第四十三話「勝利と旅」
レマルクを出て王都アドリオンに向けて馬車を走らせる。十一月の森は肌寒いので、ウィンドホースの手綱をクラウディウスさんに任せ、俺達は荷台に入って今後の予定について話し合う事にした。
「クラウス、アドリオンに着いたらどうするつもりだ?」
「そうですね、まずは冒険者ギルドを設立しようと思います。魔物討伐の報酬で得たお金と、今回のゲイザー討伐の報酬を合わせると、六十万ゴールド程あるので、アドリオンで土地付きの住宅を購入して改装しようかと思います」
「いつの間に六十万ゴールドなんて貯まっていたんだ?」
「ヴェルナーで魔物討伐のクエストを受け続け、魔物の素材なんかも積極的に持ち帰る様にしていたので、自然と貯まったんだと思います」
「それに、月に一度の高難易度のクエストも報酬が多かったからよね」
「六十万ゴールドもあれば金銭的には問題ないだろう。家なら住宅部分を残して改装すれば俺達が暮らす事も出来るから、宿代が浮くという訳だ」
「そうですね。パーティーの家とギルドを兼ねた空間にしたいです。それからは国家魔術師試験合格にむけて訓練を続けましょう」
「王都での生活が楽しみだな、クラウス」
ヴィルヘルムさんは俺の肩に手を置いて微笑むと、そんなヴィルヘルムさんをリーゼロッテさんが見つめている事に気がついた。リーゼロッテさんはヴィルヘルムさんに片思いをしてるのだろうか。それとも両思いなのだろうか。今度二人に直接聞いてみようか。
「少し気になっている事があるんですが……」
「どうしたの? ティファニー」
「レマルクでトロルとラミアを召喚した男が居たじゃないですか。私は事件の背後に召喚書を提供した人物が居ると思っているんです。愉快犯が町で魔物を召喚してレマルクを混乱させた。という単純な事件では無い気がするんです」
「それは私も引っかかっていたところよ」
「召喚書にトロルやラミアを封印するには、実際に森に入って封印のための魔法陣を書かなければなりませんよね。ですが、私が犯人と対決した時に感じたのは、あまりにも戦闘に慣れてないという点でした」
「トロルやラミアの様な獰猛な魔物をねじ伏せる力がなければ、森で魔物を封印する事は不可能。数体の魔物を封印しても、森から逃げ出す事は難しいだろうな」
「はい、私が気になっているのはそこなんです。ヴィルヘルムさん」
「真犯人が男に召喚書を提供した。目的は不明だが、男は町で魔物を召喚して人間を襲った。と考えるのが妥当だろうな」
とても一般の市民では対処出来ない様なトロルやラミアを町で召喚するとは。この様な突発的な、対処が非常に困難な召喚事件が頻繁に起きれば地域の人達も安心して暮らせないだろう。どうにかして真犯人を見つけたいものだが、全く手がかりが無いのだ。
「私が十代の頃、同様の事件がレマルクで多発した時期があった。犯人の手口は同じで、町で魔物を召喚し、人間を襲うというものだった」
「クラウディウスさんが十代の頃といえば、今から六十年程前ですか?」
「そうだ。召喚事件が起きれば、町に滞在していた闇属性を持つ者が疑われたよ。拷問を受けた者も居たらしい。私が若かった頃は今と違って、悪質な事件が発生すれば、犯人の可能性がある者はすぐに拷問されたよ。まぁ、闇属性を秘める者は、犯罪者予備軍とまで言われていたからな。単純に気に入らなかったから拷問をした可能性もある」
「それで、犯人は見つかったんですか?」
「勿論すぐに見つかったとも。浮浪者が召喚書を使って町で魔物を召喚したのだ。ただ、今回の事件といくつか異なる点がある。それは、町で人間を殺めた魔物が再び召喚書に戻り、犯人逮捕後も召喚書が見つからなかったという点だ」
「犯行に使用された召喚書を何者かが回収したという事ですね。召喚書の持ち主こそ真犯人。浮浪者は真犯人から雇われただけの者だったと」
「そうだ。魔物襲撃事件が何度も起こり、レマルクを襲い続けた魔物は次第に力を付けた。それから暫くして、王都アドリオンで同様の魔物召喚事件が起きた。通常のレッサデーモンよりも遥かに強靭に成長を遂げた悪魔や、冒険者の集団を一撃で蹴散らす事が出来る巨体のブラックウルフ。それから体長五メートル程のラミア。これらの魔物達はかつてレマルクを襲っていた者だった」
レマルクをはじめとする、アドリオン近隣の地域で民を襲い続けた魔物が、一斉にアドリオンで召喚されたのだ。何者かが王都アドリオンを壊滅させるために成長した魔物の群れを放ったという事だろう。
「勿論、アドリオンで暮らす国家魔術師達がすぐに魔物達を討伐した。しかし、多くの市民、冒険者、衛兵が命を落とした。これは当時、ファステンバーグ王国と戦争状態だったハイデン王国の国家魔術師、ミヒャエル・ラザルスの仕業だとわかった」
「犯人が敵国の国家魔術師ですか。それで、犯人は捕まったのですか?」
「それが、今だにミヒャエル・ラザルスを逮捕出来ていないのだ。辺境のダンジョンなどに潜んでいるのではと考える者も居るが、今回のトロル・ラミア召喚事件の犯行手口があまりにもミヒャエル・ラザルスの犯行手口と似ているのでな。つい古い事件の事を思い出してしまった」
「そのラザルスという者はまだ生きている可能性はあるのでしょうか?」
「当時の年齢が四十歳だから、今年で百歳だろうか。生きている可能性は極めて低いだろう。もし死んでいたとしてもこれは問題ではない。六十年前の犯罪者と同じ手口で人間を襲う新たな犯罪者が誕生したという訳だ」
アドリオン近隣の地域に魔物を放ち、人間を襲わせながら魔物を育てる。成長した魔物を壊滅させたい都市で一斉に放つ。これがミヒャエル・ラザルスの手口だった。国家魔術師程の実力者なら、無数の魔物を召喚書に封印して人間にけしかける事など、造作もないだろう。今回も同じ手口なら、アドリオンに魔物が放たれる可能性もある訳だ。
生まれ故郷のレーヴェで、突如デーモンが出現したのも、トロル・ラミア召喚事件の真犯人の犯行という可能性もある。デーモンはレーヴェを襲撃した後、無数の魔物を引き連れて姿を消した。もしかすると、自分の主人の元に戻ったのかもしれない。デーモンを召喚書に封じ込めるだけの力を持つ者が更なる力を求めている……。
俺が思っている以上に、レーヴェの襲撃事件は奥が深いのかもしれない。レーヴェとレマルクの事件は関連がある、同一犯である可能性があると考えても良いだろう。故郷を襲ったデーモンだけを仕留めれば問題は解決すると思っていたが、そう単純な事件ではないという訳だ。
暫く進むと小さな農村を見つけたので、一泊だけ村で泊まる事にした。村長が俺達パーティーの噂を知っていたので、村長の自宅に泊めて貰う事にしたのだ。閑静な農村に冒険者集団が立ち入ったからだろうか、村人達は珍しそうに俺達を見つめた。
「まさか、剣鬼のパーティーが私達の村に来て下さるとは思いませんでした! 最近は魔物の襲撃も活発になっているので、村人達は不安で夜も眠れません」
「そんなに魔物の襲撃が多いんですか?」
「それはもう、以前なら週に一度程でしたが、最近は週に三度、多い時は四度も魔物が村を襲撃するのです。ですから村人達には村から出ない様にと、剣と魔法の心得がある者は常に戦闘の準備をする様にお願いをしているのです」
五十代程の白髪の村長は深刻そうな表情を浮かべて俺を見つめると、俺は村長のためにも、付近に潜む魔物を殲滅する事を決めた。俺達のために無償で部屋を提供してくれ、食事まで用意してくれるというのだ。村人達も力を合わせて魔物に対抗しようと奮闘している。俺が手伝える事は魔物を狩る事ぐらいだ。
「モーセルは冒険者達を引き止めておくだけの魅力がある村ではありません。何度も腕の立つ冒険者を誘致しようと試みたのですが、モーセルで活動するなら、普通はレマルクで働くと断られてしまいました」
「村長さん、それは当たり前の話です。腕の立つ冒険者を誘致するのではなく、この村で魔物を退けられる冒険者を育てるべきではありませんか?」
「ヴィルヘルムさん、それは少し難しいのでは……」
ヴィルヘルムさんが村長に意見すると、村長は深い溜め息をついた。モーセルで生まれて冒険者を目指すよりも、レマルクやレーヴェで冒険者として暮らす方が豊かに生きられる事は間違いない。クエストも多く、人口も多いので、若者なら農村よりも都市で暮らしたいものだろう。
「せめて模範となる冒険者が一人でも居てくれたら。村人達に戦闘の指南をしてくれる様な方が……」
俺も時間があるなら、モーセルに滞在して村人達に戦い方を教えたい。魔物の襲撃を受け、年々人口が減りつつある農村を放置しておきたくないからだ。しかし、俺達は早急にアドリオンに向かい、冒険者ギルドを設立して国家魔術師試験合格のために訓練を始めなければならない。
「村長さん。今日のところは俺が村の周辺に救う魔物を狩りますので。ご安心を」
「本当ですか! ベルンシュタイン様!」
「はい、俺達を信じて滞在を許可して下さったのですから、魔物討伐で恩を返させて頂きます。俺は冒険者なので、魔物を狩る事しか出来ませんから……」
「ありがとうございます……! 噂では、レマルクはベルンシュタイン様が町に滞在する事を拒否したのだとか。こんなに民を思う立派な冒険者さんを町から締め出し、手に負えない魔物が現れた時にだけ協力を要請したと知った時は、私は何と身勝手な町長だと思いました」
「仕方がない事です。俺は人間ではなく悪魔なので、俺を受け入れられない地域もあるでしょう。それでは一時間程魔物討伐をしてきます。クラウディウスさん、暫く仲間達を任せます」
「承知した。気をつけるのだぞ」
「待てクラウス、俺も行こう」
「いいえ、俺一人で十分です。ヴィルヘルムさんは村人達の恐怖心を取り除いてあげて下さい」
「そうか……それなら別々で行動しよう」
リーゼロッテさんはヴィルヘルムさんと、ティファニーは俺と一緒に来る事になった。クラウディウスさんは剣を学びたい者を集め、短期間でも戦闘の指南をする事になった。村では、伝説の冒険者が剣の指南をしてくれると噂になり、若者達は一斉に村の中央に集まり、クラウディウスさんから戦闘の技術を教わり始めた。
勿論、一日剣を振り続けたところで、魔物と上手く戦える様になる訳ではない。それでも戦う事の楽しさや重要性を感じ取る事が出来れば、俺達が村に来た意味もあったという訳だ。
「行こうか、ティファニー」
「そうね。だけど戦闘力的にはヴィルヘルムさんの方が高かったんじゃない? 私でいいの?」
「ヴィルヘルムさんは確かに強いけど、少し足が遅いから、短時間の狩りには向かないと思うんだ。ティファニーなら俺の移動速度に着いてこられるからね」
「流石にクラウスの全力には追いつけないけど、エンチャント状態なら私も早く走れるからね」
ティファニーは全身に風のエンチャントを掛ければ、リーゼロッテさんよりも遥かに高速で移動する事が出来る。剣の速度も非常に早く、パーティーでは俺とクラウディウスさんの次に攻撃速度が早い。何より、森で物音を立てずに魔物を狩り続けるには、ヴィルヘルムさんよりもティファニーの方が適任だ。
ヴィルヘルムさんは一撃必殺タイプ。アイシクルレインやアイスジャベリンの様な、一撃の威力が高い魔法を放ち、一気に敵を仕留める事に特化している。反対にティファニーは手数で攻め、圧倒的な攻撃速度、回避速度で敵を撹乱する事が出来る。
「森に入ろうか」
「ええ」
背中に差していたクレイモアを引き抜くと、ティファニーはナイフを抜いて俺を見つめた。月明かりが彼女の艶のある黒髪を美しく照らし、なんとも言えない美しい雰囲気を醸し出している。深紫色のローブは風を受けて揺れ、かすかに彼女の付けている香水の匂いを感じる。久しぶりに二人だけで行動をするので、心なしか緊張している自分に気が付く。
やはり俺はティファニーに好意を抱いているのだろう。もし付き合うなら、安心して命を任せられる、どんな劣悪な状況でも諦めない精神を持つティファニーの様な女性が良いと思っている。
むしろ、ティファニー以外の女性と交際する未来を想像出来ない。きっと俺はティファニーが好きなのだろう。いつかこの気持を伝えたいが、エルザを無事に救う事が出来てからにしよう。
今は狩りに集中しなければならない。村を出て森に入ると、俺は無数の魔物の気配を感じた。瞬時に敵の腹部にクレイモアを突き立てると、そこには見覚えのある悍ましい魔物が居た……。




