第三十六話「剣聖と幻獣」
ティファニーも町で剣聖の銅像を見たのか、俺達は剣聖、クラウディウス・シュタインについて詳しく教えて貰った。剣聖は十五歳で冒険者になり、二十五年間、レマルクを無償で守り続けていたが、四十歳の時に妻と子を幻獣のゲイザーに殺害されたのだとか。
今から三十年前。ゲイザーがまだ成長途中だった頃、居場所を求めてレマルクの周辺を徘徊していた時、たまたま森で食事をしていた剣聖の家族がゲイザーに殺害された。当時は剣聖が頻繁に森に入っていたので、今よりも森には魔物の生息数も少なく、剣聖の妻自身もレベル四十を超える魔術師だったので、大抵の魔物には対応出来るだろうと安心していたらしい。
しかし、剣聖の妻と子は森でゲイザーと遭遇し、命を落とした。剣聖は怒り狂ってゲイザーの討伐に乗り出した。剣聖はゲイザーを神殿に追い詰め、一対一での勝負を始めたが、ゲイザーの触手によって首を切り取られて命を落とす。
その後、冒険者達が何とか剣聖の遺体を回収し、レマルクの南西に位置する墓地に剣聖の遺体と鎧、剣を埋葬した。それから剣聖、クラウディウス・シュタインの活躍を称える銅像が建ったが、剣聖は突如デュラハンとして蘇った。
幻獣のデュラハンとして再び世に生を得た剣聖は、墓地を徘徊して侵入者を襲い始めた。復讐心を糧にデュラハンと化した剣聖は既にかつての冒険者ではなく、無差別に魔物や人間を殺める悪質な魔物へと変化を遂げた。生前の力を受け継いでいるからか、並の冒険者ではデュラハンに太刀打ち出来ないのだとか。
レマルクの市長はデュラハンの討伐を王都アドリオンの国家魔術師に要請したが、国家魔術師達は、かつての英雄を殺める事は出来ないと断った。
「だが、国家魔術師達はこうも言っていた。デュラハンは墓地から出ないのだから、近づかなければ良いだけだと。そして、デュラハンは墓地に近づいた人間を襲うが、魔物も仕留めるので、結果的には地域に貢献しているのではないかと」
「デュラハンはゲイザーに復讐しに行かないのですか?」
「それが、デュラハンは何度もゲイザーに戦いを挑んでいるんだ。しかし、生前ですから勝てなかったゲイザーは更に人間を捕食して成長しているから、体を失ったデュラハンがゲイザーを倒せる訳がないんだ。毎回ゲイザーの炎の焼かれて神殿から飛び出てくるデュラハンの姿がなんとも滑稽で可哀相なんだが……」
「かつての英雄とは思えませんね。何とかして救ってあげたいです」
「まぁ、国家魔術師が討伐に乗り出せば、神殿から動きもしないゲイザーを仕留める事は容易いだろうが、基本的には地域を襲う魔物の討伐で忙しい訳だから、神殿から出てくる事もない魔物の討伐に乗り出してくれる事はないだろう」
「ファステンバーグ王国の最高戦力ですからね」
俺はレーマンさんの話を聞いて何とかデュラハンを救ってあげたいと思った。銅像まで建つ程、レマルクの市民から愛される英雄が、死して尚、家族の仇を討つ事すら出来ずに生きているのだ。レベル七十の幻獣、デュラハンか。もし仲間にする事が出来たら、デーモンを仕留める時に最高の戦力になってくれるだろう。きっとこの話をすれば、クラウスなら目を輝かせてゲイザー討伐に乗り出すだろう。
「ティファニー。クラウスならきっとゲイザーと戦いたいと言うだろうね?」
「そうですね。間違いなく言うと思います。強い敵が居れば基本的に立ち向かっていきますからね。ですが、今回は話が別かもしれません」
「やはり、レマルクに入る事すら許可されていない訳だから、レマルクのためにゲイザー討伐をしないのではと?」
「はい。わざわざ自分を拒否する町のためにゲイザー討伐に挑戦するでしょうか。クラウスがいくら強くても、無傷で幻獣を討伐出来る程の強さはありませんし。もしかしたら命を落とす可能性だってありますから……」
「まぁ、無傷での幻獣討伐は到底不可能だろうな。レマルクが素直にクラウスを受け入れていたら、彼なら二つ返事でゲイザーの討伐を了承していただろう」
「ええ……そういえばクラウスって食料も毛布も持っていませんよね。食べ物を渡しに行きましょうか」
「いや、森に入ったクラウスを見つけるのは俺達では難しいだろう。腕の立つフェアリーを雇って食べ物を運んで貰おうか」
妖精のフェアリーはお金さえ払えば基本的にどんな仕事でも引き受けてくれる。人探しや郵便物の配達。武具の手入れなどが主な仕事だ。フェアリーは宿やギルドでたむろしている場合が多い。
俺達はレーマンさんに礼を言ってからギルドを出ると、ティファニーは市場で食料を大量に購入し、町で出会ったフェアリーにお金を多めに持たせて配達を頼んだ。フェアリーは相場よりも報酬が多い事を喜び、すぐにクラウスに届けてくれると言って飛び立った。
「そういえば、ヴィルヘルムさん! 私、ついにエルザちゃんに掛けられた呪いを解く方法を見つけました!」
「それは本当か! 死の呪いを解除するにはどうしたらいいんだ?」
「聖獣のフェニックスです。聖属性を持つ聖獣について調べていた時、フェニックスの項目に目が留まりました。フェニックスはいかなる呪いをも解除する事が出来る唯一の魔物らしいんです」
「だが、聖獣なんてどうやって仲間にするんだ?」
「それは問題ありません。いいえ、ある意味、かなり問題があるかもしれませんが。実は、国家魔術師試験の合格者には、順位に応じて賞品が贈られるんです」
「それは知っているが、試験がフェニックスに関係あるのか?」
「はい。来年の二月一日に開催される国家魔術師試験。一位合格者には聖獣のフェニックスの召喚書、二位合格者には幻獣のユニコーンの召喚書、三位合格者にはアイスドラゴンの召喚書が贈られるんです!」
「まさか! という事は、国家魔術師試験を一位で合格すればフェニックスを召喚出来ると……」
「そうです! 私達三人で試験を受け、誰か一人が一位で合格出来れば、エルザちゃんを救えるんです!」
一年に一度のみ開催される国家魔術師試験。ファステンバーグ王国の国家魔術師試験の受験者数は毎年千人を超え、合格出来るのはたったの五人。王国で最高の実力を持った魔術師を発掘するための行事でもある。勿論、試験の最中に命を落とす受験者も多い。
合格者には国家魔術師の称号が与えられ、ファステンバーグ王国内の任意の地域で国家魔術師として働く事が出来る。俺達は合格したら王都アドリオンで活動しようと決めているのだ。
「一位で合格しなければ、フェニックスの召喚書を手にする事は出来ないのか」
「はい。勿論、召喚した魔物が召喚者の言う事を聞くとも限りません。魔物自身が仕える価値があると判断しなければ、たちまち召喚者を襲うか逃げ出してしまうでしょう」
「レッサーデーモン召喚事件を思い出すな」
「まさに、キャサリンが召喚したレッサーデーモンの様に、人間を襲う可能性もあります。ですが、フェニックスは聖属性の使い手。基本的に人間を襲う事はありませんが、闇属性を持つクラウスが召喚すれば、敵とみなして攻撃を仕掛けてくるかもしれませんね」
「聖属性を持つ仲間と共に召喚すればその問題は解決出来るだろうな」
「はい。私達はクラウスのためにも一位で国家魔術師試験を合格出来る力を付けなければならないんです……」
「ゲイザー程度の魔物を恐れている様では、到底一位合格なんて出来ないだろうね?」
「そうですね。どんなに弱い国家魔術師でも、幻獣をたった一人で討伐出来る力を持っていると言われていますから。一位合格を目指すなら、ゲイザーを剣一振り、魔法一発で倒せなければ不可能だと思います」
ティファニーならいつか必ずエルザを救う方法を見つけ出すと思っていたが、こんなに早く呪いを解く方法を見つける事が出来るとは。やはり彼女は優れた冒険者だ。旅の最中もクラウスのために大量の本を読み、遂にフェニックスに辿り着いたのだ。あとは俺達が努力を重ねて、来年の国家魔術師を一位で合格すれば良い。
だんだん面白くなってきたな。俺はローゼを失った時から生きる希望を失っていた。復讐に燃えて魔法の練習を続けていたが、一人ではゴブリンロードを倒す事は出来なかっただろう。クラウスもティファニーもローゼのために、俺自身のためにゴブリンロードと戦ってくれた。今度は俺が恩を返す番だ。
それから俺達は大量のマナポーションを持って町を出て、レマルク付近の森で魔法の訓練を始めた。来年の国家魔術師試験まであと四ヶ月も無い。新たな魔法を習得する事は出来ないだろう。今覚えている魔法を徹底的に使い込み、魔力の向上を計りながらも、戦闘技術を研くしない。
俺はティファニーと共に戦闘訓練を行い、深夜までひたすら魔法を使い続けた。ティファニーは風のエンチャントを掛けたナイフで次々と攻撃を繰り出し、俺が後退して攻撃を避けると、ナイフを振り下ろして風の刃を飛ばして攻撃を仕掛けてくる。
ティファニーは杖を使った魔術師としての戦闘も得意だが、ヴェルナーのダンジョンで接近戦闘を覚えたのか、ナイフを巧みに使って連続で攻撃を仕掛けてくるのだ。これが非常に戦いづらく、ナイフを防御するために氷の壁を作り上げれば、瞬時に背後を取られて首元にナイフを突きつけられる。
風の魔力を体に纏わせているからか、ティファニー自身の移動速度と攻撃速度が大幅に上がっているのだ。もはや接近戦闘ではティファニーに勝つ事は不可能。
森で永遠と戦闘訓練をし、魔力が枯渇すればマナポーションを飲んで回復させ、疲労のあまり体が動かなくなった時、俺達はレマルクの宿に戻り、疲れ果てて泥のように眠った……。




