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第四十五話「剣鬼と国家魔術師」

 長く伸びた美しい銀髪に、つり目気味の三白眼。サファイアの様な透き通る目には強い意思と優しさを感じるが、俺の手には人生で触れた事も無いほどの圧倒的な魔力が流れている。一見美しい女性にしか見えないが、この方が今日から俺の師匠となる国家魔術師なのだ。


「もう、そんなにジロジロ見たら彼女に失礼よ」

「すみません! ついレベッカさんの美貌に見とれていました……」

「素直で良いわね。そういうところは好きよ。というか、クラウスの事が好きだから私がアドリオンから駆け付けてきたの。どの国家魔術師よりも早くね」

「え? 俺が好きとは……?」

「冒険者として好きという意味。ずっとクラウスに会ってみたいと思っていた。レーヴェでデーモンに立ち向かい、生還した。それからヴェルナーを拠点にし、迷いのダンジョンでゴブリンロードを仕留める。次に、レマルクで剣聖、クラウディウス・シュタインの魂が宿る幻獣のデュラハンを味方にし、神殿でゲイザーを仕留める。アドリオンでクラウスの存在に注目していない国家魔術師は居ないわ」

「度重なる奇跡と仲間の力のお陰で幻獣を討伐する事が出来ただけですよ……」

「戦闘において奇跡は存在しない。実力が全てなの。そんな言葉は二度と使わない様に。奇跡なんて言ったら、今まで自分が鍛えてきた肉体と技術に失礼なのよ」

「すみません……」


 レベッカさんは俺の頬に手を当て、じっくりと俺の顔を見つめると、俺はなんだか恥ずかしくなった。


「レッドドラゴンを操っていた者は捕まりましたか?」

「いいえ、犯人はすぐに現場から逃げたから、まだ詳細は分からないの。だけど、いつか必ず追い詰めてみせるわ。そんな事より、ティファニーとはいつから付き合っているの?」

「いえ……実はティファニーは俺の彼女ではありません」

「嘘でしょう? クラウスの思い違いじゃないかしら」

「え? どういう事ですか?」

「女は好きでもない相手に口づけはしないという事。本当に鈍感なのね、クラウスは」

「そうだったんですか……」

「だけど、まだ付き合っていないなら、国家魔術師試験に合格するまではティファニーとの交際を始めない事。実際、今日から私の訓練を受けても、来年の国家魔術師試験に合格できるかは分からないのだから、少しでも訓練の時間を増やさなければならないの」

「分かっています。恋愛よりも国家魔術師試験を優先します!」

「良い子ね。クラウスの仲間達は既にアドリオンに出発する準備を終えているわ。剣聖はモーセルに残って若者を冒険者に育てたいと思っているみたいだけど、クラウスの召喚獣なのだから、クラウスの決定には逆らえないと言っていたわ」

「クラウディウスさんがモーセルに残りたいと?」


 剣聖である彼がモーセルで若者に戦い方を教えれば、地域の防衛力が上がる事は間違いない。彼は俺の召喚獣ではあるが、必要な時に召喚すればよいのだから、普段はモーセルで暮らして貰っても構わない。


「仲間達と合流しましょう」

「私もアドリオンまでの旅に同行するわ。クラウスの師匠なのだから、基本的には二十四時間一緒に居るつもりよ」

「わざわざ俺のために、ありがとうございます!」

「クラウスのためでもあるけど、結局はこの世界のためなの。強くなれる可能性を秘める者を一人でも多く育てれば、凶悪な魔物が地域を襲った時、より多くの人を守れるでしょう? だから自分のためと思わずに、地域のため、世界のために強くなると思いなさい」

「わかりました……レベッカさん!」


 なんと素晴らしい思考だろうか。戦闘技術だけではなく、人間性が評価されて騎士の称号を授かったのだろう。レベッカさんから全てを学ぼう。素敵な師匠との出会いに興奮しながらも、魔装を身に纏い、クレイモアを担ぐと、レベッカさんが腰に差している杖を引き抜いた。


「訓練を始めるわね。まずは筋力を増やしてもらうために重りを体に付けるから。眠る時以外は重りを付けて過ごす事」

「重りですか……」

「ええ。合計で百キロくらいでいいかしら? 悪魔のあなたには軽すぎるかもしれないわね」

「いいえ、百キロでお願いします……」


 レベッカさんが杖を振ると、魔装の上から石の板が張り付いた。全身を覆い尽くす様に石の板が魔装の表面に付くと、筋肉が悲鳴を上げ始めた。まだ百キロなんだ。これくらい耐えなければならない。一歩歩くだけでも全身の筋肉を駆使しなければならない。一時間も歩けば翌日は間違いなく全身が筋肉痛になるだろう。


 故郷を出てから死ぬ気で鍛えてきたつもりだが、たった百キロの重りで弱音を吐きそうになる自分に嫌気がさす。


「来週には百五十キロにするからね。さぁ行きましょうか」

「え? まだ増えるんですか?」

「そうよ。ちなみにヴィルヘルムは七十キロの重りを背負っている」

「ヴィルヘルムさんも鍛えているんですね」

「ええ。弟子にはしないけど、彼も強くなれる素質があるからね」


 重い体を引きずりながら村長の家から出ると、仲間達が駆け寄ってきた。リーゼロッテさんは涙を流しながら俺を抱き締め、ヴィルヘルムさんは優しく俺に微笑みかけてくれた。きっと抱擁を交わしたいが、必要以上に体を動かしたくないのだろう。震えながら俺に握手を求めると、俺は重い腕を持ち上げて握手を交わした。


 それから俺はクラウディウスさんとも握手を交わした。


「クラウス。君が許可してくれるなら、私はこの村に残って若者を育てたい。冒険者を育成したいんだ」

「はい、勿論構いません。その方がモーセルのためになりますから」

「ありがとう。私の力が必要な時はいつでも召喚してくれ」


 村人達は、モーセルを守るために魔物と戦ってくれてありがとうと、何度もお礼を言ってくれた。それから村人達は食べきれない程の食料を馬車に積んでくれると、俺達は遂にアドリオンに向けて馬車を走らせる事にした。


 村長や村人、クラウディウスさんに見送られながら、俺達は目的の王都を目指して出発した。新たな出会いと、仲間との一時的な別れ。馬車からはクラウディウスさんが降りてレベッカさんが乗り込んだのだ。彼が居た場所にレベッカさんが座っているから、何だか違和感を覚えるが、きっとすぐに慣れるだろ……。



 アドリオンまでの旅は俺の想像よりも遥かに過酷だった。毎日朝の四時に起きて、百キロの重りを背負ったままレベッカさんと森を走る。それからクレイモアを使ってレベッカさんと剣の稽古を行う。重りを付けているからか、単純な動作でも筋肉には疲労が蓄積され、満足に剣を振る事も出来ない。


 レベッカさんは魔術師だが、剣にも心得があるので、朝から永遠と剣を打ち合う。それから体力が限界を迎えると、一度目の食事を摂る。大量の乾燥肉に野菜をたっぷり使ったスープ、それからチーズにパン、スパゲッティ等。炭水化物とタンパク質を多めに摂取しながら、肉体の回復を促進する。


 毎日の訓練で傷付いた筋肉を育てるには大量の栄養が必要なので、俺とヴィルヘルムさんは毎日五回食事をする事になっている。吐き気を感じるまで胃に食物を詰め込んでも、レベッカさんの過酷過ぎる訓練に耐えているうちに、栄養は瞬く間に枯渇する。筋肉を育てるためにも栄養を常に切らさない様に、腹が減ったらすぐに大量の食事を詰め込んだ。


 やはり俺は自己再生の力があるからか。筋肉の回復速度もヴィルヘルムさんよりも遥かに早い。瞬く間に筋肉が増え、もはやレーヴェを出た頃の、弱々しかった村人とは思えない程に成長を遂げたのだ。


 全身の重りは最終的に二百キロになり、重りを付けた状態で更にレベッカさんを背負って森を走るのが日課になった。筋肉を鍛えながら剣の技術を学び、魔法の練習も始めた。レベッカさんはヴィルヘルムさんの魔法能力を高く評価したが、俺には魔法の才能がないと言った。


 というのも、俺は有り余る魔力を炎の球に作り変え、敵に飛ばす事しか知らないからだ。ファイアボールは完成度が高いので、他の魔法を学ぼうという事になり、炎の矢を放つファイアボルトを改良する事にした。以前は一度の一本しか炎の矢を飛ばす事が出来なかったが、魔法を同時に制御して矢の雨を降らせるアローシャワーという魔法を学ぶ事になったのだ。


 古い時代の賢者や勇者などが好んで使う強力な攻撃魔法で、レベッカさんが全力でアローシャワーを使用した時は、千本以上の矢が地面に降り注いだ。これなら幻獣をも杖一振りで倒せる訳だと納得した。やはり国家魔術師の称号を持つ者は尋常ではない魔法能力を持っているのだ。


 ヴィルヘルムさんはアイシクルレインを何度も改良し、より早く、より大量の氷柱を作り上げる事に成功した。ティファニーとリーゼロッテさんもレベッカさんから戦い方を学んでおり、ティファニーは風の槍を上空から落とすゲイルランスという魔法を、リーゼロッテさんは対象を持続的に回復させるリジェネレーションという魔法を習得した。


 それからリーゼロッテさんも肉体を鍛えるために、全身の五十キロの重りを身に着けて生活する事になった。衛兵時代に肉体をかなり鍛えていたからか、並の女性よりも体力があり、剣と回復魔法を同時に使える様に訓練を積んでいる。


 ティファニーは更に速い速度で攻撃と回避をする訓練を積み、レベッカさんを圧倒出来る程の戦闘技術を身に着けた。勿論、レベッカさんが一切の魔法を使用していない時に限る。


 ティファニーのナイフの扱いは既に一流。無数のファイアゴブリンに囲まれても、物音すら立てずに数秒で始末出来るのだ。こんなに強い女性はティファニー以外に見た事が無い。


 レベッカさんはすぐに仲間と打ち解けて、パーティーに必要不可欠な存在になった。辛い訓練にも耐えられるのは、厳しさの中にも優しさがあるからだ。訓練を終えた後に、大量の食料を俺とヴィルヘルムさんの前に置き、全て食べるまでは寝かさないと凄んだ事があるが、あまりにも恐ろしかったので、俺達は脂汗を流しながら、大量の栄養を胃に詰め込んだ事があった。


 いくら食べても肥満にならないのは、やはり毎日肉体を酷使しているからだろう。こうして俺達はレベッカさんの辛すぎる指導を受けながらアドリオンを目指して進み、十二月十日。俺達は遂に王都アドリオンに到着した……。



〈パーティーのレベル〉

 クラウス…85 ヴィルヘルム…74 ティファニー…77

 リーゼロッテ…68 レベッカ…130

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