第四十話「胸騒ぎと騒動」
〈ティファニー視点〉
クラウスと別れた私とヴィルヘルムさんは、町で魔法の訓練を続けた。冒険者ギルド・ストームブリンガーのマスターがギルドの一室を貸してくれたので、私達は早朝から深夜までひたすら魔法の練習をしたのだ。
全身に風の魔力を纏わせて攻撃速度と移動速度を上昇させ、ヴィルヘルムさんに対して切り掛かる。ヴィルヘルムさんは氷の盾を作り出して私の攻撃を防ぎ、アイスショットの魔法を使用して反撃をするのだ。攻撃と防御のバランスが良いので、ヴィルヘルムさんに攻撃を当てる事は難しい。
二人で徹底的に訓練を行ってからギルドを出ると、町はすっかり日が暮れていた。クエストを終えた冒険者達が楽しそうに町中でお酒を飲んでいる。町の至る所に魔石が浮いており、魔石の中で楽しげに燃える炎がレマルクを幻想的に照らしている。何と美しい町なのだろう。
宿に向かって歩くと、衛兵達が血相を変えて町中を走っていた。
「広場でトロルが現れた!」
「冒険者は援護を頼む! 広場で無数のトロルが出現!」
「早く市民を避難させろ! 戦える者は武器を持て!」
衛兵達は市民に建物から出ない様にと怒鳴り、冒険者はトロル討伐に参加する様にと言って回っている。
「町でトロルだって? 衛兵が門を守っているのに、どうしてトロルがレマルクに侵入出来るんだ!」
「分かりません! 私達も加勢しましょう!」
「ああ!」
私とヴィルヘルムさんは衛兵達と共に走り出した。衛兵達はトロルとの戦闘を恐れているのか、怯えながら武器を握りしめている。随分頼りない衛兵なのね。町での騒動を解決するために冒険者の力を借りるなんて。冒険者は衛兵ではないのだけど……。
暫く進むと、若い衛兵達がトロルの群れと交戦していた。体長二メートル程の醜い顔をした魔物が、衛兵の死体を私達に目掛けて投げつけた。瞬間、ヴィルヘルムさんが氷の壁を作り上げて敵の攻撃を防いだ。レマルクって本当に防衛力が低い町なんだわ……。
体内に闇属性を持つ者は確かに犯罪者である確率が高いけど、全属性の中で最も攻撃力が高い事も事実。悪質な魔物に対抗出来るクラウスの様な優れた冒険者を町に入れず、いざ騒動が起これば冒険者に援護を求めるとは。なんだか無性に腹が立ってきた。
広場で三十体程のトロルが暴れている。トロルの軍団が民家を叩き潰し、衛兵を蹴散らして練り歩いているのだ。ヴィルヘルムさんは市民達を守りながら巨大な氷の壁を作り、トロルの攻撃を食い止めている。流石にトロルの攻撃を受けるだけで、反撃する余裕は無いみたい。こんな時にクラウスが居れば一瞬で敵を片付けてくれたのに!
トロル相手に怯えながら武器を持つ衛兵がまた一人、トロルに叩き潰されて命を落とした。私はナイフを引き抜き、全身に風のエンチャントを掛けてトロルの体に飛び乗った。首元にナイフを突き立て、次々とトロルの体に飛び乗って攻撃を仕掛け続けた。
トロルは私を捕まえようとするが、そんな時にはヴィルヘルムさんが遥か彼方から氷の槍を放ち、トロルの腹部に風穴を開けてくれる。私が戦場をかき回し、衛兵とヴィルヘルムさんに攻撃の機会を与える事が出来たら、きっと被害を最小限に留めてトロルの群れを殲滅出来る。
ストームブリンガーのマスター、レーマンさんは近くの酒場でお酒を飲んでいたのか、トロルの群れに気が付くと、遠距離から雷撃を放って援護してくれた。レーマンさんの雷撃とヴィルヘルムさんの氷の槍が広場に飛び交い、トロルは爆発的な咆哮を上げながら衛兵に攻撃を仕掛けている。
私は戦い慣れていない衛兵を守りながら、銀の杖を持ち、遠距離から風の刃を飛ばしてトロルを切り裂いた。これくらいの人数すら守れないなら、将来国家魔術師になる事は到底不可能。私がレマルクを守らなければならないんだ……。
女性の私が敵の群れに斬りかかると、衛兵達も勇気を振り絞ってトロルに勝負を挑んだ。しかし、一人ではトロルを仕留める事が出来なかったのか、既に広場には無数の衛兵の死体が散乱している。
一体このトロルはどこから現れたのだろう。まさか、町中で何者かが召喚したのだろうか。突如レマルクの中央にトロルの群れが出現する筈がない。きっと召喚魔法に長けた者がレマルクを壊滅させようとしているに違いない。
周囲を見渡して犯人を探す。私は人気の無い裏路地に古ぼけた召喚書を持つ男が居る事に気がついた。男が召喚書に魔力を込めた瞬間、広場には大型の魔物が姿を現した。魔物の図鑑でしか見た事が無い、魔獣クラスの魔物、ラミアだ。
上半身は人間の女性、下半身は大蛇の姿をしている。乱れた赤髪に血走った目。体長は三メートルを超えており、手には巨大な両刃の斧を持っている。ラミアの出現に衛兵達は驚きの余り後退を始めると、広場に駆け付けた衛兵長が怒鳴った。
「お前達衛兵が逃げ出してどうする! 誰がレマルクを守るんだ! 命を捨てても市民を守れ!」
「そんな……! 私達だけではラミアになんて太刀打ちできません!」
「こんな時に剣鬼が居てくれたら……!」
衛兵長は若い衛兵達の背中を蹴飛ばし、無理矢理戦場に立たせると、私は怒りがこみ上げてきた。魔物を前にして逃げ出すなんて論外だけど、無謀な戦いを強要する衛兵長の態度も何だか気に入らない。
ラミアを召喚した男を捕らえるために走り出した時、背後で巨大な炎の球が発生した。あの魔法はクラウスのファイアボールだろうか? 見覚えのある剣士と、全身が鎧に包まれた見慣れない魔物、それから若い女の衛兵が民家を飛び越えて広場に着地すると、三人は次々と魔物の群れに攻撃を仕掛けた。
剣鬼、クラウス・ベルンシュタインが駆け付けてきてくれたのだ! 正門からでは入れないから、城壁を乗り越えて町に入って来たのだろう。クラウスの活躍に見とれている場合ではない。
私は大急ぎで魔術師の後を追い、フードで顔を隠した男を路地に追い詰めた。男が再び召喚書を開いた瞬間、私は男が召喚魔法を使用する前に瞬時に距離を詰め、ナイフで男の手を切り裂いた。男が激痛の余りのたうち回ると、私は召喚書を取り上げてから、男の腕を捻り上げて広場まで連れて行った。
既に全てのトロルが命を落としており、クラウスと鎧の魔物がラミアを追い詰めていた。やっぱりクラウスは英雄なんだわ。どんな劣悪な状況でも最高の力を発揮出来るのだから。自分自身を受け入れなかった町のために、わざわざ駆け付けてきてくれるなんて、本当に心が広いのね……。
ラミアは巨大な斧で垂直切りを放ったが、鎧の魔物がバスタードソードでラミアの剣を受けた。自分自身よりも遥かに体の大きいラミアの強烈な一撃を、軽々と受け止める力。一体何者なのだろう。
瞬間、クラウスが目視すら出来ない程の速度で飛び上がり、ラミアの心臓にクレイモアを突き立てた。それからクラウスはクレイモアを引き抜くと同時に、無数の炎の矢を飛ばしてラミアの体に大量の風穴を開けた。
ラミアが再び反撃をした瞬間、クラウスがラミアの巨大な斧を受け止め、鎧の魔物が上空から爆発的な雷撃を落として敵の戦意を喪失させた。それからクラウスと鎧の魔物が交互に敵を切り続けると、クラウスが特大のファイアボールを放ち、ラミアの体を吹き飛ばした。
圧倒的な戦闘技術に、見る者を魅了する華麗な攻撃魔法。自分自身よりも遥かに巨大な敵を前にしても一歩も引かない精神力。まさに彼は剣鬼。私もクラウスが誇れる魔術師にならなければ、彼の仲間として胸を張って生きられない。
もっと強くなりたい。国家魔術師試験を一位合格し、フェニックスの召喚書を頂かなければならないのだから……。
私は事件の犯人を衛兵長に引き渡すと、衛兵長は私とヴィルヘルムさん、その他、戦闘に参加した全ての冒険者に礼を言って回った。勿論、衛兵長はクラウスに深々と頭を下げた。闇属性を秘める者でも、市民を守る者も居ると理解したのだろう。
「あれって、剣鬼、クラウス・ベルンシュタインじゃないか!」
「隣に居るのはリーゼロッテと……もしかしてデュラハンか?」
「そうだ! 剣聖、クラウディウス・シュタインだ! 剣鬼と剣聖が手を組んだんだ!」
「剣鬼が剣聖の魂が宿るデュラハンと契約を結んだのだろう!」
衛兵達はクラウス達を取り囲んで熱狂的な拍手を上げ、市民達は歓喜の声を上げた。被害を最小限に抑えたヴィルヘルムさんは市民達から何度もお礼を言われ、私の元にも市民や衛兵がお礼を言いにきた。
それにしても、クラウスはいつの間にデュラハンと化した剣聖を仲間にしたのかしら。少し会っていない間に剣聖を説得し、レマルクの異変にもすぐに気づき、戦場では圧倒的な力で敵をねじ伏せる。やっぱりクラウスは最高の冒険者。私の目標はクラウスなんだ……。
ヴィルヘルムさんは何も言わずにクラウスを強く抱きしめた。クラウスはヴィルヘルムさんと熱い抱擁を交わしたあと、私の方に駆け寄ってきた。柔和な笑みを浮かべながら、エメラルド色の瞳を輝かせて私を静かに見つめている。
ついさっきまで死闘を繰り広げていたのに、この余裕はなんなのだろうか。クラウスにとっては、ラミアやトロルはスライム程度の雑魚でしかないのかしら……。
「ティファニー! 大丈夫? 怪我はない?」
「ええ。私は大丈夫。助けに来てくれてありがとう!」
「当たり前じゃないか。ティファニーが何処に居ても俺が必ず守るよ。勿論、ヴィルヘルムさんもだけど」
「ありがとう……本当にクラウスって凄いな……」
「もっと早くに駆け付けたかったんだけど、衛兵が町に入れてくれなかったから、無理矢理城壁をよじ登ってきたよ。遅くなってごめん……! 不安な思いをさせてしまったね」
「うんん……大丈夫……」
私の瞳からは自然と涙が溢れた。私はいつもクラウスに守られている。クラウスはいつも仲間の事を最優先してくれるんだ。たとえ町に入る事すら許可されなくても、町で仲間が襲われれば、大急ぎで駆け付けてくれる。
もしかしたらクラウスが理想の男性なのかもしれない。きっとお父さんが生きていたら、クラウスの様にどんな状況でも市民を守り抜く力と判断力があったのだろう。私も更に力を付けて、クラウスが頼ってくれる様な女にならないと……。




