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第四話「平静と狂気」

 レーヴェの村から西に十日ほど進んだ場所に冒険者が多く暮らすヴェルナーという町がある。ヴェルナーは付近にダンジョンが数多く存在する町で、冒険者達はダンジョンから湧き出る魔物を討伐して生計を立てている。


 魔物を討伐すれば素材を入手する事が出来る。例えば、ブラックウルフなら鋭い爪と牙、美しい毛皮に魔石等。素材を剥ぎ取り、ヴェルナーに持ち込んで販売すれば、生活費を稼ぐ事が出来るのではないだろうか。


 俺は魔石を懐に仕舞い、寒さに震えながらブラックウルフを解体した。ロングソードでは細かい作業をする事は難しく、毛皮を剥いでから牙を叩き折った。一体この毛皮や牙がどれだけの価値があるのかは分からないが、ヴェルナーに持ち込む素材は多ければ多い程良いだろう。


 それから俺はヴェルナーを目指して歩き始めた。空腹の余り、意識が朦朧としてきたが、生の肉を食べるのは流石に危険すぎるので、火属性の魔法を習得するために、適当な場所で魔法を学ぶ事にした。


 暫く歩くとゴブリンが暮らしていたであろう洞窟を見つけたので、俺は洞窟の中に身を隠した。ここなら魔物なら見つかる事もなく、ゆっくりと魔法の練習が出来るだろう。素材を地面に置いてから、ブラックウルフの魔石を握り、精神を集中する。


 魔石を左手に持って体内に火属性の魔力を取り入れ、右手から魔力を放出する。暫く精神を集中させていると、右手は小さな炎の球が生まれた。ブラックウルフが得意とするファイアボールだ。魔法はあまりにも小さく、魔物を狩るには弱々しいが、それでも魔法は完成した。


 デーモンの力のお陰だろうか、それとも、魔法を習得出来なければたちまち餓死する今の状況が俺の魔法の才能を開花させたのだろうか。初めての魔法に感動しながら、ブラックウルフを肉をゆっくりと焼く。


 洞窟内には肉が焼ける香ばしい香りが充満し、魔法の制御が上手く出来なかったから、肉は所々焦げ付いているが、それでも俺は初めて自分の手で魔物を狩り、食料を用意出来た事に感動した。


 薄暗い洞窟で一心不乱にブラックウルフの肉を喰らい、枯渇した栄養を補給する。味気は無いがそれでも新鮮な肉は食べごたえがあって美味しい。暫く肉を食べていると、体には活力が溢れ、精神が高ぶってきた。ブラックウルフさえ狩る事が出来れば、食料には困らないだろう。ヴェロナーまでの旅を始める前に、徹底的に剣と魔法の訓練をし、魔物を狩り続けて素材を集めよう。


 デーモンに復讐するには圧倒的に力が足りない。今の俺に必要なのは敵を討つ爆発的な魔法と筋力。思い立ったらすぐに行動を始めよう。俺は洞窟内に腰を降ろし、魔力が尽きるまで小さな炎の球を浮かべた。


 洞窟内に炎の球を飛ばして威力を確認し、魔力が尽きれば自己流の構えでロングソードを振る。筋肉が悲鳴をあげるまでひたすら体を酷使すると、ブラックウルフの肉を食べて栄養を補給する。


 時間ならたっぷりある。圧倒的な火力でデーモンに完全勝利するのが俺の目標だ。本当はすぐにでもエルザに掛けられた呪いを解く方法を探したい。しかし、村の有識者や医者ですら死の呪いを解く方法が思い浮かばなかったのだ。


 魔法について知識が有る訳でもない俺があがいたところで、死の呪いを解除する方法は簡単には見つからないだろう。その前に、まずは自分自身が強くなる必要がある。


 洞窟は意外と居心地が良く、ブラックウルフが俺の気配を感じて洞窟内まで侵入して来た事があったが、そんな時はロングソードで敵を切り裂いた。洞窟の近くに水場を見つけたので、俺は敵の返り血で汚れた体を洗った。三月の森は非常に寒いが、体を洗わないよりはマシだと思い、震えながら汚れを落とした。


 底辺の生活を極めた様な洞窟暮らしは非常に過酷で、朝や夜は温度が急激に下がって体が芯から冷えた。暖かい風呂にでも浸かり、ゆっくりと休みたいと思うが、もう帰る家もないんだ。ヴェルナーで宿を借りて暮らそうか。予想外の形で一人暮らしを始めたが、これが意外に面白い。


 俺は徹底的に己を追い込むために、一ヶ月間洞窟で暮らす事にした。人生で初めての修行という訳だ。森でゴブリンの集団と遭遇すれば、ファイアボールの魔法を連発して敵を吹き飛ばし、ガーゴイルが上空から襲ってくれば、瞬時に跳躍して敵を切り裂いた。


 戦闘中に何度か怪我を負ったが、俺の肉体は驚異的な速度で回復した。ゴブリンの剣で深々と腕を切り裂かれた事があったが、傷は一瞬で塞がったのだ。それから俺は戦闘中に妙な事に気が付いた。敵を倒せば倒す程、魔力が回復する。まるで討伐した魔物の魔力を奪う様に、敵を切り裂いた瞬間、魔力が満ち溢れるのだ。


 剣で敵を切り裂いて魔力を回復させ、ファイアボールを飛ばして攻撃を仕掛ける。魔力が尽きればまた剣で敵を切り、魔力を回復させる。これを永遠と繰り返すと、筋肉と魔力を同時に鍛える事が出来た。


 やはりデーモンの力のお陰だろうか、鍛えれば鍛える程に強くなるのだ。俺はそんな修行の生活が面白くて仕方がなかった。腹が減ればブラックウルフを狩り、肉を喰らう。それから毛皮を剥いで洞窟の外に吊るす。


 家から持ってきた服も魔物との戦闘で汚れ切ったので、俺はブラックウルフの毛皮から服を作る事にした。ゴブリンが針と糸を持っていたので、毛皮を縫ってベストを作った。それからブラックウルフの牙に糸を結んで首飾りを作った。こうしておけばブラックウルフの討伐数が瞬時に確認出来る。


 一体討伐すれば四本の犬歯を得る事が出来る。非常に鋭く、強い魔力を持つ犬歯だけを集め、俺は首飾りを量産する事にした。もはや狂人としか思えない生活を送っているのだが、それでも俺の精神は平静を保っている。妹の最後の笑み、破壊された村の光景などを思い浮かべると、心の底から活力が湧いてくるのだ。


 早朝に起床して森を徘徊するブラックウルフを探し出して仕留める。それからブラックウルフの肉を食べ、洞窟で体を鍛える。ロングソードを永遠と振って筋肉を痛めつけ、空腹を感じたら水とブラックウルフの肉を大量に摂取する。パンや麺料理が食べたいが、森にはそんなものはない。


 そんな洞窟での生活が一ヶ月間続き、俺は遂にヴェルナーを目指して旅に出る事にした。筋肉は爆発的に成長し、ファイアボールの魔法は目を瞑っていてもブラックウルフを仕留められる程に上達した。


 ブラックウルフの毛皮から作ったベストを着て、首には牙の首飾りを何重にも巻いた。どこからどう見ても変質者にしか見えないだろうが、これが俺の努力の成果だ。それから手にロングソードを持つと、俺は一ヶ月間お世話になった洞窟に一礼をしてから森を歩き始めた。


 四月の森は暖かく、陽の光を浴びながら上機嫌で森を進む。久しぶりに人間が暮らす町に入れるんだ。まずは戦利品を売り捌いてお金を作り、清潔な宿に泊まろう。それから体を隅々まで洗い、久しぶりに料理を食べる。


 ブラックウルフを狩り続けて魔石を七十個も集める事が出来た。牙や毛皮も持ちきれないだけ手に入ったが、旅の邪魔になるので、牙から作った首飾りを巻けるだけ首に巻き、残りは洞窟に隠した。



 洞窟を出てから十日目。俺は遂にヴェルナーに辿り着いた。町の入り口には槍を持った衛兵が二人立っており、衛兵達は狼狽した表情で俺を見つめた。


「怪しい奴! お前は何者だ!」

「俺はクラウス・ベルンシュタインです。ヴェルナーで暫く滞在したのですが」

「そのベストと首飾りはなんだ? お前は何処の部族の者だ?」

「部族……? レーヴェから来ましたが……」

「レーヴェにこんな格好の人間が暮らしていたか?」

「いや。居ないだろう」


 衛兵達は牙の首飾りを大量に巻いた俺を見つめ、それからベストに触れた。二人は顔を見合わせると、愕然とした表情を浮かべた。


「まさか、ブラックウルフの毛皮か?」

「はい。この牙もブラックウルフの物です。討伐数の目安に集めていました」

「馬鹿な! こんなに若い冒険者がたった一人でブラックウルフを仕留めるとは!」

「信じられない……この牙の量は一体なんだ? 何体仕留めたんだ?」

「五百から上は数えていません。魔石持ちは七十体居たので、この通りです」


 ゴブリンから奪った鞄に仕舞ったブラックウルフの魔石を衛兵に見せると、衛兵達は称賛の眼差しを向けた。


「何処の冒険者ギルドに所属している? さぞ名の通った冒険者なのだろう!」

「冒険者ギルドには登録していません。まだ旅に出たばかりですから」

「まさか! たった一人でブラックウルフを狩り続けれらる力があるのに、冒険者ですらないのか?」

「こいつは凄い新人が現れたな。ヴェルナーにようこそ。君の活躍を期待しているよ!」


 二人の衛兵が握手を求めてきたので、俺は意味も分からずに握手を交わした。兎に角、無事に町に入る事が出来た。暫くヴェルナーで暮らしながら、死の呪いを解除する方法を模索し、デーモンに関する情報を集めよう。まずは人間らしい生活を送らなければならないな。


 石畳が美しく敷かれているヴェルナーの町を歩き、俺は冒険者ギルドに魔物の素材を持ち込む事にした……。

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