第三十五話「魔術師の実力」
〈ヴィルヘルム視点〉
クラウスと別れてから俺とティファニーは手頃な宿を探し、二日分の代金を払って部屋に荷物を置いた。それからティファニーは図書館で調べ物をするために宿を出て、俺は馬車を綺麗に磨いてから保存食やポーションを補充した。
クラウスは今頃何をしているのだろうか。一通り雑用を終えた俺は、レマルクの町を観光して回る事にした。町はヴェルナーよりも広々としており、背の高い建物も多く、冒険者が多く暮らす町だからか、防具を纏った屈強な冒険者の姿が多い。
しかし、バラックさんやクラウスの様に、強烈な魔力を体内に秘める冒険者は居ない。やはり二人は特別な存在なのだろう。一日も早くクラウスに追い付くために訓練を積んでいるが、なかなかクラウスの実力に近付ける事はない。
というのも、彼もデーモンを仕留めるために日々訓練を積んでいるのだ。それも、どの冒険者よりも長い時間、魔物との戦闘に身を置いている。通常の冒険者がヴェルナーで討伐する魔物の数は一ヶ月で多くても五十体。ギルドに所属しているだけで、ほとんど活動をしない冒険者の魔物討伐数は二十体から三十体程だが、他の冒険者が一ヶ月で討伐する魔物をクラウスは一時間以内に仕留める事が出来る。
クラウスは誰よりも魔物を嫌っており、強さを貪欲に求めているのだ。善良な民を脅かす魔物は徹底的に駆逐する。クラウスの場合、たった一人で魔物の軍団を殲滅出来るのだ。圧倒的な戦いの技術と復讐心。力を求める純粋な気持ちが彼を強くしているのだろう。
俺自身もクラウスに追い付くために魔法の訓練を積んでいるから、レベル五十まで己の魔力を鍛える事が出来た。それでも剣と魔法を両立して訓練を積んでいるクラウスの方が俺よりもレベルが十も高い。レベルとは魔力を数値化したもの。剣士であるクラウスが魔術師の俺よりも魔力が高い事は驚異的だ。
クラウスと離れたばかりなのに、頭にはすぐにクラウスの姿が浮かぶ。きっと彼は今頃魔物を狩っているだろう。暇さえあれば剣の腕を研くために魔物を狩りに行く。『俺が魔物を狩れば地域のためになり、尚且つ、自分自身の技術を向上させる事が出来るので、一石二鳥ですよね』これはクラウスが毎日の様に言っている言葉だ。
闇属性を秘めているからと、町に入る事すら許されなくても、彼はめげずに魔物を狩り続ける。精神力の高さは十五歳とは思えない程だが、彼は危うい。果たしていつまで迫害された生活に耐えられるだろうか。俺がクラウスを支えなければならないのだ。ローゼのためにとゴブリンロードを仕留めてくれたのだからな。
町を歩いていると巨大な銅像を見つけた。古い時代の剣士なのか、バスタードソードを頭上高く掲げている。銅像の台には説明書きがある。名前はクラウディウス・シュタイン。剣聖と呼ばれる剣の達人で、生前のレベルは七十なのだとか。
十五歳で冒険者になり、報酬すら受け取らず、二十五年間も魔物の攻撃からレマルクを守り続け、幻獣のゲイザーに家族を殺された悲しき英雄と書かれている。殺された家族の仇を討つためにたった一人でゲイザーに挑み、首を切られて命を落としたのだとか。
幻獣のゲイザーと言えば、以前図鑑で読んだ事がある。確か一つ目の魔物で、火と雷の魔法を操る魔物。地下や神殿等で身を隠すように暮らし、侵入者を捕食して生きていると書いてあったな。
俺が立派な銅像を見上げていると、町の子供達がクラウディウス・シュタインの銅像に魔法を放った。魔法の練習台にでもしているのだろうか。町を魔物から守り続けた英雄に失礼ではないか。
「何をしている! 銅像に魔法を放つな!」
「なんでだよ! こいつのせいで沢山の人が死んでいるんだ!」
「こんなの英雄でもなんでもないんだ! こいつは墓地で人間を殺しているんだ!」
「何だって? 墓地で人殺しを?」
「知らないのか? 墓地のデュラハンだよ。墓地に近づいた人間を殺すんだ」
子供達は楽しそうに笑いながら去ってゆくと、俺は何だか墓地のデュラハンが気になった。時間もある事だから、地元の冒険者ギルドでデュラハンに関する情報を調べる事にしよう。しかし、剣聖とも呼ばれていた英雄が、どうしてデュラハンと化したのだろうか? デュラハンは幻獣クラスの魔物。凄惨な死を遂げた人間が死の瞬間、鎧に魂を宿し、魔物化したのが魔物がデュラハンだと聞く。
死の際にデュラハンになれる者は、体内に非常に高い魔力を秘めている者。それから死の際に鎧を装備していた者に限られる。死して尚、復讐したいという気持ちが鎧に宿って動き出す。戦闘技術や魔法能力は生前の強さを引き継ぐ事が出来るため、剣聖がデュラハンとなって蘇っているのなら、並の冒険者では到底太刀打ち出来ない魔物と化しているだろう。
それから俺はレマルクで最も加入者数が多い冒険者ギルド・ストームブリンガーを訪ねる事にした。背の高い木造のギルドの扉を開くと、室内に居た冒険者達が一斉に注目した。冒険者のレベルはアーセナルの方が高いのだろうか、魔術師が少なく、前衛職が多い印象だ。ギルドに入れば魔力の雰囲気で強さが分かるものだ。
クラウス級の冒険者が一人でも居れば、よそ者を排除する様に強烈な魔力を肌に感じるものだ。俺が初めてアーセナルでバラックさんに会った時も、彼の強い魔力を感じて自分との力の差を実感したものだ。
室内ではお酒と料理を提供しているのか、昼間からエールを飲んでいる者が多い。俺も時間があるならエールを飲みたいところだが、今はデュラハンの事について調べたい。冒険者達が俺の装備を舐める様に見ている。ギルドに訪れた俺の強さを見極めようとしているのだろう。そのままカウンターに進むと、受付の女性が笑みを浮かべた。
「冒険者ギルド・ストームブリンガーへようこそ。本日はどういったご用件ですか?」
「私はヴェルナーから来たヴィルヘルム・カーフェンです。町で噂になっているデュラハンについて情報を頂きたいのですが」
「ヴィルヘルム・カーフェン……? どこかで名前を聞いた気がするのですが……」
受付の女性が首をかしげると、冒険者達が歓喜の声を上げた。
「ヴィルヘルム・カーフェンって、剣鬼ベルンシュタインの仲間だろう?」
「確か氷属性の魔術師だよな! たった四人で幻獣のゴブリンロードを討伐したっていう!」
「まさか、俺達のギルドに剣鬼の仲間が来るとは……!」
やはり俺は剣鬼の仲間と認知されているのか。クラウスの知名度によって何とか情報を得る事が出来そうだ。それから受付の女性がギルドマスターを呼んでくると、俺はギルドマスターから直接情報を教えて貰える事になった。
年齢は三十代後半程だろうか、腰にはレイピアを差しており、黒い金属から出来た鎧に銀のマントを羽織っている。長く伸ばした黒髪と鋭い目つきが印象的で、俺の姿を見るや否や、静かに俺を睨みつけた。
「私はイザーク・レーマン。このギルドのマスターをしている。デュラハンについて知りたいんだってな」
「私はヴィルヘルム・カーフェンです。はい、剣聖の魂が宿るデュラハンについて詳しく知りたいのですが、剣聖は何故、墓地で市民を襲っているのでしょうか?」
「その前に、質問に答える価値がある人間かどうか、私に実力を証明してくれないか? これはレマルクの問題だ。ヴェルナーの冒険者には関係ないのでな。それに、力の無い者がデュラハンについて調べても、問題を解決する事は出来ない」
「問題ですか……? 実力を証明するのは構いませんが、どうすれば良いでしょうか?」
「そうだな……私と手合わせして貰おうか。私に一度でも攻撃を当てる事が出来たら、デュラハンについての全ての情報を提供しよう」
「面白そうですね。私は手加減を知りませんから、全力で挑ませて貰います」
確かクラウスがアーセナルで冒険者登録をした際にも、バラックさんと衝突した事があった。剣を交えれば、相手の戦い方や、今までどれだけ己を追い込んで鍛えてきたのか、全てを一瞬にして知る事が出来る。レマルクで俺の実力を証明出来れば、情報収集も容易くなるだろう。
クラウスから頂いたガントレットを握り締め、ガントレット自体が秘める氷の魔力を感じ、拳に冷気を纏わせる。相手はレイピアを使用する剣士が一人。一体どうすれば剣士相手に一撃を喰らわせる事が出来るだろうか。
瞬間、レーマンさんはレイピアを引き抜き、一瞬で距離を詰めてきた。クラウスの高速の剣技に見慣れていなかったら、とてもではないが彼の動作を目で追う事は出来なかっただろう。こういう時はまず防御魔法だ。俺は瞬時に後退して床に右手を付けた。
「アイスウォール!」
全身から掻き集めた魔力を床に注いで、巨大な氷の壁を作り上げると、レーマンさんは壁に向かって突きを放ち、軽々と氷の壁を砕いた。攻撃力はかなり高いのだろうが、クラウスならわざわざ壁を破壊せずに、飛び上がって俺の頭上から魔法攻撃を仕掛けてきただろう。きっとギルドメンバーの前で俺の魔法を破壊出来る力があると知らしめたいのだろう。
レーマンさんが壁を破壊した瞬間、女の職員達は歓喜の声を上げた。それからレーマンさんがレイピアで執拗に突きを放ってくると、俺は相手の攻撃に合わせてアイスショットの魔法を放ち、体に触れる手前でレイピアの攻撃を相殺した。
レーマンさんは後退してから左手に雷の魔力を溜めると、おもむろに左手を俺に突き出した。爆発的な魔力が発生した瞬間、俺は命の危険を感じて氷の槍を放った。槍はレーマンさんの魔法と空中で衝突して砕け、レーマンさんの雷撃を打ち消した。
魔法を直撃させられなかった事に腹を立てたレーマンさんが執拗に突きを放ってきたが、日常的にクラウスの高速の剣技を見ている俺には、レーマンさんの攻撃はあまりにも遅く感じる。
レーマンさんが隙きを見せた瞬間に足をかけると、彼は無様に床に倒れた。俺は最大の攻撃に機会を見逃さずに、レーマンさんの顔の隣に全力で拳を叩き付けると、床板は木っ端微塵に砕け、辺りには冷気が充満した。本来の戦闘なら、倒れた相手の顔面に拳を叩き込んで命を奪ったが、今回はお互いの実力を知るための戦闘だから、相手に怪我を負わせる訳にはいかない。
レーマンさんは赤面しながら立ち上がり、俺に握手を求めると、俺達は固い握手を交わした。
「流石、幻獣討伐の魔術師だ! 武器すら使わずにレーマンさんを倒すとは!」
「うちのマスターが一発も攻撃を当てられないとは! これがヴィルヘルム・カーフェンの実力なのか……!」
「もしかしてマスターが完敗したのか? やっぱりアーセナルの冒険者は鍛え方が違うんだな。だけど、剣鬼はもっと強いんだろう? どうせなら剣鬼の戦いぶりを見たかったよ」
冒険者達が俺を称賛すると、何だか俺は恥ずかしくなってしまった。それから図書館で調べ物をしていたティファニーが戻ってくると、俺達はレーマンさんからデュラハンに関する情報を教えて貰う事にした……。




