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第五話「復讐者の実力」

 背の高い木造の住宅や店が立ち並ぶ町を観光しながら歩く。町の人達は俺の服装を見て怪訝そうな表情を浮かべるが、俺は他人の目を気にせずに、久しぶりの安全を楽しみながら観光する事にした。


 森での生活には安全が無かった。いつ魔物の襲撃を受けるか分からなかったから、洞窟の入り口にはブラックウルフの牙を撒いておいた。そうすると、魔物が洞窟に侵入した時に音が出るので、俺は魔物が音を立てた瞬間、ファイアボールを飛ばして敵を仕留めた。ゆっくり眠る事も出来なかったから、今日は久しぶりにベッドで眠れると思うと、何だか涙が出そうになった。


 暫く歩き続けると、町の一角に人溜まりが出来ていた。何か催し物でもあるのだろうか。人混みをかき分けて進むと、そこには銀色のローブを纏った魔術師風の男性が立っていた。


 身長は俺よりも若干高く、百七十五センチ程だろうか。金色の髪を肩まで伸ばし、ブルーサファイアの様な澄んだ瞳が印象的だ。年齢は十八歳程だろうか。男性が両手を地面に付けると、氷から出来た分厚い壁が生まれた。氷属性の魔術師なのだろうか。そう言えばエルザも氷属性の魔法を好んで練習していたな。


「さぁさぁ、今日も挑戦者の受付を始めます! 挑戦者は私が作った氷の壁を破壊するだけ。参加料は百ゴールド! 氷の壁を破壊する事が出来れば、千ゴールド差し上げます!」


 男性が自信満々に叫ぶと、市民達は興奮した面持ちを浮かべ、懐からお金を取り出した。いかにも腕っ節が強そうな長身の男性が氷の壁に立つと、魔術師は口元に笑みを浮かべた。既に勝利を確信しているのだろう。


 挑戦者は拳に風の魔力を纏わせ、思い切り殴りつけた。瞬間、辺りには風の魔力が炸裂し、氷の壁の表面を大きく削った。武器に魔力を注ぎ、魔法剣として使用する技術が存在する事は知っていたが、自分の肉体に魔力を纏わせる事も出来たとは。これは何と面白い催し物だろうか。


 俺はすっかり興奮して、魔術師の巧みな話術に聞き入った。彼は挑戦者が少なくなれば闘争心を煽り、挑戦者を壁の前に立たせた。挑戦者の中には氷の壁を破壊した者も居たが、結果的には魔術師の男が千五百ゴールド以上稼いでいる。


「俺もお金があったら参加するんだけどな……」


 氷の壁を見ながら呟くと、隣に立っていた少女が財布から百ゴールドを取り出して俺に渡してくれた。


「貸してくれるんですか?」

「はい。なんだか自信がありそうだったので」

「自信はありませんが、楽しそうだなって思ったんです。久しぶりに人を見たものですから……」

「まさか、久しぶりに人を見たなんて。面白い冗談を言うんですね」


 身長百六十センチ程の眼鏡を掛けた黒髪の少女が楽しそうに微笑むと、俺は彼女の美しさに心が高鳴った。年齢は俺と同じくらいだろうか。彼女もきっと魔術師なのだろう。手には銀製の杖を持っており、瞳の色と同じ深紫色のローブを着ている。胸の部分は大きく盛り上がっており、服の上からでもスタイルの良さがはっきりと分かる。


 つい見とれてしまったが、俺は少女から百ゴールド借りると、首に掛けていた大量の牙の首飾りを外した。それから鞄を少女に預かってもらうと、ロングソードを抜いた。ファイアボールを使用すれば氷の壁を破壊する事は出来るだろうが、それでは氷の破片が見物客に当たってしまう。


「さぁ次の挑戦者は剣士だ! 随分変わった服装をしているが、腕に覚えがあるのでしょう! 皆様、勇敢な挑戦者に拍手を!」


 周囲から乾いた拍手が上がると、少女は俺を見つめて微笑んだ。彼女は俺の勝利を期待してお金を貸してくれたのだ。何としても氷の壁を破壊し、千ゴールド稼ぎたいものだ。目の前には分厚い氷の壁がある。初めて訪れた町で知名度を上げるためにも、圧倒的な力で壁を破壊した方が良いだろう。


 幻獣のデーモンを仕留める事を目標とする俺が、人間の魔術師相手に負ける訳にはいかないのだ。俺は今後、どんな戦いにおいても敗北は許されない。デーモンが村を襲った時、俺が国家魔術師級の力を持っていたらエルザを救う事が出来た。全ては俺の弱さが招いた悲劇。力が欲しい……。


 高さ二メートル程の壁は非常に肉厚で、突きを放つだけでは到底破壊出来そうにない。剣がそのまま壁を貫くだろう。挑戦者が千ゴールド得るには、氷の壁を一度の攻撃で粉砕しなければならない。剣で氷を切る事は出来るが、一度の攻撃で壁を破壊するには爆発的な威力の物理攻撃を放たなければならない。


 上空から落下して垂直斬りを放とう。森での過酷な生活が俺の肉体を強化してくれた。今の俺なら下半身に軽く力を込めるだけで、二階建ての住宅よりも遥かに高い位置まで跳躍出来るだろう。既に俺は人間を超越した生物にでもなったのだろうか。肉体の回復速度、敵を攻撃した際に魔力が瞬時に回復する力。これは確実にデーモンから受け継いだものだろう……。


「参ります……!」


 気合を入れて叫ぶと、俺は一瞬で上空に飛び上がった。石畳の美しい町を上空から眺め、一気に落下を始めた。見物客達は遥か上空まで跳躍した俺を見上げて歓喜の声を上げた。少女は目を輝かせて微笑み、魔術師は愕然とした表情を浮かべ、力なくしゃがみ込んだ。


 急降下を始めながらロングソードを構え、落下のタイミングに合わせて剣を全力で振り下ろす。瞬間、剣が氷の壁を木っ端微塵に砕き、氷の壁は辺りに美しい氷を散らして消滅した。見物客に氷の雨が降り注いだが、辺りからは熱狂的な歓声が上がった。


「今の跳躍力って、魔法でも使ったのか?」

「いや、今のは純粋な筋力によるものだろう。彼の体内の魔力に変化はなかったからな」

「馬鹿な! 生身の人間が十メートルも跳躍出来るか!」

「まさに剣鬼。並外れた身体能力と爆発的な攻撃力。どこのギルドの冒険者だろうか?」


 市民達は俺を称賛しながらも、圧倒的な身体能力に驚いた。無我夢中で森で体を鍛え込んでいたから、まさか全力の攻撃の威力がこんなに高いとは思わなかった。デーモンと出会ってからの体の変化は誠に喜ばしいものだ。鍛えれば鍛えるだけ強くなれるんのからな。


 俺は魔術師から千ゴールド頂くと、少女に五百ゴールド渡した。彼女がお金を貸してくれなかったら、挑戦する事すら出来なかったのだから。


「凄い技でした……冒険者の方なんですか?」

「いいえ。レーヴェから来た村人です」

「村人? 嘘でしょう? あれ程美しい剣技を繰り出せる人が冒険者ですらないなんて……」

「この町には素材を売り捌きに来たんです。それから暫く魔物討伐をして暮らそうと思いまして」

「それではこれから冒険者になるんですね?」

「はい、そのつもりです。ギルドに加入出来ればの話ですが……」

「大丈夫ですよ! きっと加入試験も合格出来ます! 応援していますからね」


 少女は恥ずかしそうに手を差し出すと、俺は彼女と握手を交わした。俺の体内には風の魔力だろうか、彼女の心地良い魔力が流れてきた。これでこの子ともお別れなのか。もっと知り合いたいと思ったが、まずは身だしなみを整えなければ、女性とまともに接する事は難しいだろう。


 何といっても洞窟で一ヶ月間も暮らしていたのだ。まともな服すら着てない俺と普通に接してくれる彼女の心の広さに関心しながらも、俺は鞄を受け取り、牙の首飾りを装備して会釈した。


「それではまた……」

「ええ。さようなら」


 俺は少女と別れると、五百ゴールドを握り締めて町を歩き出した。お金が手に入ったからか、それとも美しい少女と出会う事が出来たからか、気分も最高だ。それにしてもあの魔術師の氷の壁は常識では考えられない防御力だった。一体どの様な訓練を積んだらあれ程までに強力な防御魔法を習得出来るのだろうか。


 洞窟での生活で物理攻撃や攻撃魔法を鍛える事は出来たが、防御魔法は一切使えない。いつかデーモンに挑む時、強力な防御手段があればより安全に戦えるだろう。防御魔法について学ぶのも良いかもしれないな。


 暫く考え事をしながら歩いていると、突然俺の肩に手が置かれた。振り返ってみると、そこには氷の魔術師が爽やかな笑みを浮かべて俺を見つめていた……。

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