第四十一話「信頼と友情」
〈クラウス視点〉
町でトロルとラミアを仕留めた俺は、ヴィルヘルムさんとティファニーにリーゼロッテとクラウディウスさんを紹介した。それから俺は衛兵長の許可の元、一日だけ町に滞在出来る事になったので、今回の魔物召喚事件の被害者の家を回り、崩壊した家から家具や貴重品を運び出す作業を手伝った。
今回の事件で命を落としたのは衛兵が十五名。市民が二名。ヴィルヘルムさんが氷の壁で市民達を守り抜いたから、市民は小さな怪我を負うだけで済んだ。ヴィルヘルムさんの英雄的な活躍に、レマルクから勲章が与えられた。
勿論、衛兵を守りながら戦ったティファニーにも勲章が与えられた。しかし、俺はやはり招かれざる者なのか、一日の滞在期間を終えるとすぐに町から締め出された。市民達が、町を守った剣鬼を追い出すなんてどうかしてると不満の声を上げたが、例外を作る訳にはいかないのだとか。
しかし、市民達が俺に何度もお礼を言ってくれたので、俺は上機嫌で町を出る事が出来た。クラウスが町を出るなら俺も出ると、ヴィルヘルムさんもティファニーも共に町を出てくれた。それからリーゼロッテさんは、町を救った英雄の滞在を許可する事が出来ないレマルクで暮らすつもりはないと、衛兵の仕事を辞めてレマルクを出た。
今回の事件で衛兵達の戦力の低さが追求され、闇属性を持つ者を拒んでも、町で凶悪な犯罪が起こる可能性もあると、市民達はレマルクの防衛方法に疑問の声を上げた。しかし、もはや町を出た俺達には何一つ関係の無い事だ。
トロル・ラミア召喚事件の犯人は逮捕後に舌を噛んで自決した。一体彼が何のために町で魔物を召喚したかは分からないが、俺は今回の犯行には真犯人が居るかもしれないと考えている。勿論、これ以上レマルクのために働くつもりはない。市民のためを思い、町で魔物を討伐しても、たった一日しか滞在が許可されないのだから。あまりにも悲しすぎる。
「町を出たのは良いが、これからどうするつもりだ? クラウス」
「勿論、ゲイザーを仕留めます」
「剣鬼と剣聖が組めば幻獣のゲイザーをも仕留められるだろう。勿論、俺とティファニーも協力する。五人でゲイザーを討伐しようではないか」
「ええ。私達は国家魔術師を目指しているのだから、地域を襲う幻獣が居るなら討伐しなければならないからね」
「ありがとうございます! ヴィルヘルムさん、ティファニー」
こうして俺達は森で生活を始め、ゲイザー討伐のためにパーティーで訓練を行う生活を始めた。リーゼロッテさんはヴィルヘルムさんとティファニーともすっかり打ち解け、ティファニーはリーゼロッテさんの事を仲の良い姉妹の様に慕っている。リーゼロッテさんはヴィルヘルムさんに好意を抱いているのか、二人で過ごす時間が多い。
俺とティファニー、クラウディウスさんは三人で武器を使った訓練を行う事が多い。俺とティファニー対クラウディウスさんで永遠と打ち合うのだ。訓練の最中にヴィルヘルムさんとリーゼロッテさんがクラウディウスさん側に加勢する事があるが、これが非常に戦いづらい。
クラウディウスさん一人でも全力を出さなければ圧倒されるのに、ヴィルヘルムさんがアイシクルレインの魔法を使用し、上空から無数の氷柱を降らせるので、彼の魔法に気を取られるとクラウディウスさんが一瞬で俺の体を吹き飛ばすのだ。
リーゼロッテさんは剣士ではあるが、現段階ではティファニーの方が遥かに戦闘力が高い。リーゼロッテさんが本気でレイピアを打ち込んでも、切っ先がティファニーの体をかすめる事もないのだ。
ティファニーはパーティーで俺とクラウディウスさんの次に攻撃速度、移動速度が高く、武器を使用した戦闘と魔法攻撃を巧みに使い分ける事が出来る。
リーゼロッテさんは物理攻撃寄り、ヴィルヘルムさんは防御魔法、攻撃魔法寄りの戦い方をするが、ティファニーはダンジョンでの生活でナイフの達人になったのか、ナイフの連撃を高速で放ちながら攻撃魔法を使用するという、かなり器用な戦い方を習得したのだ。
王都アドリオンに向けて馬車を進めたいところだが、まずはじっくりと訓練を積み、ゲイザーを討伐出来る実力を身に着けた時、圧倒的な力でゲイザーを仕留めようという事になり、俺達は十一月一日まで訓練を行う事にした。
早朝に起きてクラウディウスさんと剣を交え、体力が枯渇すれば、リーゼロッテさんが作ってくれた食事を頂いて栄養を補給する。それからゲイザーとの戦いを想定しながら、パーティーで訓練を行う。深夜まで剣と魔法の訓練を続け、森で魔物と遭遇すれば、レマルクを守るために魔物を狩り続けた。
そんな訓練漬けの生活が続くと、俺達は短期間で爆発的に実力を上げる事が出来た。俺のレベルは七十、ヴィルヘルムさんはレベル六十、ティファニーはレベル六十二、リーゼロッテさんはレベル四十五、クラウディウスさんはレベル七十五まで上昇した。
勿論、レベルは魔力を数値化したものだから、剣の技術や肉体の強さを知る事は出来ない。しかし、魔法の効果の高さの目安にはなる。ティファニーは誰よりも長時間魔法の訓練を行い、遂にヴィルヘルムさんを追い抜く事が出来た。
リーゼロッテさんは聖属性の魔法を徹底的に使い込み、闇属性を討つホーリーと、回復魔法のヒールを鍛え込んだ。魔物の攻撃で仲間が怪我を負えば、リーゼロッテさんが瞬時に回復魔法を使用してくれるので、パーティーはより安全に狩りを行える様になったのだ。
仲間同士の連携も強くなり、肉体と魔力も充実し、ゲイザーを討伐する事だけを考えて続けた俺達の日々を遂に終わらせる時が来たのだ。
「遂にゲイザー討伐という訳か。俺が防御魔法で皆を守るから、存分に暴れていいぞ」
「私は回復魔法と接近戦等を使い分けて戦うわ。怪我を負ったらすぐに私が回復するから、安心して頂戴」
「俺は最前線でゲイザーに攻撃を仕掛け続けます。皆で力を合わせて、リーゼロッテさんとクラウディウスさんの家族の命を奪ったゲイザーに復讐しましょう!」
「私はクラウスと共に敵の触手を切る。雷撃が放たれたら私が相殺しよう。炎はクラウスに任せた」
「私は遠距離からの魔法攻撃と、攻撃の機会があればナイフで敵を切り裂きます」
各々が仲間を信じて戦えば、きっとゲイザーを倒す事が出来る。仲間達の自信溢れる表情を見ると、心の底から活力が湧いてきた。このメンバーなら勝てる。
馬車に乗り込んでゲイザーの棲家である神殿に向かう。どうやらヴィルヘルムさんは緊張しているのか、リーゼロッテさんがヴィルヘルムさんの隣に座ると、大胆にもヴィルヘルムさんの頬に口づけをした。
俺とティファニーは恥ずかしくなって見なかったフリをしたが、リーゼロッテさんは楽しそうに微笑んだ。
突然の口づけにヴィルヘルムさんは動揺したみたいだが、すっかり緊張が解けたのか、普段通りの柔和な表情を浮かべ、リーゼロッテさんを見つめた。十五歳で恋人を失い、ゴブリンロードに復讐する事ばかり考えて、恋人も作らなかったヴィルヘルムさんが、遂に恋愛を始めようとしている。なんだか俺は自分の事の様に嬉しくなり、ティファニーと顔を見合わせて微笑んだ。
「いつの間に二人は出来ていたんだろうね」
「わからないわ。だけど本当にお似合いだと思う。盾と剣だもんね」
「ヴィルヘルムさんの剣は俺なんだけどな。もうこの剣は必要ないという事かな」
「おいおい、二人共何を言っているんだ。ちゃんと聞こえているからな」
ヴィルヘルムさんは嬉しそうな笑みを浮かべ、俺とティファニーの肩に手を置いた。たった一人でレーヴェの村から拒絶されて始めた旅が、今はこうして最高の仲間に囲まれている。人生は前向きに生きればいくらでも変える事が出来るのだ。今となってはレーヴェを出た事が正解だったと思う。
一介の村人の俺がレーヴェに居ても、エルザのためになる事は何も出来ないと思う。だが、俺が国家魔術師試験を一位で合格出来れば、エルザを助ける事が出来るのだ。聖獣のフェニックスなら、きっとエルザに掛けられた死の呪いを解除してくれる筈。フェニックスが力を貸したくなる人間にならなければならない。
ここまで随分遠回りをした。お金が無いから、住む場所がないからと、一ヶ月近くも冬の洞窟で暮らしたり、ダンジョンで両足の骨を折り、動く事すら出来なくなった事もあった。どんなに辛い思いをしても、エルザに掛けられた呪いを解除するまでは諦めないと誓った。
俺のたった一人の妹なのだから。エルザは将来国家魔術師になるんだ。何が何でもエルザを救ってみせる。敵が立ちはだかればこの剣で叩き切るまでだ。仲間達の笑顔を見ると、俺はもう一人ではないと実感出来た。
「みんな、俺を信じてくれてありがとうございます……」
「クラウスが先に俺を信じてくれたからな。俺はクラウスを誰よりも信じている。これからもずっとだ」
「私はクラウスが居なかったら人間を、魔物を殺めるだけの低俗なデュラハンのままだった。クラウスが私の目を覚ましてくれたから今の私が居る。これからも私がクラウスを支えよう」
「ありがとうございます、ヴィルヘルムさん、クラウディウスさん」
ヴィルヘルムさんが優しく微笑みながら俺の頭を撫でてくれた。つい昔の事を考えていたら、感謝の気持ちでいっぱいになった。人間ですらない、悪魔の俺を信じてくれる人なんて、この世界に何人居るだろうか。この仲間は絶対に守らなければならないんだ……。
「クラウス、いつかお礼を言おうと思っていたけど、毎日私を守ってくれてありがとう。馬車で移動している時も、ほとんど眠らずに私を守ってくれた事も知っているの。クラウスがティファニーなら国家魔術師になれるって言ってくれたから、私は自信を持てた。ヴィルヘルムさんとクラウスが私を狭い世界から出してくれたの。二人が居なかったら、私はまだヴェルナーで魔石を売っていたと思う……」
「私も、両親を殺したゲイザーに復讐する機会を与えてくれてありがとう。クラウス、あなたが居なかったら私はゲイザーに挑戦する事も出来なかったと思うわ。これからもパーティーの一員として、どこまでも付き合うわ」
「ティファニー、リーゼロッテさん……! 絶対にゲイザーを仕留めましょう!」
目には自然と涙が浮かび、仲間達は俺を抱き締めてくれた。本当に素敵な仲間と出会えて俺は幸せだ。暫く馬車を走らせていると、俺達は遂にゲイザーが潜む神殿に到着した……。




