらレベッカさんを抱きしめた。
「久しぶりだな! レベッカ!」
「ええ。お久しぶりです、ロタールさん」
「幻獣討伐のためにアドリオンを出たと聞いていたから心配していたぞ。モーセルでレッドドラゴンを討伐出来たのか?」
「いいえ。私が駆けつけた時には既に姿を消していました」
「そうだったのか。それで、今日は若者を連れてどうしたんだ? 男と一緒に居るなんて珍しいじゃないか」
「実は、弟子を取ったのでロタールさんに紹介しようと思いまして」
「弟子? まさか! アドリオンで最強の国家魔術師が弟子を取ったとは! この少年がレベッカの弟子という訳か」
「初めまして、冒険者ギルド・ラサラスのギルドマスター、クラウス・ベルンシュタインと申します」
「クラウス・ベルンシュタイン! 町で噂になっている剣鬼か! レベッカの初めての弟子が幻獣討伐の剣鬼という訳か。こいつは面白い事になりそうだ。私はコンスタンティン・ロタールだ。よろしく頼む」
ロタールさんは笑みを浮かべながら手を差し出すと、俺はロタールの手を握った。瞬間、まるでサイクロプスの様な途方もない力を感じた。笑みを浮かべながら平気で俺の手を握り潰そうとしているのだ。
俺は彼の気持ちに答えるために全力でロタールさんの手を握り締めると、ロタールさんは笑みを浮かべたまま、暫く俺を見つめた。それから痛みに耐えられなくなって顔を歪めると、楽しそうに笑い出した。
「これほどの者が国家魔術師ですらないとは。全く驚異的だ。まるで国王陛下と握手を交わしている様だ。彼も鍛冶職人である私よりも力が強いんだ」
「手が潰れるかと思いましたよ。思わず全力で握ってしまいました」
「それで良いんだ。握力が分かれば武器の大きさや重さも最適なものに出来るからな。客の力を見極め、最大の力を出せる武具を提供するのが私の仕事だからな。それで、紹介状はあるのか? レベッカの紹介という事でいいのか?」
「グラーフェさんから紹介状を頂きました」
ロタールさんに紹介状を渡すと、彼は愕然とした表情を浮かべた。
「まさか、会長が自ら紹介状を書くとは! クラウス、君は本当に偉大な方から期待されているのだな。十五歳の剣鬼がギルドマスターとは! 一体どんな冒険者ギルドなのか、気になって仕方がない」
「つい先程ギルドマスター試験に合格したばかりなので、ギルドとしての活動はまだ始めていません」
「そういう事か。それで、今日はどんな用件で来たんだ?」
「実は、このクレイモアなんですが」
俺はロタールさんにクレイモアの残骸を見せると、彼は暫く悩んでから、新しい武器を作った方が良いと提案してくれた。というのも、このクレイモアはまだ筋肉が小さかった頃、ヴェルナーでバラックさんさんから頂いた物だから、今の俺なら更に高重量の武器を扱えるからなのだとか。通常の人間にとっては十分に重い両刃の剣も、体を鍛え込んでいる悪魔の俺には非常に軽い。
「属性の希望はあるか?」
「火属性でお願いできますか?」
「勿論可能だ。私は全属性の武具が作れる、ゼクレス大陸で唯一の鍛冶職人だからな。それから、魔物の素材を金属に溶かして特殊な効果を付ける事も出来るが、普段の戦い方を教えてくれ」
俺は自分自身の戦い方を一通り伝えると、ロタールさんは子供の様に目を輝かせ、俺の体を隅々まで触って筋肉の量を見極めようとした。
「十五歳にしては驚異的なまでに筋肉が肥大しているな。二十歳を超える頃には、間違いなくこの大陸で最強の剣士になるだろう。悪魔の力を持つ人間か。十五歳で国家魔術師試験に合格した天才的な魔術師、レベッカ・フォン・ローゼンベルグが魔法の技術を教えれば、剣と魔法を極めた最強の冒険者になれるだろう」
「俺はデーモンを仕留めて妹を苦痛から救えればそれで良いんです」
「うむ。デーモンを殺せるだけの武器を作ってやろう。素材はレッドドラゴンの角とミスリル。形状はクレイモア。勿論、以前のクレイモアよりも現在のクラウスの筋肉量に合わせて作るから、かなり重い物になるだろう。一週間後に取りに来ると良い。代金は三十万ゴールドだ」
剣一振りが三十万ゴールドとは驚異的な価格だが、それでも大陸で最高の技術を持つ職人が俺のために武器を鍛えてくれるのだ。フェニックスさんとの賭けに勝利し、六十万ゴールドも浮いたのだから、ここは惜しまずに使うべきだろう。
武器が良ければ更に多くの魔物を狩れる。結局は地域のためにお金を使うのだ。俺自身が更に強くなれば、アドリオンの防衛力が上がる事は間違いないのだからな。
「装備にはいくらお金をかけてもいいと思うわ。ロタールさんがクラウスのために剣を鍛えてくれるのだから、光栄な事なのよ」
「そうですね、それでは代金を持ってきます」
「代金は商品の受け渡しの時で良い」
「ありがとうございます。それでは新しい武器を楽しみにしていますね」
「うむ。最高の剣を作るからな」
ロタールさんは俺を信用して代金は後払いで良いと言ってくれた。再びロタールさんと握手を交わしてから店を出ると、俺達は宴の準備のために食材を買いに行く事にした……。




