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第四十二話「一つ目の幻獣」

 馬車を降りると、ウィンドホースが不安げな表情を浮かべて俺を見つめた。俺はウィンドホースのたてがみを撫でながら、必ずゲイザーを仕留めると伝えると、彼は満足げに頷いた。


 巨大な石造りの神殿を見上げ、クレイモアを抜く。クラウディウスさんは俺のすぐ隣に立ち、バスタードソードを握った。仲間達と顔を見合わせて、遂に神殿内に入った。朝日が差す幻想的な神殿には、一体の巨体の魔物が居る。周囲には人間の衣服や武具が散乱しており、リーゼロッテさんの両親の武具があったのか、彼女は動揺して取り乱した。


 体長七メートルを超える一つ目の魔物。全身から触手が生えており、触手の先端には刃物の様に鋭利な爪が付いている。目のすぐ下には口があり、ゲイザーが口を開くと強烈な炎が発生した。俺は仲間の前に立ってクレイモアを掲げ、剣に炎を纏わせた。


 瞬間、ゲイザーが口から爆発的な炎を吐いた。敵の攻撃と同時にクレイモアを振り下ろし、ゲイザーの炎を打ち消した。仲間達は怯えながら俺の背後に身を隠していたが、クラウディウスさんが瞬時に飛び上がった。


 目にも留まらぬ速度でバスタードソードを振り下ろすと、ゲイザーの太い触手を切り裂いた。触手は人間の胴よりも太く、剣で切り落とされた瞬間に再生を始めた。ゲイザーは触手を切られたからか、怒り狂って無数の触手でクラウディウスさんに攻撃を仕掛けた。俺はクラウディウスさんと共にゲイザーの触手を受け止めた。


 ゲイザーが軽く放った一撃は、クラウディウスさんの本気の垂直斬りとほぼ同等の威力だ。なんと恐ろしい魔物だろうか。触手で攻撃を仕掛けながらも、再び口を大きく開くと、強烈な炎を吹いた。


 触手を受ける事で精一杯だから、敵の炎を受け止める事が出来ない。まんまと敵の戦術に嵌ったか。全身に炎を浴びる覚悟を決めた瞬間、ヴィルヘルムさんが瞬時に俺達の後方に立ち、杖を地面に向けて冷気を発生させた。


「アイスウォール!」


 瞬間、高さ三メートル程の巨大な壁が俺達を守る様にゲイザーとの間にせり上がった。ティファニーとリーゼロッテさんも氷の壁で身を守ると、ゲイザーの炎が氷の壁を砕いた瞬間、ティファニーは瞬時にゲイザーの背後に回り、杖を向けて風の魔力を放出した。


「ウィンドブロー!」


 銀の杖からは巨大な風の刃が発生し、無数の触手を切り裂いたが、ゲイザーの急所でもある目には到達せずに勢いを失った。ゲイザーが爆発的な咆哮を上げてティファニーを睨みつけた瞬間、リーゼロッテさんがティファニーの前に立った。レイピアの切っ先から強烈な光を放つと、一時的にゲイザーの目をくらました。


 聖属性の攻撃魔法、ホーリーだ。直接的なダメージはないが、ゲイザーの巨大な一つ目をくらませる事が出来た様だ。ゲイザーは突然の強い光に激昂し、無数の触手をでたらめに振り回した。


 対象が定まっていない無差別の触手の攻撃は非常に厄介で、敵の攻撃を読む事が全く出来ないのだ。ヴィルヘルムさんはティファニーとリーゼロッテさんの前に氷の盾を作り上げ、次の魔法の準備をしている。敵に気が付かれない様に天井付近に無数の氷柱を作り上げているのだ。


 アイシクルレインの準備とアイスシールドの制御を同時にこなしているからか、彼の魔力が急激に低下を始めた。戦いを長引かせるとヴィルヘルムさんが魔力を失ってしまう。彼のアイシクルレインでとどめを刺さなければならないだろう。


 リーゼロッテさんはゲイザーの触手を切り裂きながらも、何度も強い光を放って敵の視界を奪い続けた。しかし、ゲイザーも知能が高いからか、目を瞑ったままリーゼロッテさんの魔法を受けずに、口を開いて火炎を吐いた。


 クラウディウスさんは剣に雷を纏わせて触手を切り裂くと、敵の動きが一瞬鈍った。俺とクラウディウスさんは敵が見せた隙きを見逃さなかった。瞬時にゲイザーの懐に飛び込み、巨大な目に剣を突き立てたのだ。攻撃はほぼ同時、俺とクラウディウスさんはゲイザーの目から剣を引き抜くと、ヴィルヘルムさんを守りながら、触手を切り裂き続けた。


「クラウス! もうすぐ魔法が完成する! それまで耐えてくれ……!」


 ヴィルヘルムさんは青ざめた顔で俺を見つめると、ゲイザーの動作が変わった。巨大な体を宙に浮かせて、天井付近を旋回し始めたのだ。この図体で空まで飛べるのだから反則的な魔物だ。全く、人間が歯向かって良い相手ではない。


 ゲイザーが俺達を見下ろし、触手を振り下ろした瞬間、無数の触手からは雷撃が一斉に放たれた。神殿の床を破壊する程の無数の雷撃が俺達を永遠と襲い続け、俺はヴィルヘルムさんを守るために、クレイモアでゲイザーの雷撃を切り裂き続けた。


 クラウディスさんはティファニーとリーゼロッテさんの前に立ち、左手をゲイザーに向けて雷の魔力を放出し、上空からの攻撃魔法を相殺している。同属性のクラウディスさんが居ればゲイザーの雷撃を直撃する事も無いが、ゲイザーの魔力が尽きる気配すらないので、俺の体は次第に疲労が蓄積され、遂にゲイザーの雷撃が魔装を直撃した。


 瞬間、意識が朦朧とし、全身に激痛が走った。強烈な痛みを堪えながら何とか立ち上がると、俺は懐に忍ばせておいた狂戦士の秘薬を飲んだ。秘薬の風味が口に広がり、ゲイザーの雷撃で意識が朦朧としていたが、次第に気分は高揚し、体には活力が漲った。


 俺は下半身に力を込めて全力で飛び上がると、ゲイザーの脳天に着地し、拳を握りしめて力の限り叩きつけた。ゲイザーの頭骨が砕ける音が神殿内に響くと、ゲイザーは恐れおののきながらも、触手で俺の体を握りしめた。


 無数の触手が巻き付いて、今にでも全身の骨が砕けそうな痛みを感じる。朦朧とする意識の中、俺の視界に映るのは、必死に触手を切り裂くティファニーとクラウディスさんお姿だ。


 ヴィルヘルムさんは天井付近に無数の氷柱を作り上げたまま呆然と俺を見つめている。この状態で氷柱を降らせれば、ゲイザーに大きなダメージを与える事が出来るだろうが、俺の脳天に氷柱が落ちる可能性もある。しかし、今は躊躇している場合ではない。俺は悪魔の力、自己再生によって、即死以外の怪我なら治す事が出来るのだ。


「ヴィルヘルムさん! 魔法を落として下さい!」

「馬鹿な! クラウスを巻き込んでしまう!」

「いいから早く落として下さい! ゲイザーを仕留める最大のチャンスです!」


 俺が叫んだ直後に、ゲイザーの太い触手が首に巻き付き、呼吸が止まった。息が出来ない。このまま触手を切り離す事が出来なかったら、たちまち命を落とすだろう。


 リーゼロッテさんがヴィルヘルムさんの肩に手を置くと、ヴィルヘルムさんはついに決意を固めたのか、両手を頭上高く掲げた。


「アイシクルレイン!」


 ヴィルヘルムさんがゲイザーに向けて両手を振り下ろした瞬間、頭上から無数の氷柱が降り注いだ。人間の命を奪うには呪文過ぎる程の、長さ二メートル程の巨大な氷柱が降ると、ゲイザーの触手を一斉に貫いた。


 ゲイザーの頭部に無数の氷柱が刺さり、ゲイザーが痛みの余り俺の体を離した瞬間、右肩に激痛を感じた。ヴィルヘルムさんが放った氷柱が俺の肩を貫いているのだ。強烈な痛みに悶え、今にも意識が飛びそうだが、氷柱をへし折ってゲイザーの頭上に飛び上がった。左手でクレイモアを抜くと、ティファニーが瞬時にエンチャントを掛けてくれた。


 強烈な風を纏うクレイモアをゲイザーの目に突き立てると、俺は全力で魔力を込めて剣から炎を発生させた。炎とティファニーの爆発的な風が融合してゲイザーの巨大な一つ目を吹き飛ばした。


 ゲイザーは激痛に悶えながらも触手を振り回したが、クラウディスさんとリーゼロッテさんが触手を切り裂きながら俺を守ってくれた。ヴィルヘルムさんは既に魔力が尽きたのか、いつの間にかゲイザーの触手を喰らって、腕から血を流している。


 ゲイザーは自分の死を悟ったのか、全ての魔力を掻き集めて口を開いた瞬間、俺はゲイザーの口に左手を向けた。


 借りるぞ……。ゴブリンロードの魔法。


「ファイアストーム!」


 全ての魔力を燃やして炎の嵐を作り上げ、ゲイザーの体を燃やした。ゲイザーは慌てて神殿から逃げようとしたが、クラウディスさんが雷撃を何度も連発してゲイザーの命を奪った。


 遂にゲイザーが動きを止めた瞬間、俺は勝利を実感し、全身に激痛を感じて意識を失った……。


 猛烈な痛みに襲われて飛び上がると、俺の肩には包帯が巻かれており、リーゼロッテさんとティファニーが涙を流しながら俺を覗き込んでいた。ここは森の中か。きっとゲイザーを倒してから神殿を出たのだろう。一体どれだけの時間が経過したのかも分からないが、右肩には猛烈な痛みを感じる。しかし、両足を同時に砕いた時程の痛みではないので、三日もあればこの肩の怪我は治るだろう。


「クラウス……大丈夫?」

「大丈夫だよ。ティファニー。俺を運んでくれたんだね」

「ええ……ヴィルヘルムさんもさっき目が覚めたばかりなの」


 ヴィルヘルムさんはリーゼロッテさんの回復魔法を受けたからか、既に右腕に出来ていた傷は塞がっている。ヴィルヘルムさんは俺の前に跪くと、魔法を直撃させてすまなかったと、何度も謝罪した。


「謝らないで下さいよ。あそこで魔法を落としていなかったら、俺はヴィルヘルムさんに失望しましたよ。最大の攻撃の機会でしたからから。素晴らしい魔法でした」

「すまない……クラウスまで巻き込んでしまって」

「怪我ならすぐに治りますから、あまり心配しないで下さいね。俺達を守るために防御魔法を使ってくれてありがとうございました」


 リーゼロッテさんは俺を抱き締め、暫く涙を流し続けた。きっと両親の仇を討てた事を喜んでいるのだろう。それからクラウディスさんが近づいてくると、俺達に深々と頭を下げた。


「みんな……ありがとう。私一人では絶対にゲイザーを倒す事は出来なかった。これからは私が皆を守る! 冒険者として第二の人生を歩むのだ!」

「私も……皆のお陰で両親の仇を討てた。私もパーティーのメンバーとして、これからも人生を共に歩みたい!」

「クラウディスさん、リーゼロッテさん、これからもよろしくお願いします」


 仲間達は感極まって涙を流して抱き合ったが、俺が右肩があまりにも痛いので、そっと左手をヴィルヘルムさんの肩に置いた。


 こうして俺達は幻獣のゲイザーを仕留め、ゲイザー討伐をレマルクに報告すると、市長が多額の討伐報酬を支払ってくれた。怪我が完治するまでの間、市長の屋敷で短い休暇を過ごし、ゲイザー討伐から三日後、十一月四日。俺達はレマルクの市民や衛兵、冒険者達に祝福されながら、王都アドリオンを目指して旅を再会した……。

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